教育分野では、学校における環境教育の推進を図るために、文部省(現・文部科学省)によって教師向けの『環境教育指導資料』が、1991〈平成3〉年6月に中学校・高等学校編、1992〈平成4〉年7月に小学校編がそれぞれ作成・発行された。これによって、従来からの自然保護教育や公害教育が環境教育に転換することになった。1998〈平成10〉年12月に学習指導要領が改訂・告示され、2002〈平成14〉年4月から小・中学校に「総合的な学習の時間」が導入された(高等学校は2003〈平成15〉年度から導入)。そのなかで、横断的・総合的な課題としての「国際理解、情報、環境、福祉・健康」などに関連して、「まち」や「まちづくり」が教材として多く採りあげられることになった。
建築・都市計画や福祉分野では、1992〈平成4〉年6月に都市計画法が改正され、市民参加のもとに市町村が策定する「市町村の都市計画に関する基本的な方針」(「都市計画マスタープラン」)が制度化された。1998〈平成10〉年12月に特定非営利活動促進法(NPO法)が施行され、それを契機に市民の社会貢献意識が高まり、市民参加・主体のまちづくりが促進された。2000〈平成12〉年6月には社会福祉事業法が社会福祉法に改称・改正され、住民参加による地域福祉計画の策定について規定された。
以上のような制度改革に加えて、とりわけ2000年代以降には、規制緩和や財政再建(財政削減)などの行財政構造改革が推進されるなかで、まちづくりにおける住民・市民参加の必要性や重要性がより一層強調されることになった。
こうしたなかで、いま、多くの住民がまちづくりに主体的・積極的に取り組む意識や意欲を喚起し、まちづくりに必要な知識や方法(技術)を獲得するための仕掛けや仕組みが求められている。ここにひとつの教育実践、教育分野・領域として存立するのが「まちづくり学習」である。
福祉の(による)まちづくりの実践・運動主体の形成を図る市民福祉教育にあっては、「まちづくり学習」の実践や研究と通ずる点が多く、その知見を援用したり、言説を分析し応用・活用することができよう。平易にいえば、「市民福祉教育」の研究を行う際には、固有の視点や一定の秩序による取捨選択が必要であることはいうまでもないが、「まちづくり学習」の理論や方法は「使える」のである。
「まちづくり学習」に関しては、ひとまず日本建築学会が2004〈平成16〉年4月から2007〈平成19〉年9月にかけて刊行した『まちづくり教科書』全10巻が参考になる。以下では、「まちづくりの定義と10の原則」(佐藤滋)についてのみ紹介する(日本建築学会編『まちづくりの方法』(まちづくり教科書 第1巻)丸善株式会社、2004年、3~4ページ)。
「まちづくりの定義」
まちづくりとは、地域社会に存在する資源を基礎として、多様な主 体が連携・協力して、身近な居住環境を漸進的に改善し、まちの活力と 魅力を高め、「生活の質の向上」 を 実現するための一連の持続的な活動である。
「まちづくりの10原則」
(1)公共の福祉の原則
居住環境や町並み景観、地域経済、教育・文化など、地域社会の 公共の福祉に関わる事項を維持向上させ、安全性、快適性、保健・衛生などの基礎的な生活の場の条件、文化的な生活のための条件を整え、公共の福祉を実現する。
(2)地域性の原則
それぞれの場に存在する多様な(社会的、物的、文化的、自然的、歴史的な)地域資源とその潜在力を生かし、固有の地域性に立脚して進められる。
(3)ボトムアップの原則
公権力の行使としての都市計画や巨大資本による都市開発とは異なり、地域社会の住民と市民の発想を元に、地域社会における下からの活動の積み上げにより、その資源を保全し、地域社会を持続的に改善し、発展向上させる。
(4)場所の文脈の原則
歴史・文化の集積としての「場所の文脈」に対する共通理解の元で、社会・空間をその延長としてデザインし維持運営する。ここで言う場所の文脈とは、歴史的に積み重ねられた行為がそれぞれの場所に集積され生活を支える基盤となっているもので、それぞれのまちの社会と空間を支える基本であるとの認識である。
(5)多主体による協働の原則
個人やそれぞれの組織が自立しつつ、補完し合い、連携・協働して、活動する。このことは、一つのまちづくり活動の内部においても、さまざまなまちづくりが連携する場面においても、共通である。
(6)持続可能性、地域内循環の原則
持続可能な社会と環境を目指して、一挙に特定の目的を達成するのではなく、時間をかけた漸進的な過程を経ながら地域社会を構成する多様な主体の参加を得て持続的に進められる。そして、資源や財産、そして人材が地域内に循環し、持続可能な地域社会を維持しながら運営される。
(7)相互編集の原則
目標とする将来像が事前確定的ではなく、個々のまちづくり活動の成果が相互作用の過程を経ながら整合的に組み立てられ、徐々に「まち」の全体を形づくる。このプロセスを相互編集、相互デザインと呼ぶ。地域の内から、そしてボトムアップで全体を編集するのであり、それを導くのが目標空間イメージの共有とその持続を支える仕組みと技術である。
(8)個の啓発と創発性の原則
住民一人一人、個々のまちづくり組織の個性と発想が生かされ、個の自立と創発性により、それぞれが高め合いながら地域が運営されまちづくりが進められる。
(9)環境共生の原則
自然、生態学的環境の仕組みに適合し、物的環境を維持発展させる。そして、個々のまちづくりの活動の集積が広域的な生活圏、例えば河川の流域圏などの都市と農山漁村の複合環境体を維持向上させ、さらにそれらの集積である地球環境システムの維持に貢献する。
(10)グローカルの原則
地域性に立脚しながらも、常に地球的な視野で構想し、さまざまなネットワークに自らを位置づけ、活動する。まちづくりも、地域という境界を越えボーダレスな情報や知恵の交換が進められ、まちづくりの境界を越えて相互編集される。21世紀のグローバル社会の中では、地域性の原則を維持し、しかし地域に閉じこもるのではなく、拓かれた活動としてのまちづくりが展開されている。グローバルで、かつローカルな視点と行動が求められているのである。
ところで、「まちづくり学習」の一環としての市民福祉教育、とりわけ学校教育におけるそれについて考える場合、竹内裕一(千葉大学教育学部)の論稿「まちづくり学習において地域問題を教材化することの意義」(『千葉大学教育学部研究紀要』第52巻、2004年2月、57~67ページ。)が参考になる。
竹内は、その論稿において、まちづくり学習を学校教育の場で実践する際には積極的に地域問題を教材化する必要があることを提唱する。そして、①地域問題を地域の人びとともに学ぶ、②地域問題を日常的・個別的問題と社会問題を媒介する教材として位置づける、③地域問題を一般化・相対化する視点を導入する、という3点にわたる教材化の視点を提示している(59~60ページ)。
竹内はまた、次のようにまちづくり学習を概念規定するとともに、体験学習の重要性を指摘する(57ページ)。
「まちづくり学習は、さまざまな体験を通して子どもたちが自分たちの生活する地域を知り、地域の良さや問題点を見いだし、地域の形成者の一人として主体的にまちづくりにかかわっていこうとする態度を培うことを目指す学習である。
まちづくり学習では、身近な環境との親交を深め、それへの愛情をふくらませ、自ら変容していくために、子どもたちが楽しみながらさまざまな「まち体験」を積み重ねていくことを重視する。そのため、学習過程が重要視され、「体験重視型」学習(AOL: Action Oriented Learning)の学習形態をとる。(中略)「体験重視型」学習とは、楽しさを基軸としながら、人ともの、参加者同士、参加者と地域住民、参加者と地域の「かかわり」を創出し、地域に生起する問題の構造と本質を明らかにし、変革していく態度を養うことができる仕掛けなのである。」
加えて竹内は、まちづくの学習が抱える問題点として、次の4点を指摘している。そして、子どもたちを中心にしたまちづくり学習を構想しようとする場合は、以下の第3と第4の問題点が重要である、という(57ページ)。
第1は、楽しく体験することを重視する余り、ゲーム的要素が強くなりすぎ、学習内容が浅薄なものになってしまう危険性がある。
第2は、学習過程をゲーム仕立てにするために、実際の現実を抽象化モデル化し過ぎてしまい、正確な事実認識に基づいた学習が展開されにくい。
第3は、「体験重視型」学習だけでは、地域に生起する厳しい意見対立を伴うような地域問題に対して、有効な解決策を導き出し得ない。
第4は、まちづくり学習の場が主に「学校外」であったため、どうしても参加者が限られてしまう。
市民福祉教育は、地域の社会福祉問題を学習素材とし、体験学習の学習形態を採ることにひとつの特色を見いだすことができる。したがって、学校における福祉教育に限っていえば、それは本来的に学校内で自己完結するものではない。教育・学習活動の軸足は、「20坪の教室」ではなく、学校が所在する地域に置くことが強く求められる。とともに、社会福祉問題については、現代社会の仕組みや運動法則などによって必然的に生ずる「社会問題」、その重要な一部である「生活問題」、また地域社会レベルの問題として捉えられる(捉える必要がある)「地域問題」等々の諸問題とのかかわりにおいて実証的に把握し、追究することが必要かつ重要となる。そこではじめて、地域で暮らす高齢者や障がい者などが抱える個別具体的な、厳しく深刻な生活問題や福祉問題の実態を認識、理解し、その本質に迫ることになる。福祉教育実践(論)においてはあいかわらず、その活動は理念なきハウツーに偏り、アイスブレイク的なゲーム仕立ての疑似体験が多い。学校の体育館で跳び箱やマットをバリアにして、アイマスクや車椅子などを使って行う単なる体験活動はその最たるものである。要するに、福祉教育実践の実際は、竹内の指摘と同じような限界や問題点、課題などを抱えているといわざるをえない。
「まちづくり学習」の一環としての市民福祉教育のあり方について考えるとき、以上のような現状認識とその問題点や課題を解決するための具体的方策について追究することが求められる。