鳥居一頼のサロン(4):「優しすぎる友よ」

「優しすぎる友よ」

いま退院してきたと 携帯の先で語り出す友
老人ホームで 酔っ払って転んで 
右目の下 七針縫った
アルコール依存症って診断されて 系列の精神病院に強制入院

C病棟 精神疾患の重い人たちが
いき場所もなく もう何年も措置入院している 最後の収容所
相部屋に入るも 会話も成り立たない彼らと 二ヶ月過ごす
精神疾患の病名も 個々バラエティに富む
中には 知的障がいを併せ持つ人もいた
誰も ここから二度と 社会に復帰することは ない
終の住処のC病棟で 生き地獄を見たという
隔絶された狂気の世界に 彼はいた

退院の朝 看護師たちに混じって
患者たちが バイバイと 別れの手を振った
彼らと情を通わせた彼の姿に 看護師たちは驚いた
彼は 言い放った
障がいがあろうが こころの病気だろうが 彼らも人間なんだよ と

こころの闇と生きる痛みを知る者同士が 通じ合えるサインがあるとすれば
互いに傷つけ合わないという 暗黙の了解なのか
医師も看護する者も 心神制御・管理統制・行動規制することが ここでの仕事
彼は患者として 彼らと関わることで 初めて出会った彼らの理解者となった

バイバイ もうここには戻ってくるな
バイバイ おれも連れていってくれ
バイバイ また会いたい 元気でね 
 
バイバイ 忘れないよ
バイバイ 憤怒(ふんぬ、ふんど)と憐憫(れんびん)の情が 渦巻いた
バイバイ おれは… 自戒とそして自壊の前兆の涙が 頬(ほお)をつたう

施設に戻った
無断で コンビニから酒を買ってきて 二ヶ月ぶりに飲んだ
やりきれない虚しさからの 自己逃避 
いつもの おれの弱さの証明
彼らも おれも 救われない不条理の世界で いまも生きている

優しすぎる友よ
自死願望が強くなったときも 仕事を失ったときも 
酒に身をまかせて 弱音を吐いてきた
だから 絶望しないためにも 電話しておいで 
いつでも 回線はつながっている
安心して かけておいで

優しすぎる友よ
他人(ひと)のことで いつもこころを砕き 自滅する
それが 君の生き方 いまさら 変わることは ない
だから 酒に逃げず 電話しておいで 
いつでも 回線はつながっている
遠慮しないで かけておいで
 
優しすぎる友へ
いろんな人に 悪気なく迷惑をかける
なんて 憎めないやつなのか
奈落の底に 何度落ちても 這(は)い上がってくる
なんて 生命力の強いやつなのか
何度失敗しても 何度失望させても 君を信じる人がいる
なんて 幸せなやつなのか

優しすぎる友へ
君は つねに誰かに生かされて きょうまできた
六十五の歳を過ぎ 財産も 社会的地位も 
そして家族も 全てを失った 悲惨な人生
それでもなお 優しすぎる君だからこそ
伝えなければならぬことがある
若き学生たちに 強さと弱さが同居した “素のおのれ”を晒(さら)しながら
生まれてきたことの 生きていくことの 意味を問い続けよ
それこそが 君がこの世に生かされている そもそもの理由なのだ
そこに“人間教師”としての生き様に触れ 人は惹(ひ)かれる

そして 優しすぎる友よ
君が 人を魅了するのは
いまの世の中で 失いつつある
弱き者たちへそそぐ 慈愛のまなざしそのもの
だから 自らのおもいのなかに 生きよ

〔鳥居一頼/2019年5月31日〕