「老爺心お節介情報」第86号
〇早いもので、もう5月の下旬です。今や、日本には四季がなくなったのでしょうか、夏日、真夏日が続き、夏の気候になってしまいました。それでも、自然の営み、時は流れて、チョウゲンボウが営巣のために飛来してきましたし、時鳥(ホトトギス)が“トウキョウ、トッキョ、キョカキョク”と鳴き始めました。
〇私の足の具合はだいぶ良くなり、傷口も塞がり、5月22日には医者から治療は終わったという宣告を頂きました。治療薬を塗り、包帯を巻くということはなくなりましたが、足のはれと痛みは未だ残っており、まだ足を引きずりながら外を歩いています。やはり全治1か月では完治しませんでした。
〇この間の出来事を綴ります。
(2026年5月28日記)
Ⅰ 足の負傷に伴う羽田空港での車いす体験
〇5月11日、香川県社会福祉協議会の「2040年に向けた社会福祉協議会のあり方」検討会に参加しました。
〇南武線の稲城長沼駅の始発電車に乗れば、座って川崎駅まで行けると思い、タクシーを予約していきました。
〇前夜までの予約は、運転手がいないので夜の11時から朝方の6時までなら予約できるのですが、6時を過ぎるとできないというのを足が悪いからと言って頼み込んできてもらいました。タクシー運賃は通常の距離による運賃の他に予約料金700円、送迎料500円を上乗せで支払いました。
〇JR川崎駅から京急川崎駅まではよろよろと歩きました。問題は羽田空港内の歩行です。四国方面行のANAのボーディングブリッジ(ゲート50番前後)は遠く、普段使うチェックインカウンター後の保安検査場からは約1キロあります。
〇チェックインの際に、電動カーの予約をしたら、運転手付きの電動カーを手配してくれました。乗ってみて驚いたのは、電動カーがクラクションを鳴らしながら走行しているにも関わらず、注意を払う歩行者は皆無と言っていい状況で、電動カーは衝突を避けてしょっちゅう停止をしました。
〇12日の帰りの便では、羽田空港のボーディングブリッジから出口までは、電動カーが使えないという。帰りの通路が出口まで同じフロア―でなく、上下の階へ異動しなければならないというので、車いすを人が押してくれることになりました。2か所、エレベーターで上下階へ移動しなければなりませんでした。車いすを押してくれた担当職員は、しっかり研修を受けているのか、気配りも声掛けも適切で安心して乗っていることができました。
〇次いで、5月14日から16日にかけて、宮崎県都城市社会福祉協議会が出版した『自治公民館と社会福祉協議会とが綾なす地域福祉実践』(上野谷加代子・南友二郎編著、ミネルヴァ書房、2800円)の「出版記念セミナー」に招聘され出かけました。飛行機の便はJALでした。
〇JALのチェックインカウンターはすべて機械化されていて、QRコードを翳すだけ。したがって相談しようにも、私の時には近くに職員がいません。止むを得ず、足を引きずり、チェックインし、保安検査場の手続きをしました。保安検査場を出たところに電動カーがあったので、乗ろうとしたのですが、許可が必要なのか、使用方法はどうするのか相談しようにも職員がいません。職務を終えた保安検査員が通りかかったので呼び止めて、使用していいのか、使用方法はどうするのか聞いたが分からないという。後から来た人がこう使うのではないですかと教えてくれたので、自動車のナビゲーターと同じようにバスターミナルの番号を打ち込んで始動させてもらった。無人の電動カーは人や障害物を避けて、目的地まで無事運んでくれました。何となく不安だったが、乗ってみると便利なものだと感心しました。
〇いずれは、公道でもこのような無人の電動カーがタクシー代わりに人は使用することになるのでしょう。そうすれば、高齢者や障害者の移動サービス問題も解決するとは思いますが、高齢者や障害者が使いこなせるでしょうか。フランスのコンドルセが1789年に提言したように、実際生活に関する「大人の義務教育」が必要ですね。
Ⅱ 都城市社会福祉協議会の実践と出版記念セミナーの開催
〇上述したように、都城市社会福祉協議会の地域福祉実践の成果が『自治公民館と社会福祉協議会とが綾なす地域福祉実践』(上野谷加代子・南友二郎編著、ミネルヴァ書房、2800円)として刊行されました。
〇その記念セミナーが5月15日~16日と全国から150名の参加者で開催されました。懐かしい社協職員と出会えて、とても楽しい、嬉しい時間を過ごすことができました。
〇都城市社会福祉協議会の地域福祉実践は、上野谷加代子先生が1990年代以降「関係人口」の中軸に座り、上野谷先生の教え子や同志社大学の先生、院生も関わって、都城市社会福祉協議会職員ともども作り上げてきた実践です。
〇都城市社会福祉協議会の実践は、1980年代末の「ボラントピア事業」、1990年代の「ふれあいのまちづくり事業」により大きく発展をします。その実践の特色の一つである福祉教育や、最近の重層的支援体制整備事業までの取組がコンパクトに本にまとめられています。
〇都城市社会福祉協議会の実践は、公立地区公民館15館及び297館ある「自治公民館」(土地も建物も地域住民がお金を出し合って獲得している自治性が強い自治会)を基盤とした社会教育と15地区に組織化されている地区社会福祉協議会の活動とが特色であり、それらを基盤としたいろとりどりの綾なす実践が豊かに展開されてきました。
〇都城市は、1200年前後から「島津の庄」と言われた荘園で、鎌倉13人衆の一人である惟宗忠久が地頭職、下司職として派遣され土着化した地域で、地形的には盆地です。
〇惟宗忠久は、「島津の庄」にちなんで島津姓を名乗るようになります。
〇島津家4代目の忠宗の時代に、忠宗の子どもの資忠が戦功を挙げ、足利幕府から都城の支配を命じられ、事実上鹿児島島津家から独立した形で、戦国時代、徳川時代を経て今日にまで至ります。したがって、都城島津家は鹿児島島津家の分家筋ではありますが、一種独立した形の4万5千石も領する領主です。しかしながら、徳川幕府から大名としてみとめられていないので、参勤交代もありません。鹿児島島津家からは家老が派遣されていたとは言うものの、徳川幕府の天領にも似た、独立性の強い独特の位置づけが代々認められてきたようです。
註➀ 鹿児島島津家は、惟宗忠久の名にちなんで当主は「忠」を付け、都城島津家は同じく「久」を付けることが習わしになっているとのことでした。
〇このような特殊の支配構造が、鹿児島島津藩とは異なる文化を生み出したのでしょう、それが現在でも継承され、ある意味自由な、闊達な文化を生み出しているのかもしれないと思いました。
〇戦後いち早く、自治公民館による地域づくり、社会教育を振興していくのは、このような歴史的、文化的背景があったからであろうと推察しました。
〇現在の都城島津家の第29代当主は島津久友氏で、都城市社会福祉協議会の会長に就任されています。3日間、島津久友氏と歴史も含めていろいろお話が出来たのは僥倖でした。
〇数年前に、富山県氷見市の地域福祉実践を『福来の挑戦』(「福来」(フクラギ)とは出世魚の「鰤」の手前の名称、これから「鰤」になる気概をしめしたもの)として刊行し、盛大に出版記念セミナーを開催しましたが、全国各地で自らの市町村の地域福祉実践を本として出版し、世に問える実践が“目白押し”になって欲しいと「実践の記録化」の重要性を再認識したセミナーでした。
Ⅲ 日本地域福祉研究所の春季セミナー
〇日本地域福祉研究所の春季セミナーが2026年5月23日に、大正大学で行なわれました。
〇日本地域福祉研究所の理事長を退任してからははじめての参加です。理事長職を法政大学の宮城孝先生に引き継いだ時、数年は日本地域福祉研究所の行事などには参加しないと自分で決めました。
〇とういうのは、自分の性分として、疑問や意見を述べたくなると、我慢できずに話をしてしまうので、まして宮城先生は私の教え子でもあるので、自分の言動にブレーキが利かなくなると考えたので、参加しないことが大事だと考えました。
〇参加しない間に、日本地域福祉研究所の活動を客観化できるようになったら、かつての永田幹夫先生のように“よう”といって出かけ、研究所の所員の皆さんと楽しく飲めるようにしたいと自分で勝手に決めていました。
〇今回は、その客観化ができるようになったかどうかは分かりませんが、教え子の金玄勲さん(日本社会事業大学の学部、修士課程の大橋ゼミ生)が、2025年11月に韓国社会福祉協議会の会長選挙で当選し、この1月から会長に就任したお祝いの会もあるということで、久しぶりに参加しました。
〇金玄勲さんには、1997年から6回行った(釜山、大邱、光州、大田、ソウル)韓国地域福祉研究セミナーの開催に当たって、大変お世話になりました。
〇その後、金玄勲さんは社会福祉法人幸福創造を設立し、特別養護老人ホーム、高齢者のデイサービス、保育所などを多角的に福祉サービス事業を展開するとともに、モンゴルの子どもたちを中心とした国際青少年交流活動を行ったり、福祉系大学で教鞭を執る等多面的に活動を展開してきました。
〇6年前には、ソウル市社会福祉協議会の会長に就任し、住民が求めているニーズに応えるサービスをプログラム化して、その事業の協賛企業を募り、プログラムの実施をしています。ソウル市社会福祉協議会は殆どソウル市からの補助金等の助成はありません。自分たちが企画したプログラムの実現に協賛する企業などからの協賛金、寄付金で運営をしています。日本の社会福祉協議会関係者は、この姿勢に大いに学ぶべきだと思います。
〇韓国からは金玄勲会長を始め10名の方が今回来日されました。中に、日本地域福祉研究所が1997年にソウルで行った第1回日韓地域福祉研究セミナーの開催を支えてくれた趙南畝さんも参加してくれていました。趙南畝さんは、“私は韓国の大橋謙策先生の教え子”と言って憚らない程、陰に陽に私と金玄勲さんを支えてくれています。その趙南畝さんがソウル市社会福祉協議会の会長に就任したと聞いて二重の喜びでした。
〇金玄勲さんの韓国社会福祉協議会の会長就任のお祝いと一緒に、東北福祉大学の大石剛史さんの損保ジャパンの社会福祉学術文献賞受賞のお祝いも行われました。
〇大石剛史さんが受賞した文献『ケアリングコミュニティの理論』(学文社、2024年、5610円)は、東北福祉大学院の博士論文を基にしたものです。
〇私が2014年に編著として刊行した『ケアとコミュニティ』(ミネルヴァ書房、5500円)で提起した私の考え方の“ケアリングコミュニティ”を基にして、心理学、哲学、教育学、看護学等の他分野の見識と比較研究してまとめたものです。久しぶりに哲学的考察をきちんとしてくれた論文を書いてくれて、教師としてはとても嬉しかったです。後に続く人が待ち望まれます。
Ⅳ 日本地域福祉学会「アーカイブ研究会」による「大橋謙策地域福祉論の批判と継承」
〇日本地域福祉研究所の中島修さんや菱沼幹男さん、岡村英雄さんたちが中心になって、上記の研究会を組織し、「大橋謙策地域福祉論の批判と継承」ともいえる研究会が5月24日に、文京学院大学本郷キャンパスで行われました。
〇同じ試みが2025年11月に行われましたが、その時はあまりにも準備不足なのを私が怒り、事実上、流会になりました。
〇研究者になり、論文を書くということは、“先行研究の批判検討に始まり、先行研究の批判検討に終わる”と言われるほど、先行研究を丁寧に、批判的に検討することが求められます。
〇その中で、自分が依拠してもいいと思える研究者の論文を発見できれば、自分の研究は半ば達成の道が見えてきます。筆者の場合で言えば、それは日本社会事業大学の学部時代に小川利夫論文、江口英一論文に出逢ったことが大きいです。
〇日本地域福祉学会の「アーカイブ研究会」は、そのような先行研究を丁寧に読み、問題点を探り、かつ関係する研究者の理論、思想と比較しつつ、新たな視点と構想でこれからの日本の地域福祉研究と実践の方向性を探ることだと筆者は心得ています。
〇今回の「アーカイブ研究会」では、大橋謙策地域福祉論の中の➀地域福祉の概念、②地域福祉の主体形成、③コミュニティソーシャルワーク、④福祉教育、⑤6つの自立論、⑤施設の社会化と地域化、⑦災害支援ソーシャルワークなどについて、他の先生方との比較研究を踏まえた上での疑問についての質問を受けました。
〇正直、これだけ丁寧に研究し、質問できるならば、これを基にして『大橋謙策地域福祉論の批判と継承』という本をすぐに上梓できると嬉しくなりました。是非、実現して欲しいものです。
〇日本地域福祉学会の「アーカイブ研究会」では、私だけでなく、阿部志郎先生や岡本栄一先生を第1弾として取り上げるということでした。
〇そこで思い出したのは、筆者が日本社会福祉学会にデビューした1974年の大正大学で行われた学会でのエピソードです。
〇その時、筆者は学会主宰のシンポジュウムのシンポジストに選ばれ、「社会福祉施設の社会化と地域化」について報告をしました。
〇シンポジュウムが終わり、帰路についた時、大正大学のイチョウ並木のところで、岡本栄一先生と早瀬昇さん(大阪ボランティア協会)に呼び止められ、とてもシンポジュウムの報告は良かったと評価してもらいました。
〇その後、岡本栄一先生は、「なぎさ理論」と称する考え方を披歴することになります。しかし、それは既に筆者が1974年段階で示した考え方です。「アーカイブ研究」の難しさは、本人が書いた論文だけに焦点化したのでは全体を鳥瞰できないというものです。
註➁ 筆者の報告は、翌年の1975年の日本社会福祉学会の紀要に掲載されます。「施設の社会化と福祉実践」(日本社会福祉学会紀要第19号所収、1978年)
➂ 岡本栄一先生の「なぎさ理論」と称する論文は、「岡村『地域福祉論』と『地域社会関係』――入所型福祉施設と『なぎさ』の福祉コミュニティ論」(『岡村理論の継承と展開 第1巻 社会福祉原理論』(ミネルヴァ書房、2012年)所収)等参照。
〇「アーカイブ研究」は、取り上げる研究者の論文、思想のみを取り上げて論じるのではなく、それと関わる研究者の論文、思想などとの比較研究も行う、先行研究における大事な学問上の営みです。
〇かつて、日本福祉大学の元学長の二木立先生が、なぜ岡村重夫理論の批判論文がないのかおかしいではないかと言われ、筆者が『岡村理論の継承と展開 第1巻 社会福祉原理論』(ミネルヴァ書房、2012年)所収の拙著「岡村理論の思想的源流と理論的発展課題」という論文の中で岡村重夫理論を批判した際に喜んでくれ、これこそが学問なのだと言われたことが記憶に残っています。
〇「アーカイブ研究会」の終了後には、東北福祉大学大学院時代の院生が結婚した夫が日本橋で「鮨処 ほしの」を開店したので皆で行き,旧交を温めつつ大いに飲みました。とても楽しい夜でした。
Ⅴ 本の紹介―『自宅でない在宅―高齢者の生活有漢論』(外山義著、医学書院)
〇筆者の地域福祉研究・実践の足跡になる『その時の出逢いが』の2010年代を記述するに当たって、かつて読んだ本を改めて読み直しました。その本を多くの社会福祉関係者に読んで貰いたいと改めてここに紹介します。
〇その本は、建築学の生活空間論を専攻した外山義先生が書かれた『自宅でない在宅―高齢者の生活空間論』(医学書院、2003年刊、1800円)です。
〇外山義先生は、東北大学で建築学を学び、1982年~89年までスウエーデンに渡り、高齢者ケアと住環境について学び帰国します。帰国後、厚生省国立医療・病院管理研究所地域医療施設計画室長を経て、後に京都大学教授になります。
〇私は、1990年代に外山義先生が設計された富山県宇奈月の「おらはうす宇奈月」や秋田県鷹巣の「ケアタウンたかのす」を見学しましたが、その哲学、設計に驚くとともに、これこそがこれからの日本の社会福祉施設のあり方だと感動しました。
〇外山義先生の理念を基にした施設設計とケアの考え方を2003年以降具現化する取組を行っているのが一般社団法人ユニットケア推進センターです。このセンターが実習施設として認定している特別養護老人ホームは、皆さん出来れば見学してください。
〇その実習施設での実践の一部をまとめたものが『ユニットケア 哲学と実践』(大橋謙策・秋葉都子、医療企画出版、2019年刊)です。
〇外山義先生の考え方までに整理されていませんが、筆者も同じようなことを考えて論文を書いてきました。
〇当時、コミュニティづくりに必要な施設とは、建築学でいう「中間空間」としての上がり框、縁側等の機能を持たせることではないかとか、入所型社会福祉施設が提供しているサービスの分節化と構造化を図れば、入所型施設の弊害を除去、軽減できるのではないか、サービス利用者の求めと専門職が必要と考える支援とを出し合い、インフォームドコンセントをすれば入所型施設サービスのあり方は変わるのではないかと考えてきました。それらについての筆者の論文は以下の通りです。ご参照ください。
➀「社会教育施設管理と住民参加」(『住民の学習権と社会教育の自由』小川利夫編、勁草書房、1976年所収)
➁「施設の社会化と福祉実践」(日本社会福祉学会紀要第19号所収、1978年)
➂「社会福祉思想・法理念にみるレクリエーションの位置」(『日本社会事業大学研究紀要第34号』所収、1988年)




