老爺心お節介情報/第84号(2026年4月30日)

「老爺心お節介情報」第84号

〇新緑が目に眩しい季節になりました。皆様には、新たな気持ちで新年度を迎えられ、元気に業務に励まれていることと推察いたします。
〇私は、4回目の「四国通し歩きお遍路」を断念した変わりに、この4月5日から中山道約530キロの通し歩きを企てました。しかしながら、4月19日、足の裏のまめが化膿し、歩けなくなりリタイアしました。長野県妻籠宿まではどうにか歩いてきましたが、美濃路には歩いては入れませんでした。
〇中山道の道中記は、「中山道69次 よろよろへとへと道中記」としてまとめました。この「老爺心お節介情報」と一緒にファイルを添付してありますのでご笑覧下さい。
〇歩いてみて、いろいろ考えましたが、いくつか今後我々が地域福祉を推進するに当たって考えなければならないことを取り敢えず列挙しておきます。

2026年4月30日   大橋 謙策


〇地域の成り立ちや地域属性は違う市町村が「平成の合併」で市長村域を拡大した結果、旧市町村の教育と地域福祉はどうなるかを、合併後20年経った今、改めて検討しないと「地域福祉ガバナンス」、「地域福祉マネジメント」等といった用語の目新しさにごまかされて、本質を失いかねない状況が多々あることに気が付きました。
〇かつて、私は長野県茅野市の福祉行政アドバイザーをしている時に、当時の市長である矢崎市長に、画一的に広域化を進めるのではなく、広域化する部門とより分権化する部門とがあることを提言しました。
〇消防、建設土木、清掃環境は広域化する必要があるが、教育と社会福祉はより住民の身近な圏域に分権化させ、住民参加で運営しないとうまくいかないと提言をし、「福祉21ビーナスプラン」を作り、分権化した地域福祉システムを創りました。
〇茅野市の地域福祉システムは分権化でき、効果を発揮できたのですが、介護保険は長野県の強い指導があり、それに抗せず茅野市は諏訪・岡谷などとの広域組合立になりました。茅野市の「主権者」としての位置は事実上発揮できなくなりました。
〇中山道を歩いていて、すごく広域化した市町村の福祉サービス、介護サービス等の需要と供給がうまくいっているのか、合併後の周辺地域の生活のしづらさはどうなったのかを改め検証しないと地域福祉研究者としての責任が問われるとつくづく思いました。


〇「2040年問題」は既にいろいろな形で我々の認識を超える形で実体化してきています。社会福祉法人の売買収の動きや多面的な要因によるサービス提供が困難になってきている社会福祉施設、社会福祉法人の譲渡、買収問題はこれからの地域福祉の大きな課題です。
〇そのような中、市レベルの社会福祉法人監査能力の問題や経営形態が異なる広域組合立、公設民営社会福祉法人、純粋な民間設立社会福祉法人等の連携・合併・吸収に関わる知識、ノウハウがない状況の中で、民間サイドの動きは活発になっています。しかしながら、それらの課題に関する論議は、地域福祉システム、地域福祉計画の視点からは全くと言っていいほど論議がされていません。
〇木曽圏域6町村では、「松本・塩尻・木曽広域組合」立の特別養護老人ホームの経営が難しくなり、かつ築後経年劣化もあり、閉鎖が検討されています。しかし、それは単なる「松本・塩尻・木曽広域組合」の問題ではありません。木曽6町村の住民の介護サービスの総量を今後どう確保していくかという問題でもあります。
〇しかしながら、木曽6町村の介護保険は「6町村の広域組合」立であり、町村毎の地域福祉システム、地域福祉計画との関係でどう考えるべきかの町村の「主権者」としての役割を十分発揮できない状況にあります。
〇木曽地域では福祉サービス提供の「主権者」が分散し、いわば「無責任体制」にもなりかねない状況の中で、何が「地域福祉ガバナンス」、「地域福祉マネジメント」なのか研究者は回答を求められています。
〇「2040年問題」は深刻で、かつこのような状況の中で、日本地域福祉学会や地域福祉研究者はこれらの問題にどう対応しようとしているのでしょうか。


〇かつて、私は社会福祉法の改正で、「地域の生活課題」の文言が組み込まれた際に、それは社会福祉法の趣旨からいえば、「地域生活課題」ではなく、「地域の社会生活課題」なのではないかと問題提起しました。
〇今、問題になっているのは、個々の住民の生活上のしづらさの問題だけではなく、地域生活における社会関係、人間関係が絶たれ、住民が「孤立」、「孤独」になり、社会生活が成り立たなくなっていて、その結果としての地域機能の保全維持が困難になってきていることの問題です。
〇結果としての「孤独」、「孤立」問題というより、社会的に「孤独」、「孤立」を作り出している構造を考え、それへの対応策を地域福祉の視点からシステムづくりをする必要性を強く感じてきました。


〇中山道歩きの泊まった宿々で、多くの、長期に滞在している労働者と会いました。かつての「出稼ぎ労働者」という、プレハブの「飯場」で寝起きして働くというイメージは少なくなりましたが、例えビジネスホテルで寝泊まりしていても、長期出稼ぎの状況は変わっていないのだと思いました。
〇それらの多くの人は、契約社員であったり、派遣社員であったりと「不安定就業」に従事しているとみられます。
〇“現象的”に「貧困」が把握しづらくなっているのだと思いますが、我々が忘れてはならない原点です。
(2026年4月30日記)