「市民学習」と福祉教育―日本福祉教育・ボランティア学習学会第21回大会に参加して―

11月14日と15日の両日、日本福祉教育・ボランティア学習学会第21回大会が山口県立大学(山口市)で開催されました。年1回の大会は、貴重な“学び”の場であることは勿論ですが、全国から集まる会員(実践者、研究者)が情報交換を行い、親交を深める機会でもあり、意義深いものです。
筆者(阪野)は、東京ボランティア・市民活動センターが昨年に引き続き「自由研究発表」した「小・中・高等学校を対象とした市民学習の展開に対する支援方法の検討」というテーマ、とりわけ「市民学習」という用語(ターム)に関心をもち、その分科会に参加しました。その理由のひとつは、筆者自身が「まちづくりと市民福祉教育」「まちづくりの福祉教育学」について追究していることにあります。発表と質疑応答の時間は限られたものであり、十分に深めることはかないませんでしたが、今後も注視していきたい取り組みであることは確かです。
今回の発表を聞いて、さしあたっては次のような諸点が気になります。(1)「福祉教育」や「ボランティア学習」に加えて、いま、なぜ「市民学習」なのか。「市民学習」を説く背景と必要性は何か。(2)「市民」「市民学習」の概念をどのように規定するか。必ずしも緻密な概念規定がなされているとはいえず、未だ定見を持つには至っていないのではないか。(3)「市民学習」と「福祉教育」「ボランティア学習」「シティズンシップ・エデュケーション」「サービスラーニング」等々の類似概念との関係性をどのように捉えるか(同一性と異質性、重複的関係か相互補完的関係か、等)。(4)子どもの市民性育成についは、子どもの発達段階や発達課題に対応した学習プログラムが開発・展開されなければならないが、その内容や方法についてどのように考えるか。(5) (4)に加えて、一般住民を対象にした市民性形成の場をどこに求め、地域に根ざした、地域ぐるみの「市民学習」をどのように推進するか。また、その内容や方法をどのように考えるか。(6)「福祉教育」では十分に検討されていないといえるが、「市民学習」に取り組む学校や地域組織・団体・NPOなどのキャパシティ・ビルディング(組織の能力強化)をどのように図るか。(7)「市民学習」を促進・支援するためにはどのような組織や仕組みが必要となるか。またその人材(推進者、支援者、協力者)をどのように育成・確保するか、等々がそれです。

東京ボランティア・市民活動センターが2013年度から取り組む「児童・生徒の市民学習共同研究事業」の現状(内容)と課題は、次の通りです。

東京ボランティア・市民活動センターでは、小・中・高等学校、中等教育学校、特別支援学校等の児童・生徒と地域の人々が、地域や国際社会の一員として世の中で起こっているさまざまな事柄を自ら学び、自ら考える力を養い、さまざまな人や組織・団体との連携を図り、市民学習(市民となる学び)のあり方と方法を確立・推進する方策を検討するための委員会(「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」)を2013年7月に設置し、検討を進めています。その一環として、2014年度から、公立小学校、中学校、都立高校、私立高校の4校を「共同研究校」として選定・指定し、パートナーシップを組んで学習プログラムを展開しています。
【取組み内容】
(1) 2013年7月:「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」(委員長・池田幸也)の設置
(2)2013年9月:「地域における福祉教育・ボランティア学習・市民学習の取組み状況について」アンケート調査の実施
(3)2014年2月:「児童・生徒の市民学習共同研究事業実施要項」の制定・施行
(4)2014年2月~3月:「学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習の取組み状況について」アンケート調査の実施
(5) 2014年4月:「共同研究校」(4校)の指定
(6) 2014年6月:「学校等における市民学習推進方策検討委員会」の開催
(7) 2015年3月:「子ども参加で地域と学ぶ~市民学習共同研究校中間報告会~」の開催
(8) 2015年5月:「学校等における市民学習推進方策検討委員会」の開催
(9) 2015年7月~8月:ハンドブック及び事例集作成のためのヒアリングの実施
【課題】
(1) 学習指導要領の改訂等による「総合的な学習の時間」の時間の確保が難しくなってきた。
(2) 都立高校での教科「奉仕」が廃止され、2016年度より新教科となる。
(3) 東京ボランティア・市民活動センターが考える市民学習の要素をそれぞれの学校にどう取り込みつつ学習プログラムを展開していくかが課題となる。
(4) 多忙な学校教諭と効果的に連携を図るにはどのような方策が考えられるかが課題となる。
(「生きる力(生きていく力)を高める福祉教育(市民学習)の実践」『東社協3か年計画』東京都社会福祉協議会ホームページより)

以下に、「児童・生徒の市民学習共同研究事業」に関する資料の一部を紹介することにします。

資料1 児童・生徒の市民学習共同研究事業実施要項
平成26年2月1日 東京ボランティア・市民活動センター
1 目的
小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校等の児童・生徒と地域の人々が、地域や国際社会の一員として世の中の中(ママ)で起こっている様々な事柄を自ら学び、自ら考える力を養い、さまざまな人や組織・団体との連携を図り、市民学習(市民となる学び)のあり方と方法を確立・推進することを目的とする。
2 事業の内容
東京ボランティア・市民活動センター(以下「本センター」という)は、関係機関、団体と連携をとり次の事業を行うものとする。
(1) 児童・生徒の市民学習共同研究校の選定
ア 本センターが設置した「学校における市民学習推進方策検討委員会」で小学校、中学校及び高等学校、中等教育学校、特別支援学校等の中から児童・生徒の市民学習共同研究校(以下「共同研究校」)を選定する。
イ 共同研究校の指定期間は2か年以内とし、初年度は、指定日の属する年の4月1日から翌年の3月31日までとする。
(2) 共同研究校に対する継続的支援及び協働事業
本センターは、「総合的な学習の時間」「道徳」「特別活動」やクラブ活動その他(都立高校の奉仕)などの他、市民学習のねらいをもって実施される「教科」または「課外活動等」において、その目標の達成のため、区市町村のボランティア・市民活動推進機関と連携し次の事業を行う。
ア 学習テーマの選定や学習プログラムの計画に必要な資料の作成、情報の提供
イ 学習プログラムの実施及び体験学習の推進に必要な連絡調整
ウ 児童・生徒及び教職員の振り返り・事業評価及び分析の方法及び指標に関する情報の提供
エ 学習プログラムの推進における地域の関係機関、団体との交流の促進
オ 学習プログラムの推進に必要な費用の助成
カ その他上記の目的を達成するために必要な連携・協働事業
3 事業の実施
地域に根差した市民学習の推進のために、本事業は、共同研究校及び当該区市町村ボランティア・市民活動推進機関、地域の関係機関、市民活動団体の協力を得て実施し、一体となって学習プログラムの実施体制づくりを進める。
4 共同研究校における活動
共同研究校においては、学習指導要領による「生きる力の育成」を踏まえつつ、本センター等関係機関の協力を得て、各校、各地域の実情に合わせた学習プログラムを実施する。
(『子ども参加で地域と学ぶ~市民学習共同研究校中間報告会~報告書』東京ボランティア・市民活動センター、2015年3月、50ページ)

資料2 「市民学習」とは何か
市民学習とは、地域課題や社会問題への関心や意識を醸成し、社会参加の態度を実践的に育む学習で、例えば地域に暮らす人や歴史・文化にふれたり、福祉、医療、環境、平和、安全、国際交流・支援等のテーマを取り上げたりする中で、主体的かつ段階的に学習活動に取り組むことによって、児童生徒の中に、自己の成長と市民社会とのかかわりの中に認識・体験―社会参加―社会認識―自己理解という循環構造が形成されることを通して、自己の発達と市民社会の成熟を同時的に実現できる人生観と社会観の確立を促し、もって真の市民福祉社会を実現することを期すものである。
(『日本福祉教育・ボランティア学習学会第21回やまぐち大会報告要旨集』2015年11月、61ページ)

市民学習は、以下のような学習を展開する取り組みです。
① 地域や社会の課題を把握し、課題解決のために取組み・体験する
② ①の取組み・体験を通して児童・生徒がどう成長するか学習目標を設定する
③ 児童・生徒が取組み・体験を企画し運営する機会をつくる
④ 児童・生徒が課題や取組んでいる団体について理解し、体験に必要な方法を学ぶ
⑤ 意義のある体験となるよう活動中の支援や事故の防止などを考える
⑥ 体験から何を学んだか、どのような改善が必要かを振り返る
⑦ どのように取組んだか、どのような成果があったかを評価する
⑧ 児童・生徒の取組みと社会貢献の成果を祝い(労(ねぎら:阪野)い)、その成果を関係者と共に讃え合う

◇ ①~⑧の展開は、以下の過程が想定されます。(「市民学習の学習サイクル」)
<課題発見>児童・生徒が地域や社会の課題を選択的に見出し、課題の現(ママ。うつつ、現実:阪野)の把握に取り組む→<目標設定>その取り組みから児童・生徒が自分の目標及びチームの目標を設定する→<課題の理解>さまざまな当事者や活動団体、関係者と交流し、多様な意見を収集し課題についての理解を深める→<改善への取り組み>活動を通じて課題を解決または改善するために必要な今後の方策を検討し、これに取り組む→<成果の評価>児童・生徒・教師および活動に関わった人々が相互に取り組みの成果を評価し、次の取り組みへの視座を探索する→<課題発見>
(『子ども参加で地域と学ぶ~市民学習共同研究校中間報告会~報告書』51ページ)

こうした活動は、従来から「福祉教育(学習)」「ボランティア学習(体験)」「市民学習」「シティズンシップ教育」「サービスラーニング」などの名称によって実施されてきた。その形態も教科学習、特別活動(学級活動、児童会・生徒会活動、クラブ活動、学校行事)、道徳、総合的な学習の時間、その他の課外活動(課外クラブその他)など多様に展開されてきている。これまで、社会福祉の意識啓発の一環としての福祉に関する学習活動や体験学習は、「福祉教育」「ボランティア学習」「ボランティア体験学習」といった概念で整理されてきた。検討委員会(「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」:阪野)では、(中略)福祉教育やボランティア学習は自立した市民を育成する実践として「市民学習」の概念に包摂されると考えた。

福祉教育・・・将来の地域福祉の担い手を育てるという観点から社会福祉への関心を高める教育活動
ボランティア学習・・・ボランティア活動や環境問題、国際理解・協力などの広範な体験学習
市民学習・・・地域課題や社会問題への関心や意識を醸成し、社会参加の態度を実践的に育む学習
(『学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習等に関する実態調査 報告書』東京ボランティア・市民活動センター、2014年3月、5、61ページ)

資料3 学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習等に関する実態調査
本調査は、平成26年2月1日から3月7日の期間に、東京都内の公立小学校、公立中学校、都立高等学校、私立中・高等学校2,181校を対象として、記名式質問紙郵送調査によって実施した。発送は東京都内の各区市町村教育委員会または直接学校に送付する形式で行った。調査票の回収はFAXまたはメール添付によって行った。
郵送および委託配布された調査票全2,181票のうち、回収された票は285校であり、回収率は、13.1%であった。回収票の内訳は、公立小学校146校、公立中学校87校、都立高等学校24校、私立中・高等学校28校であった。

調査結果(「まとめ」)
(1) 市民学習等の教育活動の実施率に関しては、80%を越える実施率であり、特に調査回答をえた都立高等学校では「奉仕」の導入によって100%に達している。一方、私立中・高等学校に関しては各校の独自の教育理念、教育計画によることから実施率は5割強にとどまっており、今後、私立中高の活動把握、活動推進が課題であることが明らかになった。
(2) 実施にあたっての協力関係の中では社会福祉協議会、ボランティア・センターとの関連が最も高いが、その比率はなお4割に達していない。今後さらに連携を強化する必要が示唆されている。
(3) 児童生徒の変化の様子の把握については感想文や活動振り返りの発表など回想型の検証が主流である。
(4) 活動に関与後の教員の変化はおおむね積極的な変化が多く、特に高齢者や障害者への理解や社会福祉関係者との連携の形成などに変化が目立っている。一方で、社会福祉やNGO、NPO、市民活動への理解の深化はそれらに比べて低い比率であり、今後市民活動への理解形成への働きかけが重要であることが示唆されている。
(5) 今後の取り組みについては、積極的姿勢を示している学校が全体で約8割に達しており、全体での関心は高い。ただし、校種別では公立小学校と都立高等学校では高く、公立中学校と私立中・高等学校ではやや低い。この点は受験体制や教育課程の問題が考えられるが、中学校段階での活動プロクラムの開発が課題といえる。
(6) 社会福祉協議会、ボランティア・センターの認知度は、認知自体は約9割に達しているが、関与度は約6割にとどまっている。特に公立中学校と私立中・高等学校は他の校種と比較して相対的に関与度が低くなっている。今後、中学校と私立中高に対する積極的な働きかけが課題となる。
(7) 社会福祉協議会、ボランティア・センターに期待する関わりは、講師派遣や物品等の貸出が多く、活動内容の相談・提案やハンドブック等啓発資料等の需要については相対的に低い比率にとどまっている。教育が本務の場である学校においては必ずしもそうした需要は多くないと思われるが、多様な活動プログラムの効果や成果を示しながら活動内容面での連携の意義を伝達していくことが相互の連携強化には急務といえる。
(『学校における福祉教育・ボランティア学習・市民学習等に関する実態調査 報告書』6~7、20ページ)

ここで、大雑把なものにとどまりますが、「福祉教育」「ボランティア学習」「市民学習」等の関係性について図示しておくことにします。
図1は、上記の、「『福祉教育』や『ボランティア学習』は自立した市民を育成する実践として『市民学習』の概念に包摂される」という「学校等における市民学習の推進方策検討委員会」の言説を概念図化したものです。図2は、「学校を中心とした福祉教育」(「学校福祉教育」)と「地域を基盤とした福祉教育」(「地域福祉教育」「住民福祉教育」)、そして「市民福祉教育」の関係性を図示したものです。
23時
図3は、「福祉教育」「ボランティア学習」「市民福祉教育」等の関係性についての管見を概念図に描いたものです。それぞれの教育活動の特質を、いくつかあるうちのひとつに限定して簡潔に表すとすれば、次のようになるでしょうか。「福祉教育」は「住民・市民の社会福祉への関心と参加の促進」。「ボランティア学習」は「自主性に基づくボランティアの活動体験」。「シティズンシップ・エデュケーション」は「市民性(市民的資質・能力)の育成・形成」。「サービスラーニング」は「義務化されたコミュニティサービス(地域貢献活動)の展開」。そして「市民福祉教育」は「市民主権・市民自治に基づく福祉によるまちづくり」、です。
25時

付記
本稿をアップする数日前に、皇學館大学現代日本社会学部教授・鵜沼憲春先生から、博士論文を基にしたご高著『社会福祉事業の生成・変容・展望』(法律文化社、2015年11月)をご恵贈賜りました。社会福祉法制史研究に新しい地平を開く、有意義な労作であると高く評価することができます。「ある事由により立ち上がることができないほどのショックを受けた」(「あとがき」)先生の人となりを知る筆者(阪野)にとっては、この度の刊行はわがことのように嬉しい限りです。
本ブログ読者に、鵜沼先生のご高著の一読をお勧めします。