「ヨコの広がり」と「タテの深まり」

昨日、『月刊福祉』4月号が届いた。そこでは、「福祉教育の今とこれから」と題する特集が組まれている。その巻頭を飾っているのは、原田正樹先生(日本福祉大学)の論文「福祉教育実践の新潮流―共生文化の創造をめざして」である。
そこで先生は、「福祉教育の新潮流の全体像をスケッチしてみる」として、「ICFの視点を取り入れたプログラム」「リフレクションを意識したプログラム」「まちづくりに広がるプログラム」「身近な地域での計画策定によるプログラム」「社会的包摂を意図したプログラム」をめぐって説述する。この5項目は、福祉教育の当面の実践課題であり、実践理論を構築するためのひとつの枠組みや方向性を示すものでもある。そして先生は、「福祉教育実践は、ネクストステージ(次の段階)を迎えようとしている。福祉教育の魅力のひとつは、制度に頼らない草の根の実践であるところにある」。福祉教育実践の広がりを期待するためには、システムやネットワークだけでなく、「実践を後押しする理論を構築していくこと」こそが必要である、と力説する。
原田先生はかつて、大橋謙策先生の福祉教育論について、「教育原理を踏まえた構造的な福祉教育理論体系」であり、ひとつの「原理論」としての枠組みが提示されている、と評した(『年報』創刊号、日本福祉教育・ボランティア学習学会、1996年)。「憲法13条、25条等に規定された人権を前提にして成り立つ平和と民主主義社会を作りあげるために…」からはじまる大橋先生の福祉教育の概念規定は、今日においても多用、援用され、それに依拠した立論がなされている。
そういうなかで、松岡広路先生(神戸大学)がかつて、一番ヶ康子先生の福祉教育の概念規定とともに、大橋先生のそれは「包含的・総合的」であり、「汎用的」である。「汎用的であるがゆえに、同時に、脆弱性を併せもっている」。「脆弱性を項目化すると、〈未分化な学習者像〉、〈社会福祉活動の内実の曖昧さ〉、〈楽観的な社会形成ビジョン〉、〈教育概念の曖昧さ〉と約言できる」、と批判した(『研究紀要』第14号、日本福祉教育・ボランティア学習学会、2009年)。
松岡先生が指摘する「総合的」の対義語は「分析的」である。「汎用的」の対義語は「専門的」である。福祉教育が対象(学習素材)とする地域の社会福祉問題については、それが個別具体的で多様性に富む存在であり、歴史的・社会的なものであるがゆえに、分析的な理解と総合的な判断を必要とする。福祉教育は福祉の(による)まちづくりに取り組む住民主体形成を図るための教育活動であるが、まちづくりや福祉教育の実践には「ヨコの広がり」(汎用性)と「タテの深まり」(専門性)が重要となる。
大橋先生の概念規定が提示されたのは30年前である。そしていま、経済・社会の激動に対応して福祉や教育が変動するなかで、「学校福祉教育」から「地域福祉教育」へ、そして両者を融合した「市民福祉教育」の推進が求められている。それは、福祉教育やその実践の総合性と分析性、汎用性と専門性をバランスよく組み合わせたシステムやネットワーク、それに新たな福祉教育理論の構築が急がれることを含意する。その構築をより豊かで、確かなものにするのは、草の根の福祉教育実践であることはいうまでもない。