佐賀県鹿島市における福祉教育の取り組み経過と課題

佐賀県鹿島市では、1995年9月22日、市議会において「福祉のまちづくり宣言」が決議された。翌1996年3月25日には、「鹿島市福祉教育に関する条例」(以下、「鹿島市福祉教育条例」と略す。)が公布された。爾来、鹿島市では、教育委員会が中心となって、すべての小・中学校を福祉教育推進校に指定し、「福祉のまちづくり」のための福祉教育が計画的・継続的に実施・展開されている。独立条例に基づく福祉教育の取り組みは、筆者(阪野)の知る限り、他に例がない。
今日、中央教育審議会などにおいて教育委員会の廃止論や不要論等、制度のあり方をめぐる議論がなされている。それは、教育の政治的中立性と継続性・安定性の確保を危うくする可能性をはらんでいる。福祉のまちづくりに関しては、地方分権改革や社会福祉制度改革の推進が図られるなかで、全国の地方自治体で行政主導による条例制定の取り組みがなされている。しかし、その条例の多くはいわゆる理念条例にとどまり、そこには一定の限界がみられる。福祉教育については、学校福祉教育から地域福祉教育への移行が叫ばれているが、その実態はいまだ学校における、疑似体験を中心にした「思いやりの心」の育成に偏りがちである。
こうしたなかで、鹿島市における福祉教育の取り組みの経過を跡づけることは、今後の学校福祉教育、とりわけ福祉の(による)まちづくりの主体形成を図るための学校福祉教育のあり方について検討する際の、ひとつの視座や視点を見出すことが期待される。そこで、本稿では、基礎的な作業としての資料紹介を中心に行い、それをめぐって若干の所見を述べることにする。
以下に、「福祉のまちづくり宣言」から今日までの福祉教育の取り組みの経過に関する資料を時系列順に紹介する。

「福祉のまちづくり宣言」決議/1995年9月22日
すべての市民が人間として尊重され、社会参加の機会を平等にもち、自立した生活を送られる社会を実現することは、私たちの願いであります。
こうした社会実現のためには、一人ひとりが人間として尊重されることを基本に等しく社会のサービスを受けることができ、意欲や能力に応じて社会参加の機会が平等に与えられなければなりません。
このため、私たちは高齢者や障害者等からこれらの機会が奪われがちなさまざまな妨げを取り除き、すべての人が自らの意思で自由に社会参加できる「福祉のまちづくり」を目指します。
このような自覚と認識にたち市民が安心して生活できる人にやさしい「福祉のまちづくり」に積極的に取り組むことを宣言します。
以上、宣言する。
平成7年9月22日
佐賀県鹿島市議会

「鹿島市福祉教育条例」制定についての市長の提案理由説明要旨/1996年3月4日
今後、行政・住民一体となって考えていかなければならないことの一つに福祉の問題があります。その一つの試みとして、平成8年度から福祉教育実践委嘱事業を始めます。予算的には小さな事業でありますが全国でも初めての取り組みだと思います。高福祉・高負担、このジレンマから抜け出るためにもボランティア活動の日常化を図る必要があり、小学生・中学生全員にボランティアの実体験を通して学習をするプログラムを組みました。いわば、義務教育内での必須科目的にボランティアを取り入れようということであります。長い時間がかかると思いますが、継続することによりやがて鹿島市が、福祉の心にあふれる人で一杯になることだろうと、私は今から胸を躍らせているわけです。
(『市議会定例会・平成8年度施政方針及び市長提案理由説明要旨』1996年3月、3ページ)

「鹿島市福祉教育条例」制定についての質疑、討論、採決/1996年3月14日
O議長(青木幸平君)
日程第1、議案第10号、鹿島市福祉教育に関する条例の制定についての審議に入ります。
O福祉事務所長(平野俊和君)
この条例は、9月22日に決議した「福祉のまちづくり宣言」の一環として、人づくりを基本とした豊かな福祉社会の実現を目指して制定するものである。
福祉のまちづくりについては、全体の施策が必要と思われるが、当面教育に限って制定するものである。
条例は7条から成るが、精神的なものを中心としている。第1条の目的については、すべての市民が福祉に関する理解や意識高揚を図り、福祉のまちづくりに結びつけたいということである。第2条は、市が市の責務として、福祉教育の推進についてあらゆる機会を提供するというものである。第3条は、直接かかわる福祉団体等における福祉教育の推進について規定したものである。第4条は、市民の福祉教育への参加について、端的には市民の責務という形で規定したものである。第5条は、学校における福祉教育、特に教育委員会なり各学校についての取り組みを規定したものである。第6条は、あらゆる階層から必要に応じて市民福祉推進委員会を設置し、調査、審議をするというものである。第7条は、この条例の施行に関して必要なものについては別に定めるという委任事項である。附則は、平成8年4月1日から施行するということである。
O市長(桑原允彦君)
この条例を教育委員会の方で担当するか福祉の方でするかという議論もした。将来的には教育現場に限ったことではないというスタンスをとるためにも、福祉事務所の方でこの条例を作成した。
子供たちが一生懸命福祉に対して頑張っている姿を大人が見れば、必ず我々もやらなければという気持ちになるだろう。そういう気運の中から全市民的な動きも出てきてくれればという期待を込めている。また、ぜひそうあらねばならない。9月の定例議会において福祉のまちづくり宣言を行ったが、それを受けた形になっている。そういう意味でも、将来的には全市民的な取り組みがぜひ必要である。
O教育長(迎 昭典君)
今日、生涯学習、生涯教育がいわれている。福祉もまさにそれに一致するものであり、福祉教育こそは学校教育を基盤としながらも、生涯にわたってやるだけの値打ちのあるものである。
予算については、福祉教育推進校に対して、小学校に5万円、中学校に10万円つけたい。社会福祉協議会からも予算がつく。
将来的には、学校教育だけでなく、生涯学習の一環として福祉教育を推進していくことになると、一層の予算の手だても必要になってくる。
O市長(桑原允彦君)
この条例は全市民的に波及するということを位置づけている。今回の計画に対して、霧の役目をまず子供たちにしてもらう。そこからこれを波及しようという手法を想定している。
O教育長(迎 昭典君)
当然、年間計画や指導計画、あるいは事後の評価報告は伴う。しかし、文部省や県教委が求めるような、あのような煩雑な報告は求めない。
学校の先生の負担は免れない。しかし、今心配なのは、各地区の方々の協力が得られるかどうかである。地域の方々の協力なしには、学校の先生の指導だけではできない。できるだけ子供を地域に返す、地域の実態に学ばせるという姿勢が根本にある。地域の方々の力添えを得ながらやっていきたい。
学校の過重負担にならないように十分気をつけていきたいし、いかなければならない。
O生涯学習課長(大串昭則君)
福祉教育に関し、今後は6地区公民館合わせて、事業の充実を図っていきたい。
O市長(桑原允彦君)
地方の時代の到来のためには地方が自立し、民と官が一体となって自分たちのまちづくりをやらなければならない。地方分権の究極は、国は助けてくれないということである。行政の一番大きな役割は、住民が乗ってくれるような、あるいは乗りやすいような仕組みづくりを、あるいは提案をいかにしていくかということが重要な仕事になってくる。今回の条例も、住民に対する提案であり、執行部の決意である。
O市長(桑原允彦君)
児童・生徒たちが認知症や寝たきりの老人と接する。そこから人間教育が始まる。
福祉の理念の中には、受ける側に感謝の気持ちを持てという要素は入れる必要はない。受け手側の人間性、道徳感、考え方の問題は、別に論じるべき問題である。
今回のことは簡単にできるとは思っていない。特に学校現場は大変だと思う。方向性や理念が確かであればとにかくやろう。現実的な課題や問題点は走りながら考えよう。このように思っている。
O福祉事務所長(平野俊和君)
福祉教育を大上段に振りかぶることなく、民生委員会や地域懇談会などいろいろな機会をとらえて、福祉教育についてのお願いや要請を今後もしていきたい。
O議長(青木幸平君)
起立全員であります。よって議案第10号は提案のとおり可決されました。
(『鹿島市議会定例会会議録』鹿島市議会事務局、1996年3月、306~320ページ)

「鹿島市福祉教育条例」公布/1996年3月25日
(目的)
第1条 この条例は、全ての市民が福祉に関する制度及び実情を正しく理解し、福祉意識を高めるとともに、市民自ら参加する福祉についての実践活動を行うことにより、福祉教育の推進を図り、もって福祉のまちづくりに寄与することを目的とする。
(市における福祉教育の推進)
第2条 市は、市民に対して生涯にわたる教育の場を通じて福祉教育の推進に努めるものとする。
(福祉団体等における福祉教育の推進)
第3条 市民福祉の向上を目的とする団体(以下「福祉団体」という。)及び福祉施設を経営する者は、その活動を通じて福祉教育を実施するよう努めるものとする。
2  福祉団体及び福祉施設を経営する者は、市及び教育委員会に対し、福祉教育に関する指導又は助言を求めることができる。
(市民の福祉教育への参加)
第4条 市民は、福祉の意義を理解し、福祉活動を実践するために、自主的に学習を行うとともに、福祉教育に積極的に参加するよう努めるものとする。
(学校における福祉教育)
第5条 教育委員会は、児童・生徒に対する福祉教育の充実推進を図るため、すべての小・中学校を福祉教育推進校に指定する。
2  福祉教育推進校は、児童・生徒に対し、計画的に福祉教育、活動の機会を設定し、福祉活動についての理解と関心を深めるよう努めるものとする。
(市民福祉推進委員会)
第6条 市は、福祉教育、活動について調査及び審議するため、市民福祉推進委員会を置くことができる。
(委任)
第7条 この条例の施行に関し必要な事項は、市長が別に定める。
附則
この条例は、平成8年4月1日から施行する。
(『平成10年度 福祉教育推進報告書』鹿島市教育委員会、1999年3月、37ページ)

鹿島市教育委員会における取り組みの経過/1995年度~2012年度
(1)平成7年度
桑原市長は、官と民が一体となった福祉のまちづくりの中で、特に福祉教育を重視した。鹿島市でも核家族化が進み、独居老人が多くなると同時に、祖父母と同居していない子どもが増加した。そのような子どもたちは、人間の情緒を育てる「生・老・病・死」に触れることもできない。そこで、お年寄りと接する機会を与えれば、その体験ができるのではないかと考え、教育委員会に提案した。教育長、市内校長会もこれに賛同した。市長、教育長、教育次長は、市内教職員へ福祉教育の意義の説明とその啓発のため、1月から3月にかけて市内全小中学校を訪問した。また、教育委員会は、関係諸機関とも連携をとった。
平成8年3月14日には、3月定例議会において「鹿島市福祉教育に関する条例」が可決成立し、正式に福祉教育の推進が決定された。
(2)平成8年度
平成8年4月から、全小中学校において教育課程の中に福祉教育が位置づけられた。特に、中学校2年生では「ふれあい活動」という高齢者との日常福祉実践活動が、民生委員の協力を得て開始された。1班6人程度でグループをつくって独居老人や老人のみの世帯を週1回~月1回程度訪問し、話し相手、肩もみ、草むしり、ごみ捨て、障子張り、網戸洗い、石運び等を行った。
初年度でいろいろな課題も出てきたが、交流、体験を通して小中学生が学んだものには計り知れない大きな成果があった。高齢者からも多くの感謝のお便りが届いた。
(3)平成9年度
福祉教育が2年目を迎え、各小中学校ともに特色ある取り組みが行われてきた。「ふれあい活動」では、中学生と高校生がごく普通にあいさつや声かけができるようになり、地域での温かい雰囲気ができてきたという民生委員からの報告もあった。また、この活動によって、将来の進路をヘルパー志望とする生徒の声もあった。一方、施設との交流も開始された。しかし、課題も多く出てきた。まず、時間の問題である。生徒たちの部活動や塾等の都合と高齢者の都合が合わず、計画がうまくできない。また、ナイフ事件で「中学生は怖いので辞退したい。」ということも出てきた。民生委員の方からは、多忙で負担が大きいという課題が出された。
(4)平成10年度
3年目を迎え、児童生徒に福祉の心が着実に育ってきた。中学生の殆どが高齢者と交流を希望し、自分の将来を考えた上で、何か手助けをしたいと考えている。これは、小学校1年生から実施している小中一貫の福祉教育の大きな成果である。特に、自発的に近所の高齢者との交流を考え、生徒自身から「何か手伝うことはありませんか。」と働きかけた。
(5)平成11年度
4年目を迎え、各学校とも地域の実態を考慮した取り組みが定着してきた。地域の高齢者、障がい者、ボランティアの人、施設の人等との交流をとおして、福祉に対する理解も広がってきた。しかしながら、「ふれあい活動」を希望してくださる高齢者の方々が減っており、お宅を訪問しての活動というものが難しくなってきた。そこで、地域のボランティアの方々が主催していらっしゃる「生き生きサロン」が増えたこともあり、そこで一緒に集団で活動させていただいた。
(6)平成12年度
5年目を迎え、小学校では学年ごとに行う実践活動が定着してきて、年間指導計画がしっかりしたものになってきた。また、手話教室や盲導犬教室も多くの学校で開かれるようになり、高齢者ばかりでなく障がい者へも対象が広がってきた。しかしながら、個別に交流を希望される高齢者世帯の方々が減少を続け、今後の「ふれあい活動」の実施について検討が必要になってきた。
(7)平成13年度
6年目を迎え、着実に児童生徒に福祉の心が育ってきたことが大きな成果であった。また、地域の中でも、小さいながらも子どもたちと高齢者等との温かい交流が生まれてきた。さらに、施設においても、受け入れの協力体制もでき、幅広い活動ができてきた。本年度は、中学生が行う「福祉ふれあい活動」の見直しを行った。まず、ふれあい希望者の減少という実態から、児童生徒が身近な活動相手を探すこととした。次に、活動の学年を学校行事等との関連から、1年生とした。これまでの教育委員会主導から、生徒自身の働きかけによる活動となり、総合的な学習とも関わらせながら理想的な福祉教育が定着してきた。
(8)平成14年度
新しい学習指導要領がスタートし、「総合的な学習の時間」が全面実施となった。その時間を活用して、活動ができるようになった。中学校1年生の活動では、生徒自身が「ふれあい活動」の協力者探しを行った。いろいろな問題にぶつかりながらも、たくさんのグループで有意義な活動ができた。小学校では、盲導犬コンサートを実施し、盲導犬や障害をもった方々とのふれあいができた。
(9)平成15年度
新学習指導要領の完全実施2年目にあたり、「総合的な学習の時間」の内容の充実と関連して各学校での福祉教育も時間を有効に使い、充実した内容になってきた。福祉講演、ふれあい活動、疑似体験等活動も多岐に広がりを見せている。また、地域のお年寄りとのふれあい活動は、どの学校でも定着してきており、日常的に交流する児童も見られるようになった。
(10)平成16年度
小学校では、新潟中越地震被災者の方への募金活動が広がった。また、3年間の地域指定を受けたエイズ(性)教育推進事業を通して「命の大切さ」や「生きることの喜び」について福祉と関連づけながら学ぶことができた。しかし、中学校では、高齢者の受け入れ先がここ数年減少しているなど今後再度検討が必要になってきた。
(11)平成17年度
市民の方から高齢者・障がい者疑似体験セットの寄贈により、小学校では疑似体験活動の広がりが見られた。10年目を迎え、福祉教育は各学校の地域性を生かした取り組みが定着している。個人情報保護条例の施行により、独居老人の住所等の情報の入手が困難になり、福祉行事の招待状や年賀状の発送が困難になってきた。情報収集から行うことも考えられるが、収集した個人情報の管理などの検討が必要になってきた。
(12)平成18年度
個人情報保護条例の施行から昨年度継続が途絶えた独居老人との交流が、地区の民生委員さんを通じて本人の承諾を得、再会できる学校が出てきた。高齢者・障がい者擬似体験セットを活用して実践する学校も多くなってきた。各教科や総合的な学習の時間との関連を図りながら中身の濃い実践ができるようになってきた。
(13)平成19年度
全校児童に呼び掛け、集めてきたプルタブで、車いすを1台購入し、プレゼントした学校が出てきた。2年以上かかったが、プレゼントできたことで「プルタブ集めを続けてきてよかった。」との感想を持つことができた。また、学校で施設や老人会と交流活動を行った後、自主的に活動を続ける意欲的な子どもたちも出てきた。
国語で盲導犬について学習し、総合の時間で実際に盲導犬を見て、また、国語でまとめの学習を行うなど、各教科や総合的な学習の時間との関連を図りながら、中身の濃い学習ができるようになってきた。
(14)平成20年度
老人会などの地域の方や福祉施設の方との交流が定着し、お年寄りの方から喜ばれている。また、子どもたちにお年寄りを思いやる身持ちが育ってきて、さらに交流を深めたいという声もあがっている。
高齢者・障がい者の疑似体験を小学校5校、中学校2校で実施し、日常生活でのたいへんさ等を身をもって学ぶことができた。
「福祉のつどい」において、中学校の「福祉ふれあい活動」の実践発表を行い、多くの市民の方々に、活動状況等を知ってもらうことができた。
(15)平成21年度
各学校では、福祉教育が計画的に実践されており、高齢者や障がい者等との交流を通して、子どもたちは自己有用感を感得し、次への意欲をもつことができた。
「福祉のつどい」において、中学校の「福祉ふれあい活動」の実践発表を今年度も実施し、活動状況等を広報した。
プルタブ回収をそれぞれの学校で行ってきたが、取組結果を子どもたちに還元できるように市全体での組織の構築が提案された。来年度、検討予定である。
(16)平成22年度
中学校の総合的な学習の時間が減少し、活動を見直す時期に来ている。これまでと同じ活動ではなく、学校教育全体でどのように福祉教育に取り組むのか検討が必要である。
長年各学校で取り組んできたプルタブ回収については、業者が回収を行わないという理由から、新たにペットボトルキャップを回収する「エコキャップ運動」に参加する学校が増えてきた。(ペットボトルのキャップを回収して再資源化事業者に販売することで得られる売却益の一部を開発途上国の子どもへのワクチン代として寄付する運動。)
(17)平成23年度
東日本大震災の被災者の方への支援活動が広がった。募金活動を行ったり支援物資を募ったり等、自分たちができることは何かを考え実践することができた。「鹿島市福祉のつどい」で鹿島小学校のファンタジーブラスバンド部がオープニングアトラクションとして演奏を披露し、皆さんに喜んでいただいた。中学校では、総合的な学習の時間が週1時間に減少したことで、前年度よりは活動時間に制限があったが、各学校の創意工夫で充実した活動ができた。
(18)平成24年度
古枝小学校、東部中学校が、ペットボトルのキャップを回収し世界の子どもたちへワクチンを届ける取組を行い、合わせてポリオワクチン100人分以上を回収することができた。「鹿島市福祉のつどい」では、北鹿島小学校の和太鼓クラブがオープニングアトラクションとして見事な演奏を披露した。鹿島小学校のボランティア委員会が青少年赤十字に加盟し、新たな取り組みを始めた。
(『平成24年度 福祉教育推進報告書』鹿島市教育委員会、2013年3月、1~3ページ)

福祉教育の成果と課題/2012年度
1 成果
(1)各教科、総合的な学習の時間をクロスさせての実践
生活科や総合的な学習の時間を利用して実践をしているが、各教科の学習と関連を図り、高齢者や園児との交流など児童生徒の発達段階に応じた活動ができた。
(2)主体的に考える力を育てる体験活動
疑似体験自体や点字や手話などの技術習得を目的とするのではなく、高齢者や障がいのある人が安心できるサポートとは何かを考えたり、視力や聴覚に障がいのある人が社会参加を図る際のサポートのあり方を考えたり、さらに当事者とのコミュニケーションを実際に図ったりすることで、子どもたちに主体的に考えさせ、その後の振り返りをしっかりと行う取組ができた。
(3)地域の方々との交流行事として定着
中学校では、例年は交流の受け入れ先が不足し、交流相手を見つけることが難しかったが、民生委員・児童委員の方や保護者のご協力で受け入れ先をご紹介いただき有意義な交流ができた。毎年の恒例行事として、お年寄りをはじめ地域の方々にも定着してきて、楽しみに待っていただいている。老人会などの団体や地域の方と更に連携を深めていきたい。
(4)ボランティア精神の高揚
ペットボトルのキャップで世界の子どもにワクチンを届ける取組を複数校が実施し、ポリオワクチン100人分以上となるキャップを回収することができた。子どもたちは、協力の輪が広がり成果を出せた達成感と人の役に立ったという充実感を味わうことができた。
福祉の学習をとおして、高齢者なとの交流相手に喜んでもらえたことで、自己有用感を感得し、また取り組みたいという意欲が出てきた。
さまざまな福祉体験活動を通して、児童・生徒の中にお年寄りや身近な家族を気遣う気持ちが育ってきた。
2 課題
(1)時間調整の難しさ
交流する相手方の時間と学校の生活科や総合的な学習の時間を合わせることが難しい。
(2)活動の見直し
地域の方は「このようなふれあい活動を長期的・継続的に実施してほしい」と願っておられる。その期待に応えつつ、マンネリ化しないように地域の方とともに活動を見直し、児童生徒の関心・意欲を高める工夫を重ねていく必要がある。
(3)単元計画の見直し
中学校では総合的な学習の時間が35時間に減少した。限られた時間内で目標が達成できるように福祉教育のカリキュラムの改善を毎年することが大切である。
福祉教育と各教科との関連を図った単元の工夫は、今後もさらに充実させていくことが必要である。
高学年の活動が授業やカリキュラムの関係で取りにくく、活動内容が限定されてしまいがちになるなど、学年間のかたよりもあるので、全学年で継続した取組がなされるよう計画する必要がある。
中学生1年生のふれあい活動が、何らかの形で2、3年生の活動につながれば、福祉教育が更に意義あるものになると思われる。
(『平成24年度 福祉教育推進報告書』鹿島市教育委員会、2013年3月、28ページ)

以上の諸資料をめぐって若干の所見を述べ、本稿のまとめにかえることにする。
(1)鹿島市福祉教育条例は、「福祉のまちづくり宣言」の一環として、豊かな福祉社会の実現をめざして制定されたものである。そのねらいは、すべての小・中学生を対象に、「義務教育内での必須科目的にボランティア」を取り入れ、ボランティア活動の日常化を図ろうとするところにある。そのためのツール(手段)として、中学校1年生全員(2000年度までは中学校2年生)に対し、1年間にわたり継続して地域の高齢者等とふれあう「ふれあい活動」が義務づけられている。それは「福祉教育の総まとめ」でもある(『平成24年度 福祉教育推進報告書』4ページ)。なお、鹿島市には現在、小学校が9校(本校7校、分校2校)、中学校が2校ある。
鹿島市では、福祉教育が福祉のまちづくりを進めるための小中一貫の教育活動として位置づけられていることは、高く評価することができる。しかし、実際には、「福祉教育」イコール「ボランティア活動」イコール「ふれあい活動」、と矮小化されて捉えられている感がある。小・中学生にとって、地域・社会の構成員や福祉のまちの形成主体としての役割は何か。その役割を遂行できる資質や能力を育成するための、福祉教育の本質的かつ具体的な方策は何か。それをいかに実施・展開すべきか、等々について検討する余地が多分に残されている。
鹿島市の福祉教育実践の中心である「ふれあい活動」は、その活動を通して思いやりの心や感謝の気持ちを経験的に学び取らせようとするものである。したがってそこから、“知識”よりも、「ふれあい活動」のための機能的な“技術”“技能”を育てることを重視することに結果している。「福祉」や「まちづくり」に関してどのような知識を身につけさせるかについては、明確には定まっていない。また、どのような価値観の獲得・育成を図るかは、さらに不明確である。
要するに、鹿島市の福祉教育には、「ふれあい活動」にとどまらず、子どもの発達段階に応じた地域・社会への参加や問題解決活動の取り組みを進める。それを通して、地域・社会に変化をもたらし、「福祉のまちづくり」に主体的・能動的に関わろうとする子どもの育成を図る。こうした福祉教育の展開に向けて、より一層の検討と創意工夫が求められる、といえよう。例えば、①福祉教育は、学校教育の「領域」ではなく「機能」として捉え、学校外の領域においても多元的・複層的に遂行されることが必要かつ重要となる。それを前提に、福祉教育を全教科・全領域に位置づけ、学校内外のあらゆる場面で取り組むための具体的な教育内容と方法、それに評価のあり方について検討する。②これまでいわれてきた地域参加・還元型学習や問題解決型学習としてのそれだけでなく、学校と地域、知識と体験などの往還型学習としての福祉教育の学習内容・方法やカリキュラムのあり方を問う。あるいは、③福祉教育を軸とした「総合的な学習の時間」の年間指導計画に基づいて、年間を通して系統的・継続的な福祉教育活動の展開を図る。④中学校学習指導要領にいう「その他特に必要な教科」として「福祉」や「まちづくり」に関連する教科を設置する、ことなどが考えられよう。
(2)18年間の、福祉教育の取り組みの経過を概観すると、活動の「計画化」や「体系化」、「地域化」などへの指向を読み取ることができる。例えば、次のような記述がそれである。これらはまた、福祉教育活動の拡大と深化の過程でもある。

「小学校では学年ごとに行う実践活動が定着してきて、年間指導計画がしっかりしたものになってきた」(2000年)。
「各教科や総合的な学習の時間との関連を図りながら中身の濃い実践ができるようになってきた」(2006年度)。
「『福祉のつどい』において、中学校の『福祉ふれあい活動』の実践発表を行い、多くの市民の方々に、活動状況等を知ってもらうことができた」(2008年度)。
「『エコキャップ運動』(ペットボトルのキャップを回収して再資源化事業者に販売することで得られる売却益の一部を開発途上国の子どもへのワクチン代として寄付する運動。)に参加する学校が増えてきた」(2010年度)。

周知の通り、福祉教育は、福祉文化の創造や福祉の(による)まちづくりをめざして日常的な実践活動に取り組む主体形成を図るための教育活動である。またそれは、歴史的・社会的存在としての地域の社会福祉問題を学習素材とし、その解決をめざして展開される意図的な教育活動である。それゆえに、福祉教育は、そもそも学校内で自己完結するものではなく、地域に出向き、地域に軸足を置いた取り組みが求められる。とともに、体験学習が重視されることになる。ここで留意すべきことのひとつは、福祉教育の体験活動が、単なるイベント的なそれにならないよう、また体験至上主義に陥ることのないようにすることである。福祉教育は、福祉のまちづくりに関して「学び」「気づき」「ふりかえり」、そして「変わり」、「動く」ことを導き出すことが求められ教育活動である。それをより確かなものにするためには、地域の社会資源の活用やそれとの連携、さらには新しい社会資源の開発が必要かつ重要となる。これは、前述の資料「福祉教育の成果と課題/2012年度」に指摘されている諸点に通底するものでもある。
(3)鹿島市と鹿島市社会福祉協議会は、協働して、2013年3月に「鹿島市地域福祉計画・地域福祉活動計画」を一体的に策定した。この計画の特徴のひとつは、計画策定にあたって、課題解決の方策として「自助、共助、公助」の視点が重視されたことにある。また、必ずしも十分であるとはいえないものの、地域福祉計画と地域福祉活動計画の「将来像や基本目標の共有化」が図られ、「地域福祉実現の両輪」「計画の連携・補完」などと、二つの計画の相互関係に注意が払われている。一体的策定の意義のひとつはここにある。しかし、内容的には両計画を合本製本したものにとどまり、その効果には疑問が残る。
そうしたなかで、地域福祉計画では、福祉教育の「具体的な取り組み」に関して次のように記述されている(『鹿島市地域福祉計画・地域福祉活動計画』鹿島市・鹿島市社会福祉協議会、2013年3月、62~63ページ)。

◎福祉教育の推進
現状と課題(略)
具体的な取り組みと役割
①家庭や地域での福祉に関する学習機会の提供
◆家庭において親から子へと地域福祉教育がなされるために、親を対象とした地域福祉に関する勉強会の実施を検討します。また、家庭内での実践を通して、親から子へ、子から孫へと福祉に関する教育が受け継がれるように意識啓発を進めます。
◆一人でも多くの人が福祉に関心を持ち、思いやりや助け合いの精神について理解し、自らが積極的に行動することができるよう、地域福祉について学習する機会を提供します。
②学校教育における福祉教育の推進
◆学校教育の中で課外活動の時間や総合的学習の時間を活用し、社会福祉協議会などと連携しながら、体験型の福祉教育を推進していきます。
③住民や児童・生徒と福祉施設等との交流の促進
◆地域においては、住民や児童・生徒と福祉施設などとの交流を促進します。
■住民・地域・市(行政)の目指すことや役割(略)

また、地域福祉活動計画では、福祉教育に関して次のような計画化が図られている(『鹿島市地域福祉計画・地域福祉活動計画』91ページ)。

◎福祉教育の推進
①学校等における福祉教育の推進
具体的な取り組み
◆学校での福祉教育の協力
子どもの頃から福祉に対する理解と関心を高め、「福祉のこころ」の育成や地域社会との連帯意識を育むことを目的として、市内の小中学校で行われる福祉教育やボランティア体験学習の実施に協力します。
◆福祉教育の推進・学校との連携の強化
子どもたちがボランティア活動へ関心を持ち、参加意識を高められるよう、福祉教育の推進を図ります。
◆地域での福祉教育の実施
子どもから大人まで福祉に対する理解と関心を高め、地域支え合いの意識の向上を図るため、地域福祉ボランティア講座等を開催するとともに、障がいについての理解を深め、誰もが暮らしやすい地域づくりを進めるため、地域の特別支援学校等と連携して事業を実施します。
主な事業
●学校等での福祉教育への支援

以上を一瞥すると、計画内容は新味がなく、具体性に欠けるものになっていると断ぜざるを得ない。地域福祉計画については、18年間にもおよぶ教育委員会による学校福祉教育の成果や課題が、十分に反映されているとはいえない。地域福祉活動計画に至っては、社会福祉協議会にありがちな、学校福祉教育への単なる支援や紹介・斡旋にとどまっている。
今日、福祉教育は、従来の学校を中心にした福祉理解・啓発の福祉教育から、地域を基盤とした、地域ぐるみの、福祉の(による)まちづくりを進めるための福祉教育(「市民福祉教育」)の推進を図る時期にある。鹿島市社会福祉協議会の地域福祉活動計画には、主体的・自律的な、魅力ある地域福祉を推進するための福祉教育の計画化が欠落している。「地域福祉は、福祉教育ではじまり、福祉教育でおわる」といわれる。社会福祉協議会には、地域福祉やその主体形成を促すための福祉教育の本質について再認識することが強く求められよう。
周知の通り、地方分権改革や社会福祉制度改革などの推進が図られるなかで、ここ10数年来、基礎自治体としての市町村では「福祉のまちづくり条例」を制定する動きが活発化している。鹿島市は、1995年9月、「市民が安心して生活できる人にやさしい『福祉のまちづくり』に積極的に取り組むこと」を宣言した。1996年3月、鹿島市福祉教育条例の制定に際して、当時の市長は、「長い時間がかかると思いますが、継続することによりやがて鹿島市が、福祉の心にあふれる人で一杯になることだろうと、私は今から胸を躍らせているわけです」。「将来的には全市民的な取り組みがぜひ必要である」、と語っている。また教育長は、「将来的には、学校教育だけでなく、生涯学習の一環として福祉教育を推進していくことになる」と述べている。
当時の市長や教育長の福祉・教育理念や“熱い思い”を想起するとき、福祉や教育を取り巻く状況が大きく変化しているなかで、鹿島市はいま、「福祉のまちづくり宣言」の次の段階(ステージ)として、「福祉のまちづくり条例」を制定する時期にあるといえるのではないか。その際、これまでの学校を中心とした福祉教育活動の積み重ねを基盤に、子どもをはじめ高齢者や障がい者、さらには外国籍住民など、各界各層の住民の参画を得て取り組むことが肝要となる。その過程はまた、地域ぐるみの福祉教育(住民の主体形成)の実践そのものでもある。地域ぐるみの福祉教育を如何に展開するかは、鹿島市やその小地域(行政区の単位を示す「部落」等)の歴史や特性、住民の生活実態や生活意識などに即して、多くの地域住民がその同一性と多様性・異質性を意識しながら、「福祉」や「まちづくり」について互いに学び合うことにかかっている。参加型・往還型、社会還元型・問題解決型の相互教育・学習活動としての「市民福祉教育」の展開が期待されるところである。

謝辞
本稿の諸資料を収集するにあたっては、鹿島市教育委員会教務総務課学校教育係のM女史にご高配を賜った。ここに記して衷心より感謝の意を表します。