「雑感」カテゴリーアーカイブ

田村禎章/スープの冷めない距離感でー田村禎章の「ふくし文化論」(4)―

先日、愛知県豊田市にある「SOUP TOWN」を訪ねました。

この市民福祉教育研究所のブログでもたびたび登場する、コミュニティデザイナーの山崎亮さんが関わった福祉の拠点(総合福祉施設)です。

今回、私が顧問・アドバイザーを務める社会福祉協議会の地域住民が企画した視察研修に同行して訪問しました。

ここで印象に残ったのは、「高齢者」「障害者」「子ども」といった福祉の縦割りや、既存のサービスの枠から出発していないことでした。地域に暮らす人たちの声を聞き、住民とともに、この場所をつくり続けています。

そこの代表のお話を伺うと、最初から現在のような形が完成していたわけではないそうです。

職員が困っていれば、その困りごとに寄り添う。地域の人から声があがれば、その声に寄り添う。一つひとつ向き合っていくなかで、少しずつ今のSOUP TOWNが形づくられてきたといいます。

スタッフの方がおっしゃった「私たちは、ご利用者の5分の1の期間の家族になろう!」という言葉も心に残りました。家族そのものになるのではない。でも、単に支援するだけの人でもない。

私はそこに、「スープの冷めない距離感」という言葉の意味を感じました。

人は誰でも、「こんなまちに暮らしたい」「こんなことをやってみたい」という思いを持っています。しかし、それを声にしたり、自ら地域づくりのプレイヤーになったりすることは、そう簡単ではありません。

だからこそ、人と人とが出会い、互いに触発され、時には刺激を受けながら、「ちょっとやってみよう」と思える場所が必要なのではないでしょうか。

今回の訪問で、あらためて感じたことがあります。

まちづくりは、人づくり。

そして人づくりとは、誰かが誰かを一方的に「育てる」ことではなく、人が出会い、関わり、学び合いながら、それぞれが動き出せる環境をつくることなのだと思います。

それはまさに、市民福祉教育が大切にしてきたことでもあります。

近すぎず、遠すぎず。 でも、困ったときにはスープが冷めないうちに届く。

そんな人と人との距離感が、地域の「ふくし文化」を育てていくのかもしれません。

【参考情報】

SOUP TOWN(スープタウン)公式ホームページ
https://souptown.studio.site/

愛知県豊田市にある複合福祉施設。高齢者福祉・障がい福祉・児童福祉など、多様な福祉の取り組みを展開している。

田村禎章/「ともに在る」ことから始まる:学生の介護実習から学んだこと―田村禎章の「ふくし文化論」(3)―

この夏、私が指導する大学2年生の介護実習が行われました。

二十歳前後の学生たちが、4か所の介護施設や在宅介護サービス事業所を経験します。ほとんどの学生にとって、本格的に介護や福祉の現場に触れるのは初めてです。認知症のある方と出会い、学校や教科書だけでは知ることのできなかった福祉の仕事やサービスを、自分の目で見て、身体で感じていきます。

私は担当教員として、週に一度のカンファレンスで、一人ひとりの学生から実習で感じたことを聞いてきました。

今年、多くの学生が口にしたのが「コミュニケーションの難しさ」でした。

「何を話したらいいのか分からない」 「声をかけても会話が続かない」

学生たちは、「うまく話さなければ」と思うほど、もどかしさを感じていたようです。

そんな学生に、ある実習指導者が伝えてくださった言葉が心に残りました。

「その人と、ともに在ることが大切なんだよ・・・・・・」

コミュニケーションというと、私たちはつい「話すこと」「伝えること」を考えます。しかし、言葉を交わすことだけがコミュニケーションなのでしょうか。同じ場所で同じ時間を過ごす。相手の表情を見る。沈黙をともにする。その人を知ろうとする。そこから始まる関係もあるはずです。

私はここから、「共存」と「共生」について考えました。

ただ同じ場所にいる(共存)だけではなく、互いに関われば、時には考え方の違いや摩擦も生まれます。それでも相手を知ろうとし、自分も相手から影響を受け、少しずつ変わっていく。その営みこそが「ともに生きる(共生)」ということなのかもしれません。

これは、私が研究している「主体形成」にもつながります。人は一人だけで育つのではなく、誰かと関わり、自分が相手に影響を与え、また相手から影響を受けながら変わっていくのではないでしょうか。

学生たちがぶつかった「コミュニケーションがうまくいかない」という壁。

実はその壁の向こう側に、「ともに生きる」とは何かを考える、とても大切な学びがありました。
共生社会は、立派な言葉を掲げるだけでは生まれません。 まず目の前にいる人と、ともにいること。

そこから始まるのだと思います。

阪野 貢/AIの外側に目を凝らす―生成AI時代の「まちづくりと市民福祉教育」への一視点―

〇生成AIの利活用は、教育・研究のさまざまな場面やプロセスにおいて急速に拡大しており、もはや課題は「使うか否か」だけでなく、「どのように組み込むか」へと移行していると言われる。具体的には、学校教育の制度設計というマクロな水準から、文献探索や論文執筆といった研究の中核をなすミクロな水準に至るまで、生成AIはさまざまな形で組み込まれつつある。この現状は、AIの利活用が一部の先進的な利用者にとどまる特殊な事象ではなく、教育・研究という営みのあり方そのものを問い直す、大きな転換点に差しかかっていることを示している。
〇今から10年ほど前、プロ棋士とAIの対決が話題となったことを思い出す。現在では、AIは棋士と対決する存在にとどまらず、棋力の向上を支える「研究パートナー」としても活用されているという。こうした変化には、まさに隔世の感がある。
〇また、仙台大学のAI教育研究チームが2025年3月に実施した全国調査によると、2025年の生成AI利用率は、学生全体で54.5%、大学生・大学院生では66.6%、教員では32.3%であった。学生は主に課題やレポートの作成、情報収集、翻訳に、教員は教材や授業資料の作成などに生成AIを利用している。こうした利用状況を踏まえ、生成AIを「学びを深める道具」として位置づけ、学習者がその出力を検証しながら活用できる環境を整備することの重要性が指摘されている。
〇筆者(阪野)自身、年齢的にも、またこれまでの教育・研究の経験からしても、生成AIにはなかなか馴染みにくいものがある。そんななかで、地元新聞の2026年9月26日朝刊の「文化」欄に掲載されていた、現象学者・村上靖彦の「AIの外側に目を凝らす」という記事が目に留まった。その内容の趣旨は、次のようなものである。

・AIは、膨大なデータをもとに、統計的に多く見られるパターンを提示する。しかし、一人ひとりの人間が生きてきた歴史や文脈には、統計的な傾向だけでは捉えきれない個別性や独自性がある。AIが示すこの限界は、逆説的に、人間の個別性を浮き彫りにする。

・出所者(刑務所を出た人)や生活困窮者など、社会から排除され、インターネットやスマートフォンの利用自体が困難な人々がいる。こうした人々の経験や思考は、そもそもデータ化され、蓄積される情報のなかに十分に反映されていない場合がある。すなわち、AIが利用するデータは、その収集や蓄積の過程において、社会的に優位な立場にある人々(「強者」)の経験や価値観を相対的に反映しやすく、社会的に排除されやすい人々の経験が十分に反映されないという問題を抱えている。

・AIは、統計的な推論によって、確度の高い選択肢や回答を提示する。その背後には、データに基づく統計的な処理やアルゴリズム(作業手順)がある。AIは強力なツールである一方、統計的な推論だけでは捉えきれない人間の個別の真実や矛盾が、その外側に残されることになる。

〇そして、村上はいう。「AIに聞けばすべてがわかるかのように思える時代だからこそ、AIの外側があるのではないかと目を凝らす」必要がある。「学ぶとはAIを活用する力であるだけでなく、そうした外側への視力を磨く訓練でもあろう。人間にはAIから排除された経験を探る力と、AIに頼らないことで見える世界がある」。この指摘は、「まちづくりと市民福祉教育」のあり方を探究するうえで、重要な視点を提示している。それは、AIの外側にある人々の経験や声を大切にするとともに、それらに真摯に向き合い、そこから学ぼうとする実践家や研究者自身の姿勢を問い直す視点である。
〇そのためには、「まちづくりと市民福祉教育」の実践・研究において、AIの活用を否定するのではなく、AIによる分析や推論には限界があり、既存のデータだけでは十分に捉えられない領域があることを自覚する必要がある。とりわけ、地域で暮らす人々の経験や声は、既存のデータだけでは十分に捉えきれないことがある。そのうえで、実際に地域に足を運び、地域住民と出会い、対話を重ね、ともに考え、行動する関係を築くことが求められる。
〇地域住民との関わりや共働は、「まちづくりと市民福祉教育」の実践・研究の基盤である。データには表れにくい生活の実相や、そこに潜む矛盾、葛藤、願いは、住民との対話や共働を重ねるなかで、少しずつ理解を深めていくことができる。また、そうした関わりを通して、実践家や研究者自身も、既存の知識や先入観を問い直し、地域の現実から学び続けることができる。
〇「AIの外側に目を凝らす」とは、まさに、「まちづくりと市民福祉教育」の実践・研究において、AIでは十分に捉えきれない人々の経験や地域の現実に目を向け、地域・住民との関わりのなかで学び続けることにほかならない。こうした学びの積み重ねが、地域・住民のあり方を問い直し、共働による「まちづくり」を構想し、実践していくことにつながるのである。

阪野 貢/苫野一徳著『教育の力』再読:「自由の相互承認」と「学びの個別化・協同化・プロジェクト化」を考える ―苫野一徳著『教育の力』のワンポイントメモ―

〇筆者(阪野)の手もとに、教育哲学者である苫野一徳(とまのいっとく)の『教育の力』(講談社現代新書、2014年3月。以下[1])がある。[1]は、「平等か競争か」「ゆとりか教え込みか」「教育は子どものためか社会のためか」といった二項対立的な、不毛な教育論争を乗り越え、より「よい」教育の本質とその実現方法――各人の<自由>および社会における<自由の相互承認>の実質化を達成するための「教育」のあり方を提示する。苫野にあっては、「すべての子どもたちに<自由の相互承認>の感度を育むことを土台に、<自由>になれるための<教養=力能>を育むこと」(239ページ)。そして、より「よい」社会を形成していくための力を育てること、これが教育の「本質」である。
〇本稿では、[1]のなかから、苫野の言説を構成するいくつかの鍵概念をメモっておくことにする(抜き書きと要約。語尾変換。見出しは筆者)。

<自由>と<自由の相互承認>
わたしたち人間は、「生きたいように生きたい」という欲望、つまり<自由>への欲望を持っている。わたしたちは、自分が<自由>になるためには、他者もまた<自由>を求めているのだということを、お互いに承認し合う必要がある。これを<自由の相互承認>の原理という。(17、20ページ)/すなわち、<自由>とは、自らが<自由>に生きるためにこそ、他者の<自由>もまた承認する必要があるのだということを、徹底的に自覚するところにある。<自由の相互承認>を十分に自覚した上で、自らができるだけ生きたいように生きられること、これが<自由>の本質、<自由>に生きるということの本質である。(22ページ)

公教育と<教養=力能>
公教育は、すべての人びとが<自由>に生きるために必要な“力”、つまり<教養=力能>を育むことで、各人の<自由>を実質的に保障するものである。(23ページ)/すなわち、公教育とは、「各人の<自由>および社会における<自由の相互承認>の、<教養=力能>を通した実質化」。つまり公教育は、すべての子ども(人びと)に、<自由>に生きるための“力”を育むことを保障するものであると同時に、社会における<自由の相互承認>の土台となるべきものである。(24~25ページ)

教育政策と<一般福祉>
教育政策は、ある一部の人(子ども)たちだけの<自由>を促進し、そのことで他の人(子ども)たちの<自由>を侵害するものであってはならず、すべての人の<自由>を促進している時にのみ「正当」といえる。これが<一般福祉>の原理である。(31ページ)/(つまり、どんな教育政策も、一部の子ども(人)の自由だけを伸ばし、他の子どもの自由を犠牲にするものであれば正当化できない。すべての子どもの自由を促進する政策のみを「よい」とする判断基準・視座を<一般福祉>という。――引用者注)

知識基盤社会と「学力=学ぶ力」
現代は、モノの大量生産・大量交換が主流の産業社会から移行した、知識・情報・サービスが中心の、「知識基盤社会」である。(49~50ページ)/現代社会において求められる「学力」は、決められた細かな知識を忍耐強く“覚え込む力”よりは、必要に応じて必要な知識・情報を十全に自らのものとしていける「学び続ける力」である。(53~54ページ)/すなわち、現代の公教育が育成すべき「学力」の本質は、「学ぶ力」であり、「自ら学び続ける力」である。(58、61ページ)

「学びの個別化」と「学びの協同化」と「学びのプロジェクト化」
より「よい」学びのためには、学びの「個別化」と「協同化」と「プロジェクト化」の融合を図ることが必要である。(72ページ)/「学びの個別化」とは、一律的な学びではなく、自分の必要や興味・関心に基づいて自らのテーマを設定し、それぞれのペースで進める「自学自習」の学びをいう。「学びの協同化」とは、多様な子ども(他者)との対話や協働、教師陣の連携・協同による、相互の「学び合い」の学びをいう。「プロジェクト化」とは、自らの学習欲求や自らが設定した課題について、自ら思考し課題を探究・解決していく学びをいう。(85、93、113~116、122、125ページ)/学びのあり方・方法について、今、求められるのは、画一的・一斉型の学びから、「個別化」「協同化」「プロジェクト化」を基軸とした、これらの融合型としての学びへの転換である。(129ページ)

〇以上を要するに、苫野の『教育の力』は、<自由>と<自由の相互承認>を教育の根本理念に据え、その実質化のために<教養=力能>、とりわけ「学び続ける力」をすべての子どもに保障し、その具体的な学びのあり方として「個別化・協同化・プロジェクト化」の融合を構想したもの、である。
〇この(1)<自由>と<自由の相互承認>、(2)<一般福祉>、(3)<教養=力能>としての「学び続ける力」、(4)学びの「個別化・協同化・プロジェクト化」の融合、という一連の枠組みは、学校教育の理論であると同時に、住民が互いの<自由>を承認し合いながら共働的に「まちづくり」を進めるための、「市民福祉教育」の哲学としても読み替えることができる。苫野の教育論を学校の外へと拡張することは、「まち」そのものを、住民が学び合いながら自由に、生きたいように生きるための共存・共生の「場」として創り上げていくという、「まちづくりと市民福祉教育」の根本理念を哲学的に基礎づける試みとなり得る、といってよい。子ども・青年と高齢者、旧住民と新住民、事業者と生活者――それぞれの自由がぶつかり合う場だからこそ、<自由の相互承認>という感度が、「まちづくり<」の根本的な前提条件として求められる、のである。
〇こうした視座に立つとき、公教育の<教養=力能>論は、学校の枠を超えて「市民福祉教育」として読み替えることができる。すなわち「市民福祉教育」とは、すべての住民に<自由の相互承認>の感度を育むことを土台に、地域で他者と共に<自由>に生きるための力――福祉的リテラシーや合意形成の力、地域課題を学び続ける力などを育む営みとして定義し直せる。それは単に福祉の知識を伝達する教育ではなく、住民が互いの「生」のあり方を承認し合いながら、「まちづくり」を進めるための力を育む教育である。
〇学びのあり方についての言説も、「まちづくり」の実践に対応する。学びの個別化は、動員される参加ではなく、住民一人ひとりが自らの生活実態や関心から出発して地域に関わることに対応する。学びの協同化は、異なる世代・立場の住民同士、あるいは行政・社協・NPO・専門職との対話と協働(共働)による「学び合い」に対応し、地域包括ケアにおける多職種連携や多世代交流拠点はその実践の場そのものである。学びのプロジェクト化は、高齢化や孤立、空き家、防災といった地域課題を、住民自身が当事者として設定し、自ら探究し解決していく過程に対応する。すなわち、苫野が学校教育のために構想した学びの融合モデルは、その基本的な考え方を、住民主体の「まちづくり」の設計原理として読み替えることができる。
〇さらに、知識基盤社会論が示す「学び続ける力」という視座も重要である。地域が直面する課題は、住民それぞれに多様に現象化し、時代とともに変化し続ける問いである。従って、「まち」に求められているのも、住民自身が多角的に学び続け、地域を絶えず更新していく自己更新力に他ならない。
〇ただし、これらの「読み替え」には、筆者自身への問いとして留保しておくべき点がある。第1に、学校と地域社会とでは「強制性」の性質が異なり、この差を無視して転用してよいか。第2に、学校には教師という明確な権威・専門性を備えた主体が存在し、「協同化」はその教師陣の連携を含むものとして構想されているが、「まちづくり」において教師に相当する主体は誰なのか。第3に、学校教育には「学力」という(相対的に)共有された評価基準があるが、「まちづくり」における「成果」は何をもって測るのか。第4に、地域社会は学校のクラスのような同質的な年齢集団ではなく、世代・立場・利害の大きく異なる住民の集合であり、<自由の相互承認>は現実の利害対立にどこまで実効性を持つのか。これらに留意したい。

阪野 貢/大橋謙策著『そのときの出逢いが』を読んで―「民俗としての地域福祉」、その水脈と鉱脈―

〇筆者(阪野)が大橋謙策先生に、「私が出会った人―このこと、あのこと―」というタイトルの玉稿のご執筆をお願いしたのは、2025年5月11日付のメールである。その約4か月後の9月7日に、『「そのときの出逢いが」―私の生き方、考え方に影響を与えた人との出逢い―』(以下「本稿」)という玉稿を拝受した。早速、それを『大橋謙策研究/第10巻』としてアップさせていただくことにした。
〇今回の投稿で、ひとまずの「区切り」にしたい旨のご連絡をいただいたことから、改めて本稿を読み返してみた。読み進めながら筆者の脳裏に浮かんだのは、「水脈」と「鉱脈」という2つの比喩である。それは、かつて「岡村重夫の薫陶を受けた人々の幅広いつながりとその頂に位置する岡村社会福祉学の崇(たか)さ」(古川孝順)を比喩した「岡村山脈」とは、いささか異質のものである。地中を縦横に流れ、各地を潤しながら繋がり、広がっていく「水脈」としての人的ネットワークの豊かさ。そして、その流れの下に静かに、しかし確かに横たわり続けた、「社会教育と社会福祉」を貫く学際的な理論と実践の「鉱脈」。この2つが表裏一体となって、「大橋謙策」という一人の研究者・実践家の地域福祉論、「実践的研究」を形づくってきた様(さま)が、本稿から立体的に浮かび上がってくる。

1 水脈としての出逢い―全国に張り巡らされた実践のネットワーク―
〇本稿を貫く最大の特徴は、重複を除いても300〜350人程度の人物、150〜180か所程度の地域が登場するという、その数の多さである。そこには、全国各地の隅々にまで及ぶ、大橋先生の「関係人口」としての足跡が描かれている。注目すべきは、これらが単発の講演や研修における一時的な関わりではなく、多くが数年、時には40年にも及ぶ「バッテリー型研究」として継続されている点である。すなわち、島根県瑞穂町(現・邑南町)をはじめ、富山県氷見市、香川県琴平町などにおける実践や実践家との「出逢い」が、単なる人脈形成に留まらず、理論構築の現場的検証や新たな理論的課題・仮説の探索の場となっている。
〇また、大橋先生が関係人口として地域に関わる際、単に外部者として制度や施策を持ち込むのではなく、その地域固有の歴史や文化、住民の生活実態などを丹念に読み解き、民俗学が取り扱うような事象を丁寧に掘り起こし、分析の俎上に載せてこられた点も見逃せない。これは、上述の岡村が理念的ではあったものの、1976年に論じた「民俗としての福祉」( ⇨ 本文 )の実践的展開と言えよう。この地域理解の作法こそが、「バッテリー型研究」を単なる長期的な地域関与にとどめず、地域に根ざした理論構築たらしめている所以である。
〇同時に印象的なのは、恩師の小川利夫をはじめ、三浦文夫らとの協働、そして和田敏明らの畏友たちとの生涯にわたる交友である。それは、単なる縦の師弟関係でも、横の同僚関係でもない、時代を超えて人が人と関わり、それがまた新たな実践の場を生み出していく――この連鎖こそが「水脈」の名にふさわしい。相田みつをの「出逢い、そして感動……感動が人間を動かし、出逢いが人間を変えてゆく」という言葉が、本稿全体の通奏低音として響いている。

2 鉱脈としての学際研究―「社会教育と社会福祉」を貫く理論の一貫性―
〇もうひとつの読みどころは、こうした広範な水脈の下に、一貫して掘り進められてきた理論的な「鉱脈」の存在である。大橋先生の研究の出発点は、1960年代に芽生えた「社会教育と社会福祉の学際研究」という問題意識であった。この問題意識は、朝日訴訟と関わるなかでの、憲法第13条(幸福追求権)と第25条(生存権)の関係をめぐる若き日の発言に始まり、それが生涯を通じて一貫して深められていく。
〇福祉教育論、ボランティア論、地域福祉計画論、コミュニティソーシャルワーク論、ケアリングコミュニティ論、災害支援ソーシャルワーク論――これらは決して相互に切り離された研究テーマではない。いずれも「福祉でまちづくり」(「福祉はまちづくり」)という根底の思想を共有し、「求め」と「必要」を見極めながら地域社会の「合意」を形成していく、重層的な地域福祉論の展開として位置づけられる。また、「社会福祉プロパーの研究ではない」と酷評されながらも、日本地域福祉学会や日本福祉教育・ボランティア学習学会の創設、日本学術会議での「統合科学としての社会福祉学」の提起へと結実していく過程は、周辺から中心を切り拓いていく学問形成のダイナミズムそのものである。さらに、「自立と連帯の社会・地域づくり」をめざす「ボランティア活動の構造図」(1980年)の根底には「思想」(「博愛の精神」)が据えられているが、それは大橋先生の諸言説に通底する学際研究の原点をなすものでもある。
〇加えて、山梨県茅野市の保健福祉サービスセンターが後の地域包括支援センターのモデルとされたように、各地の先進的な制度的取り組みや地域現場における実践家らの「職人芸」的実践を、全国的なシステムとして昇華させていく手法は、大橋先生が常に強調される「研究と実践の往還」の理念そのものである。それは、鉱脈を掘り当てただけでなく、それを精錬し、社会全体に還元していく大橋先生の姿勢を象徴するものである。

3 水脈と鉱脈の往還―「民俗としての地域福祉」の実践・研究の流儀―
〇本稿を読んで改めて痛感したのは、「水脈」と「鉱脈」が決して別物ではなく、互いに浸透し合っている点である。全国各地の「出逢い」がなければ、理論は単なる抽象論に終わっていたであろう。逆に、一貫した学際的な理論的視座がなければ、無数の「出逢い」は単なる交遊録に終わっていたであろう。大橋先生自身が、1979年度から全社協が始めた「地域福祉活動指導員養成課程」での出逢いがなければ、「筆者の地域福祉研究は、空疎な、抽象的なものになっていたことは紛れもない」と率直に述べている通りである。
〇大橋先生は、80歳を超えてもなお、全国の社協や被災現場などへ東奔西走し続けている。「押しかけアドバイザー」「提案型コンサルタント」として、でもある。こうした主体的・積極的な姿勢は、地域福祉実践・研究における「関係人口」概念のひとつの体現でもある。同時にそれは、現場とどう向き合い続けるべきかという、地域福祉の研究者や実践家への厳しい問いかけでもある。
〇水脈は広く浅く流れるだけでは涸れてしまう。鉱脈は深く掘るだけでは地表に届かない。大橋先生が「民俗としての地域福祉」の実践・研究において、「水脈」と「鉱脈」の2つを絶えず往還し続けてきたところにこそ、その独自性と重みがある。
〇本稿を読み終えたとき、そこに見えてくるのは、単なる人生の回顧録ではない。「大橋謙策地域福祉論の形成と発展」を物語る、ひとつの研究史であり、実践史である。改めて、大橋先生の「実践的研究」「バッテリー型研究」の重さと広がりを感じ入る次第である。

おわりに―今後への期待―
〇なお、本稿は、戦後日本の地域福祉実践・研究史を知る一次資料として極めて高い資料的価値を持つ。しかし、それをどのように読解するかということについて、筆者の読解は、大橋先生への深い敬意が先立つあまり、賛辞に傾き、先生の実践・研究を無批判に肯定する論調になっている。そう評されることは承知している。
〇事実、本稿を丹念に読み返せば、実のところ「うまくいかなかった」という記述も随所に見出すことができる。「ふれあいのまちづくり事業の活動成果は、はかばかしくなかった」、「老人保健福祉計画の評価研究について、体系的な研究成果は打ち出せなかった」といった一節がそれである。こうした率直な自己言及が随所に挟み込まれていること自体、本稿の誠実さを示すものであろう。
〇大橋先生には、もしご負担でなければ、今後機会があれば、こうした不本意な結果に終わった経験について、いま一歩踏み込んだ分析をしていただければ幸いである。また、本稿に登場する数々の事項についても、外部資料や関係者・第三者の証言と照らし合わせながら、その歴史的背景や経緯をより重層的に跡づけていく作業が、今後求められよう。そうした地道な検証の積み重ねによってこそ、本稿の一次資料としての価値は、より確かな、揺るぎないものになっていくと考える。その意味で、本稿はまだ終わっていない――われわれにとって、ここから始まるのである。

田村禎章/健康は、「楽しい」ことから :ミナレク運動がめざすもの―田村禎章の「ふくし文化論」(2)―

「健康になりましょう」と言われると、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

運動をする。食生活に気をつける。健康診断を受ける。もちろん、どれも大切です。でも私は、健康にはもう一つ、「楽しい」「笑顔になる」「誰かと一緒に過ごす」という入口があってもよいのではないかと思っています。

岐阜県では「ミナレク運動」という取り組みが進められています。2016年に開催された「第70回全国レクリエーション大会in岐阜」を契機に広がってきたもので、子どもから高齢者まで、障がいのある方もない方も、レクリエーションを通して「体」「心」「頭」の健康を育み、みんなが明るく健康で笑顔になれる岐阜県をめざす県民運動です。

そのために、レクリエーション指導者の派遣、地域活性化を目指したレクリエーション活動、推進団体の認定など、さまざまな取り組みが行われています。

最近では、岐阜県の「モーニング文化」にも注目した「ぎふモーニングプロジェクト」が進められています。喫茶店でモーニングを楽しみ、人と会い、話し、外へ出かける。そんな岐阜の日常にある文化を「健康」につなげようという発想です。

私は、ここに「市民福祉教育」の大切なヒントがあるように思います。

人は、「健康になりなさい」「地域に参加しなさい」と言われただけでは、なかなか動きません。でも、「楽しそうだから行ってみよう」「あの人に会えるから出かけよう」と思えば、自然に一歩を踏み出すことがあります。

楽しむこと、笑うこと、人と出会うこと。そして、気づけば少し元気になっている。

こうした日常の小さな仕掛けや場を地域のなかにつくっていくことも、市民福祉教育であり、地域の「ふくし文化」を育てることではないでしょうか。

ミナレク運動も10年を迎え、新たな歩みが始まっています。

私もこの運動に携わってきた一人として、「みんなが健康になる」とはどういうことなのかを、県民の皆さんと一緒に考えながら、これからもミナレク運動を育てていきたいと思います。

花房 愛/書評 (1) (2):阪野貢著『「まちづくりと市民福祉教育」の研究』

花房 愛/書評(1)
阪野貢著『「まちづくりと市民福祉教育」の研究』のひとつの功績
―主体的・自律的な市民が織りなす「まちづくり」の未来-

著者の阪野貢氏は、地域住民が自らの問題として地域の課題を捉え、他者と「共働」しながら解決を目指す「まちづくり」と「市民福祉教育」の融合を主張します。『「まちづくりと市民福祉教育」の研究』(⇨本編)は、従来の学校教育を中心とした「福祉教育」を、地域社会全体で展開される「市民福祉教育」へと拡張し、その理論的・実践的基盤を体系化した研究書です。

1. 「市民福祉教育」という独自概念の確立と体系化

従来の福祉教育は、学校教育における「心の教育」やボランティア学習、あるいは社会福祉協議会(社協)が主導する住民啓発といった、限定的な枠組みで語られることが多くありました。しかし著者は、これらを「市民福祉教育」というメタ概念へと再規定しました。

「市民福祉教育」としての再定位
単に「福祉(弱者支援や制度)について教える教育」ではなく、個人が「ただ人間であること」が持つ道徳的価値をお互いに認め合い、民主主義的な地域・社会を構成する一員(市民)として自律するための教育――「市民福祉教育」として位置づけました。福祉教育を、教育学や社会学、政治哲学が交差する「主体的市民形成の営み」へと捉え直した点が第1の功績です。

理論と実践の往還・融合
福祉教育の現場では「方法論(どうやって体験させるか)」ばかりが先行し、その本質に迫る哲学的・歴史的な理論研究が不足していました。本書は、緻密な思想モデルを構築しつつも、実際の制度や地域計画との架け橋となる実証的分析を展開し、「理論と実践の往還」を試みています。

2. 福祉教育の「思想的系譜」の歴史的解明

本書の功績のひとつは、福祉教育の歴史の起源を単に戦後のボランティア運動(例:1970年代の「学童・生徒のボランティア活動普及事業」など)に求めるのではなく、明治期まで遡及してその思想的系譜を明らかにした点にもあります。

明治後期の「地方改良運動」への着目
著者は、明治40年代以降の「地方改良運動」にみられる内務官僚・井上友一の「自治民育」活動や、教育現場における村田宇一郎の論考を精緻に分析しました。この時代に行われた敬老会活動や地区衛生組織化のプロセスには、住民同士の「体験、交流、共生」が含まれており、これらを日本における福祉教育のひとつの起源として位置づけています。

歴史の連続性の発見
国家主導の地域管理政策(地方改良運動)の側面を持ちながらも、その中から芽生えた「地域振興」や「自治の精神」が、現代の地域コミュニティに生きる市民の主体形成といかに通底しているかを考察しました。この歴史的・マクロ的な視座は、福祉教育研究に学問的厚みをもたらしています。

3. 変革の実践原理としての「循環モデル」の提示

本書が実務家(自治体職員、社協職員、NPO、地域活動家)や後進の研究者に参照されるであろう理由は、単なる抽象論にとどまらず、「まちづくりと自律的市民形成の循環モデル」を具体的な図表を用いて理論化した点にあります。

福祉による「まちづくり」の構造化
著者は、「市民福祉教育」がいかに計画化され、持続可能な地域コミュニティの基盤(まちづくり)として機能するかを実証的に解明しました。

【自律的市民形成とまちづくりの循環構造】

このモデルは、地域福祉計画やコミュニティ・ソーシャルワーク(CSW)の実践において、住民の「学び」がいかにして実際の「制度改革や地域変革」へ結びつくのかというメカニズムを可視化しました。

4. 哲学的・倫理的思考の導入

教育学や福祉学の議論で往々にして見落とされがちな「ケアの倫理」や「道徳哲学」を、まちづくりの議論へ取り入れたことも特徴的な点です。

「ただ人間であること」が持つ価値
能力主義や生産性至上主義が蔓延する現代社会に対し、著者は「人間がただ存在しているだけで尊い」という根源的な道徳的価値を提示します。市民福祉教育とは、他者の脆弱性(弱さや老い、障害)を認め合い、お互いを「自由で平等な個人」として尊重する民主主義の精神を、地域社会の中で日常的にトレーニングする場であると説きました。

文化的・芸術的視点からのアプローチ
単なる政策論や法制度論にとどまらず、地域の「福祉文化の創造」や芸術的感性が市民形成にもたらす影響についても言及しています。これにより、まちづくりが「義務」や「負担」から、住民自身の「生の豊かさ(QOL)」を高めるクリエイティブな活動へとアップデートされる理論的根拠が与えられました。

5. 現代社会への警鐘と「希望の書」としての二面性

本書の後半(特に最終章の第9章)では、少子高齢化、限界集落の増加、地域コミュニティの希薄化、そして自己責任論の台頭といった現代日本が直面する過酷な現実が描かれています。

限界を引き受ける覚悟
一見すると「絶望の書」とも読めるほど、厳しい現状分析がなされていますが、著者はその限界を直視した上で、「なお、そこからいかに反転して希望を見出すか」を問いかけます。

絶望から希望への反転
地域のつながりが崩壊しつつあるからこそ、逆説的に「市民福祉教育」を通じた自律的市民のネットワーク形成が、ポスト資本主義・ポスト近代における新しい「共生と自治」のセーフティネットを創り出すのだというメッセージが込められています。この「限界を引き受けて、なお立ち向かう」姿勢は、混迷を極める現代の福祉関係者・地域住民にとって、ひとつの指針となる役割を果たしています。

まとめ

阪野貢氏による『「まちづくりと市民福祉教育」の研究』は、「福祉教育を学校から地域・社会へ連れ出し、まちづくりの駆動エンジンとして再定義した」という点において、重要な足跡を記したと言えます。歴史的分析から導き出された論理、哲学的思考に裏打ちされた倫理観、そして実践現場で活用できる循環モデルの提示は、理論と実践が乖離しがちであった従来の学問の垣根を緩和する試みとなっています。誰もが排除されることなく、住み慣れた地域で豊かに暮らし続けられる社会(共生社会・福祉コミュニティ)をどう構築するかという問いに対し、本書は手堅く精緻な「実践原理の道しるベ」を示しています。

 

花房 愛/書評(2)
阪野貢著『「まちづくりと市民福祉教育」の研究』の評価と課題
―歴史研究・実践分析・理論構築をめぐって-

本書は、1980年前後から半世紀近くにわたり福祉教育研究に携わってこられた著者・阪野貢氏による、研究の集大成というべき労作です。全9章・3部構成、500ページを超えるかと思われるその分量もさることながら、明治後期の地方改良運動から令和のAI・デジタル社会論までを射程に収める歴史的スパンの広さ、そして歴史研究と実践分析と理論構築を三位一体のものとして統合しようとする方法論的アプローチにおいて、非常に力の入った一冊となっています。(⇨本編)

 1. 歴史研究としての価値――埋もれた実践史の発掘

第1部・第2部にあたる第1章から第5章は、これまで断片的にしか語られてこなかった福祉教育の「戦前史・戦後初期史」を丹念に掘り起こす、実証研究として評価できる部分です。

第1章では、内務省主導の地方改良運動における「自治民育」の実践に福祉教育の遡及的原点を見出すという仮説が提示されます。害虫駆除や老人慰藉会といった一次史料の丹念な紹介・解題を通じて、明治期の官製教化運動のなかに今日の福祉教育に通じる「側面や要素」を析出する手つきは説得的です。第2章の郷土教育運動論、第3章の生活綴方教育運動における国分一太郎「1936年論文」の翻刻・解題も同様に、埋もれた史料に光を当てる労を惜しみません。特に国分の「社会事業的教師」概念を、単なる技術論ではなく「教育の公共性の再定義」として位置づけ、無着成恭『山びこ学校』へと至る戦前・戦後の「思想的伏流」を仮説的に提示する筆致には、歴史研究を重視する著者の姿勢が窺えます。

第4章の徳島県・平岡国市による「子供民生委員」制度、第5章の神奈川県社会福祉研究普及校制度の検討も充実しています。とりわけ後者において、神奈川県の行政主導型モデルと鳥取県八頭郡社協の民間主導型モデルとを対比させ、福祉教育に内在する「統治と変革」の二重構造を浮かび上がらせる分析視角は的確です。福祉教育が「民主的な社会の形成者」の育成をめざしながら、同時に国家的秩序の再編に資する規律化の装置としても機能しうるという指摘は、本書全体を貫く批判的視座となっています。

2. 理論的架橋の試み――思想家たちの横断的接続

本書の特徴は、第3部(第6章以降)における理論的な整理にもあります。第6章では、玉野井芳郎の「地域主義」、田村明の「まちづくり」実践論、山崎亮の「コミュニティデザイン」技法、山下祐介の「地域学」という、時代も専門領域も異なる4人の言説を「思想・実践・技法・認識」という枠組みで横断的に接続し、「まちづくりと自律的市民形成の循環モデル」として構造化する試みがなされています。個別に論じられがちなこれら4つの潮流を、「コモンズ」という共通項でつなぎ、市民性教育の4つのプロセス(歴史の学び直し・自治の制度化・関係性の編み直し・批判的思考力の獲得)として統合する手際は鮮やかであり、まちづくり論の全体像を把握するうえで有益な貢献となっています。

第7章では、日本の福祉教育研究の泰斗・大橋謙策の理論を「福祉教育原理論」として再考し、その「社会福祉問題」「地域福祉の主体形成」「ケアリングコミュニティ」「博愛の精神」という鍵概念を丹念に読み解いています。そのうえで、原田正樹の「協同実践」「相互依存的自己実現」、そして著者自身の「まちづくりと市民福祉教育」概念、「協働」と「共働」の峻別といった独自の理論的発展を跡づけます。松岡広路による大橋批判(「未分化な学習者像」「批判的創造性の欠如」)を丁寧に紹介しつつ、大橋・原田・著者三者の理論的系譜を「歴史・哲学・原理」の階層構造として整理する第7章末尾の議論は、本書の理論的到達点のひとつといえるでしょう。

第8章では、狛江市社協の“あいとぴあカレッジ”という具体的事例に基づき、福祉教育の「計画化」プロセスを詳細に再構成しています。ボランティア活動推進委員会・企画小委員会・作業委員会という重層的な検討構造のなかで学習プログラムが練り上げられていく過程の記述は、単なる回顧録に留まらず、「See→Plan→Do→See」サイクルと「ヒト・モノ・カネ・シゴト」の4要素という汎用的な計画理論へと昇華されています。さらに終盤では、この1990年代のモデルをAI時代にどうアップデートするかという現代的課題にまで言及しており、著者の理論的関心の広さを窺わせます。

3. 現代的転回――「思いやり教育」批判の刃

最終第9章は、本書のなかでも課題提起が明確な部分です。従来の福祉教育が陥りがちであった、疑似体験・技術習得・訪問交流という3類型の「思いやり教育」を、支援する側の優越感を温存し、依存や弱さを否定する自立観を強化するものとして根本から問い直します。そのうえで、地域活動家・小松理虔の「共事者」概念(当事者でも部外者でもない「中途半端さ」を肯定する立場)と、牧師・奥田知志の「不可解性の受容」(理解しきれない他者と共に生きる思想)という同時代の実践思想を、いわば「教材」として理論に組み込んでいく手法は独創的です。

とりわけ「依存の権利化」という概念――熊谷晋一郎の「自立は依存先を増やすこと」という命題を、憲法13条・25条、障害者差別解消法の合理的配慮規定にまで接続し、依存を「市民の権利」として再定義する議論――は、本書全体を貫く問題提起の核心といってよいでしょう。「存在肯定→共働参加→相互依存→共生共創」という4段階モデルも、抽象論に終わらせず高齢者介護や地域福祉計画という具体的な政策文脈に落とし込んでおり、理論と実践の往還を志向する著者の姿勢が最後まで貫かれています。

4. 評価と課題

以上のように本書は、歴史研究の蓄積、理論構築の包括性、そして現代的課題への応答という三拍子が揃った、手堅い論文集であると言えます。特に、断片化しがちな福祉教育研究の諸潮流を「歴史・哲学・原理」という循環構造のもとに統合しようとする一貫した姿勢は、随所に示されています。

とはいえ、いくつかの課題も指摘しておきたいと思います。第一に、前半の実証的な史料分析と、後半の理論的・思弁的な議論との間には、方法論上のトーンの落差があります。後半になるにつれて著者自身の思想的立場が色濃く前面に出て、やや宣言的・啓蒙的な性格を帯びていく点は、読者によって評価が分かれるところでしょう。第二に、“あいとぴあカレッジ”という1990年代初頭の一事例をもとにした計画化モデルの一般化可能性については、著者自身も「今後の課題」として認めている通り、他地域における比較検証がなお必要です。第三に、AIやデジタル技術への言及は意欲的ですが、やや図式的・楽観的に処理されている印象も否めず、より批判的な検討の余地が残されています。

しかしこれらは、本書の持つ価値を損なうものではなく、むしろ今後の研究領域の広がりを示すものと捉えられます。福祉教育・地域福祉・生涯学習・まちづくり論・地域共生社会論に関心を持つ研究者、実践者、行政関係者、社会福祉士やソーシャルワーカーを志す学生にとって、本書は有用な参照点となるでしょう。「哲学なき実践は凶器であり、実践なき哲学は遊戯である」という言葉に象徴されるように、理念と現場を往還し続けようとするその姿勢にこそ、本書の持つ学術的意義があると言えます。

田村禎章/「学ぶこと」から、ふくし文化を考える―田村禎章の「ふくし文化論」(1)―

社会福祉の専門教育に携わって、まもなく20年になります。

振り返れば、浅学非才な私をここまで育ててくださった恩師や同僚の皆さん、そして何より、私の話を聞き、ともに考え、ともに活動してくれた学生・生徒の皆さん、地域住民の皆さんに、あらためて感謝しています。私自身も、人との出会いのなかで学び、育てられてきたのだと思います。

いま、私が研究のなかで考えているのが「主体形成」と「ウェルビーイング」です。

少し難しい言葉ですが、「主体形成」とは、自分で考え、人と関わりながら、自ら行動していく力を育てていくこと。そして「ウェルビーイング」は、単に健康である、幸せであるということだけではなく、人とのつながりや、自分らしく暮らしていけることも含めた「よりよく生きること」と私は捉えています。

この二つを考えるうえでも、「学ぶ」ということは欠かせないのではないかと思っています。

最近、久しぶりに外国人の方々への介護福祉教育に関わる機会をいただきました。介護の現場では、多くの外国人材が働くようになっています。一方で、その人たちが継続して学べる環境については、まだまだ考えていかなければならないことがあります。

そこであらためて感じているのが、「人に依存する教育」だけでは限界があるということです。

もちろん、人が人に教えること、人と人とが直接関わることは大切です。しかし、先生がいなければ学べないのではなく、オンラインやデジタルも活用しながら、自分の生活のなかで学び、仲間同士でも学び合える。日常そのものが学びの場になる。そんな仕組みを、これからもっと考えていく必要があるのではないでしょうか。

人が学ぶ。人が育つ。そして、その人が周りの人や地域に働きかけていく。

もしかすると、その小さな循環のなかに、「主体形成」も「ウェルビーイング」も、そして「市民福祉教育」のこれからを考えるヒントもあるのかもしれません。

このエッセイ、「ふくし文化論」では、そんな日常のなかにある小さな出来事や出会いを手がかりに、人が学ぶこと、人と人とがつながること、そして、ともによりよく生きることについて、私なりに考えていきたいと思います。

 

 

阪野 貢/限界を引き受けて、なお―『「まちづくりと市民福祉教育」の研究』へのリプライ―

〇この度は、拙著『「まちづくりと市民福祉教育」の研究』(私家版⇨本編)に対して、複数のブログ読者から、丁寧かつ率直な感想と評価、さらには批判的な指摘をお寄せいただいた。拙著に目を通し、その内容について真摯に論じていただいたことに衷心より感謝とお礼を申し上げたい。
〇本稿では、こうした評価や批判を踏まえながら、拙著におけるいくつかの論点について、筆者の意図と方法的立場を補足するとともに、そこから見えてきた今後の研究課題について述べたい。

1 歴史的「原型」の概念規定をめぐって
〇先ず、第1章および第2章に対して寄せられた、「拡大解釈で、かなり無理がある」との批判についてである。これは、地方改良運動や郷土教育運動における一部の活動をもって「福祉教育の一つの原型」と捉えることには、思想的・理念的・歴史的な無理があるのではないか、という指摘である。
〇これに対して、筆者が拙著において試みたのは、当時の教育・教化活動を今日の福祉教育と同一視することではない。むしろ強調したかったのは、当時の活動が「上からの義務としての自治」という性格を強く帯びていたのに対し、今日の福祉教育が本来立脚すべきものは「下からの権利としての自治」であり、両者はその思想的基盤において大きく異なる、という点である。したがって、筆者がそこに見出そうとしたのは、単純な思想的・制度的連続性ではない。本文中でも「歴史的性格を検討」し、「批判的継承」の必要性を論じている通り、一見した現象的な類似性の背後にある思想的な断絶を確認したうえで、その断絶を踏まえてなお、後の福祉教育につながりうる契機を歴史的に検討しようとしたのである。
〇もっとも、「遡及的原点」という語を用いるにせよ、ある歴史的実践を、何を基準として「原点」あるいは「原型」と位置づけるのかについては、より明確な概念的・歴史的基準を示す必要がある。この点において、今回の批判は、筆者自身が「原型」(斉藤利彦「地方改良運動と公民教育の成立」1983年)という概念の設定根拠をなお十分に精緻化できていなかったことを自覚する契機となった。歴史的実践のなかに今日の福祉教育につながる契機を見出すことと、そこに「原点」や「原型」が存在したと断定することとの間には、慎重な概念的操作が必要である。したがって今後は、「原点」や「原型」という文言を、歴史的実践のなかに何が継承可能な契機として存在したのか、また今日の福祉教育との間にどのような断絶があるのかを、より具体的に検証していくことが求められる。この点は、今回の批判を受け止めつつ、今後さらに検討を加えるべき課題として引き受けたい。

2 実践家の言説を思想的素材とすることの危うさと意義
〇次に、第9章において、小松理虔や奥田知志といった同時代の実践家の言説を、学術的な理論的素材として位置づけたことへの危惧についてである。これは、第7章で大橋謙策の「福祉教育原理論」を基軸として福祉教育論の系譜と課題を論じたことと、小松や奥田といった現場発の言説や思想を取り上げたこととを、学問的な厳密さという観点から同列に扱うことへの違和感であったと受け止めている。
〇この点もまた、筆者にとっては意図的な方法的選択であった。ただし、明確にしておきたいのは、学術的に体系化された理論と実践家の言説とを、その学問的地位において同列に扱おうとしたわけではない、ということである。筆者が意図したのは、両者を同じ「理論」として並列化することではなく、それぞれ異なる性格をもつ言説や思想を、今日の福祉教育を考えるための「思想的素材」として読み直すことであった。拙著で取り上げた国分一太郎の綴方教育も、小松のいう「共事者」も、奥田の実践と言説も、それぞれ異なる歴史的・社会的文脈に置かれている。しかし、それらを今日の福祉教育という問いから読み直すならば、既存の枠組みを問い直すための重要な思想的契機を見出しうると考えたのである。
〇もちろん、実践家の言説を思想的考察の素材として扱う以上、学術的な体系性や概念的整序をいかに確保するかという問題は残る。実践の言葉をそのまま思想として扱えば、概念の曖昧さや論理的飛躍を招く危険がある。その意味で、この方法には一定の「危うさ」があることを筆者も認識している。それでもなお、その危うさを引き受けようとしたのは、福祉教育を、教室や研究室の内部だけで完結する実践や理論としてではなく、地域や生活の現場において生成される実践と思想との往還のなかで捉え直したいと考えたからである。今後は、実証的資料、理論的・思想的言説、実践家の「語り」をそれぞれの性格に応じて区別し、そのうえで相互に照射させる読解の方法を、より明確に提示する必要があると考えている。

3 拙著全体を貫く理論的骨格と今後の課題
〇こうした問題意識から振り返ると、拙著全体を通じて筆者が追究しようとしたのは、市民福祉教育を歴史・原理・哲学という三つの次元から捉え、それらの構造的な連関を明らかにすることである。第1章と第2章では福祉教育の歴史的性格を検討し、第7章では福祉教育論の思想的系譜を整理し、そして第9章では、小松や奥田の言説を手がかりとしながら、依存や共生をめぐる哲学的な問い直しを試みた。歴史における断絶と連続、原理における体系と継承、哲学における当事者性と構造変革――この三つの次元は、それぞれ独立した論点ではなく、相互に参照し合うことによって初めて、「市民福祉教育」という営為の全体像が浮かび上がると考えたのである。
〇そして、この歴史・原理・哲学という三つの次元を、「まちづくり」という実践の場において接続・統合し、具体的な実践構造として示そうとしたのが、第6章から第9章にかけての議論である。第6章では「まちづくり」の構造モデルを描き、第7章での議論を第9章で「依存の権利化」「権利と構造変革の教育」へ、すなわち哲学的な問い直しへと接続することを試みた。この三つの章(第6章・第7章・第9章)を通して、「まちづくり」と「市民福祉教育」を別個の実践領域としてではなく、人びとの参加、関係形成、自治、相互依存、権利の実現をめぐる一連の実践として捉え直すこと。それが拙著全体の基本的な構想であった。第8章では、「市民福祉教育」がいかに計画化され、「まちづくり」の基盤として構造化されていったかを実証的に解明しようとした。それは、第6章・第7章・第9章で展開した理論・思想モデルに対し、実際の制度や地域計画との間をつなぐ実証的な架け橋として機能させることを意図したものである。
〇第6章を「本書の肝である」と評していただいたこと、第9章について「絶望の書にも読める内容であるが、その逆の希望の書でもあろう」と指摘していただいたことは、筆者にとって印象深いものである。また、第6章以降では、議論の図表化に努めたが、最も難儀したのは第6章の図2(「『まちづくり』と自律的市民形成の循環モデル」)である。それについては、「著者の考える市民福祉教育概念が図解的に理解できた」との評価をいただいた。そして、第9章の図2(「『まちづくりと市民福祉教育』のプロセス」)において、「依存の権利化」を中核に「存在肯定(在る)→共働参加(関わる)→相互依存(動く)→共生共創(創る)」という四つの実践的プロセスを提示した試みについても、独自の理論構築として受け止めていただいたことは、いずれも大きな励みとなった。拙著には多くの不十分さや論理矛盾が残されていると思われるが、そこに込めた構想の核心を読み取っていただいたように感じている。
〇もっとも、こうした評価によって、拙著が抱える方法論上の限界が解消されるわけではない。歴史的事実の連続性をどのような概念枠組みで捉えるのか。実践家の言説をいかなる学術的手続きによって思想的素材として位置づけるのか。そして、「まちづくり」と「市民福祉教育」との関係を、単なる実践上の接点としてではなく、存在肯定、共働参加、相互依存、共生共創という観点からどこまで理論的に捉えうるのか。これらは、今回の批判によって改めて浮かび上がった、今後掘り下げるべき課題である。

おわりに――批判を次の研究への契機として
〇「研究」は、完全に完成したかたちで終わるものではない。とりわけ、歴史と理論と実践を横断しようとする試みには、概念の曖昧さや方法論上の揺らぎがつきまとう。しかし、その限界を隠すのではなく、自らの研究の限界として引き受け、そこから次の問いを立ち上げていくこともまた、研究を続けていくうえでのひとつの姿勢であると考えている。拙著は「完成した理論」を提示したものというより、歴史と理論と実践をどのようにつなぎ、そこからどのような福祉教育の可能性を構想できるのかを探ったひとつの試論である。今回寄せていただいた批判や疑問は、その試論を擁護するために退けるべきものではなく、次の研究へと開いていくための重要な契機として受け止めている。今後とも、忌憚のないご意見やご批判をお寄せいただければ幸いである。

 

K.S./敬意と苦言のあいだ ―阪野貢著『「まちづくりと市民福祉教育」の研究』を読んで―

本稿は、50年来の旧友である阪野貢さんの『「まちづくりと市民福祉教育」の研究―その思想的系譜と変革の実践原理―』(市民福祉教育研究所、2026年6月。⇨ 本編)の書評的感想を綴ったものである。

第1章:明治後期の地方改良運動にみる「自治民育」の実践

本章では、福祉教育の原点を「地方自治」や「地域振興」の視点でみたとき、遡及的原点は明治40年代以後の「地方改良運動」にあるとしている。具体的には、井上友一の「自治民育」活動、その学校現場への波及としての村田宇一郎の所論が主に紹介されている。本書の中では比較的読みやすい章である。

著者は、結論としてこの時期における敬老会活動や地区衛生組織化活動の推進過程における体験活動や交流・共生、そしてその全体としての広報・教育活動の実際に、福祉教育の一つの原型(方向性で重なること)を見いだせるとしている。13頁には当時の郷土教育や敬老・清掃といった諸活動は今日の福祉教育に通ずる具体的な活動の雛形ともしている。しかし、本書の12頁では「福祉教育は福祉文化の創造や福祉のまちづくりをめざして日常的な実践や運動に取り組む主体的・自律的な住民(市民)の育成を図るための教育活動である」としている。また同頁では、「その活動は自立・共生・自治の意識に基づかなければならない」としている。著者自身が言うように地方自治や地域振興という方向性あるいは活動の現象的類似性があるとしても、それらをもって福祉教育の原型の一とするには、評者にはあまりにも思想的、理念的、歴史的にも無理があると感じさせられた。

農山魚村経済更生運動へ、そして戦時体制へと進む過程は、福祉教育というより、あえて研究史的に言えば社会教育の流れに位置付ける方が無難かなという感想を持った。

 第2章:昭和初期の郷土教育運動における「社会奉仕」の位相

本章は、本書の中では最も短く、検討テーマや結論も分かりやすく得心できることが多かった。本章では満州事変以後に起きてくる「郷土教育(運動)」を中心の具体例として検討されている。著者はその運動の中に科学的な地域社会の実態解明や地域改善に寄与する実践的志向があったとし、今日的な住民主体形成のあり方、福祉教育につながる萌芽が見られるとして評価している。

具体的には昭和恐慌下にあり、戦時体制の強化が進行する中での「社会事業や奉仕活動、公徳心の現状」を理解、把握するための調査活動が重視されたことなどが地域実態の、生活課題などの把握を目的とした現代の福祉教育につながるとし、その動きを現代の福祉教育の「まちづくり」や「地域に根差す教育実践」の基礎の形成につながる一つとして評価している。しかし、もちろんそれは市民福祉教育にとっては、(批判的に)学ぶべき歴史的教訓があるという認識を付け加えることは忘れていない。当然その認識の帰結として、今日の郷土愛やボランティア精神の強調は無批判な体制補完に陥る危うさがあるとして、そうではなく体制に対して批判的・主体的な「市民」の形成をめざす「まちづくり市民福祉教育」が目指す方向であると結んでいる。当然のことであろう。評者には郷土教育運動の活動の一部をもって福祉教育の先駆の一形態としてとらえることは、前章同様に拡大解釈でかなり無理があるかなと感じたところである。

第3章:戦間期における生活綴方教育運動にみる「社会事業的」教育実践

本章は、評者には最も興味深く読めた章である。福祉教育の原点を、大正デモクラシィー期の新教育運動か地方改運動の流れかという対立点の紹介の後、国分一太郎の生活綴方運動を社会事業的活動の視点から検討を加えているのが本章の主な内容である。

社会事業から厚生事業へと福祉行政が転換していくこの時期の過程は、わが国全体でみると、とりわけ児童の貧困化が進んだ時期でもある。その中にあって国分は自らの教師としての諸限界を感じながら、「社会政策的」な見地・実践を教師に求めていたことを著者は高く評価している。著者は、国分のそれは貧困問題等を教師の「教育の内面化」に矮小化することへの痛烈な批判でもあったとしている。つまりここでは著者は彼の実践を「子どもを『救済の対象』としてのみみる従来の人道主義的教員像を否定し、社会構造を共に変革する『連帯の主体』として捉え直そうとする、福祉教育における『主体形成論』の先駆的形態」(28頁)として、子どもたちにも現実生活を客観的・社会的・科学的に把握させることが肝要であるとするその視点を高く評価しているのである。

教育を閉鎖的な教室空間から解き放ち、地域社会の構造的課題へと接続、展開させることを目的とした著者の福祉教育論では当然高く評価できる点であろう。

さらに国分の「社会事業的教師」像の具体化を、「伴走者としての教師像」(32頁)としてみることができるのは戦後の現代に通ずるというのが著者の新たな捉え方である。その意味でも国分の所論・実践は高く評価されてよいものであろう。

しかしここでの著者の結論の一つは、教育科学研究会や戦後の無著成恭らの山びこ実践との継承、比較など(あるいは当事者(当時の児童)の証言などもふくめ)多面的な検討課題が残されているとされている。評者にはそれらをさらに深められるならばさらに現代に通ずる福祉教育の源流の意味が良く分かるように感じられる。さらに言えば、評者個人では、本章ではいわゆる大正期からの「新興教育運動」(=新教育の児童中心主義の教育改良運動に位置付けられる場合があるが、プロレタリアート運動教育論)との比較検討がなされていないことが課題と考えた。冒頭に新教育の野村芳兵衛の名前があるので余計そう感じられる。また、冒頭での著者のいきなりの国分一太郎の所説の紹介は、著者自身が前述の流れに対し、どういう立場なのか少し分かりにくいものになっている。

第4章:徳島県・平岡国市における「子供民生委員」制度にみる「民生村造り」

本章は戦後の福祉教育の源流の一つとして、戦後初期を中心とした平岡国市の「子供民生委員制度」の内容や理念等々を、平岡の生涯の経歴や活動歴を含め、新たな発掘資料などから詳述されている。またそれと対比される形で木谷宣弘らの「みつばち」運動もとり上げられている。具体的で分かりやすい章である。

平岡はその活動精神を5つ(平和、助け合い、尊敬、健康・勤勉、奉仕)とし、(45頁)、これらの活動は、子どもと大人、地域と学校、福祉と教育を限りなく接近させ、そのつながりの中で、「民生村造り」、すなわち現代的には福祉コミュニティーづくりを進めたという評価が著者からは成されている。子供民生委員活動は「這いまわる経験主義」の一例として、その後は教育界からは批判的に退けられていくが、その後の子ども会活動や初期社会科教育活動とのつながる過程が重要であり、その流れも本章では興味深く分析されている。

本章の「おわりに」では、子供民生委員活動から8つの大きな課題(意義)を抽出している(62頁~68頁)。その中では実践例としての「佐古プランの特徴」を現代につながる大きな意義として、特に子どもを通して社会を改造していこうという流れや、理科と社会の中心学習をコアとしたコアカリキュラムなどが触れられている。8つの課題ではとりわけ、①「生きる力」と何かという問いに対し、著者の「自分を生きる力」と「共に生きる力」の両面があるという考えは、今日の福祉関係者の共通概念(理解)にすべき重要な指摘と思われる。また、②として福祉教育ネットワーク、③福祉教育の指導主事やアドバイザー・サポーター、④情報提供と住民啓発・教育、⑤集団的実践主体の形成、福祉教育運動、⑥子ども会などの地域組織活動、⑦教育福祉の問題状況のそれへの取り組みの必要、⑧「市民」的資質の育、等を「今日の福祉教育実践や研究の課題」としている。これらの課題は大変であるが、ネットワークの形成の具体化にも触れられている本章は、この諸活動がその後の「市民福祉活動」につながる子ども期からの活動として、今日的評価としてもきわめて重要という指摘は当然に思われる。

この諸活動の歴史の中に、市民福祉教育運動につながるその萌芽がほとんどあるという著者の評価は妥当に思われるが、ネットワークには共通の価値認識が必要であるが、その認識は諸活動から結果的に(自然に)形成されるのか、価値観が共通するからネットワークが作られるのかは評者にはいまだに良く理解できない点である。

福祉や医療、人権活動等々の世界では、一人の力が地域や他のおおぜいの人全体を動かすという例が多いが、平岡国市もそうした一人であろう。評者には確かに、彼の理論・実践等をその歴史的・地理的制約や限界と共に、その先駆性は正当に評価して良いように思われた。

第5章:神奈川県と鳥取県八頭郡における福祉教育実践の成立と展開

本章では、神奈川県の社会福祉研究普及校制度や鳥取県八頭郡社会福祉協議会の活動が主に紹介されている。前章につながる福祉教育の歴史的研究の一環である。本章に関しては、評者も一時期神奈川県の通信制高校および専修学校に勤務していた時代があり、本章にとり上げられている神奈川県下の中・高校名等と共に「社会福祉研究普及校制度」は懐かしく思い出す制度である。この制度について著者は、「生徒は福祉活動への参加を通じて、自発的に相互扶助や博愛の精神を発揮する主体として形成されるが、この自発性そのものが制度的に設計されているのである」(79頁)と痛烈に批判的総括がなされているが、当時現場に近い所にいたものとしては、中学生、高校生には「思いやり」教育もそれなりに意味があるように感じて眺めていた記憶がある。ただもちろん、著者の言葉を借りれば、(官製の上からの)行政主導型の教育活動(しかも短期間・短時間)のそれはほとんど身につかない、内面化されない結果を生むということはその通りと思えることである。

一方で、鳥取県のそれは著者によれば、地域改善(地域開放)と人間形成を不可分のものとしてとらえ、教室内の閉鎖的な空間での知識の伝達に自己完結させるのではなく、地域社会の文脈に即した実践的課題の解決が、地域改善と人間形成を不可分のものとして構造化していたことが高く評価されている(83頁、86頁)。ちなみに、86頁の図1は、福祉教育に限らないが、教育(学校)における一般的な教師の立ち位置を示すものとして、教師(学校)と社会との緊張関係を示し、社会変革か社会統治かのどちらに自己の比重をかけるかが対比されていて分かりやすい。しかしそれは裏返せば、著者も言うように、教師の役割、力量がきわめて重要なポイントとなることも示しており、その関りにあいまいさや構造的な弱さも生むものととらえることができるものである。

いずれにせよ、これらの活動はのちの全国社会福祉協議会等による福祉教育の全国化(全年齢化)のさきがけになったことは言うまでも無い。

第6章:「まちづくり」言説の系譜と自律的市民の位相

著者の「まちづくり」概念と「市民福祉教育」の関連が構造的にわかりやすく明らかにされ、学ぶことが多い章である。ここではその説明として、玉野井芳郎、田村明、山崎亮、山下祐介の4人の所説の詳しい解説により、評者のような専門外の人間にも理解でき興味深かった。本章はこれら4人の言説を土台に、著者自身の「まちづくりと市民福祉教育」の概念とその理論的基盤を明示しようとした意欲的な章である。

4人の言説を一言でまとめれば、玉野井は新たな市民の再生、田村は市民政府の構想、山崎はコミュニティーデザインによる地域での人間関係の再構築、そして山下は地域学を地方消滅に対抗して創案したとされている。しかしこれらの4人の言説は、共通(一貫)して住民=与えられる存在から、市民=自律的に参加して自治を担う主体への転換を要請しているとし、「この主体形成のプロセスこそが、筆者が探究する『まちづくりと市民福祉教育」の根幹である」(92頁)と著者はまとめている。これらの丁寧な解説を読み、104頁の図2(「まちづくり」と自律的市民形成の循環モデル)をみると、著者の考える市民福祉教育概念が図解的に評者にも理解できたことはうれしい読後感である。

ちなみに著者によれば、玉野井は市民を国家に絡み取られた存在ではなく、地域での生活に責任を持つ生活者として措定され、地域はそれぞれの歴史と伝統を誇る自立した主体の集合体であるとまとめている。

田村は、「都市計画」から「まちづくり」というひらがなの概念を社会に定着させる役割を果たした人として紹介されている。そこではまちづくりは人間の共同生活の自治化を目指すものとして理解される。具体的は、モノ,シゴト、クラシ、シクミ、ルール、ヒトづくり、コト起こしの7つが展開されるというイメージであるとし、「市民政府は、市民参加の到着点でもある」(96頁)とされる。著者による理解は、こうしたまちづくりは究極のところ人づくりに行きつくと解される。

山崎のコミュニティーデザイン論の与えたその後のまちづくり、過疎の克服策、計画等々の策定過程や方法などの影響は今日でも大きいが、著者はこれを地域の課題を地域の人たちが解決するための場をつくることとし、箱もの行政ではなく、地域の人間関係の再編に構造転換させた人物として高く評価している。地域活動に楽しさをもとめた山崎の所論は、その後の今日までつづくいわゆるコンサル行政のあり方にも大きな影響をあたえるものであった(皮肉にもコンサルがさかえ、地域は消滅であるが)。

山下の地域学は、消滅可能性自治体論に対抗したものとしてよく知られている。著者によれば、地域の実像は生命、社会、歴史と文化からなるものとして認識され、地域は、相互扶助の構造と機能を持つ場であると認識される。国家ナショナリズムから地域ナショナリズムへの転換を説くとされている。当然そこには地域固有の(伝統的な)福祉文化がある。

著者は、4人(地域主義、まちづくり、コミュニティーデザイン、地域学)についてその限界と効用を丁寧にまとめている(103~104頁)。その通りと思われるが、では、というところで、104頁において、まちづくりと自立的市民形成の循環モデルが提示され、105頁においてその解説が示されている。評者には、著者の市民福祉教育論の考え方が本書中で一番よくわかる図であると感じた。円環状に結ばれるプロセスそのものが著者の言う「市民福祉教育の実態」であり、その中心冠の核において形成されるものこそが、自律的市民に他ならない、とする結論は評者のような門外漢にも理解できる。著者の考えが具体的(直観的)に理解できるレベルで説明された本章は、本書の肝であると感じられる。歴史研究的な部分を除き、抽象化されて分かりにくい著者の福祉教育論の見える形での具体化の一つである、と評者は高く評価したい。

第7章:福祉教育論の再考と現代的展望

本章は福祉教育論の概念や定義等について、大橋謙策、原田正樹、阪野貢の3人の論を中心に検討されている。いずれも地域福祉の主体形成を重視する立場は共通するが、著者は大橋の論を、「地域福祉計画策定主体、実践主体、利用主体、社会保障制度契約主体」の4つに課題を整理して考察し、大橋の福祉教育論への批判も含め詳しく紹介されている。原田については「協同実践」がその本質であるという理解であり、地域福祉の下位概念・従属概念ではないとすることに同意を示している。原田に関しては共に生きる、支えあうというその関係性や地域性が重視されるということがポイントであるとされる。

一方、大橋福祉教育論を継承する(したい)という著者の福祉教育論は、あくまで「市民福祉教育」論がその理念・方向性の根幹である。著者は、市民福祉教育を「福祉文化の創造や福祉のまちづくりをめざして日常的な実践や運動に取り組む主体的・自律的な市民の育成を図るための教育活動であり、その内容は、人権の尊厳と自由・平等・友愛の原理に立って、平和・民主主義・人権と、自立・共生・自治の思想のもとに構成され、その実践では、歴史的・社会的存在としての地域の社会福祉問題を素材にし、課題解決のための体験学習と共働活動を方法上の特質とする」(117~118頁)。としている。

大橋と共通する点や、句点(。)の少ない意味の取りにくい定義であり、大橋の福祉教育概念と重なる部分もあるが、独自のものである。著者のなかでは、協働は行政主導や専門化主導の枠組みの中での活動であるが、共働は市民が主体的・自立的に、対等な立場で互いに働きかけ、共に新たな価値を創造していく能動的な関係を意味するとされている(118頁)。

さらに、市民福祉教育は、理念・目的・目標、学習者、指導者・支援者、素材・教材、教育内容・方法、教育評価などによって構造化されるとしている。120頁の市民福祉教育の理念と構造を示す図1によれば、それは、定型教育、不定型教育、非定型教育、市民・文化活動(運動)に関連し、その統合・結節点的なものとしてイメージ化されている。121頁には、大橋、原田、阪野のそれぞれの「福祉教論の特質」が、定義の基軸、キーワード、学習の主眼、地域・社会観、実践のアプローチの5つの項目で整理されており、それぞれの特質が分かりやすく説明されている。

しかし一方で、著者は福祉教育の研究者としての3人に共通する志向性として、「地域福祉と福祉教育の不可分性と有機的連携」、「主体形成の重視と市民参加の促進」、「まちづくり・社会変革の推進と地域共生社会の実現」、「実践と理論の往還的関係の重視と実践研究の推進」がそれであるとしている(122頁)。門外漢の評者にはこうした理解が本当に正しいのかどうかの判断ができないが、この3人(著者も含む)は、学述的な系譜を形成しているとの自負はむしろ貴重であろう。

本章は、著者によれば、市民福祉教育を市民自治による社会変革モデルとして再定義したい(125頁)としたものであり、そのことの意欲には敬意を払いたい。

第8章:「まちづくりと市民福祉教育」の計画化と実践的展開

本章にとり上げられている狛江市での「あいとぴあカレッジ」が行われてい1990年代当時のことは、評者も、筆者やその後の報告などを通して聞き及んでいたことであり、記憶が鮮明である。今回、本章で改めて著者の当時の想いや体系的、献身的努力を知り、強く敬意を払う次第である。

あいとぴあカレッジは「地域福祉活動計画」の一部であるが、単発的な学習や実践ではなく、体系的な福祉教育実践という位置づけで、目的意識的に取り組まれたことが第一の大きな意義である。著者によれば福祉教育研究は、①実践事例の検討、②教育内容・方法、③地域福祉との関連の理論的研究、の3つに大別できるとされている。しかし、従来の研究ではいかにしてそれが「地域福祉計画」の中で構造化されるのか、さらに「計画過程」そのものの分析は十分ではなかったという問題意識を持っている。著者の問題意識には、計画化⇒そのプロセスの構造化⇒まちづくりへの具現化という一連の流れとして把握されるべきだということがある。

著者は、福祉教育は事業計画、施設整備計画、マンパワー計画、財政計画の4本の柱で構成されるとし、住民の生活実態、課題、住民の学習要求、学習機会の地域での提供状況などにふまえた上での「目標の明確化」が最も大事であるとする。あいとぴあカレッジでは事務局に企画小委員会や作業部会が設けられ、作業が進行していく様子が詳述されている。140頁には15回にわたったカレッジの学習テーマおよび学習内容が表として掲載されているが、総論、各論、方法論がまちづくり、その担い手づくりという方向に向けて、当時の時代背景の中で周到に準備されていたことがわかる。

評者はこの計画の実践過程を読み、今日ではなかなか実現が難しい状況があると感じた。例えば、公的機関が行う学習会では今日では実費徴収が通常だと思われるが、学習者から参加意識の醸成も含め4000円を徴収したという点や、15日間という長い期間であったにもかかわらず、年齢や属性がそれなりにばらけた30名という受講者数が確保できたこと、評価の観点は満足度等ではなく実際に普段の暮らしの中で変化を起こしたかなどであるとされていることなどがその例で、その独自性を高く評価したい。

著者は本章では、現代社会の福祉問題の多重化=制度的対応ではできない、あるいは制度自体が存在しない、SNSに代表される情報環境、学習環境の大きな変化にあった「福祉教育」の意味を問うている。確かに現代社会の大きな問題は、近年の格差の拡大をきっかけに、自己責任論の横行や関係性の断絶、偏見・差別という現状を生み、その結果、価値観そのものが人により異なることや、地域課題の解決のためのゴールをどこにするかなどの合意形成が難しくなってきているということがある。評者も、極論すれば、著者が自明に使う「基本的人権」、「平和」、「社会正義の実現」という言葉に内包される意味や共通認識が分かりにくくなっていることを認めざるを得ない。社会のあらゆる分野でいわゆる「暗黙知」「共通イメージ」ということが失われつつあり、そのことが「福祉教育論」の現代的共通理解の妨げになっていると感ずる一人である。

第9章:「まちづくりと市民福祉教育」が拓く新たな地平

本章は、今日における思いやり的な「福祉教育」の実践内容や現場の問題点を整理・克服し、新たなあり方を模索した章である。40年近くに渡り「福祉教育」の研究者の一人としてその分野をリードしてきた著者の現代の福祉教育への「絶望の書」にも読める内容であるが、その逆の希望の書でもあろう。著者はそれらの多くある課題を、①理論的課題、②実践的課題、③哲学的課題の3つに整理して論述している。

それらの内容は、著者の言葉を借りるならば、理論的課題には「自立は依存先を増やすこと」(熊谷晋一郎)という新たな福祉観との抵触、実践的課題では相変わらずの教室内での実践(学習中心)の限界、哲学的課題では従来からの単なる共感的学習にとどまり、地域そのものを変革するという主体形成の視点がないことなどがあげられている。

福祉における「依存と自立」の理論的課題や実践的課題を深めるために、本書では小松理虔をあげている。彼は東日本大震災を経験した中で得た当事者か否かという分け方ではなく、「中途半端さ」を認めた関係上での「共事者」という概念を提起する。(いわゆる最近よく使われる「関係人口」ではなく)地域にあってもこうした緩い関係による「地域共生社会」を構想していることを著者は評価している。哲学的課題については、奥田知志をあげている。奥田の問題意識は、現代では自己責任論のあげく「助けて」と気楽に言えない社会があるとし、「伴走型支援」として誰も一人にしないまちづくり、希望のまちづくり、「なんちゃって家族」のまちを目指していることなどを紹介している。著者はこれら二人(共事者の連帯,不可解性の受容)の交差点にこそ、まちづくりの新たな方向性がるとしている。著者によればそれは、自立から相互依存へ、さらにその依存の権利化をとなえ、慈恵的な思いやりでない闘争的な愛,共働的な愛の対置である。これができる社会が結果的に「インクルーシブ社会」になることは評者に首肯するところである。また、こうした相互のあり方を内実化させるために、著者は共感を大切にするが,その共感とは情緒的なものを超え、「他者に対して共に・関わり・関心を持ち続ける『共闘』意識の醸成である」と結論している(163頁)。

本章では他に、鯨岡峻の相互主体性も紹介されているが、関係性を上下でとらえるのではなく、それぞれが主体として機能する能動的な発展的な関係が説明されている。

 本章の「おわり」には、本書全体につながる結論として、まちづくりと市民福祉教育は「個人の内面を耕すという次元を超え、誰もが安心して依存し受援し合える地域共生社会を共創するための、自治的・共働的な社会変革の実践である」と結んでいる(171頁)。さらに173頁では、「教育の本質は、社会に厳然と存在する不条理や構造的課題を『生きた教材』として提示し、多様な価値観が交錯するなかで、『対話と共働』を継続させる場を保障することにある」ともしている。教師だけでなく、専門家、保護者、施設管理者等々に求められる視点でもあろう。

本書は、筆者が50年近く継続的にその実践・研究に携わってきた「まちづくりと市民福祉教育」の集大成である。福祉教育を支える歴史・哲学・原理の再考を狙いとした本書は、評者には正直なところかなり難解であった。しかし、福祉教育に関心のある者、福祉教育研究者、地域福祉の研究・実践に携わる研究者や行政マンには基本的知識としてぜひ読んで、部分的にも実践してもらいたい。