お見通し

むかしのことだった
おらとこの庄屋さんは えらいお方じゃった
米がとれん年には 春に種籾(たねもみ)を配られた
亭主を亡くした家には 子どもが大きくなるまで世話も焼かれた
疫病が流行ったときには 広がらぬよう手を打ちなさった
寺の和尚には 村の子みんな手習いさせよとお願いなさった
村は貧しかったが みんないい顔して暮らしておった

庄屋さんにばかり甘えてはならんと 
村のことはみんなで手分けして それはそれは よう働いた
大水が出た年には 山が崩れてずいぶん人も亡くなり
村の外れに供養仏さつくって 忘れてはならんといいなさった
村人総出で道普請をして いまの道に付け替えたもんさ

そんでも 世の中が少しずつ変わっていってな
村の若いもんも 他所(よそ)さ出てしもうた
だんだん人の数も すくのうなってしもうても
子の代になった庄屋さんも よくしなさった
子が生まれれば お祝いまでくだされた
若い男衆には 嫁御の世話もずいぶん焼いておられた
だから人の数は 他の村よりは多かったもんさ
暮らし向きが 少し楽になったのも 庄屋さんのおかげ
村の山にな 春は春の秋には秋の山菜さ採ってな
ばさまたちが それを漬け込んで
じさまたちが まちさ売りに行って 新しい稼ぎにしたもんさ

みんなが寄り添うように 心置きなく暮らせるだけでも
ありがたいことじゃった
神仏の信仰も深くてな お寺さんの説教も心さ響いたもんさ
ここに生まれたことに感謝しなさいって 教えられたもんだ
誰かのためにやることが 自分が生かされるんだってさ
この年になれば そのことばがなんか心にしみてな
おらもちゃんとやってきたべかと 気にかかってきたもんさ

人の一生なんぞ あっという間の短いもんさ
泣いたり笑ったり してきたけんども
一つだけ分かったんは この村で暮らしてよかった
開けっぴろげで 正直に生きてこられてよかった
家のもんもみんな心穏やかに いい顔して暮らせてよかった
これもこんな村や村の人を育ててくれた 庄屋さんの仁徳のおかげ
いまようやく 思いやりの深さと心の広さ 
先を見通して事を為す人だって よくよくわかったもんさ
おらも老いて 床さ伏しているけんど
旅立つ心の始末は みんな終わった
後はお迎えが来るまで 待つとすべえ

〔2021年4月4日書き下ろし。政治とは何か。先先を見通して具体的な対策をすることでしかない〕