神奈川県における福祉教育の草の根活動―資料紹介―

第二次世界大戦後、学校における福祉教育は、1950(昭和25)年度から始まる神奈川県の「社会事業教育実施校」事業を嚆矢とする。神奈川県におけるこの福祉教育事業は、1951(昭和26)年度に「社会福祉事業研究普及校」、1967(昭和42)年度に「社会福祉研究普及校」と名称を変え、また制度の変更を重ねながら、1998(平成10)年度に新規指定が中止されるまでおよそ50年間継続実施された。
神奈川県では、1981(昭和56)年6月、長洲一二知事によって、「騒然たる教育論議」を交わして全県民の草の根レベルの教育運動を展開することが提唱された。その背景には、受験競争の過熱化や知識偏重教育の推進、いじめや校内暴力の頻発、不登校(「登校拒否」)の増加など、学校教育の危機的状況があった。また、長洲知事提唱のひとつの直接的契機になったといわれる事件(「金属バット両親殺害事件」)が前年の11月に川崎市で起こっている。長洲知事は、1981年6月の「『豊かな社会』の人間と教育―今こそ教育に県民の英知を―」に続いて、1983(昭和58)年11月に「“ふれあい教育”運動―教育論議を第二段階へ―」、1990(平成2)年9月に「個性・共生・共育―ふれあい教育を前進させよう―」という教育アピールをそれぞれ出す。以後、「ふれあい教育」の理念は神奈川県の教育のひとつの基調をなすことになる。
こうした長洲知事の「騒然たる教育論議」提唱を受けて、神奈川県教育委員会は、児童・生徒の基礎的な生活体験の不足を補うために、1984(昭和59)年度から、「人とのふれあい」「自然とのふれあい」による体験活動を重視した「ふれあい教育」運動をスタートさせた。それにともなって、神奈川県は、福祉教育の充実・強化を期して、1985(昭和60)年度に社会福祉研究普及校事業の実施主体を従来の県民生部から県教育委員会に移管する。そして、1986(昭和61)年度からは、「人」との「ふれあい教育」の一環として福祉教育が実施・展開されることになる。
以下に紹介する資料は、「ふれあい教育」が強調される以前から福祉教育やボランティア体験活動に注目し、草の根の福祉教育実践に、自主的・組織的に取り組んできた学校現場の教師によるものである。現場教師を中心にした活動や運動は、全国各地で展開されてきたのであろうが、その個別具体的な紹介や報告は必ずしも多くない。また、その活動や運動を歴史的に整理し、その全体的な構造を明らかにしていくという理論的な取り組みも、これまでほとんどなされてこなかったといっても過言ではない。今回の、わずか1点の資料が、全国の現場教師による草の根の(学校)福祉教育実践の内実に迫り、(学校)福祉教育の新たな理論的・実証的研究を促すひとつの契機になれば幸いである。なお、「神奈川のふれあい教育推進連絡協議会」の活動は今日も続けられており、30年を迎えようとしている。

神奈川のふれあい教育推進連絡協議会 発会式しおり 昭和59年7月28日

神奈川のふれあい教育推進連絡協議会
1. 経過報告
昭和48年度~昭和55年度     連絡協議会への構想
昭和56年度~昭和57年度     具体化への構想
昭和58年度~     実現への準備
昭和59年3月27日     第1回準備会
〃  4月27日      第2回 〃
〃  5月17日      第3回 〃
〃  6月21日      総会準備会
〃  7月28日      発会式
2. 事業計画案(追跡調査とプログラム)     月/内容
7月  神奈川ふれあい教育推進連絡協議会発会式
事業計画作成
8月  追跡調査要項作成と調査
実践要項作成(プログラム)
資料
9月  ふれあい育連
11月   ふれあい育連(研修会)
1月  ふれあい育連(60年度事業計画作成)
3月  ふれあい育連(     〃    )
3. 分科会      分科会名/学校別/委員名
実践要項作成
小学校     石井
中学校     新井 川名 上野
高等学校     安永 久保 森 野中 星野 三浦 遠藤 太田 重田
追跡調査要項作成と調査
小学校     細川
中学校     新井 伊藤 小川
高等学校     中野 臼井 鈴木 伊東 秋本 近藤 田中 小林
資料
小学校     石黒
中学校     矢野
高等学校     菊田 渡辺 久永 渡辺 細川 杉本
社協     大森

“願い”
全国に先がけて昭和25年から社会福祉研究普及校の指定制度を実施して来た神奈川の動向は全国から注目されています。しかしながら高齢化社会・環境問題・技術革新・核家族・情報化社会・平和の問題など急激な社会情勢の変容によって学校教育は大きな曲り角に来ています。
どう生きるかを見失っている児童・生徒に何を与えて行ったらよいのか。
教育現場で問いつめられるこの大きな課題に対し真正面から取り組んでみようとの自主的な意志を持った人達の活力がこのふれあい育連を誕生させた。
人として必要とされていることを自覚できる行動体験を通して自己や他人の確かな「生」を掴みとらせたい。こんな願いを秘めながらこの会を大切に育てて行きたい。

神奈川のふれあい教育推進連絡協議会要綱(案)
第1条 本会の名称を、神奈川のふれあい教育推進連絡協議会(略称:ふれあい育連)とする。
第2条 本会の事務局を当面、神奈川県社会福祉研修情報センターにおく
第3条 本会は次の事業を行うことを目的とする。
(1)ふれあい教育(人とのふれあい)(自然とのふれあい)活動の情報交換と発掘
(2)社会福祉研究普及活動のその後の追跡調査
(3)指定校又はこの活動に関心をもつ学校、団体への資料提供
(4)ふれあい教育活動に関する指導者の研修活動
①県内交流研修
②県外交流研修
③海外交流研修
(5)社会福祉活動に関する諸団体との交流及び連携
(6)指定校制度を含めた福祉教育の過去・現状分析及び福祉教育の将来への展望
(7)自然とのふれあい教育活動に関する諸団体との交流と連携及びその推進と 将来への展望
(8)青少年のふれあい学習の推進及び実践要項作成
(例)活動文化祭、ワークキャンプ、フィールドワーク、施設訪問と交流、福祉 技術(手話や点字など)の習得と実践
(9)その他本会の目標達成のために必要な活動を行う
第4条 本会の会員はふれあい教育活動に携わるか又はそれに関心をもつものからなり、必要により分科会をもつ。
(1)幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学などの職員
(2)地域のふれあい教育活動を行う個人又は団体の職員
(3)社会福祉施設の職員
(4)自然とのふれあい教育に関わる諸施設の職員
第5条 本会には次の役員をおく。
会長1名
副会長若干名 小学校 中学校 高等学校
会計2名
会計監査2名
事務局数名
顧問数名
任期は2年とする。
第6条 総会は年1回とし各役員の改選は任期満了後の総会において行う。
第7条 本会の経費は会費、補助金、寄附金及びその他の収入をもってあてる。
会費年2000円とする
第8条 本会の会計年度は毎年4月1日に始まり翌年3月31日をもって終了する。
決算報告は年度始めの総会において行う。
付則 この要綱は昭和59年7月28日より実施する。
当面の事務局
〒221 神奈川県社会福祉協議会
社会福祉研修情報センター  臼井 孝
横浜市神奈川区沢渡4-2
TEL045-311-1421

補記(1)
かながわNPО情報サイト「KaNaPiOステーション」に、「神奈川のふれあい教育推進連絡協議会」が登録されている(2013年10月7日現在)。そこにアップされている基本情報の一部は次の通りである(最終更新年月日 2009/5/5)。
主たる活動分野>詳細/子どもの健全育成を図る活動>青少年活動・育成活動
設立年月日/1980/1/1
会員数/20人
会費の有無/あり2000(円/年)
会報の有無/なし
活動目的/青少年のボランティアの育成。少しずつですが、体験した、中・高校生が育っている。ボランティア活動をなるべく早く体験させ、学校では、体験できない諸活動を通して、普段意識していない現代の諸課題に対して考えたりできる人間あるいは行動できる人間を目指したい。
活動内容/毎年夏に県内の小・中・高校生を集め、研修会を実施。(研修会:数カ所のフィールドワークを用意し、参加者が選択し、体験活動を行う。今、自分達のまわりにある諸問題について話し合う。これら、研修会を組織する。)
PR/細々ながら、20年近くになろうとしています。今私達の活動がやがては小・中・高の総合学習に入っていくと思います。体験が少ないという青少年に価値ある体験活動を提供していると考えています。

補記(2)
神奈川県の「ふれあい教育」運動に関して、 神奈川県教育問題懇話会事務局編『新しい段階をむかえた「ふれあい教育」運動』神奈川県教育問題懇話会事務局、1986年11月 が「阪野文庫」中の「神奈川県における福祉教育に関する資料」第3巻に収録されている。
また、神奈川県では、1976(昭和51)年10月に長洲一二知事が県民に対して発したメッセージ「一燈をもちよろう」に基づいて「ともしび運動」(「障害者の自立促進を」「おとしよりに生きがいを」「連帯感にあふれた地域社会づくり」)が展開された。この福祉コミュニティづくり(自立と連帯のまちづくり)運動に関して、 ともしび運動促進研究会編『ともしび運動促進研究会中間報告―ともしび運動の発展をめざして―』ともしび運動をすすめる県民会議、1983年3月(2版) が「阪野文庫」中の「神奈川県における福祉教育に関する資料」第3巻に収録されている。

付記
「神奈川のふれあい教育推進連絡協議会 発会式しおり」の記載内容と「ふれあい育連」の現在の活動状況等について確認するために、臼井孝先生に電話し、10数年ぶりに話すことができた。また、その際、本ブログへのアップをご快諾いただいた。感謝である。臼井先生は現在も、「日本ボランティア学習協会」理事や「かながわ県民活動サポートセンター」協議会委員などの要職を務められている。ただただ頭が下がる。