本稿は、あるブログ読者からの求めに応じて、静岡県における福祉教育の取り組みについて、歴史的に重要なトピックを中心に概観するものである(注1)。
1 学校における福祉教育の展開
▼「社会福祉研究普及事業」「社会福祉協力校事業」
〇静岡県における「学校福祉教育」の制度的展開は、1967年度からはじまる。県民生労働部(1969年度から民生部)によって創設・実施された「社会福祉研究普及事業」がそれである。1977年度に国庫補助事業の「学童・生徒のボランティア活動普及事業」が制度化され、全国的に実施される10年前のことである。
〇当時、神奈川県では、県民生部によって1950年度から「社会事業教育実施校」(1967年度から「社会福祉研究普及校」)事業が継続的に展開されていた。また、長野県では、県社会福祉協議会(以下、「県社協」)によって1963年度から「社会福祉普及協力校」事業が実施されていた。静岡県における学校福祉教育への取り組みは、神奈川県と長野県に次ぐ先進的なものであった。
〇静岡県の社会福祉研究普及事業は、1973年度に県教育委員会に全面的に移管され、翌1974年度をもって廃止された。
〇その後、静岡県では1977年度から、福祉教育の全国的展開が図られるなかで、新たに県社協によって「社会福祉協力校」事業が実施されることになった。その目的は、「小学校及び中学校・高等学校の学童・生徒を対象として、社会福祉への理解と関心を高め、社会奉仕、社会連帯の精神を養うとともに学童・生徒を通じて家庭及び地域社会の啓発をはかる」ことにあった。
〇社会福祉協力校事業の指定校数は、例えば1977年度第1期から2006年度第25期までで693校(小学校396校、中学校223校、高等学校74校)を数え、事業対象となる県内953校の小・中・高等学校の約73%を占めた。また、多くの指定校では、全国的な傾向と同様に、「訪問・交流活動」「収集・募金活動」「清掃・美化活動」の“3大活動”や「疑似体験」「技術・技能の習得」「施設訪問(慰問)」の“3大プログラム”を中心にした体験活動が実施・展開された。それは、「思いやりの心」や「ともに生きる力」を育むことを目標とするが、安易な疑似体験や施設訪問だけでは「貧困な福祉観の再生産」(原田正樹)を促すのではないかと問題提起されることになる(されている)。
〇この社会福祉協力校事業は、1987年度に「社会福祉教育実践校」事業、1991年度に「福祉教育実践校」事業、2007年度に「地域福祉教育実践校」事業などと名称変更を重ねながら、継続的に実施・展開された。また、県社協は、事業・活動の推進を図るために、各種の調査・研究活動をはじめ、連絡会・講演会・セミナー等の開催、実践報告書や副読本の発行、教材ビデオの製作などを行った。
▼「福祉教育実践校フォローアップ事業」「ボランティア活動・福祉教育推進担当者連絡会」
〇社会福祉協力校事業のなかで、「福祉教育実践校フォローアップ事業」と「ボランティア活動・福祉教育推進担当者連絡会」が注目される。前者は、指定終了後の学校に対してその活動を推進するために、1990年度から実施された。ちなみに、1990年度には20校の小・中・高等学校が助成(5万円)を受け、1999年度までの10年間でその学校数は、新規指定だけで314校を数えた。後者は、ネットワークの強化を図るために、県民生部、県教育委員会、県社協、それに県ボランティア協会の4者の実務担当者による定期的な情報交換や研究協議の場として、1985年度から1997年度にかけて継続開催された。福祉教育のネットワーク化は、依然として今日的な課題でもある。
▼「高校生ワークキャンプ」「サマーショートボランティア計画」
〇1977年度、静岡県では、他県に先駆けてもうひとつの福祉教育事業が実施された。学校外の福祉教育実践としての「高校生ワークキャンプ」事業がそれである。第1回の高校生ワークキャンプは、静岡市奉仕活動連絡協議会と日本青年奉仕協会によって開催された。その目的は、ボランティア活動についての学習や実践を通して、ボランティア精神の育成を図ることにあった。1977年7月、2泊3日の日程で、清水市少年自然の家で実施され、参加高校生は38名を数えた。第2回は、県社協と静岡市奉仕活動連絡協議会の共催により、1978年8月、3泊4日の日程で、県立中央養護学校で実施された。参加者は定員60名のところ120名を数えた。
〇それ以降、高校生ワークキャンプは、1991年8月に開催された第15回まで、県社協をはじめ市町村社協、県ボランティア協会、社会福祉施設などの連携・協力のもとに、県下各地で実施された。第1回から第15回までの参加者は4,808名、開催地区は106ヵ所を数えた。
〇こうした高校生ワークキャンプのほかに、静岡県では、県ボランティア協会によって、1982年度から福祉教育や社会参加活動の推進を図る事業・活動の一環として「サマーショートボランティア計画」が実施された。それは、在学青少年や一般社会人などを対象に、「夏休みや夏季厚生休暇を利用し、未体験の世界へボランティアとして挑戦し参加する事により、参加者に生きる尊さや、自分自身の生き方を考え、福祉に対する眼を育くむ機会を得ること」をねらいとした。第1回は、県下44ヵ所の受け入れ施設に、460名を超えるボランティアが参加した。
〇高校生ワークキャンプとサマーショートボランティア計画では、参加者の自主的・主体的な取り組みが期待された。しかし、活動メニューは、高齢者や障がい者との交流活動をはじめ、社会福祉施設や養護学校での「奉仕活動」、まちの「点検活動」などに限定されがちであった。したがって、一般高校生の関心や理解を広げたり、参加高校生のボランティア活動への日常的・積極的な参加を促すにはおのずと限界があった。また、ワークキャンプがどれほど地域社会と結びつき、地域社会に対してどのような働きかけをしたかという点についても疑問が残った。
〇以上の社会福祉協力校事業やワークキャンプ事業などが実施・展開されてきた主要な場は、社会福祉施設であった。多くの施設が福祉教育事業を受け入れ、また独自の展開を図ってきた。なかでも「天竜厚生会」の取り組みが注目される。天竜厚生会では、1981年度に地元天竜市の委託を受けて福祉教育事業に取り組み、5年間でおよそ1万3,000名の参加者を数えた。以後、福祉教育のハンドブックや実践報告書の作成、福祉教育プログラムの開発など、福祉教育の実践と研究に積極的に取り組んでいる(注2)。
▼「三島高等学校家庭科福祉コース」
〇学校における福祉教育の展開で忘れてはならないものに、1986年度の、三島高等学校家庭科「福祉コース」の開設がある。全国で最初の取り組みであった。ちなみに、1987年度には、兵庫県立新宮高等学校と鹿児島県の城西高等学校に「福祉科」が設置されている。その後、2003年度から、高等学校学習指導要領の改訂によって専門教育に関する科目「福祉」が創設され、高校福祉科教育が全国的に実施・展開されることになる。
2 地域を基盤とした福祉教育の展開
▼「小地域福祉教育推進事業」
〇静岡県における「地域福祉教育」の本格的な展開は、1998年度からはじまる。県社協によって新設された「小地域福祉教育推進事業」がそれである。
〇その背景には、1990年代以降、社会福祉基礎構造改革の推進が図られ、市町村における在宅福祉サービスを軸にした地域福祉が実体化するなかで、その主体形成が以前にも増して強く求められる社会的状況があった。また、いじめ、不登校、学級崩壊などの学校病理現象が広がり、子ども・青年の生活や発達の歪みが顕著になるなかで、「生きる力」(文部科学省)や「社会力」(門脇厚司)の育成が要請された。それは静岡県においても例外ではなかった。
〇小地域福祉教育推進事業は、具体的には、1996年12月から1998年3月にかけて開催された県社協の「福祉教育推進検討会議」の提言によるものである。検討会議では、1977年度からの福祉教育実践校事業の取り組みを総括し、それに基づいて福祉教育の新たな展開とりわけ地域ぐるみの福祉教育の推進方策について研究・協議された。そこでは、学校福祉教育(「福祉教育実践校事業」)の成果と課題、今後の重点方策について、次のように整理・報告された。
福祉教育実践校事業の成果と課題
【成果として】
①県内学校総数の4割以上が実践校活動を実施した。
②体験学習活動が定着した。
③指定校実践の中で地域と連携し、学校教育目標と融合した先駆的取り組みが出てきた。
④新規指定校教員と当該社協職員合同のオリエンテーションの場が定着した。
⑤指定校教員と社協職員合同の情報交換・研修の場である連絡会の開催が定着した。
⑥実践校活動の記録である報告書の作成が継続的になされてきた。
【課題として】
①学校内での推進体制(公務分掌等での位置付け)
②体験プログラムの目的、効果の検証のための作業
③学校教育目標と融合した活動展開や「総合的な学習の時間」での実践
④社協からの具体的取り組み方法の提示不足
⑤市町村社協対象の研修会や研究協議、個別支援の充実
⑥学校の実践活動への具体的支援の強化
⑦福祉教育推進計画の策定や地域福祉活動計画への位置付け
【今後の福祉教育推進の重点方策として】
①地域総体で福祉教育に取り組むための方策として「小地域福祉教育推進事業」の実施。
②中・長期的な課題に対応するための計画策定の検討を行う「福祉教育推進計画策定検討事業」に取り組む。
〇こうした「成果と課題」を踏まえて、小地域福祉教育推進事業は、「教育課題や地域課題が複雑化している近年、学校指定による取り組みに加え、地域総体で福祉教育に取り組む必要があるため、モデル的な小地域を設定して福祉教育の推進を図る」ことを目的に創設された。第1回は、1998年度から1999年度までの2年間で5地区(沼津市愛鷹地区、焼津市豊田地区、藤枝市西益津地区、島田市伊久身地区、小山町藤曲・落合地区)が指定され、1地区あたり20万円が助成された。第2回は2000年度から2001年度にかけて4地区、第3回は2001年度から2002年度にかけて2地区がそれぞれ指定された。
〇小地域福祉教育推進事業の実施は、学校しかも指定校中心の学校福祉教育から、地域を基盤とした地域福祉教育の新たな方向性を生み出した画期的なものであった。しかし、指定地区と県社協や市町村社協との連携・協働体制は必ずしも十分なものではなかった。その結果、指定校制度に基づく学校福祉教育を推進してきた市町村社協や、福祉教育と直接的あるいは主体的にかかわってこなかった小地域にとっては、その取り組みに苦慮することになる。
▼「静岡県における福祉教育推進に関する基本的な指針」
〇県社協は、「小地域福祉教育推進事業」の推進をより確かなものにするために、1999年12月に次のような「静岡県における福祉教育推進に関する基本的な指針」(以下、「指針」)を策定した。
〇この指針は、1998年12月から1999年12月にかけて開催された「福祉教育推進計画策定検討委員会」によって策定されたものである。指針では、地域の社会福祉問題を素材に、福祉のまちづくりの実践・運動主体の形成を図ることが「福祉教育の目標」とされた。また、「福祉教育指導者」「福祉教育推進員(アドバイザー)」の発掘・育成・登用や「福祉教育推進計画」の策定などの方針が示された。抽象的かつ総花的になりがちな指針にあって、特筆されるところである。
▼「福祉教育指導者養成研修事業」
〇県社協は、上記の指針を受けて、2003年度から「福祉教育指導者養成研修事業」に取り組んだ。それは、地域福祉教育の指導者養成研修をめざして、地域福祉教育の基礎・基本の学習とそれに基づく実践プログラムの研究・開発を行うものであった。具体的には、初年度の「基礎研修」と2年度目の「スキルアップ研修」によって、参加者の地元社協との連携・協働を図りながら、実践プログラムの開発・企画・展開・評価が行われた。参加者は、2003年度は7地区から20名、2004年度は5地区から11名、2005年度は6地区から13名をそれぞれ数えた。
▼「静岡県の地域福祉教育推進に係る基本指針」
〇2000年以降、地方分権改革や教育改革が推進されるなかで、「地域福祉」の主流化や「新たな支え合い」の拡大、「総合的な学習の時間」の導入や「ゆとり教育」の見直し、そして「教育再生」の実行などが図られた。福祉教育に関しては、ICFの視点の導入、「ふりかえり」(リフレクション)の重視、地域ぐるみの展開、地域福祉(活動)計画の策定などの「福祉教育実践の新潮流」が見られるようになった。
〇そういうなかで、県社協は、地域福祉教育の新たな展開をめざして、2012年3月に次のような「静岡県の地域福祉教育推進に係る基本指針」(以下、「新指針」)を策定した。
〇この新指針は、2010年10月から2012年3月にかけて開催された「静岡県地域福祉教育推進委員会」によって策定されたものである。委員会では当初、「地域福祉教育推進計画」の策定を企図していた。しかし、新指針は、「県内福祉教育関係者の総意としての『計画』に至っていない」という判断から、「福祉教育関係者に向けた提案」として纏められている。それは、「計画」から“提案”としての「指針」にトーンダウン(後退)したことや、内容的にも静岡県における「福祉教育実践の新潮流」への具体的対応が不十分であった点などにおいて、いくつかの課題を残すものとなった。
注
(1) 本稿は、拙稿「静岡県における福祉教育の史的展開」『市民福祉教育の探究―歴史・理論・実践―』(みらい、2009年、43~63ページ所収)の一部を抜粋・要約し加筆・修正したものである。
静岡県における福祉教育の史資料については、『福祉教育の明日を拓く―静岡県福祉教育40年史資料集成―』(静岡県社会福祉協議会、2007年11月)を参照されたい。
(2) 「天竜厚生会における福祉教育の取り組み―資料紹介―」(「ディスカッションルーム」(15):2013年7月18日投稿)を参照されたい。