介護等体験と福祉教育―介護等体験は“古くて狭い”福祉観や教育観を再生産する―

現役の小学校の教員です。福祉教育に関心を持ち、地元の社会福祉協議会や老人福祉施設とも連携を取りながら、少しずつですがその活動に取り組んでいます。今年の8月には、東京で開催された全国福祉教育推進セミナーに参加し、「福祉教育で変わる、福祉教育が変わる~誰も排除しない地域づくりのために~」というテーマをめぐって多くを学んできました。サブタイトルの「地域づくりのために」というフレーズが、市民福祉教育研究所が発信されている「まちづくりと市民福祉教育」に関連すると思い、送信させていただきました。私は学生の時、介護等体験で老人福祉施設にお邪魔しましたが、正直なところモチベーションは決して高くなく、施設の方々に迷惑をかけるだけで、多くを学ぶことができませんでした。福祉教育の大切さを感じる今になっては、残念であり、また申し訳ないことをしたと思っています。そこで、介護等体験についてのいろんな考え方をお教えいただければ幸いです。

C県H市の小学校にお勤めの先生から上記のようなコメントをいただきました。
「介護等体験」に関して、取りあえず次のように整理し、またひとつの言説を紹介させていただきます。
周知のように、「介護等体験」は、1997〈平成9〉年6月18日に公布された「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律」(以下、「介護等体験特例法」と略す。)、同年11月26日に公布された「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律施行規則」(以下、「施行規則」と略す。)と「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律等の施行について」の文部事務次官通達によって制度化され、1998〈平成10〉年4月1日から実施されています。
介護等体験の制度の「趣旨」については、介護等体験特例法の第1条で、「この法律は、義務教育に従事する教員が個人の尊厳及び社会連帯の理念に関する認識を深めることの重要性にかんがみ、教員としての資質の向上を図り、義務教育の一層の充実を期する観点から、小学校又は中学校の教諭の普通免許状の授与を受けようとする者に、障害者、高齢者等に対する介護、介助、これらの者との交流等の体験を行わせる措置を講ずるため、小学校及び中学校の教諭の普通免許状の授与について教育職員免許法の特例等を定めるものとする。」と明記されています。すなわち、介護等体験事業のねらいは、「障害者、高齢者に対する介護、介助、これらの者との交流等の体験」を通して、教員の「個人の尊厳及び社会連帯の理念に関する認識を深め」、「教員としての資質の向上を図り、義務教育の一層の充実を期する」ことにあります。
施行規則では、その第1条で、介護等体験の期間は原則として社会福祉施設等5日間、特別支援学校2日間の「7日間」とする。第4条で、小学校または中学校の教諭の普通免許状の授与申請を行うに当たっては、「介護等の体験を行った学校又は施設の長が発行する介護等の体験に関する証明書を提出するものとする。」、と規定されています。
また、文部事務次官通達では、介護等体験の内容について、「介護、介助のほか、障害者等の話相手、散歩の付添いなどの交流等の体験、あるいは掃除や洗濯といった、障害者等と直接接するわけではないが、受入施設の職員に必要とされる業務の補助など、介護等の体験を行う者の知識・技能の程度、受入施設の種類、業務の内容、業務の状況等に応じ、幅広い体験が想定されること。」と説明しています。
以上が介護等体験の制度の概要です。なお、この介護等体験特例法は、田中真紀子さんが父・田中角栄元首相を介護した経験を踏まえて、田中さんらの発議によって議員立法として成立したものです。
介護等体験制度・事業をめぐる研究は、既に15年近く積み重ねられてきていますが、これまでのところ教師教育(学校教育)や教職課程に関する研究者による研究が多いように思われます。そういうなかにあって、日本福祉教育・ボランティア学習学会が2003〈平成15〉年度から2005〈平成17〉年度にかけて取り組んだ「介護等体験の学びと支援システム」の課題別研究は注目されます。
その研究の総括論文にあたる「介護等体験の改革の必要性とその方策」(『日本福祉教育・ボランティア学習学会年報』№10、万葉舎、2005年、262~273ページ)で長沼豊さん(学習院大学)は、介護等体験の問題点と制度改革の具体的方策(私案)について概略次のように述べています。以下に紹介します。ただし、この課題別研究は、社会福祉施設における体験(5日間)に限定されていることを付記しておきます。それはこの研究のひとつの限界でもあります。

「介護等体験」制度の問題点
(1)対象を小・中学校の教員免許取得希望者に限定している問題
本制度は小・中学校の教員免許取得希望者が対象である。制度の趣旨を生かすと す れば、また中等教育学校(1998〈平成10〉年6月の学校教育法改正によって新設された中・高一貫教育を行う学校)の設立や、中・高の教育の連携強化という実態を考慮すれば、高校の教員免許取得希望者にも体験が必要なのではないか。
(2)特例法による実施という問題
免許取得の要件でありながら教育職員免許法の単位認定ではない。学生を送り出す大学等にしてみれば、単位化されたものでなく、学生が個々に体験して免許申請時に証明書を提出するという性質のものであるから、どこまで責任を持つのか曖昧なものとなっている。
(3)参加動機の問題
体験に参加する学生の一般的な実態は、免許取得のみで教員にならない学生の振る舞いが特に問題となっている。事前指導を強化したとしても、動機の弱い、中途半端な学生を体験に参加させることによって施設利用者などの生活の混乱や権利侵害を起こしかねず、こうしたことは制度上避けられない。
(4)体験場所の選定の問題
本制度では、一部例外を除いて、体験する学生が体験場所を選ぶことができない。現在は都道府県の社会福祉協議会が体験場所の割り振りを行っているが、学生からすれば体験場所が「あてがわれる」ものとなっている。また、体験する学生の多い都市部の地域では、きめ細かい場所の選定は無理である。
(5)体験内容の問題
介護等体験の内容は、「等」がついているとはいえその中心は「介護」であり、それも基本的には各社会福祉施設に任せること(「丸投げ」)になっている。大学の事前指導に差があるのと同様に、受け入れの施設によって、体験内容には教育的に質が高いものとそうでないものがあり、かなり差がある。

「介護等体験」制度の改革方策
(1)体験の対象者を教員採用試験合格者のみにする。
(2)教育職員免許法のなかの習得すべき単位として位置づける。
(3)体験の対象者を高校の免許取得希望者にも拡大する。
(4)体験内容や体験場所の幅を広げる。

介護等体験制度・事業は、関係者の努力によって継続的に実施され、一応の「定着」をみるに至っているといえます。しかし、それは、とりわけ体験活動の期間が短いがゆえに、中途半端な、単なる介護等「体験」(「実習」ではない)に留まりがちであり、「体験」を客観的に捉えてその意味を考え、それによって自己変革を促すという「経験」にまで高めるには無理がある、といえるのではないでしょうか。「活動あって学びなし」といった批判もされそうです。また、介護=高齢者・障がい者=社会福祉施設=福祉、障がい児=特別な子ども=分離教育=特殊教育、といった古くて、幅の狭い福祉観や教育観を再生産することに結果するのではないか、危惧されるところです。
市民福祉教育では、「体験学習」が重視されます。それは、ただ単に体験することではなく、その活動を通して「学び」、「気づき」、「ふりかえり」、そして「変わる」ことであり、さらにはあたらしく「動く」ことです。介護等体験の「体験」についてもこのように考え、そのための制度改革や体験内容の改善を図る必要があるのではないでしょうか。
市民福祉教育は、福祉の(による)まちづくりの主体形成を図るための教育活動です。しかもそれは、子どもから大人まで、すなわち家庭教育と学校教育、そして社会教育を含めた、ひとが生まれてから死ぬまでの一生涯にわたる教育・学習(生涯学習)として取り組むことが求められます。その意味からまた、市民福祉教育は、従来の福祉教育(学校福祉教育、地域福祉教育)のみならず、2003〈平成15〉年4月から福祉系高校を中心に新たな取り組みがなされている「福祉科教育」や、大学等における社会福祉従事者養成のための社会福祉専門教育などとの相互関連性や整合性も問われることになります。
介護等体験制度・事業は、学校福祉教育(市民福祉教育)の推進に資する教員を養成・確保するという視点を盛り込むことによって、小・中・高校で展開されている学校福祉教育をより“確か”で“豊か”なものにすることに繋がります。また、長沼さんが指摘するように、介護等体験の対象者を高校の免許取得希望者にまで拡大するとすれば、高校の福祉科教育などともかかわってきます。さらに、介護等体験事業によって、学生を送り出す立場の大学・短大と受け入れ側の社会福祉施設・特別支援学校、その調整窓口(中間支援組織・機関)としての役割を担う都道府県の社会福祉協議会と教育委員会、そして何よりも学習主体である学生と、ときには教育主体にもなり得る施設利用者や特別支援学校の幼児・児童・生徒、等々との総合的で効果的な連携・協働が進めば、学校福祉教育(市民福祉教育)の推進が図られます。介護等体験制度・事業をよりよいものにするためには、こうした点に留意した理論的・実証的研究と、それに基づく「介護等体験の学習支援システムの構築」(『日本福祉教育・ボランティア学習学会年報』№10、特集2)が求められるのではないでしょうか。その際、共生社会の形成に向けたノーマライゼーションやインクルーシブ教育(障がいの有無にかかわらず、すべての子どもが地域の学校の、通常の学級で学べる教育)の理念が基本に据えられなければならないことはいうまでもありません。