多くの教育、福祉関係者の閉塞感は時代を反映しているとはいえむしろ、その実践者の孤立感やよって立つ新たな実践モデル、実践理論の不充足にあるともいえる。
今、この雑誌を創刊することは、福祉教育とボランティア学習について、多くの実践者と研究者が異なる立場、異なるフィールド、異なる実践を交差させ、情報交流、理論交流、そして人間としての交流を通して、共生の文化を育み、市民社会を形成する理論、実践方法を形成することにつながっていくと信じている。
雑誌『ふくしと教育』(以下、「本誌」)は、日本福祉教育・ボランティア学習学会の監修のもとに、2008年10月に大学図書出版から創刊されました。それは、全社協・全国ボランティア活動振興センターが1982年3月に創刊した『ボランティア・福祉教育研究』がわずか2号で廃刊となってから、四半世紀後のことです。
上記は、本誌の創刊号の巻頭を飾った上野谷加代子先生(当時の学会会長、同志社大学)の「『ふくしと教育』創刊によせて」の一節です(本誌、2ページ)。筆者(阪野)にとっては、理論と実践をつなぐ雑誌の刊行は一日千秋の思いで待ち望んでいたことであり、また上野谷先生の決意表明にも似た力強い言葉は、将来への展望が開けるものでした。
巻末では、津田英二先生(神戸大学)が「創刊によせて」、「人間中心の実践は、従来こだわってきた社会福祉や教育の概念を中心に置いていたのでは不十分である」。「新しい雑誌は、従来の枠組みでは捉えきれなかった、あるいは従来の枠組みの中に埋もれてしまっていた課題について、人間中心主義的視点を大切にしながら、悩みつつ理念の実践化の努力をしている人たちが声を出していく場になって欲しい」(本誌、57ページ)という願いを述べています。懐かしく思い出されます。
周知のとおり、雑誌の良し悪しを評価する基準・指標のひとつにインパクトファクター(impact factor:文献引用影響率)があります。それは、雑誌に掲載された論文(記事)の被引用回数を平均値で示す尺度です。誤解を恐れずにいえば、その雑誌が「流行(ハヤリ)に乗っているかどうか」を示す指標です。すなわち、それは、個々の論文や研究者の学問的レベルを評価するものではなく、雑誌の評価指数として用いられるものです。
本誌は、そうしたインパクトファクターや、その時の流行や話題性にとらわれるものではありません。本誌は、実践現場の要求と必要に応じて、信頼性の高い記事(情報)をいかにきめ細かく、かつ論理的に提供・発信するかが問われる雑誌です。しかも、実用性を重視したハウツー誌ではなく、福祉教育の実践者や研究者が豊かな実践事例を共有し、実践仮説の検証や理論的抽象化に取り組むことを要請する雑誌です。いいかえれば、本誌は、実践者と研究者が共働して、現場実践と理論研究の相互浸透を促進するひとつの「土俵」である、といえます。それは、創刊号の編集責任者が「この雑誌を通して学び合い、励まし合うことで実践を豊かにしていく」「双方向の雑誌づくりをめざしたい」と記すところです。蛇足ながら、相撲の土俵は、二人の力士(ここでいう実践者と研究者)がぶつかり合い、その技を磨き高め合う真剣勝負の「場」です。それは、角界(ここでいう「ふくしと教育」界)の隆盛と発展を期す「舞台」です。
情報の命(いのち)は信頼性である、といわれます。本誌は創刊以来、掲載記事の信頼性を最重要視しながら、実践事例の紹介に努めています。ただ、その事例は、「〇〇モデル」という、手本となる(とする)実践であると考えるべきではありません。個々の実践事例は、地域や学校などのその現場ならではのものであり、その現場の内発的で歴史的・社会的表出であり、反映でなければなりません。そして、その事例報告は、現場での実践活動をひとつの事実として正確に記録し、複数の事実と時系列的あるいは並列的に比較検討し、その事実の一般化を志向することが肝要となります。その作業や過程を経ないと、その実践活動はすぐに忘れ去られてしまう一過性のもので終わり、新たな価値や変革を生み出すことはできません。本誌の社会的意義に関して留意しておきたいところです。
先日、定期購読している本誌が届きました。今号で早20号を数えます。そこで本稿では、この機会に、創刊号以後の各号の特集テーマと論文の一覧を作成し、参考に供することにします。特集テーマの設定は、時局を背景にした実践的な問題や課題に対応するものであり、また先を見据えた研究課題を提起するものでなければなりません。その意味では、特集テーマの設定は雑誌(本誌)の特徴やレベルを表示するものでもあります。こうした点をより明らかにするためには、特集テーマの内部領域や構成についての考察や、特集論文の分析・評価などが必要になりますが、それは他日を期すことにします。
創刊号/いま、福祉教育・ボランティア学習の実践に求められるもの/2008年10月
〇対談:いま、福祉教育・ボランティア学習の実践に求められるもの
〇福祉をめざす教育へ~学習指導要領改訂をふまえて~
〇地域福祉の最近の動きと福祉教育
〇ボランティア・NPOの活動と最新の動向
第2号/地域と学校で取組む福祉教育/2009年1月
〇<特集巻頭言>感じ取り合うことのできる関係づくり
〇地域に教育の「場」を創造する福祉教育の取組み
〇小平市が取組む地域と学校のつながり
〇地域と学校のつながり「長崎ふれあい学習」
〇地域を基盤とした福祉教育~地域と学校のつながりを考える~
〇地域福祉教育プラットフォーム~共生社会の形成に向けた新たな仕組みとして~
第3号/食育と福祉教育/2009年4月
〇<特集巻頭言>?!!食育と福祉教育??!
〇座談会:子ども達の実態を食生活からみる―箸の使い方でみえる食卓、食でつながる食育と福祉教育を語る―
〇フードファディズムと食生活
〇食べることでつながる福祉教育実践~名古屋市立吹上小学校の取り組みを通して~
〇子どもを見守り育てる食育実践~さいたま市立大久保小学校の実践~
第4号/高校生が福祉を学ぶ/2009年7月
〇<特集巻頭言>高校生が福祉を学ぶ意味
〇新学習指導要領をどう読むか―その特徴と課題
〇高校福祉科の現状と新学習指導要領のポイント
〇フォーラム報告:いま、改めて高校福祉の源流を語る
第5号/ワークキャンプ~地域が変わり、人が変わる~/2009年10月
〇<特集巻頭言>ワークキャンプの歴史と魅力
〇山村地域におけるワークキャンプ実践―京都府南丹市美山町の山村生活支援型WCを中心として―
〇ESD実践としてのワークキャンプ―ぼらばんワークキャンプを事例として―
〇大学を拠点としたワークキャンプ実践―災害時のボランティア実践からの展開―
〇座談会:若者たちが語るワークキャンプの魅力
〇受入れ先が語るワークキャンプの魅力
第6号/教師も育つ福祉教育/2010年1月
〇<特集巻頭言>教師も育つ福祉教育とは
〇小学校の教育活動を通しての私の変容
〇中学教師・海外体験を活かし日々の生活の中に学び続ける
〇JRCとの出会い、地域自主活動を通しての私の変容
〇高校での授業実践・地域での活動を通しての私の変容
〇教師はどのように育つのか
第7号/社協がやらねば誰がやる/2010年4月
〇<巻頭言>社協の福祉教育機能の広がりと基本
〇社協と学校の連携の実際―長崎県の学童・生徒のボランティア活動の歴史と課題―
〇社協事業の中の福祉教育(的な)機能① 地域福祉活動計画づくりを通した福祉教育
〇社協事業の中の福祉教育(的な)機能② 住民による個別支援活動がもつ福祉教育機能について
〇社協事業の中の福祉教育(的な)機能③ ふれあい・いきいきサロンの実践から
〇社協事業の中の福祉教育(的な)機能④ コミュニティソーシャルワークにおける(地域)福祉教育機能の可能性
〇社協の福祉教育事業の確立① 夏のボランティア体験学習のすすめ
〇社協の福祉教育事業の確立② 福祉教育研究集会の「子どもの豊かな育ち」の取り組み
〇社協の福祉教育事業の確立③ 定年退職者への働きかけ「団塊世代キャリア活用事業 大人の学校」
〇福祉教育を通じて社協が伝えたいこと① その人らしい暮らしを支えていく
〇福祉教育を通じて社協が伝えたいこと② 子ども達とシチズンシップ
〇福祉教育を通じて社協が伝えたいこと③ 福祉教育にもたらされる意識の変化こそ!
〇福祉教育を通じて社協が伝えたいこと④ 福祉は土佐の山間より
第8号/見えにくい・わかりづらい障害へのアプローチ/2010年7月
〇<巻頭言>新たな福祉教育の地平への扉をひらく
〇見えづらい・わかりづらい障害の理解について
〇精神保健福祉と福祉教育の実践―子ども達は精神障害をもつ人との交流の中でどのように学んでいくのか―
〇疑似体験を通して伝える知的障害・発達障害の子ども(人)の気持ち
〇地域ぐるみで認知症の理解に取り組む
第9号/いま、改めて教育福祉を問う/2010年10月
〇<巻頭言>教育と福祉の“谷間”の諸問題にどう向き合うか
〇「不安定層の増大」から教育福祉を考える―教育福祉の今日的位置づけをめぐって―
〇スクールソーシャルワーカーとしての実践から
〇ともに学びともに育つ学校づくりと『障がい理解』の転換
〇「自分に何ができるか」を問う実践―MYPの教育理念に基づくコミュニティとサービスを事例として―
第10号/ボランティアをめぐる10の論点/2011年1月
〇<巻頭言>ボランティア国際年から10年、改めてボランティアの論点を問う
〇論点① ボランティアと現代社会
〇論点② ボランティアとまちづくり
〇論点③ ボランティアとライフサイクル
〇論点④ ボランティアと有償サービス
〇論点⑤ ボランティアと企業
〇論点⑥ ボランティアと奉仕活動体験
〇論点⑦ ボランティア学習の評価(中高校生)
〇論点⑧ ボランティア学習のファシリテート
〇論点⑨ ボランティアコーディネーターの評価~コーディネーターを活かすための組織と位置づけ
〇論点⑩ ボランティアの推進組織~大学ボランティアセンターでの実践から
〇論点総括 ボランティア・未来への視座
〇資料 全国ボランティア活動実態調査結果の概要
第11号/震災ボランティア/2011年9月
〇<巻頭言>笑顔や希望を取り戻すことを願って
〇鼎談/現地報告:震災から1か月半 そのときCLCはどう動いたか
〇震災の学び・支援を深める―時系列で見た災害支援からの学びと展望―
〇津波で崩壊した地域を支えた保育園~岩手県大槌町吉里吉里地区の保育園芳賀カンナ副園長のインタビューから
〇大震災・被災地から学ぶ避難と支援~会津若松市・北茨城市にみる信頼の人間関係・ネットワーク力
第12号/企業が取組む福祉活動/2012年2月
〇<巻頭言>企業の社会貢献活動と市民教育
〇ユニクロの「全商品リサイクル活動」で高校生が学んだこと
〇一般企業で福祉的視点をもって働くということ~イオンリテール株式会社で働く唐沢さんの場合
〇企業と福祉の架け橋に「きょうと福祉パートナー事業」
〇「まごころ宅急便in大槌」の実現と福祉活動の実際~ヤマト運輸、町県社協、地元スーパーの協働を見つめて
第13号/震災の学び、支援を深める/2012年8月
〇<巻頭言>震災経験から学び、新たな社会を構想する
〇福祉を学ぶ高校生がつなぐ被災地支援の輪~届けよう! 大阪と宮城の高校生の協賛プレゼント
〇東北福祉大学のボランティア会による災害支援活動
〇宮古市災害ボランティアセンターの現地報告
〇トヨタの被災地復興支援ボランティア活動
第14号/社会的つながりをつくる若者支援/2013年2月
〇<巻頭言>子ども・若者への切れ目のない支援ネットワークを!
〇高校生の進路指導を徹底支援するエンカレッジスクール
〇若者の自立支援に関わるエンド・ゴールの取り組み
〇いが若者サポートステーションによる自立支援とエンパワーメント
〇シティズンシップ教育と若者支援
第15号/福祉教育とボランティア活動の源流を探る―木谷宜弘先生を偲びながら/
2013年8月
〇<巻頭言>福祉教育とボランティア活動推進の源流を探る意義
〇福祉教育の礎としての木谷宜弘の思想
〇子ども達と共に、木谷ボランティアイズム
〇社協のボランティアセンターの歩み―黎明期からネットワークの成立まで
〇市民によるボランティア活動推進の源流を探る
第16号/社会的包摂と福祉教育/2014年2月
〇<巻頭言>「社会的包摂」と「社会的排除」のあいだ
〇学会シンポジウム:社会的包摂と福祉教育・ボランティア学習
〇全国社会福祉協議会における「社会的包摂にむけた福祉教育」の検討経過
〇オール滋賀社協による生活困窮者支援の考え方と実践活動
〇自転車レンタル事業「ハブチャリ」における地域づくり
第17号/障害理解と福祉教育/2014年8月
〇<巻頭言>インクルーシブな環境、当事者視点こそ!
〇精神障害者フットサルを通した交流体験がもたらす障害理解
〇「ICF」の視点からの福祉教育プログラム開発
〇発達障害の理解について―事例から学ぶ発達障害理解のポイント―
〇地域の中で共に育つ・育てる環境をつくる―神戸大学「のびやかスペースあーち」
第18号/これまでとこれから―日本福祉教育・ボランティア学習学会創立20年の節目からの多角的検討/2015年2月
〇<巻頭言>これまでの20年を振り返りこれからを模索する
〇今後の放課後・土曜日等の教育活動と福祉―子ども達の豊かな学びのための教育環境づくり―
〇中学校における福祉教育・ボランティア学習
〇高等学校にみる福祉教育・ボランティア学習のこれまでとこれから
〇学生のボランティア活動の20年とこれから~市民教育の視点から見た高等教育機関の役割を考える
〇サービス・ラーニングのこの20年とこれから
〇社会教育にみる福祉教育・ボランティア学習の関わりと課題
〇福祉教育・ボランティア学習とボランティアコーディネーター
〇福祉教育と社会福祉協議会―福祉を専門家だけのものにしないために
〇社協の現場からみたこの20年とこれから
〇共同募金と福祉教育
〇赤十字を通して思いやりの心を育む~青少年赤十字活動の実際~
〇子どもの貧困と地域づくりのこれまでとこれから
〇「社会的な孤立」を越えて―「当事者」と「当事者性」のエンパワメントにみる「地域・まち」づくり―
〇世代間交流活動―シニア世代の生き方づくり
第19号/福祉教育・ボランティア学習の地域ネットワークの再構築/2015年8月
〇<巻頭言>逆風と向き合い、追い風を捉えよう
〇貧困格差社会を生きる子ども達の学習支援と地域福祉実践―埼玉県/三芳町VGによる子ども達の学習支援教室「テゾーロ」の活動等―
〇高知県社協「福祉教育の新たな展開に向けた検討委員会」報告
〇共生文化創造への「あいち・なごや福祉教育・ボランティア学習研究会」
〇群馬県の「V・市民活動支援実践研究会」と「福祉教育実践研究会」の取り組み
第20号/福祉読本・ワークブックをどう“つくるか”“つかうか”/2016年2月
〇<巻頭言>社会的排除に福祉教育はどう向き合うか
〇福祉教育教材作成にかける想い・構成上の留意点―大阪府教育委員会福祉教育指導資料集『ぬくもり』改訂過程を通して―
〇市内小中学校で福祉教育をすすめる志木市社協の取組み
〇地域・学校・社協ですすめる福祉教育ハンドブック
〇福祉教育推進に向けた教材の作成と今後の展開―福岡県社協の福祉教育教材「ともに生きる」のねらい、つかい方―
以上を一瞥すると、特集テーマの設定は、現実を見据えた手堅いものになっています。また、その内部領域は、実践現場に目配りした焦点化の努力や工夫が図られています。しかしそれは、逆にいえば、従来の地域「福祉」や「学校」教育の一定の領域・分野にとどまりがちであるということです。その証左として、特集テーマの巻頭言や論文の執筆者(累計延べ人数150人)の所属先は「大学・研究機関」が38%、「社協・ボランティアセンター」が31%、「小・中・高校」が11%を占めていることを挙げることができます。次いで、「NPO・ボランティア団体」と「行政・公的機関」がそれぞれ5%、「社会福祉施設・団体」が2%、そして「社会教育施設・団体」は皆無です。この数字は、その限りにおいて、必ずしも学際性や新規性、あるいは革新性の高いテーマ設定にはなっていない、ということを意味するのでしょうか。今回の20号の発行を機に、一人の読者として、いくつかの観点や視角から「ふくし教育」や「市民福祉教育」の展望を行うことができるよう、誌名の『ふくしと教育』の「ふくし」に込められた理念や思い(こだわり)について再考したいものです。
なお、福祉教育の研究・協議は、本誌の他に、日本福祉教育・ボランティア学習学会による「全国大会」の開催や「研究紀要」の発行、全社協/全国ボランティア・市民活動振興センターによる「全国福祉教育推進セミナー」の開催や「福祉教育のあり方研究会」等の設置などを通して行われています。その動向を概観すると、いま、いかにしてそれぞれがその独自性や専門性を発揮し、そのうえでより豊かな連携・協働(共働)を図るかが改めて問われているのではないか。そう思うのは筆者だけでしょうか。例によって唐突ですが、あえて付記しておきます。
謝辞
本誌の紙面づくりにご尽力いただいている学会会員の皆様と、雑誌の電子版化が進むなど出版状況が急激に変化し一段とその厳しさを増すなかで、きめ細かな配慮の行き届いた編集・発行にご支援いただいている大学図書出版に対して、一人の会員ならびに読者として衷心より厚くお礼を申し上げます。
また、本稿をアップするにあたって、日本福祉大学の原田正樹先生と大学図書出版の藤原雄進様には格別のご厚情とご高配を賜りました。ここに記して深く感謝の意を表します。