〇筆者(阪野)の手もとに、中村哲に関する本が4冊ある(それしかない)。
(1)中村哲『中村哲 思索と行動―「ペシャワール会報」現地活動報告集成[上]1983~2001―』(ペシャワール会、2023年6月。以下[1])。
(2)中村哲『中村哲 思索と行動―「ペシャワール会報」現地活動報告集成[下]2002~2019―』(ペシャワール会、2024年6月。以下[2])。
(3)中村哲『天、共に在り―アフガニスタン三十年の闘い―』(NHK出版、2013年10月。以下[3])。
(4)山岡純一郎『炎と水―中村哲と名もなき人たちの旅―』(集英社、2026年2月。以下[4])。
〇[1]では、1983年のハンセン病治療から始まり、2000年の大干ばつによる人々の飢えと苦しみ、多数の幼児の死に直面して「百の診療所より一本の用水路」と唱え、命の水を引く灌漑事業を決断するに至るまでの軌跡(1983年〜2001年)が記されている(「ペシャワール会報」1号(1983年12月)~70号(2001年12月))。[2]では、 クナール河からの大用水路(マルワリード用水路)の建設、過酷な政治情勢や治安の悪化、そして2019年12月に凶弾に倒れる直前までの、中村の真骨頂である悪戦苦闘の「行動力」が克明に記されている(「ペシャワール会報」71号(2002年4月)~142号・号外(2019年12月))。[3]は、中村の、生前の最後の著作である。中村はいう。「現地三十年の体験を通して言えることは、私たちが己の分限を知り、誠実である限り、天の恵みと人のまごころは信頼に足るということです」(5ページ)。「あらゆる人の営みが、自然と人、人と人の和解を探る以外、我々が生き延びる道はないであろう」(246ページ)。[4]は、35年以上にわたり医療支援と灌漑事業(用水路建設)に命を捧げた偉人・中村の信念と足跡、そして彼と出会い、共に関わった「名もなき人たち」の営みを多角的に描いた評伝である。
〇中村は、「平和とは実体であり、観念の問題ではない」([2]332ページ)。「平和とは消極的なものではありません。それは戦争以上に忍耐と努力、強さが要ります。『平和』は、私たちの祖先が血を流して得た結論の筈です。弱い者に拳を振り上げて絶叫するのは、人として卑怯かつ下劣な行為です」([2]74ページ)という。中村が「好む言葉」に「一隅を照らす」([1]254ページ)がある。そして中村は、「私たちの事業は『小さくとも美しい』、『空砲ではなく実弾』〔引用者注:理念より行動を。議論より実のある支援を〕をモットーに進められてきました」([1]300ページ)という。
〇本稿では、[1]と[2]を中心に、留意すべき「平和」や「人間のあり方」についての言説を抽出し、その思想的な核(コア)のいくつかをメモっておくことにする(見出しは筆者)。
「重荷を負いあって生きる」という支援の原点-批判への答弁-
私がパキスタン行きの意志表明をするに当たり、日本では多くの人々の協力・激励と共に、批判もいただきました。(中略)これらの批判を要約すれば、
➀国内でもすべきことは沢山あるのに、なぜ外国までわざわざ出かけようとするのか。
➁現地には現地のやり方があり、彼らが自力で解決すべきで、外国人が親切の押し売りをするのは疑問である。
➂援助は現地の依頼心を助長し、独立性をうばう。
➃現地なりに安定した「平和な」生活を、近代的医療援助は破壊する。
というものであった。その他、極端な意見の中には、「帝国主義の手先である」とか、「人口増加に手をかして貧困を助長する」とかいうものまでありました。また、意地のわるい見方には、「自分の野心やロマンを美化するものだ」というものもあります。(中略)
先ず強調しておきたいことは、人は何処にあっても、どんな立場にあっても、夫々(それぞれ)のやり方で、夫々の重荷を負いあって生きてゆくように召されているという事実であります。これが私たちの出発点であり、くりかえし、たちかえってゆくべき共通点であります。そして、それはあらゆる立場、あらゆる国境を超えて全ての人間に及ぼされるものであります。(中略)
第二に、今日の日本の繁栄に限らず、全ての「繁栄」と名のつくものは、弱者の犠牲の上に築かれてきたことを否定するものはいますまい。悲しいまでに徹底したこの構造は、今日緩和されるどころか、明らかには意識されにくい形で強化されているというのが現状であります。(中略)その中にある私たちが、「自立更生が原則である」といって自ら何もしなければ、それは結局「人のことまでそうかまっておれるか」という態度の別の表現でしかないことがしばしばであります。
第三に、「近代化」というのは発展途上国においては、過去の日本と同様、今や押しとどめることのできない滔々(とうとう)たる歴史の流れであります。「平和なアジアの山村」というのは、われわれの頭の中にある一種の郷愁の産物でしかありません。「近代化」は私たちの想像をはるかにこえて、大規模な形で破壊的に進行している。問題は、いかに良き近代化を彼らと共に模索しあってゆくかということにあります。(中略)われわれの「援助」が「お恵み」ではなく、自助を助けるものであるべきことはいうまでもありません。
ついでに、医療援助が人口増加に手をかして貧困を助長するとか、社会矛盾を隠蔽(いんぺい)するものだとかいう批判について一言。世界最大の医療援助団体たるWHO(世界保健機関)の係官すら、「われわれがそれほどの力をもつことができたら!」というのが嘆きであるのが現実なのです。
最後にもう一度、それでもなお私たちは重荷を負いあい、支えあって生きるという姿勢を捨てるべきではありません。世界が金と力で動かされ、利己主義や敵意、我執(がしゅう)や妬(ねた)みで満ちているとはいえ、この世界をかろうじて破滅から守っているのは、このような「支えあう」という善意の努力かも知れません。([1]17~18ページ)
「哀れな人々に愛の手を」の傲慢 ―共に生きるということ―
ペシャワール会の活動は1992年を以て10年目に入る。(中略)
この間、国際化の声の高まりの中で、ある時は誉めそやされ、ある時は無関心の壁に泣き、ある時は心ない批評に耐え、我々如き取るに足らない一市民団体がよくここまで支えられて来たものだと思う。支える者も、支えられる者も、それぞれの思いを込めて活動に参加してきたに違いない。だが我々は、ただの一度も「哀れな人々に愛の手を」という美辞を並べなかった。それは、現地も日本も大方の者が、支えることによって自らも支えられるという単純な真理に気づいていたからである。([1]230ページ)
「希望」は事実を見据える努力のなかにある―静かで確かな覚悟―
希望や平和もまた、血や汗を流し、身を削って得られるものである。
日本もまた、この17年でずいぶん変化した。現地とは違うが、もっと根深い混乱に陥っているように見えて仕方がない。「人間に本当に希望はあるか」という基本的な問いを我々は共有している。漠たる不安や虚無感がはびこる中で、お手軽な解決策を説く大小の方法や権威に、我々はこと欠かない。人々がやすやすと、これらの餌食になる事情はどこでも、いつでも、同じである。それが政治スローガンであろうと、健康を約束する怪しげな知恵であろうと、幸福と自由を保証する何かの教えであろうと、名利や所有への没入であろうと、享楽による忘我の技術であろうと、科学技術への楽天的な信仰であろうと、同じことである。まして、巧妙な宣伝技術で消費欲をあおり、物質的欲望に耽溺(たんでき)させなければ回転できない経済構造など、見かけ倒しのフィクションである。
だまされてはいけない。希望は、決して捏造(ねつぞう)された思いこみや、野放図な自由の幻覚の中にはない。それは世の常とする虚構を超えて、不安の運動に左右されず、人間と自然の事実を見据えようとする努力の中にある。怪しげな偽りが跳梁(ちょうりょう)する時代の奔流の中で私たちのささやかな活動に何かの意味があるとすれば、困難の上に小さいが確かな憩いの場を築き、見捨てられた人々に慰めを与えてきた、そのことであろう。それによって、自分たちも希望と慰めを得てきたのである。([1]385~386ページ)
「平和は軍事力では達成できない」という教訓―平和憲法の危機―
狂気の時代である。グローバリズムが国際暴力主義と結合して、面妖(めんよう)な世情になってしまった。(中略)
滅びた「正義」に、別の「正義」がとって代わる。時には、「民主主義」や「平和」の仮面をかぶって戦争が正当化される。(中略)私たちは、いとも簡単に市民社会だとか、市民運動だとかを語るが、途上国の一般大衆には先ずもって「市民権」がないことを報告しておきたい。(中略)
平和を語るに消極的な日本の民心を眺めるとき、漠然と「生活と身を守る戦争なら‥‥‥」という無力感と不安が忍び込んでいるのを観る。戦後、日本の民心を正気に連れ戻してきたのは、我々の先人たちの無数の血の犠牲、その記憶たる戦争体験であった。日本は加害者であり、同時に被害者でもあった。そして、その限りにおいて、日本は「平和」の発言者たり得たのである。今まさに、先人の犠牲の結実たる平和憲法の改正が、現実の虚像に基づいて大した抵抗もなく受け入れられようとしているのは、耐え難いことである。(中略)
平和は軍事力で達成できないことを私たちは見てきた。(中略)敵は吾々の内にある。([2]100~101ページ)
「何をすべきか」と「何をしてはいけないか」、その相克―名誉ある孤立-
よく「日本だけが何もしないで良いのか。国際的な孤児になる」ということを耳にします。だが、今熟考すべきは、「先ず、何をしたらいけないか」です。「徳は孤ならず、必ず隣あり」(引用者注:孔子の言葉。正しい行いや道徳を身につけている人は、孤立することはなく、必ず理解し協力してくれる仲間(隣人)が現れるものである)と言います。目先の利を離れ、和を唱えて孤立するなら、それは「名誉ある孤立」であり、世界の人々の良心に力強く訴え、真に国民を守る力、平和への国際貢献となるでありましょう。その時、私たちはアジア民衆の友であり、平和日本の国民であることに、胸を張ることができるでしょう。([2]150ページ)
「正気と人間らしさを保つ」ために―欲望と偏見を越える、ひとすじの祈り―
アフガニスタンで起きた出来事から今の世界を眺めるとき、世界は末期的状態にさしかかっているようにさえ見えます。無差別の暴力は過去の自分たちの姿です。敵は外にあるのではありません。私たちの中に潜む欲望や偏見、残虐性が束になるとき、正気を持つ個人が消え、主語のない狂気と臆病が力を振るうことを見てきました。
このような状況だからこそ、人と人、人と自然の和解を訴え、私たちの事業も営々と続けられます。ここは祈りを込め、道を探る以外にありません。祈りがその通りに実現するとは限りませんが、それで正気と人間らしさを保つことはできます。([2]375ページ)
「死んでも撃ち返すな」という信念―「信頼」こそが安全保障―
1992年、ダラエヌール診療所が襲撃されたとき、「死んでも撃ち返すな」と、報復の応戦を引き止めたことで信頼の絆を得、後々まで私たちと事業を守った。戦場に身をさらした兵士なら、発砲しない方が勇気の要ることを知っている。(中略)
私たちPMS(平和医療団・日本)の安全保障は、地域住民との信頼関係である。こちらが本当の友人だと認識されれば、地元住民が保護を惜しまない。
そして、「信頼」は一朝にして築かれるものではない。利害を超え、忍耐を重ね、裏切られても裏切り返さない誠実さこそが、人々の心に触れる。それは、武力以上に強固な安全を提供してくれ、人々を動かすことができる。私たちにとって、平和とは理念ではなく現実の力なのだ。私たちは、いとも容易に戦争と平和を語りすぎる。武力行使によって守られるものとは何か、そして本当に守るべきものとは何か、静かに思いをいたすべきかと思われる。([3]244ページ)
〇以上の言説は、戦乱と干ばつ、飢餓に苦しむアフガニスタンで展開されたものである。そこに通底するのは、「病気どころではない。まず生きておれ!」([1]416ページ)という愚直な 「命」(いのち)と「生」(せい)の肯定であり、「人間とは命であり、自然と人、人と人の関係性のなかにしか生きられない存在である」という、冷徹に現実を見つめた人間観、そして平和観である。そこでは、武器による防衛力や軍事力ではなく、地域住民と利害を超えて築きあげた「信頼こそが安全保障」に他ならないとされる。それは、人間は単独で完結する孤立した存在ではなく、他者と「重荷を負いあう関係性」において初めて人間たり得るという思想に他ならない。
〇従ってそれは、単に「人と人はつながって支えあおう」という情緒的なスローガンとは一線を画す。「他人様を助けることは何かを捨てることです。与えるとは自分の何かを失うことです」([1]127ページ)。自らの内にある欲望や偏見、そして他者の犠牲のうえに成り立つ「偽りの繁栄」の構造を厳しく自覚したうえで、なおも国境や立場を超えて互いに命を支えあうという「静かで確かな覚悟」である。自然と人、人と人との生々しい現実(事実)を凝視するなかで、お互いが「支え、支えられる」という人間の原点に立ち返ること――それこそが、狂気に満ちた世界のなかで正気と人間らしさを保ち、真の平和と希望を紡ぎ出すひとすじの道である。「支え合い」とは、「相手の立場を理解し、そのために心を砕く事」([1]177ページ)である。中村の言葉はこう教えてくれる。
〇別言すれば、中村が取り組んだNGO活動や平和への言説は、(1)「構造的な視点」の獲得:「人道支援」や「命の尊厳」といった情緒的・表層的な綺麗ごとではなく、現代の繁栄は弱者のうえに築かれているという社会構造を直視すること。(2)「内なる狂気」への内省:戦争の原因は、外部(他国や悪人)にあるのではなく、「私たちの内にある欲望や偏見、残虐性」が束になったものであるとする内省的なアプローチ。(3)「正気を保つための営為」としての支援:彼らの活動は、単なる「困っている人を助けるボランティア」ではなく、「人間が人間として正気で生きるための根源的な営み」であるという認識。(4)「共に生きる」ことへの覚悟:現代社会に溢れる形骸化した「絆」や「共生」という言葉と決定的・根源的に異なる、自らの身を削り、痛みを覚えながらも「共に生きる」ということについての「静かで確かな覚悟」、などが提示されているといえる。
付記
〇筆者の手もとに、批評家・作家である東浩紀の著書『平和と愚かさ』(ゲンロン、2025年12月)がある。そこで東は、「平和の本質は戦争をしないことにあるのではない。戦力を放棄することにあるのでもない。戦争について考えないことが許されていることにある」(22~23ページ)と指摘する。
〇一般に「平和」とは、命の危険や生活の保障、あるいは国家の存亡といった深刻な事態を心配することなく、安心して日常生活を送ることのできる状態を指す。これに対して、東のいう「愚かさ」とは、知性や判断力の欠如を意味するのではなく、そうした深刻な問題を日常的に意識せずに暮らせる状態を指す。別言すれば、人々が戦争や国家の危機について考えずに日々の生活を営めることこそが、「愚かでいられる状態」なのである。
〇こうしてみると、「平和」と「愚かさ」は、一見相反する概念のように思えるが、実は表裏一体の関係にあることがわかる。愚かであること(=深刻な問題を考えずに済むこと)が許容される状態こそが平和であり、平和であるからこそ人は愚かでいられるのである。こうした東の逆説的な視点は、単なる言葉遊びではなく、現代の平和観を問い直すひとつの見解として興味深い。付記しておく。




