筆者(阪野)がはじめて「極点社会」という言葉にふれたのは、『中央公論』(平成25年12月号)の特集「壊死する地方都市」に収められた「増田寛也+人口減少問題研究会」の論稿「2040年、地方消滅。『極点社会』が到来する」です。そのなかで、「地方が消滅する時代がやってくる。人口減少の大波は、まず地方の小規模自治体を襲い、その後、地方全体に急速に広がり、 最後は凄まじい勢いで都市部をも飲み込んでいく。このままいけば30年後には、人口の『再生産力』が急激に減少し、いずれ消滅が避けられないような地域が続出する恐れがある」(19ページ)と、人口減少の末路が指摘されています。極点社会とは、「大都市圏という限られた地域に人々が凝集し、高密度の中で生活している社会」(27ページ)、すなわち都市が地方の人口を吸収し、大都市だけが残る国の姿を表したものです。
2014年5月8日、民間の有識者団体である「日本創成会議・人口減少問題検討分科会」(座長・増田寛也)が『成長を続ける21世紀のために 「ストップ少子化・地方元気戦略」』を発表しました。それによると、2040年の時点で、全国1800市区町村の49.8%に当たる896の市区町村が、20歳から39歳までの子どもを産む女性(若年女性)が2010年から2040年までの間に50%以上減少することによって人口が減少し、消滅する可能性があります(「消滅可能性都市」)。例えば、青森、岩手、秋田、山形、島根の5県では8割以上の市町村、東京23区では豊島区、筆者が住む東海地方では岐阜県が42のうち17、愛知県が54のうち7、三重県が29のうち14の市町村がそれぞれ「消滅可能性都市」になります(注1)。
こうした推計をふまえて、報告書では、「国民の『希望出生率』を実現すること」と「地方から大都市へ若者が流入する『人の流れ』を変えること」を基本目標として、次のような政策提言も行っています。(1)ストップ少子化戦略 ;若者(男女)が結婚し、子どもを産み、育てやすい環境を作る。(2)地方元気戦略 ;地方を建て直し、再興を図る。(3)女性・人材活躍戦略 ;女性や高齢者など人材の活躍を推進する、がそれです(21~49ページ)。
「限界集落」という言葉があります。この言葉は、大野晃先生(高知大学名誉教授)が1991年に提唱した概念であるといわれています。今回の「極点社会」「消滅可能性都市」は、「限界集落」以上にショッキングな言葉です。多少とも地域に関心をもち、まちづくりにかかわってきた筆者にとっては、「極点社会」下における「消滅可能性都市」に想いを巡らさざるを得ません。
筆者は、先の拙文「地域アイデンティティとまちづくり―自治基本条例と市民福祉教育(第3報)―」(2014年4月30日)で、「地域アイデンティティ」という言葉を使いました。この言葉は、未だ確定的な定義が存在するわけではありませんが、一般的には、ある個人(住民)の、「地域に対する帰属意識や愛着、誇り」という意味合いで使われます。その場合、それは、個人のライフスタイルやライフステージによって異なり、また本人や家族などの状態の変化に応じて変わる可能性があります。帰属意識や愛着、誇りをもちたくてももてない、あるいはもちたくないヒトもいます。またいうまでもなく、こうした意識は、特定の、固定的なものが他者から一方的に押し付けられ、強要されるものでもありません。
こうした個人的レベルの地域アイデンティティに併せて、その地域の自然や歴史、文化、産業などによって形成された、そこに暮らす多くの住民が共有する「地域の特性・個性や地域らしさ」という意味合いで、「地域アイデンティティ」という言葉が使われます。
いずれにしても、「地域アイデンティティ」は、個人的レベルと集団的レベルの両方について、またその連関について考える必要があります。例えば、まちづくりに際して、個人的レベルのそれを軽視・無視したり、集団的レベルのそれを強調したり、あるいは特定の地域アイデンティティによって地域住民を包摂しようとすると、どうなるか。少数者の、新たな「社会的排除」を生み出し、地域の人間関係や社会関係に溝や亀裂を生ぜしめることになりかねません (大堀研「ローカル・アイデンティティの複合性―概念の使用法に関する検討―」『社会科学研究』第61巻第5・6合併号、東京大学社会科学研究所、2010年、143~158ページ参照)。留意しておきたいところです。
筆者はいま、T市の地域福祉計画と地域福祉活動計画の策定にかかわっています。そろそろ、地域の活性化や再生に向けた、明確なビジョンを提示する作業に取りかからなければなりません。それは、地域の“夢を語る” “戦略を練る”ということですが、特定の、固定的な地域アイデンティティを住民に強要することなく、またそのヒト、その地域ならではの地域アイデンティティを形成する過程を通して、住民の個別具体的な生活課題や地域課題の解決に繋げることを意味します。
T市内にも、「限界集落」「消滅集落」、そして「消滅可能性都市」と同様の地域(地区)が存在します。中心市街地や合併地域、都市・農村・住宅地域などにかかわらず、地域(地元)に対して帰属意識や愛着、誇りをもちたくても、そのヒトや地域の社会的・経済的・政治的・文化的状況によってもてないこともあります。先ずは、こうした事態を悲観的に捉えるのではなく、正確かつ冷静に受け止め、客観的に認識することが肝要です。そして、地域の自然や歴史、特性などに基づいた、その地域ならではの豊かな、まちづくりの「夢」「目標」「テーマ」をいかに設定するか。それを実現・達成するための、まちづくりへの参加・共働システムをどう構築するか。そして何よりも、まちづくりリーダーやまちづくりに積極的・主体的・自律的に参画する住民(「成熟した市民」)をいかに確保・育成するか、などの問いに総合的かつ戦略的に取り組むことが重要になります。
注1 消滅可能性市町村(岐阜県、愛知県、三重県、富山県、石川県、福井県)
岐阜県(42中17)/多治見市、美濃市、瑞浪市、恵那市、飛騨市、郡上市、下呂市、海津市、養老町、関ケ原町、神戸町、揖斐川町、富加町、七宗町、八百津町、白川町、東白川村。愛知県(54中7)/新城市、飛島村、南知多町、美浜町、設楽町、東栄町、豊根村。三重県(29中14)/伊勢市、名張市、尾鷲市、鳥羽市、熊野市、志摩市、木曽岬町、大台町、度会町、大紀町、南伊勢町、紀北町、御浜町、紀宝町。富山県(15中5)/氷見市、小矢部市、南砺市、上市町、朝日町。石川県(19中9)/七尾市、輪島市、珠洲市、加賀市、羽咋市、志賀町、宝達志水町、穴水町、能登町。福井県(17中9)/小浜市、大野市、勝山市、あわら市、池田町、美浜町、高浜町、おおい町、若狭町。