出発点

昭和48年春、新米教師は、仲洞爺小学校(昭和52年3月統廃合のため閉校)に赴任。
大横綱北の湖の出身地、北海道胆振管内壮瞥町、その洞爺湖畔にあった。
そこで十人にも満たない子どもたちと一緒に、湖畔の清掃活動をした。
夏、洞爺湖温泉街の方から南風に乗って、空き缶やゴミが、対岸の仲洞爺の湖畔に流れ着く。
そこは、学校のプールでもあった。

毎週月曜日の放課後、5つの段ボールに集める。
それが、子どもたちの小さなボランティア活動となった。
その子どもたちを、「地球の掃除行動隊」と名付けた。
だれもこの地球からは、決して逃れられない。
君がどこに住もうとも、そこは地球の一部。
そこを、住みやすく生きやすくすることができるかどうかは、一人ひとりの心の問題。
だから、たくさんのいのちを育む地球を守るために、君が今できることを身のまわりから始めよう、と。

『Thinking Globally Acting Locally(思考は地球レベルで、活動は地域レベルで)』
ちっぽけなグループでも、物事を考える想像力やスケールだけは、大きく育ってほしいと願った。
そのおもいは、ボランティア学習に関わる原点となり指針ともなった。
そして、その後の人生を決めた。

当時、小学校で子どもたちが、社会福祉やボランティアを学ぶことは、稀だった。
その学びの価値を見出す実践研究へと導かれ、いつしかライフワークとなった。
「地球の掃除行動隊」。
この小さな実践が深くこころに刻まれ、いまも生気をもらい、福祉と教育の世界で生きながらえている“わたし”がいる。

〔2019年7月31日。『ちょうどよい目の高さでの福祉教育』鳥居一頼著/1992年5月1日発行/大坂ボランティア協会刊/p10~11要約・加筆する〕