天竜厚生会における福祉教育の取り組み―資料紹介―

1984年11月、全社協によって『福祉教育ハンドブック』が刊行された。そのことに関して、筆者(阪野)は、「それによって、福祉教育は、一定の理論的整理が行われるとともに、具体的実践のための『水先案内』を得ることになる」と評したことがある(阪野貢・ほか『福祉教育論』北大路書房、1998年、8ページ)。
そのハンドブックのなかに、福祉教育の実践事例のひとつとして、静岡県天竜市(現・浜松市)にある社会福祉法人天竜厚生会のそれが「社会福祉施設による福祉教育」と題して紹介されている。そこで、執筆者の山村睦(天竜厚生会研修センター)は、社会福祉施設と福祉教育の関係をめぐって次のように述べている。

私たちは相互交流の意味からも、また地域住民の社会福祉に対する理解を深める意味からも、施設を「ふれあいの場」として活用することが自然に行うことができないかと考えた。(中略)
昭和55年(ママ/56年:阪野)に、地元の天竜市が系統的に市民の福祉意識の高揚を図ろうというきっかけから、福祉教育事業が始まった。(182ページ)
施設で行われる福祉教育は、(中略)施設の歴史のなかで必然的にその必要性を感じるところから始まった。福祉教育のもつ意味のなかで、特にその目標が社会福祉を中心課題として始まったことは特徴的なところである。
今ひとつ福祉教育には社会福祉とかかわりはあるが、もっと幅を広めて、「人間教育」の場として、個々人の生き方を考える機会としても、とらえられている。(185ページ)

山村がいうように、天竜厚生会では、地元・天竜市から国際障害者年記念事業(1981年)としての委託を受けて、福祉教育に取り組むことになる。とはいえ、天竜厚生会はその後、他に類をみないほどに、福祉教育事業に計画的・継続的・組織的に取り組む。とともに、系統的・体系的なプログラムを開発・編成して、福祉教育実践の展開を図ることになる。何故か。それは、単に、主として1970年代から始まる「施設の社会化」論の潮流に乗ったり、1990年の社会福祉関係8法改正に基づく「施設の社会化」のあり方の問直しを先取りしただけでもあるまい。
その答えの基本部分は、山村がいう「人間教育」ということばに見いだすことができるのではないか。天竜厚生会では当初から、人間の存在そのもの(存在の根拠)と生き方を問う人間教育の一環として福祉教育の推進を企図したのであろう。それをより確かなものにするために、1984年12月に「天竜厚生会福祉教育研究会」を立ち上げる。1988年3月に『施設における中学・高校生の福祉教育に関する研究』として纏めた研究成果と、その研究プロセスが注目されるところである。要するに、天竜厚生会は、“福祉教育は社会福祉施設がもつ重要な役割や機能である”という「福祉教育」に対する信念と確信、そして「教育」に対する情熱と使命感をもって取り組んできたといっても過言ではあるまい。
周知の通り、福祉教育はいま、「学校福祉教育」から「地域福祉教育」、筆者がいう「市民福祉教育」へと、その移行・進展が指摘されている。しかし、それは、学校における福祉教育や、福祉教育実践における社会福祉施設等との連携・協働を軽視するものではない。原田正樹によると、「今日の福祉教育の動向を一言で表すならば、『地域において生涯にわたる総合的統合的な福祉教育の展開』が求められているといえる。このことは、今日の福祉教育実践を『地域化』という視点で整理することができる」(『地域福祉の理論と方法』中央法規出版、2009年、68ページ)。原田の言説を敷衍すれば、そうであるが故に今日、学校福祉教育のあり方や社会福祉施設における福祉教育の取り組み、学校と社会福祉施設等との連携・協働のあり方などが厳しく問われることになる。
周知の通り、1970年代は、1971年度を初年度とする「社会福祉施設緊急整備5か年計画」が策定され、それに基づいて、社会福祉施設のいわば量的な整備充実が図られた時代である。そういうなかにあって、天竜厚生会は、研修センターを設置して社会福祉施設を利用した福祉教育の推進を図るとともに、福祉教育ハンドブックや福祉教育実施報告書の刊行などによる「地域化」(原田)に主体的、積極的に取り組み、果敢に挑戦してきた。これは厳然たる事実である。それを可能にした要因や条件は何か。また、それらが複合的・効果的にプラスの方向に作用したのであろうが、それは何故か。そしてまた、何よりも山村三郎(天竜厚生会事務局長)の存在が大きかったが、彼の福祉教育に関する思想や理念はいかなるものであったのか。
別稿で、筆者はいま、手元にある福祉教育関連資料の整理を行っていると述べた。今回は、天竜厚生会の福祉教育に関する資料(史料)を紹介することにした。上述のように、天竜厚生会では、1981年から福祉教育に取り組んでいる。30年以上も前のことである。30年の歴史から、とりわけ山村三郎から、福祉教育の実践者や研究者は何を学び、何について考えてきたのか。真摯に振り返る必要があるといえよう。ここで、唐突ではあるが、「歴史を学ぶと、我々が歴史から学んでいないことが分かる」というドイツの哲学者ヘーゲルの名言を思い出す。
以下に、天竜厚生会の福祉教育に関する資料(史料)を紹介しようとする意図は、上記のような研究課題にアプローチする必要性があると考えるからである。それはまた、次代を担う若手実践者・研究者による「市民福祉教育」の理論の構築と実践の進展を願ってのことでもある。

Ⅰ 福祉教育開催要領
(1)福祉教育の目的
望ましい福祉社会とは、明るく、健康で、支えあう気持ちのあふれた地域社会であろうかと思 います。この研修は、障害者に対する福祉をはじめ、せまりくる高齢化社会に対応して老人の福祉など、ひろく社会福祉の全般について市民一人一人の意識をたかめようとするものであります。
(2)福祉教育の対象
一般市民、学生、生徒等
広報、新聞等でアピールし、一般からの自主的参加を働きかけるほか、福祉事務所、社会福祉協議会、教育委員会等より各種団体、学校等へ働きかける。
(3)福祉教育の内容
①福祉の理解
社会福祉を生活上困難な状況におかれた人々に対する援助としてのみとらえるのではなく、社会生活の中で障害を持つ人々も含めて全ての人々がよりよい生活を作り出すための活動であることを正しく理解する。
②障害者の理解
一般に障害者といわれている人々の障害の発生、原因、障害の状態、障害者の実数等正しく理解し、障害者の援助について考える。合わせて、実際に障害を持つ人々が日常生活上どのような不自由があるかを体験してみる。
③施設見学
社会福祉実践の場の一つである施設及び施設を必要とする人々が多領域にわたることの実際を知る。
④施設実習(ふれあい)
障害者、老人等と直接ふれあうことにより、障害者、寝たきり老人への理解を深め、福祉の心をより高める。
※プログラム(概要:阪野)
日帰りコース(中学生・一般) 9:00~16:00
オリエンテーション/講義/実技/施設見学/施設実習(約90分)
1泊2日コース(中学生・高校生等) 9:00~2日目/16:00
オリエンテーション/講義/実技/施設実習(約7時間)/レクリェーション/反省会
2泊3日コース(高校生等) 9:00~3日目/16:.00
オリエンテーション/講義/実技/施設実習(約14時間)/レクリェーション/反省会

『ふくし教育―福祉教育5周年記念誌―』天竜厚生会研修センター、1986年、60~62ページ。

Ⅱ 福祉教育のあゆみ
【昭和56年】
4月1日
天竜市より福祉教育実施委託をうける。
4月7日
天竜市福祉事務所長・天竜厚生会事務局長共に、静岡県立二俣高等学校、静岡県立天竜林業高等学校を訪問、福祉教育実施に伴い、高校生の参加を御願いする。
天竜市内校長会において中学生の参加を御願いする。
4月~6月
天竜市福祉事務所より、各種団体等への福祉教育実施に伴う参加のお願いをする。
6月10日
天竜市内校長会(中学校長)天竜厚生会を訪れ、施設見学、中学生の福祉教育の在り方について検討する。
7月6日
天竜市福祉教育開講式。
天竜市長をはじめ、静岡県西部民生事務所長等、多数の来賓列席のもとに開講式が催される。
受講生/天竜市婦人連盟
8月3日
中学生福祉教育開始。
8月7日
岡部町社会福祉協議会主催による岡部町中学生の福祉体験学習実施。
9月4日
福祉教育閉講式
一応の成果をおさめ福祉教育閉講式を行う。
天竜市長ほか列席。受講生/天理市自治会
9月22日
福祉教育の模様を静岡第一テレビ局が取材。
10月1日
天竜市内校長会(中学校長)中学生福祉教育反省会。
10月22日
福祉教育。受講生/天竜市心身障害児推進協議会
11月末
昭和56年度天竜市福祉教育報告書作成。
【昭和57年】
2月16日
浜北市福祉事務所、浜北市教育委員会、天竜厚生会の三者にて浜北市福祉教育実施の方法について協議、浜北市教育委員会を通して中学生の福祉教育参加を御願いする。
2月
竜山村より住民の福祉啓発を目的とした福祉教育の依頼がある。時期7月・8月
4月22日
福祉教育の具体的内容、実施方法について浜北市福祉事務所と協議する。
4月中旬
天竜市と昭和57年度福祉教育の実施について協議、日程等の調整をはかる。
5月4日
浜北市内校長会において福祉教育の概要について説明する。
5月~7月
天竜市、浜北市共に、市内各団体等への福祉教育実施に伴う参加の御願いをする。
中遠振興センターより一般を対象とした福祉教育の依頼がある。
7月2日
天竜市福祉教育開講式。
天竜市長他、多数の来賓列席のもとに開講式が催される。
受講生/天竜市婦人連盟
7月19日
浜北市福祉教育開講式。
浜北市長他、多数の来賓列席のもとに開講式が催される。
受講生/浜北市婦人会
7月21日
竜山村社会福祉協議会主催の福祉教育実施。
民生委員他各種団体を対象に7月、8月に4回に分けて実施する。
8月5日
天竜市福祉教育の模様をテレビ静岡が取材する。
8月6日
岡部町社会福祉協議会主催の岡部町中学生福祉体験学習実施。
8月9日
川根町主催の川根中学生福祉教育実施。
8月17日
浜北市福祉教育の模様を静岡新聞社が取材する。
8月18日
浜北市福祉教育閉講式。
一応の成果をおさめ、福祉教育閉講式を行う。
浜北市長ほか列席。受講生/浜北市婦人会
8月20日
天竜市福祉教育の模様をNHKテレビ及び静岡新聞社が取材する。
8月26日
天竜市福祉教育閉講式。
一応の成果をおさめ、福祉教育閉講式を行う。
天竜市収入役ほか列席。受講生/静岡県立天竜林業高等学校
9月28日
中部振興センター主催の福祉教育実施。
【昭和58年】
7月12日
静岡県ボランティア・カレッジ事業共済(ママ/催:阪野)で17市町村合同福祉教育開講式を行う。
【昭和59年】
プログラムを一部変更してビデオ「楽園をめざして」を導入。
12月~昭和63年3月
福祉教育研究会を発足し、トヨタ財団の助成を受け、予備研究「施設における中学・高校生の福祉教育に関する研究~福祉教育の理論と方法―中学・高校生への期待と社会福祉施設の役割に関する実証的研究~」を行う。
●参加中学・高校生の追跡アンケート調査及び保護者のアンケート調査、事前アンケート調査と感想文の分析
●福祉教育ハンドブック全面改訂 「福祉ってなんだろう」作成
【昭和63年】
6月28日~29日
トヨタ財団の助成を受け、福祉教育研究集会を開催。
記念講演 児童文化研究家 吉岡たすく氏 「私の見た子供の世界」
9月22日~平成2年11月30日
トヨタ財団の助成を受け、研究「社会福祉施設における実践的福祉教育の研究~障害者との触れあい体験を中心とした地域における福祉教育実践の展開方法研究と方法論の開拓」を行う。
● 天竜市民福祉意識調査実施(平成元年8月25日~27日)
天竜市を市街地から山間部まで6地区に分け、18才以上69才以下の市民の中から、各地 区の人口比に基づき世帯主、妻、若年層を各200名、600名を抽出、学生の協力を得て個別面接の方法で実施した。
● 効果測定取り組み
福祉教育参加の中学・高校生を対象とした約600名に事前(実施役1ヶ月前)・事後(福祉教育実施終了後)測定を実施。
● 小学生福祉教育ハンドブック「ふくしってなんだろう」作成(平成2年3月発行)
● 福祉教育モデル事業実施
① 幼児への取り組み
ポスター、福祉教育ハンドブックを幼稚園、保育園、児童館等の関係機関に配付。
「母親が子に教える福祉教育」の実施。(平成2年9月19日)対象:北遠地区母親クラブ
② 児童への取り組み
親子体験教室・日帰りコースの実施。(平成2年7~8月)
親子体験教室・1泊2日コースの実施。(平成2年7月~8月)
③ 高校生を中心として主体的活動を促進する取り組み
高校生ワークキャンプ(天竜市社協主催)の実施。対象:天竜厚生会施設利用者・地元高校生
【平成7年】
従来中学・高校生を対象に行っていた事前アンケートの内容を見直し、事前・事後に中学生から一般までを対象に行うこととした。
施設利用者に講師を依頼し、午前中の講義の内容充実を図った。

Ⅲ 福祉教育関係資料
(1)『福祉ってなんだろう―福祉教育ハンドブック―』
昭和56年7月/初版第1刷
昭和57年7月/第2刷
昭和58年5月/第3刷
昭和59年5月/第4刷
昭和60年5月/第5刷
昭和62年5月/改訂第1版第1刷
昭和63年12月/第2刷
平成2年12月/第3刷
平成2年12月/第3刷
平成4年6月/改訂増補第1版第1刷
平成8年1月/第2刷
(2) 『ふくしってなんだろう―福祉教育ハンドブック 小学生編―』
平成2年3月/初版第1刷
平成3年2月/第2刷
平成8年1月/第3刷
(3)『福祉ってなんだろう―福祉教育実施報告書―』
天竜厚生会福祉教育実施報告書/昭和57年11月
昭和58年度福祉教育実践活動報告書/昭和59年1月
昭和59年度福祉教育実施報告書/昭和60年1月
昭和60年度福祉教育実施報告書/昭和61年3月
昭和61年度福祉教育実施報告書/昭和62年3月
昭和62年度福祉教育実施報告書/昭和63年3月
昭和63年度福祉教育実施報告書/平成 元年3月
平成元年度福祉教育実施報告書/平成 2年3月
平成 2年度福祉教育実施報告書/平成 3年3月
平成 3年度福祉教育実施報告書/平成 4年3月
平成 4年度福祉教育実施報告書/平成 5年3月
平成 5年度福祉教育実施報告書/平成 6年3月
平成 6年度福祉教育実施報告書/平成 7年3月
平成 7年度福祉教育実施報告書/平成 8年3月
(4)『ふくし教育―福祉教育5周年記念誌―』天竜厚生会研修センター、昭和61年4月
(5)『施設における中学・高校生の福祉教育に関する研究』天竜厚生会福祉教育研究会、           昭和63年3月
(6) 『天竜市民福祉意識調査報告書』平成2年10月

『福祉ってなんだろう―福祉教育実施報告書―』〔平成8年度〕天竜厚生会研修センター、1997年、20~22ページ。

Ⅳ 参加人数5年間の推移
昭和56年度
中学生430、    高校生275、      小・大学生0、         一般982、          計1,687
昭和57年度
中学生740、    高校生224、      小・大学生0、           一般619、          計1,583
昭和58年度
中学生1,186、  高校生201、      小・大学生27、       一般1,066         計2,480
昭和59年度
中学生2,023、 高校生123、       小・大学生54、      一般1,057         計3,257
昭和60年度
中学生2,185、  高校生735、       小・大学生155、    一般1,001、      計4,076

中学生6,564、  高校生1,558、    小・大学生236、    一般4,725、      計13,083

『ふくし教育―福祉教育5周年記念誌―』天竜厚生会研修センター、1986年、17ページ。

付記
拙稿をアップするに際して、天竜厚生会理事長の山本たつ子先生にご相談させていただきました。先生からは、アップすることについてご快諾いただくとともに、次のようなコメントも頂戴しました。感謝あるのみです。先生のお許しを得て、以下にそれを紹介させていただきます。

原稿読ませて頂きました。
天竜厚生会における福祉教育は阪野先生のご指摘のとおり、施設が片手間にというよりも、社会福祉の理解を推進する役割を社会福祉施設も持つべきであるという視点から始まっております。職員とご利用者共々、使命感を持って臨んだといえます。施設の社会化、地域開放と言うレベルから一歩も二歩も深めてきたと感じております。
最近、社会福祉法人の社会貢献事業としてこの福祉教育が語られることがありますが、社会貢献といった言葉で片付けてもらいたくない、社会福祉施設あるいは社会福祉法人は、社会福祉を推進し地域理解を深める担い手であり、それは責務であろうと感じます。
学校の授業で福祉教育が進めれれておりますが、障害者体験や高齢者体験を通して理解を進めるという内容には、少し抵抗があります。きちんと人と人が向き合うことから理解は生まれると思うからです。