まちづくりにおける「合意形成」とマルチステークホルダー・プロセス(MSP)―資料紹介―

熱心なブログ読者から、まちづくりにおける「総論賛成・各論反対」の状況を打開するための「合意形成」に関して、参考になる「モノ」を紹介してほしいという連絡をいただきました。おそらくそれは、6月1日にアップした拙稿「市民自治とまちづくり―その立ち位置とプロセスを考える―」をご笑覧いただいたうえでのことであろうと推察します。
いま、筆者(阪野)の手もとにある「モノ」(資料)は、3冊の本と1通の報告書だけです。以下がそれです。
(1) 土木学会誌編集委員会編『合意形成論―総論賛成・各論反対のジレンマ―』土木学会、2004年3月。(以下、「1」と略す。)
(2) 猪原健弘編著『合意形成学』勁草書房、2011年3月。(以下、「2」と略す。)
(3) 倉阪秀史『政策・合意形成入門』勁草書房、2012年10月。(以下、「3」と略す。)
(4) 内閣府国民生活局企画課『安全・安心で持続可能な未来のための社会的責任に関する研究会 報告書』内閣府、2008年5月。(以下、「4」と略す。)

ここでは、それぞれの資料のなかから、個人的に注目したい「モノ」(言説)を2、3紹介することにします。なお、「2」には「合意形成学関連書籍リスト」が掲載されています。

(1) 土木学会誌編集委員会編『合意形成論―総論賛成・各論反対のジレンマ―』土木学会、2004年3月
仮に「市民は政策判断に必要な知識をもっていない」という前提を認めたとしても、そこから「専門家が市民に代わって意思決定すべきである」という結論を導く論理は飛躍している。「市民が必要な知識を専門家から学び意思決定に関与する」という論理も同時にありうる。国づくり、まちづくりに関わる喜びは専門家だけの特権ではない。(小林清司:13ページ)

合意とは、必ずしも形成するものではない。自然と形成されるものでもある。それゆえ、土木事業者が自らの信頼性を保ち、毅然とした態度をとり、人々の良識を信頼し、そして人々の信頼を確保することで人々の公共心による議論が成立するのなら、長期広域の影響をもつ土木事業においてすら、「決める」までもなく「決まる」ことも少なくないのかもしれない。
合意形成論、それは、人間の社会の根幹に関わり、そのあり方そのものを問うきわめて重大な意味をもつ議論である。(中略)いま、ここに居るわれわれにできることがあるとするのなら、それは、真の合意の達成を信じたうえで、社会全体を巻き込む合意形成の言論とその実践、それらを、各人の領分と役割の中で、一つずつ真摯に重ねていくことのほかは、ない。(藤井聡:43~44ページ)

意を同じくするのが同意であり、意を合わせるのが合意だとするなら、同意は自らの良識に基づく判断の結果として人々の意が同じくなる半ば必然的な現象を意味し、合意には何らかの妥協や打算も入り混じったうえで意を合わせるという社会的行為を意味するものではないか(中略)。「良い社会とは何か」という途方もない問題を考えるにあたり、あり得る一つの、あるいはともするなら唯一の回答は、打算と妥協を交えた合意の形成ではなく、先人たちと子々孫々との共有を前提とした良識に基づく同意の形成ではないか、と考えるに至りました。
良い社会に向けた同意の形成、そのためには、さまざまな社会的役割の中で責を負われている方々の、その責を前提とした具体的行動が、いま、ただちに、一つでも多く必要とされているのではないか、と思われてなりません。(藤井聡:173~174ページ)

(2) 猪原健弘編著『合意形成学』勁草書房、2011年3月
合意形成とは、多様な意見の存在を踏まえ、対立が紛争に至ることを回避し、より高次の解決に導くための創造的な話し合いのプロセスである。したがって、合意形成は、たんなる説得や妥協、討論のための討論ではない。また、論者のだれかが勝利を収めるための論争ではない。関係者のだれもが納得する解決策を創造するための協働的な努力である。(桑子敏雄:189ページ)

社会的合意形成とは、(特定利害関係者の間の合意形成ではなく:阪野)、社会基盤整備のように、ステークホルダー(事業に関心・懸念を抱く人びと)の範囲が限定されていない状況での合意形成である。すなわち、不特定多数の人びとのかかわる合意形成である。(桑子敏雄:179ページ)

社会基盤整備のような不特定多数を対象とする合意形成プロセスの構築は、3つの大きな要素で構成される。すなわち、制度と技術と人である。このことは、この3つの項目に対応する人びとの関係の構築であるといってもよい。すなわち、制度を代表する行政機関に属する人びと、技術や知識をもつ専門家の人びと、および事業の影響を直接受ける人びとや一般市民である。(桑子敏雄:180ページ)

「合意」は、(全員の意見の一致を意味するのではなく:阪野)、①全員が賛成すること、②反対者がいなくなること、③反対者を少なくすること、④反対者を少なくするよう努力すること、というように、幅をもってとらえられる。(猪原健弘、266ページ)

(3) 倉阪秀史『政策・合意形成入門』勁草書房、2012年10月
参加者の討議技術の違いを乗り越えて、参加者が建設的な議論ができるように、中立的な立場で議論の手助けをする立場の人がプロセスの進行を司ることが必要です。この立場の人を「ファシリテーター」と呼びます。(225ページ)

ファシリテーターには次のようなことが求められます(ファシリテーターが持つべき基本的スキル)。
①課題となるテーマから中立であること。
②すべての参加者が自分の意見を述べることができるように工夫すること。
③不公平感をもたれないようにとりまとめること。
④時間の管理に十分に留意すること。
⑤参加者と十分に打ち解け、コミュニケーションがとれていること。
⑥参加者の真意を聞き出すテクニックを持っていること。(228~230ページから抜き書き)

合意形成プロセスの参加者に求められる能力としては、大きく4つの能力があると考えます。
第一に、論理的思考力です。論理的思考力をさらに細分化すると、帰結を考える力、理由を考える力、論点整理する力などが該当します。論理的思考力が欠けていると、思い込み、鵜呑み、ムダが起こります。
第二に、発想力です。発想力は、発散思考力、結合思考力に分けられます。発散思考力とは、自分でさまざまなアイディアを思いつく能力といえます。結合思考力とは、一見関係のないようなアイディアをくっつけて新しいアイディアをつくりだす能力といえます。発想力が欠けていると、過去の事例にとらわれてしまうこと、自分の考え方に固執してしまうことが起こります。
第三に、対応力です。対応力は、即応力と適応力からなります。即応力とは、すぐに対応できる力です。適応力とは、場に応じた対応ができる力です。対応力が欠けていると、タイミングを逸してしまうこと、空気を読めない行動をしてしまうことが起こります。
第四に、コミュニケーション力です。コミュニケーション力とは、認識力(聴く力)と表現力(話す力)からなります。コミュニケーション力が欠けていると、他人の考え方を十分にくみ取れないこと、自分の意図を他人に伝えられないことが起こります。(240~242ページから抜き書き)

(4) 内閣府国民生活局企画課『安全・安心で持続可能な未来のための社会的責任に関する研究会 報告書』内閣府、2008年5月
マルチステークホルダー・プロセス(Multi-stakeholder Process:MSP)とは、平等代表性を有する3主体以上のステークホルダー間における、意思決定、合意形成、もしくはそれに準ずる意思疎通のプロセスをいう。ここでいう平等代表性(equitable representation)とは、マルチステークホルダーにおけるあらゆるコミュニケーションにおいて、各ステークホルダーが平等に参加し、自らの意見を平等に表明できるということであり、また、相互に平等に説明責任を負うということである。(61ページから抜き書き)

マルチステークホルダー・プロセスが適する条件は次の3点である。
①参加主体間に、対話が不可能であるまでの対立が発生していないこと。
②取り扱われるテーマがある程度具体性を帯びているものであること。
③最終目的が参加主体間で共有され、かつ、対話を経ることにより目的が達成される合理的な可能性(reasonable probability)があること。(61ページ)

マルチステークホルダー・プロセスによって得られるメリットは次の5点である。
①対話や情報共有等を通じて、参加主体間に一定の信頼関係が醸成されるとともに、相互にとって最善の解決策を探ろうとする姿勢(win‐win attitude)が創出される。
②広範なステークホルダーが参画することによって、対話の成果である決定や合意等への幅広い正当性(Legitimacy)が得られる。
③各ステークホルダーが主体的に参画することにより、それぞれの主体的な取組が促される。
④単独の取組もしくは二者間の対話のみでは解決できない、もしくは、十分な効果が得られない問題が、3主体以上の関与によって解決可能になる。
⑤各ステークホルダーが自己利益のみを目指して行動した場合、結果として各主体の利益が損なわれるという“囚人のジレンマ”的な状況にある問題が解決可能になる。(62ページ)

まちづくりにおける合意形成については、以上のうちとりわけ「2」の「社会的合意形成」と「4」の「マルチステークホルダー・プロセス」の言説が注目されます。ここで、それとの関わりで、2、3の基本的事項について若干述べることにします。
「まちづくりにおける合意形成は、さまざまな人々の異なる思いを『つなぐ』過程の積み重ねである」(「1」158ページ)といわれます。合意をめざす社会的事象や意見、意思などの多様性を考えると、まちづくりにおける合意形成は、例えば、①どのような社会的事象や社会的課題をテーマにするのか、②ハードあるいはソフトを中心に考えるのか、両者を組み合わせた総合的なものをめざすのか、③地元の自治会・町内会から市町村全域に至るどのレベルの範域を対象にするのか、④参加主体を特定の利害関係者に限定するのか、一般市民まで広げるのか、等々によって合意の目標や内容、合意形成プロセスの進め方、合意形成のための方法や技術などが異なります。これが一点目です。
二点目は、まちづくりにおける合意形成では、「時間」と「空間」と「ヒト」のバランスを図ることが肝要となる、ということです。「時間」については、現在の課題や市民だけでの合意ではなく、将来の課題や市民のことを考える。「空間」については、自分の地域(地元)だけでの合意ではなく、他地域を含めた広域(市域、県域など)のことを考える。「ヒト」については、活動的な市民や有識者が主体となった合意ではなく、社会的弱者や無関心層などに十分配慮する、ことが大切になります(「3」151ページ、土木学会コンサルタント委員会合意形成研究小委員会『社会資本整備における市民合意形成』科学技術振興機構Webラーニングプラザ、2007年3月、5ページ参照)。
三点目は、合意形成を推進するためには、「3」が説くファシリテーターや参加主体に求められる“技術”や“能力”を有する「人材」をどのように育成・確保するかが重要な課題となる、ということです。その点に関して、例えば、学校教育においては、小・中学校国語科の「話すこと・聞くこと」領域で合意形成を図る(めざす)学習が取り組まれています。また、シティズンシップ教育においては、コミュニケーション力とともに合意形成力を育てる学習が重視されます。なお、「3」には、大学の授業や各種企業研修などにおいて使える「参加者の能力を高めるためのアクティビティ」(「スピーチアンドクエスチョン」「全員参加型ディベート」「ロジックゲーム」「ディスカッションバトル」「ロールプレイング会議」「ネゴシエーションゲーム」)が紹介されています(「3」242~260ページ)。
いずれにしろ、多数決による安易な合意ではなく、多様な参加主体が相互信頼に基づいて深く議論(熟議)し、適切な方法やプロセスを踏まえて「納得」する合意を積み重ね、自律的・主体的に行動することがまちづくりの真骨頂(本来の姿)です。

最後に、以上で紹介したことをベースに、若干の管見も含めて、「合意」「合意形成」「マルチステークホルダー・プロセス」の関係性を図示することにします(図1)。本稿のねらいは、資料紹介に併せて、この作図にあります。

NSP7月1日最終版