地域福祉懇談会と市民福祉教育―ニーズの把握と活動への動機づけをめざして―

当研究所のブログ読者であるS市社協の職員(コミュニティソーシャルワーカー)から、アウトリーチ活動のひとつとして計画的・継続的に取り組んでいる「地域ふくし懇談会」に関する資料の提供を受けました。それは、地域住民による地域・生活のニーズや問題の把握(顕在化と共有化)と、ニーズの充足や問題の解決を促すための事業・活動への内発的動機づけをめざすものです。要するに、それは、福祉の(による)まちづくりの主体形成を図るための市民福祉教育の実践活動そのものであるともいえます。以下に、その概要を紹介させていただきます。 

1.懇談会開催の趣旨
地域福祉の推進が社会福祉の基軸とされるなか、自分や自分の地域で暮らす住民が抱えている福祉課題を明確にし、その課題を地域住民が地域の福祉課題として捉え(共有化)、その解決・改善に向けた方策を住民がみんなで考え、みんなで行動するために懇談会を開催する。
具体的には、(1)住民の福祉に対する意識高揚と主体形成を図る(住民福祉教育の場)。(2)地域の福祉力(住民による福祉課題解決意識と能力)の向上を促す。(3)住民の意見を支部社協(校区ごとに組織された支部)活動および市社協事業に反映させる。(4) 市社協事業や支部社協活動を直接的に住民に知ってもらう機会とし、「住民に見える社協事業・活動」をめざす。(5)懇談会のテーマ設定や主要な論点の提示により、地域の関係団体や社会資源との連携強化を図る。(6)住民の地域福祉(活動)計画策定への参画の場とする。 

2.懇談会の変遷
源 流
自治会等の行事・会合の折に、支部役員や職員が出向き、「福祉」 をテーマに懇談や学習を行っていた。 
第1期 地域福祉活動計画の策定と周知(平成11年度)
「S市民地域福祉活動計画」を策定する際に、住民の福祉意識や福祉課題の把握と住民の計画策定への参画および住民への地域福祉啓発・教育を目的に、平成11年の8月から9月にかけて支部社協の協力により11の地域で開催(延べ492名が参加)する。福祉サービス利用者を代表し、障がい児・者とその家族の懇談会も開催する。「地域ふくし懇談会」の名称で、S市民地域福祉活動計画に毎年開催することが計画される。これにより平成12年度以降、毎年11地域、12の会場で開催することとなる。当初は懇談会案内チラシを全戸に配布し、住民に参加を呼びかける。その結果、例年延べ700名が参加。
第2期 統一テーマでの開催(平成12年度~13年度)
平成12年と13年開催の懇談会では、冒頭参加者に対し、社会福祉法に明記された「地域福祉」を推進するためには懇談会が重要であることを訴え、また、懇談会開催の趣旨を十分に伝える。平成13年からは、支部社協組織の強化や活動の開発・拡充を懇談の話題とすることにより、市社協と支部社協の共催とする。平成14年は、支部社協活動の拡充として、ふれあい・いきいきサロン活動を話題とする。また、子育て支援活動(子育てサロン)も話題とするが、住民の関心は低いといわざるを得ない状況がみられた。
第3期 地域別テーマでの開催①(平成14年度~15年度)
平成14年頃より、各地域および支部社協が抱える課題を取り上げるようになり、その明確化と共有化を図り、支部社協活動に反映しようとする意向が伺えるなど、支部社協の懇談会開催に対する自主性・主体性がみえるようになる。平成15・16年はS市地域福祉計画策定への住民参画が進む。平成15年から行政職員も参加。
第4期 地域別テーマでの開催②(平成16年度~17年度)
平成16年頃より、各支部社協がこれまでの懇談会で明らかになり共有化した課題に対して、より具体的なテーマを設定し、それらの解決方法の検討や研究のための懇談がはじまる。平成17年はS市地域福祉計画の周知を図る。平成17年頃から、児童・生徒に関する話題を取り上げたことにより、学校教職員が参加。合併地域においては、平成17年、18年にS市地域福祉計画策定への住民参画の場となる(平成17年から、延べ約1,000名が参加)。
第5期 地域別テーマでの開催③(平成18年度~21年度) 
平成18年頃より、懇談会開催の事前に支部長および支部社協役員等が研修を行い、より具体的な事業・活動の開発と展開方法について懇談する傾向が伺える。支部社協の奨励事業(メニュー事業―「地域ミニ集会、座談会」―)として、地域住民を対象にした学習会や懇談会、小地域での座談会の開催を支援する。
第6期 小地域福祉活動計画の策定(平成22年度~) 
より小地域での懇談会の開催をめざす。小地域福祉活動計画の策定を促す。
以上のうち、第1期と2期を黎明期、第3期と4期を定着期、第5期と第6期を発展期と時期区分することもできる。

3.懇談会のテーマ(一例)
(1)共通のテーマ
地域の福祉課題について。少子・高齢社会において私たちができること。地域住民である私たちがしなければならないこと、行政に支援を求めること。地域の関係団体との連携強化のために。支部社協組織および運営強化のために。支部社協活動の拡充のために。
(2)地域別テーマ
誰もが、いつまでもこの地域で豊かに生活するために。高齢になってもいきいきと暮らすために。バリアフリーのまちづくり。子どもを地域で守り、地域で育てる。ボランティア、市民活動の活性化のために。見守りネットワーク活動の拡充のために。災害時における住民相互の助けあい。ふれあい・いきいきサロン、子育てサロンおよび子育て支援。移送サービス。グループホーム(空き家を利用した宅老所)。

4.懇談会の成果
(1)「ふれあい・いきいきサロン」活動の展開
「地域で高齢者が気軽に集まる場所があるとよい」との発言があり、平成12年度から活動が始まった。さらに、各地の活動の様子をビデオに撮り、地域ふくし懇談会で紹介したことにより、全市に活動が広がった。
(2)「さわやかモーニング」活動の展開
サロン活動の必要性に関する発言を地域ふくし懇談会で紹介したところ、一地域のボランティアが、障がい者が気軽に集えるサロン(「ふれあいモーニング」)活動を開始した。
(3)「すくすくランド」活動の展開
平成14・15年度頃の懇談会で、地域で子育て支援の必要性を話題としたが、「何をしたらよいのか分からない」「その必要があるのか」などの意見が主流であった。平成17年度に、他団体である子育て支援ネットワーク協議会のメンバー(子育て家庭) から「地域における子育て支援活動を希望する」という発言があった。そこで、総合福祉会館で開催していたイベント「すくすくフェスタ」を平成18年度から地域で開催することにし、それによって地域住民が活動内容を理解することになった。その後、地域住民が、支部社協の事業として「すくすくランド」の活動を始めた。
(4)災害時要支援者避難支援活動の展開
災害時における要支援者の避難支援活動に関して、継続的に「組織・団体の連携と協働」「情報の把握と共有」「災害マップとその必要」などをテーマに懇談を重ね、平成 18年度より一部地域が要避難支援者の台帳の作成・整備と災害マップづくりに取り組んだ。現在は全地域が取り組み、全市レベルでマップができるに至っている。また、一部地域では、市が主催する総合防災訓練において避難支援活動や連絡(安否確認)活動を同時実施している。
(5)福祉活動者の拡大
①福祉委員の増員
一部地域の懇談会において、地域の福祉活動者である福祉委員の数が少ないことや、小地域(団地等)に福祉委員がいないなどの問題が提起された。これをきっかけに、地域の団体や住民同士が協議をし、福祉委員の設置・増員が図られた。
②地域団体役員の協力
自治会長や自治会福祉部長などの地域団体役員が懇談会を通じて地域の福祉活動を知ることによって、住民による地域福祉や見守りネットワーク活動等への関心が高まり、活動への協力が進んでいる。
③地域団体等との連携
子どもの安全確保を話題にすることによって、PTA役員や学校教職員の懇談会への参加と地域(福祉)活動に関する連携が進んだ。また、防犯・防災をテーマに懇談することを企画することによって、消防団員の参加と連携が進んだ。
④若年層の地域活動への関心と参加
子育て支援活動を行うにあたって、子育て家庭の保護者を支部社協団体の役員等に加えることにより、子育て世代の地域(福祉)活動への関心を高め、またその意見を支部社協が取り入れるようになった。
(6)地域住民の意識変革と社会力の向上
継続的に懇談会を開催してきたことにより、地域住民の、懇談会や会議などを企画・運営する力、問題を解決する力が向上してきた。
(7)高齢者施設の建設促進
一地域で空家を利用した「宅老所」と「移送サービス」が要望され、これに関する懇談と研修を重ねたところ、当該地域に社会福祉法人が経営する小規模多機能の施設が建設された。
(8)地域住民による福祉活動計画の策定
長年にわたる懇談会の開催を活かして、市社協では平成20年度頃から小地域住民福祉活動計画の策定を提案した。平成22年度から小地域で、地域住民による住民福祉活動計画の策定が進んでいる。さらに、この計画を策定することによって、これまでの事業・活動の拡大や新たな事業・活動の展開が図られつつある。
(9)「地域福祉計画」策定への住民参画の推進
平成15年度から始められた行政の地域福祉計画の策定過程において、住民参画の一手段として地域ふくし懇談会が活用された。また、それ以降、行政職員や市会議員などが懇談会に参加するようになっている。

ところで、原田正樹先生(日本福祉大学)は、地域福祉(活動)計画を策定するにあたって住民参加を促すためには次のような技法を用いることが肝要である、としています。(1)住民の関心を高めるための方法、(2)住民参加による検討を促すための方法、(3)住民の福祉課題を把握するための方法、(4)福祉学習を進めていくための方法。すなわちこれです。具体的には、(1)については①情報収集と広報活動、②情報公開とプライバシーの保護、(2)については①ワークショップ、②参加型住民懇談会、③住民参加型調査、(3)については①当事者からの福祉課題の丁寧な把握、②策定委員会の構成と人選の方法、③パブリック・コメントの方法、(4)については①シンポジウムなど学習プログラムの企画、②参加・体験型の地域発見プログラムの企画、③先進地の視察や情報交換、の各項目をめぐって説述しています。そして、「これらをすべて実施しなければ計画策定ができないわけではない。これらを組み合わせながら、それぞれの地域特性に見合った進め方をしていくことが重要である。」と指摘しています(武川正吾編『地域福祉計画―ガバナンス時代の社会福祉計画』有斐閣、2005年、135~149ページ)。
S市社協の「地域ふくし懇談会」は、参加した住民の話し合いや特定のテーマについての語り合いを意図した「参加型住民懇談会」であるといえます。参加者は、当初は、一般住民の参加もみられたとはいうものの、支部(地区)社協関係者や民生委員、ボランティア、自治会・町内会役員などがその多くを占めていました。その後、行政職員をはじめ地元の市議会議員や学校教職員、PTA役員などが参加し、ときには福祉施設の利用者や職員、青年団員や消防団員などの参加もみられました。しかし、福祉サービスの必要者や利用者、障がい者、外国籍住民、青壮年層のいわゆる一般住民などの参加は必ずしも多いとはいえません。また、中・高校生などの参加は当初から想定されていません。各界各層の住民や多様な関係者の参加をどのようにして促すか、懇談会でのファシリテーターをどのようにして確保・育成するか、懇談会で話し合われた事柄をどのようにして福祉の(による)まちづくりの実践や運動に繋げていくか、そしてその実践や運動を推進するための地域の住民・組織リーダーをどのようにして確保・育成するか、さらには「地域ふくし懇談会」と行政や地域の各種組織・団体などが実施している類似の懇談会との連携・協働をどのようにして進めるか、等々の課題があるといえるのではないでしょうか。
「地域ふくし懇談会」を開催するまず第1のねらいは、住民自身によって、地元での日常生活上のニーズや問題を具体的に把握し、それを共有化することにあります。
ここで、福祉ニーズに関する言説について若干触れたいと思います。ひとつは、ブラッドショウ(Jonathan Bradshaw)のニーズの把握の形態に着目した「社会的ニーズ」についてのそれです。ブラッドショウは、ニーズを(1)規範的ニーズ(normative needs):専門家や行政職員、研究者などによって、社会的な規範(「~べきである」と表現されるもの)や基準などに照らして把握されるニーズ、(2)感得されたニーズ(felt needs):本人が生活上の困難や支援の必要性を感得・自覚したニーズ。ウオント(want、欲求)に当たる。(3)表明されたニーズ(expressed needs):本人がニーズを自覚したうえで(感得したニーズに基づいて)、実際にサービスの利用を表明、申請したニーズ。デマンド(demand、需要)に当たる。(4)比較ニーズ(comparative needs):同じ特性をもつ個人や地域等でありながら、サービスの利用者や制度等が存在する場合とそうでない場合とを比較して、利用者等が存在しない場合に必要性があると判断・測定するニーズ、の4つに類型化しています(日本地域福祉学会編集『新版 地域福祉事典』中央法規出版、2006年、230ページ、等)。
「地域ふくし懇談会」では、例えば、ノーマティブ・ニーズは社協職員や行政職員、学識経験者、フェルト・ニーズは地域・生活上の困難を感知し、ニーズを抱え、自覚している住民、エクスプレスド・ニーズは今後懇談会への積極的参加が求められる福祉サービス必要者や利用者、コンパラティブ・ニーズは社協職員や行政職員、学識経験者、民生委員やボランティア・NPO等の地域(福祉)活動者、等々が先ずニーズや問題の表明や把握(顕在化と共有化)に意識的・積極的に取り組むことが求められるのではないでしょうか。懇談会の組織化や運営の仕方、具体的な懇談の技法、そして各地区の懇談会の交流や連携・協働などの進展が求められるところです。
いまひとつの言説は鷹野吉章先生(日本地域福祉研究所)の「地域福祉ニーズ」についてのそれです。鷹野先生によると、これまで福祉ニーズは公的な福祉サービスによって充足されてきたため、実質的には個人や家族の必要性(ニーズ)とほとんど同義とされてきた。しかし、地域福祉という範疇からニーズを考え直した場合には、「単に住民個々の生活上のニーズのみならず、集団や地域全体の福祉等の活動上の諸ニーズも含むべき」である。そして、鷹野先生は、地域福祉ニーズを「生活上のニーズ」と「福祉活動上のニーズ」に分類整理し、生活上のニーズを保持する者(「当事者」)は、「地域住民、なかでも福祉サービスを必要とする住民、また福祉サービス利用当事者組織」であり、福祉活動上のニーズを保持する者は「福祉活動を行う地域住民、民生委員・児童委員、福祉ボランティア、NPO団体、福祉事業者」である、としています(鷹野吉章「福祉ニーズの論点とニーズの顕在化~『地域福祉ニーズ』を展望して~」『コミュニティソーシャルワーク』第3号、日本地域福祉研究所、2009年、5~14ページ)。
「地域ふくし懇談会」では、これまで、「生活上のニーズ」を掘り起こし、顕在化させることに関心や意識が注がれ、それに比して「福祉活動上のニーズ」にはあまり留意してこなかったのではないでしょうか。また、「生活上のニーズ」と「福祉活動上のニーズ」を関連づけ、それを「地域福祉ニーズ」として把握してきたとはいえません。それが、S市社協職員が評価するように、住民の意識の変革や新しい事業・活動の展開が促されたとはいえ、未だ期待するほどには地域に根ざした、地域ぐるみの福祉の(による)まちづくりが進んでいないことに結果しているといえるのではないでしょうか。