平和主義と基本的人権が危ない―“ムラが子どもを育て、住民がまちを創る”を思う―

マスコミは連日のように、わが国の安全保障政策の大転換が図られようとするなかで、「集団的自衛権」について報じています。従来の憲法解釈で禁じられてきた集団的自衛権の行使に関し、その要件のひとつとして「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される恐れがある場合」が挙げられています。福祉・教育関係者はいま、このことに最大の関心を払うべきではないでしょうか。「平和と福祉は表裏一体であり、福祉は平和のシンボルである」(阿部志郎)、「社会福祉を学ぶことは世界の平和を学ぶことに通じる」(伊藤隆二)という言葉が思い出されます。また、筆者(阪野)がいまかかわっている地域のなかには、「地域の存立が脅かされ、住民の生命、自由および幸福追求の権利」が侵害されている地域が現に存在していることを強く認識し、深く理解しないと事は進まない、と思っています。
ところで、2014年7月、生活保護法改正法が全面施行されます。厚生労働省の資料によると、今回の主要な改正点は、①就労による自立の促進、②健康・生活面等に着目した支援、③不正・不適正受給対策の強化等、④医療扶助の適正化、の4点に整理されます。そのうち、例えば①については、「安定した職業に就くことにより保護からの脱却を促すための給付金(就労自立給付金)を創設する」と説明されています。ここで筆者は、古川孝順先生の次の一文を思い出します。
1990年代以来のわが国の社会福祉基礎構造改革のひとの側面に、「ウェルフェア(支援福祉)からワークフェア(就労福祉)への移行」と呼ばれる改革がある。「社会福祉における就労の位置づけについていえば、一方の極には福祉と懲罰的な就労とを結びつける救貧法的な施策があり、‥‥‥(それは:筆者)自己責任主義的な施策である」(古川孝順『社会福祉の新たな展望』ドメス出版、2012年、148~149ページ)、というのがそれです。
今回の法改正は、2013年8月の保護基準の引き下げに加えた、保護申請の厳格化、不正受給の罰則の引き上げ、親族の扶養義務の強化などの「改悪」であることはいうまでもありません。「働かざる者食うべからず」といわんばかりです。イギリス救貧法の「就労の強制」(1601年法)や「劣等処遇の原則」(1834年法)、1874(明治7)年に制定されたわが国で最初の救貧法である恤救規則の前文の書き出し「済貧恤窮ハ人民相互ノ情誼ニ因テ其方法ヲ設ヘキ筈」なども思い出されます。
さて、筆者はいま、T市社協の地域福祉活動計画の策定作業の一環として計画的・継続的に開催されている「住民懇談会」に参加し、有意義な“学び”の時間を過ごしています。身体的な疲れは感じるものの、「福祉教育こそ、社協が展開していくべき地域福祉の原点であり、社協そのものの基礎・基盤です」「福祉教育の推進こそ、社協の本業であり、『社協不要論』を払拭する必要不可欠な手段です」「学校教育のみならず、生涯学習の一環としての、しかも福祉の(で)まちづくりの主体形成としての住民(市民)福祉教育の取り組みが必要かつ重要です」というT市社協職員(コミュニティソーシャルワーカー)の言葉と熱い想いに励まされています。
先日開催された、「限界集落」を抱えるあの地区の懇談会では、前回と同様に“地元”の中学生も「総合的な学習の時間」の一環として参加していましたが、将来に向けた建設的な意見やアイディアが出されました。その議論の多くは、参加者一人ひとりの地域に対する誇りや希望が伝わるものでした。個人的な思いや考えも含めて、その一部を紹介します。

〇この地域は観光立地の“まち”であるが、「思いやり」や「おもてなし」の心をもった住民一人ひとりも大切な観光資源(人財)である。その意識啓発や人材育成が求められる。また、滞在・交流型観光の促進を図る必要がある。
〇地域が元気になる新たな観光振興が求められる。とともに、一人ひとりの住民同士の繋がりや、地域住民と地域の歴史や伝統、文化、自然環境や社会資源などとの関係性を大切にした「関係立地」(ネットワーク形成によるまちづくり)の見直しや推進を図るべきである。
〇岐阜県高山市社協では、1月から3月の期間、冬季高齢者ファミリーホーム「のくとい館」(旧教員住宅)を活用した高齢者の共同生活を支援し、高齢者の安全・安心な暮らしの確保や生きがいの創出を図っている。冬季だけでなく夏季も含めて、参考になるのではないか(注1)。
〇山村留学は、元々は子どもの教育実践活動(教育問題)であり、受け入れ地域や学校にとってはその振興・活性化策(経済問題、学校問題等)としても注目されてきた。生涯学習社会における新たなまちづくりや「都市と山間の教育交流事業」(T市)の一環として、子どものみならず高齢者なども含めた山村・都市留学(遊学)の施策・事業化を図ってはどうか(注2)。
〇T市には「空き家登録バンク制度」がある。しかし、期待されるほどにその登録は進んでいない。そこには、先祖から受け継いだ土地や家屋、墓守や仏壇の世話などについての特別の思いがある。マスコミなどが最近、「墓じまい」について報じているが、時代や時勢だとはいえ、この地域の“地元”住民の思いを十分に踏まえたまちづくりを進めることが肝要である(注3)。
〇行政の施策・事業や資源(財源、人員等)の有効活用をはじめ、行政との連携・協働強化を図るべきである。また、住民のニーズや地域課題に対応した施策・事業の共同開発と実施展開を、地域内・外との連携と相互支援のもとに進めることも考えられる(注4)。
〇「きれいごと」をいっても、また理想論だけでは“まち”は変わらない。地域の実情や創意工夫に基づいた新たな就労の支援や雇用の創出に積極的に取り組んでいくべきである。また、ヒト、モノ、カネ、情報を呼び込み、地域経済の活性化を図る必要がある。

いずれにしても、筆者はいま、地域福祉活動計画の策定に当たっては、住民(市民)主権・住民(市民)自治の理念のもとに、“地元”の子どもから高齢者までできる限り多くの住民の皆さんとじっくり話し合い、学び合って、地域の実情を踏まえた夢と実現性のある計画を策定すべきであることを改めて強く認識しています。また、その際、「グローカル」(think globally, act locally)という造語と、ヒラリー・クリントンが引用して広まったという「ひとりの子どもを育てるには村中みんなの力が必要」(「子どもを育てるにはムラが必要」)というアフリカの諺(ことわざ)にも留意したいと思っています。この場合の「村」とは、郊外にある小さな“まち”ではなく、家族・近隣社会から国家や世界も含めた地球規模の“ムラ”(コミュニティ)やネットワークをさしています(ヒラリー・クリントン 繁多進・向田久美子訳『村中みんなで』あすなろ書房、1996年、12ページ)。さらに、誤解を恐れずにいえば、私自身の、「よそ者」としての発想や視点も大切にしたいものと念じています。


(1)「のくとい」とは、岐阜県飛騨地方の方言で「あったかい」という意味である。
「のくとい館」事業の「実績・効果」については、次の点が報告されている。①高齢者の安全・安心な暮らしの確保、②地域住民との積極的な交流(世代間交流の促進)、③雪下ろしボランティアを通じた都市住民との交流(地域間交流の促進)、④特産品づくり(高齢者の生きがいづくり)、がそれである(『「ぎふ雪国の豊かな暮らし研究会」報告書』岐阜県総合企画部地域振興課、2011年、8~9ページ)。
(2)山村留学は、1976年に長野県八坂村(現・大町市八坂)で始まった教育実践活動である。2004年に860人を超えた参加者数も、「自治体合併や里親の高齢化、地元児童生徒数の減少、学校統廃合、経済状況の悪化などの社会情勢により、受け入れ学校も減少に転じ」、2012年では510人となっている(『平成24年度版 全国の山村留学実態調査報告書』NPО法人全国山村留学協会、2013年、7ページ)。
(3)T市では、「過疎化の進行が著しい中山間地域の定住対策の一環として、空き家を地域資源として有効活用し、過疎地域における定住人口を増やし、地域活性化を図ること」を目的とした「空き家情報バンク制度」が2010年3月から運用されている。また、同年4月からは、その制度により賃貸借契約が成立した空き家に対して、改修に必要な経費の一部を補助している。
(4)T市には、地域自治システムとして、2005年度からスタートした、「『私たちの地域は、私たちの手で、もっと住みやすく、おもしろく』を合言葉に、地域資源(人、歴史、文化、自然等)を活用し、地域問題の解決や、地域の活性化に取り組む団体を支援する地域活動支援制度」である「わくわく事業」と、2009年度からスタートした、「地域と行政の共働と地域内での合意形成を前提に、地域課題の解消に向けた地域意見(事業計画書)を市の施策に的確に反映し、効果的に地域課題を解決するための仕組み」である「地域予算提案事業」の2つの施策がある。
T市には27中学校区に「地域会議」(地方自治法上の地域協議会)が設置されているが、わくわく事業では1地域会議当たり年間・総額500万円までの補助金が交付され、地域予算提案事業では1地域会議にT市に対して年間・総額2000万円までの予算案提案権(地域会議が支所長に予算案(事業計画書)を提案する権限)が認められている。