1997年鳥取県米子市のある小学校で「道徳」の授業を参観した。「めだかのめぐ」〈注1〉という教材を通して、親切や思いやりといった福祉的なテーマを学ぶ内容であった。授業後、その学校の教員とともに「授業反省会」に臨んだ。
そのときに、「この教材は1年生の子どもたちには適切な教材ですか?」と質問され、答えようとした瞬間に、自分の福祉的な価値観が見事に百八十度覆されたような衝撃を受けたのである。
それ以降、機会あるごとにこの教材を取り上げ、子どもから高齢者まで様々な人を対象に授業を展開してきた。
それらの実践を糧に、藤女子大学の「ボランティア論」での授業「めだかのめぐ」を通して、覚醒した学生たちの福祉意識のありようを授業内容やそのノートから分析し、この教材の価値について明らかにしたい。
本稿では、第1章「教材めだかのめぐを学ぶということ」の中で、その教材を使った授業の具体的な展開を考察する。第2章「覚醒する学生たち」では、授業後学生が書いたノートを中心に、学生たちの意識の変容について分析する。第3章では「教材の価値と貧しい福祉観の是正」についての私論をまとめる。
福祉教育という世界のささやかな授業実践ではあるが、ステレオタイプ化され無意識のうちに刻まれた福祉的価値観を真逆の価値観に変える衝撃的な教材について紹介することで、学生たちが偏った人間観や福祉観に気づき自ら意識変容をはかるとともに、福祉教育の人間理解学習を進める基礎的な学習のひとつとして問題提起をしたいと考える。
第1章 教材「めだかのめぐ」を学ぶということ〈注2〉
1 85文字の世界
そもそも、潜在意識の中にある自分と違った存在に対する蔑視感や排除感は、どこから生まれくるのか。自分と違うものに対する不安感や恐怖感を抱きながら、社会というより「世間」という不文律な統制力によってあらがうことをあきらめ、周りの集団との同質化を求められた結果として、排除・排斥感をその内に育ててきたのではないか。
「見慣れない」「出会わない」「知らない」という「無知」からくる偏見と差別感が染みついた「無恥」を無意識に身に付けていったのではないかと考える。
この授業は、このような「無知」による「無恥」をいかに是正し、自己認識した上で学生個々の意識変容を促すことを目的に、福祉の視点から実践を続けてきたものである。
さて、授業の課題は、冒頭の「めだかのめぐは ちいさいときに ざりがにに しっぽをかじられました。それで ほかのめだかのようには うまくおよげません。がっこうに はいるまえは そのことを とてもしんぱいしていました。」という、たった85文字の文章である。
質問は、大きく5つである。
授業は「めぐはどんな心配をしたの?」という最初の質問から始まる。「上手く泳げないことで、どんな心配をしたのか?」というだけの質問である。
学生たちの答えは、「上手に泳げない、みんなとカタチが違う、そのことが原因でいっしょに遊べない、みんなに笑われる、みんなに仲間はずれにされる、バカにされる、いじめられる」というものであった。
質問を続ける。「そんなめぐに、あなたならどうしますか?」
「一緒に遊んであげる、困っていたら手助けしてあげる、仲良くする、意地悪した子がいたら怒ってあげる、友だちになってあげる」など、優しさに満ちた答えが返ってくる。それが「優しさや思いやり、親切という心」であるという、道徳的価値観を教えていく授業の導入部分となるのである。
札幌、名古屋、大阪〈注3〉の大学で同じ授業を行ったが、異口同音の回答が戻ってくる。それも小学1年生と全く変わらぬ回答である。なぜそのような事態が、起っているのであろうか?
そこで、「何かおかしいことに気づきませんか?」と3つ目の質問する。すると、戸惑ったような表情を見せるが、ほとんど無回答である。今までの流れが当たり前であり疑問を挟む余地はないという思い込みの強さが、ここに表出される。
沈黙も想定内、学生たちとの授業は続く。「ところで、あなたが小学校に入学するときには、どんな心配をしたでしょうか?」と、4つめの質問を投げかける。
「早起きできるかな、友だちできるかな、給食を残さず食べられるかな、勉強むずかしいのかな、先生こわくないかな、学校まで歩いていくの大変だな」
学生たちは、予想だしなかった質問に答えながら、なにかが違うといった漠然とした疑問に困惑している表情を浮かべてくる。
誰もがみんなささやかな不安を持って、1年生になったのではないか。泳げない、姿形がみんなと違うというめぐのような障がいのある子は、障がいのない子とは全く別の「不安」を持っているという「ここ」の心理は、いったいどこから生まれてきたものなのであろうか? そこに、気づきだしたのである。
2 当たり前という思い込みの怖さ
米子市の小学校で、初めてこの授業を参観したときには、その授業の展開になんの違和感もなく当たり前であると受け止めていた。しかし、放課後「授業反省会」に臨んで、授業後のふりかえりをした折りに、突然ハンマーで殴られたような衝撃が走った。
「おかしい、変だ、間違っている!」。それは、24年間ボランティア学習や福祉教育の実践者として、さも知ったかぶりをして進めてきた自己への強烈な批判と無恥への自戒の念であった。
めぐとのギャップを見ていこう。
学生たちは、自分が入学を前に、バカにされたり、いじわるされたり、笑われたり、仲間はずれにされるとは、だれも思っていない。ところが めぐはそんな心配をしていると、なぜ想像するのだろうか? その根っこには、一体何があるのだろうか?
意識変革を迫る5つ目の重要な質問である。「そう考えているのは、誰ですか?」
学生たちは、沈黙のまま自分の胸を指差す。めぐではなく、「わたしたち!」「世間様!」である。
なんの思い入れもなく、周りがそう思い信じていることに付和雷同することを「おかしい」と感じるところから、学生自身の見識を疑ってみてほしい。これはそのひとつのきっかけといえるのではないか。
正当だと信じて疑わない社会や世間。そして親世代や幼児教育を担う者たちが、その価値観を善とした中で育てられ、無意識のうちに感化された幼子たちの心。学生も障がいのある子への「憐憫の情」という道徳的価値観を身につけて成長してきた結果として、それを是正する機会もなく、「優しさや思いやり」という倫理性へと高めてきたと考えられよう。そこに「思い上がり」は自覚されていない。
ここに、日本の国の福祉の精神的貧困性の根幹を見ることができるのではないか。換言すれば、求める共生共存の福祉社会を実現する妨げとなる希薄な人権意識の源ともなっているのである。障がい者への暗黙の了解のうちにある差別意識である。
これが、社会的な通念として無批判に受容させ無条件に感化していく地域社会、世間様の怖さである。防ぎようのないバリアフリー状態で浸透する差別と蔑視、そして偏見という不変な精神風土の問題とも言えよう。障がい者差別や人権侵害を無意識に冒し続けてきた結果と考えても過言ではない。
ただしここでは、同情や哀れみの感情をすべて否定するものではない。相手を気遣う感情として粗末にしてはならない心の働きであり、誰しもいてもたってもいられないほどの哀れみや悲しみを抱く惻隠の情は持っているからこそ、人でいられる。しかし、一方的に弱者の立場に追いやる強者の論理を押しつけ、平然として福祉社会を標榜するこの有り様を許してはならないのである。
偏見を持つことの怖さを、G.W.オルポートは、次のように指摘している。
「偏見とは、十分な証拠なしに、他人のことを悪く考えることである。偏見とは、ある集団に属している人が、たんにその集団に属しているからとか、それゆえにまた、その集団の持っている嫌な特質を持っていると思われるとかという理由だけで、その人に対して向けられる嫌悪の態度、ないしは敵意ある態度である。予断は新しい知識が表れても、それが改められない場合のみ偏見となる。偏見の持つ効果は、必ずしも偏見の対象自体のせいではなく、ある種の不利な立場に当人を陥れてしまう点にある」(『偏見の真理』)
偏見によって相手を不利な立場に陥れることを、日常的に繰り返している事実に気づくことであろう。ほとんどは自己の評価を正当化しているために、その愚弄に気づき改善しようという自覚認識までには発展しえない。
「根本そのものが間違っている。今まで意識していなかった不条理や蔑視感、差別感があるということ。私が最初に思考したことから意識が覚醒されていったのは、勝手にめぐをいじめる人がいると思い込み、それが当たり前だと思って、その間違えを教わらなかったことだ」と、受講した学生〈注4〉は苦渋する。
フランスの思想家ルソーは、「理性、判断力はゆっくりと歩いてくるが、偏見は群れをなして走ってくる」(『エミール』)と指摘し、「偏見に染まるのは早く、こびりついたら容易には消えない」〈注5〉と論じる。
そもそも「しっぽをかじられた」ことが原因で「うまくおよげない」結果、みんなと同じことが出来ないことを「とてもしんぱい」という教材の文脈からして、このような偏見と悪意に満ちた答えを暗黙のうちに誘導しているといっても間違えではない。
それは、まさにそのような認識を「正しい」ことであると教化するなにものでもない。
それゆえに、今までの当たり前だという固定観念が、ここで打ち砕かれて「覚醒」のハンマーの音を聞くのである。
3 車いすとメガネ
なぜ、多くの学生はそのような勝手な想像をしてしまったのかを究明する。
授業は、本論を捕捉・深化するために、「めだかのめぐ」を「人間」に例える。
人間に例えると、泳げないということは歩けない、歩けないから車いすを「利用」する。この「利用」という表現がキーポイントとなる。
学生たちの当初の認識は、「鳥居さんは車いすの人」「車いすの人は歩けないから可哀想な人」「だから鳥居さんは可哀想な人」という三段論法で説明がつく。そこに、働く障がいのある人への憐憫の情は否定しないが、歩けないというだけで一方的に弱者にする強者の論理がここにあることに気づいてほしいのである。
そこで、足が不自由なので車いすを利用する。車いすは「歩くための道具」であるが、差別の象徴ともなっている。
「ところで、学生の中に目が悪くてメガネやコンタクトを使っている人は?」と挙手を促しながら、メガネをかけた学生を指名し、「そのメガネを外して、私を見てください。どのように見えますか?」「ぼやけてはっきり見えません」「それではもう一度かけてください。今度はどうですか?」「はっきり見えます」「あなたは、目に障がいがありますね。障がい者と言われたことはありませんか?」驚いた様子で「ありません」と答える。
教室の机に車いすに見立てた椅子を乗せながら、「私は、目が悪いのでメガネがないと車を運転することができません。運転の条件に眼鏡使用と明記されています。運転できないと生活に支障をきたします。私は障がい者です。しかし、メガネをかけた人が全て障がい者であると誰も言われたことはないでしょう。確かに、見慣れていることで違和感なく受け入れられていることも、車いすのとの違いです。でも、どちらもその人が生きていく上で必要な道具です。道具は“幸せになる”ためのものであり、決して不幸になるためのものであってはいけない。最悪な道具は不幸を生むものであり、人を殺戮する兵器、核兵器はその最たる物ではありませんか!」と語りかける。
そして、おもむろに椅子の上にメガネを置いて、「どちらも人を幸せにする道具でなければならないのでは?」と問いかけるのである。
この問答で、学生は「車いすとメガネ」の違いを思考し、自問自答する。
「この話に衝撃を受けた。メガネをかけている人に対して障がいを負っていると感じたことはない。それが私の今までの当たり前。でもそれは正しいことではないということに気づかされた。今までの当たり前が覆された」と、ノートした学生〈注6〉もいた。
車いすは、自力歩行が困難な人が利用する道具であるが、その単なる道具がメガネとは違って「差別の象徴」として負の役割を果たしているとすれば、由々しき事態である。だからこそ、授業にこの話を組み込むことで、学生は様々な葛藤を経て意識の変化が生まれてくるのである。85文字の世界をここでまた別の視点から広げ深めていくのである。
「車いすとメガネ」に関わる学生の意識の変容については、第3章の分析に譲りたい。
4 ボタンの掛け違い
障がいのある人との関係を、蔑視や偏見により見下した差別を前提とした関係図式では、「互いに対等である」という関係性を見い出すことは、はなはだ困難である。
「差別という言葉では、議論も対話も前に進まない。言われる側は口を閉ざし、気持ちのギャップが生まれる。それに代わる言葉をどう生み出すか」と語った高良倉吉〈注7〉は、沖縄の基地の過重負担問題に対し、日本政府の仕打ちを「差別」という表現に否定的な見解を述べている。
差別意識だけを強調していては、差別する側との議論も対話も進まないという指摘に、この授業の求めるところは何かを強く問われたのである。単に眠っていた差別意識を目覚めさせることではない。それを否定する自己変革力をどのようなベクトルに導いていくのかが、大学教育の目的でもある。
ボランティア論の授業が、「自己実現と共生社会の実現」を狙いとするなら、「差別について議論する」ことが出来ることと、その先にある福祉社会の共生意識の醸成について論じ続けなければならないのである。
だからこそ、薄っぺらな「共生感」を唱えてきた学校教育に対し問題を提起しなければ、先の学生のように「教わらなかった」ことが自分の無恥を知り苦渋するのである。「共生共存の福祉社会を」といった文言も絵空事のように虚しく響く。「共生」という言葉ひとつ取り上げても「共に生きる」といった程度のレベルで解釈され、理念も空洞化しているのが実態であろう。
そこで、「共生の状態」〈注8〉について、田村太郎の論に委ねたい。
「同じ社会に存在し生活をしながら、同じ権利やチャンスがない状態は、共生とはいえない。基本的な権利の保障や不公平の是正が共生への第一歩であり、それぞれのちがいを大切にしながら、生き続けてことができる社会かどうかが、共生を実現する重要な視点」であり、その視点は、「①『あってはならないちがい』の解消(基本的人権の保障、機会の均等、自由権の保障など)。②『なくてはならないちがい』の保障(少数者への権利の保障、多様なあり方生き方の尊重)。③『ちがいを越えた協働』の実現(多数者の意識や態度変化、社会全体の変革)」。この3つの視点にさらに「地域、社会、世界全体が、互いの違いを乗り越えて共に日々の暮らしの幸せを保障し平和な社会の創造を協働する」ことで、はじめて「共生」が実現された状態といえると論じる。
上記の3つの視点から考えて、「非共生社会」とはどのような状況にあるのか。
国民の人権を時の権力から守るための日本国憲法が、政権政党により憲法改正を求められている。2013年5月3日の憲法記念日を前に、朝日新聞の行った世論調査の結果〈注9〉、改憲の提案に必要な憲法第96条の改定は、反対54%、賛成38%であった。また、第9条についても、「変えない方がよい」が52%で、「変える方がよい」の39%よりも上回った。しかし、この数は侮れない。平和憲法として国際的に評価されている「戦争放棄」についても、過半数を数%上回るだけの「変えない」という意見であり、厳しい事態であることを如実に示している。そのような歴史的な判断を求められる時代を引き継ぎ、厳しい内外の社会情勢の中で生きなければならないのが、学生たちであり若い世代であることは否定できない事実である。
そこで、この授業の根底の理念でもある、憲法第13条を確認する。
「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉〈注10〉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」。これは、社会福祉を国家が保障する根拠ともいえる条文である。幸福追求権とも呼ばれるが、福祉を学ぶ者として心にしっかり留めておいてほしいのである。
その上で、憲法問題や政治問題に関心を持ちながら、現代の経済や教育、福祉や医療など日本社会の課題を具体的に考察することが、一人ひとりに求められているのである。人権保障ひとつ取り上げても、沖縄の米軍基地移設問題、ハンセン病問題〈注11〉、学校でのいじめ・体罰問題など、未解決な課題が数多く見えてくる。経済的な貧困の問題は、すでに子どもから教育を受ける均等な機会を奪い、その格差を親が認知せざるを得ない状況にある。教育福祉の問題である。雇用状況〈注12〉の厳しい現状での失業や疾病などによる経済的な破綻は、社会福祉問題に直結することからも、高齢化の問題ばかりではなく課題が山積する未成熟な福祉社会であると認識されよう。
「共生社会」を実現することは、確かに困難なことである。しかし、その理念を学校教育をはじめ市民教育の機会や社会的な活動の場で、いかに啓発してきたのか。時の政治権力により正当化された人権侵害の歴史を踏まえてなお障がい者にとどまらず、社会的弱者と社会の隅に追いやられた人たちの人間としての尊厳をいかに保障するのか。法律や制度、政策だけでは解決できぬ倫理性の問題だけに、人間と関わり合う多くの体験学習を構築しない限り、希薄な言葉の解釈だけで済まされよう。そのような空虚な言葉遊びの教育は、もう止めなければならない。
そのためにも、「めだかのめぐ」の授業で指摘された学生たちの「ボタンの掛け違い」は、強く自省されなければならない。一方的に相手を弱者の立場に追いやり、かわいそうという同情憐憫の情を身勝手に膨らませ、蔑視する心からうまれる「善意」にどんな意味があるのか、自問自答する機会を与えなければならない所以である。
「かわいそうなめぐ」に対して、「助けてあげる、遊んであげる」という傲慢さを「よし」とする強者の論理をいかに是正するのか。その上で、社会・世間や教育の欺瞞をいかにあばくのかが課題となる。障がいのある相手に対する自身の心の構え方の間違いに、鋭く切り込まなければ、同質化を求める日本の社会・世間の根深い体質や異質なものを排斥排除してきた社会・世間の悪しき常識を変えることはできない。
めぐのように一方的に弱者の側に身を置かされることで、その人の尊厳やプライドが喪失する。障がい者だけではなく高齢者も同様である。「一方的に助けられる存在」として、人は存在できるであろうか? その正否が問われる教材といえよう。
阿部志郎〈注13〉の言葉が、心に沁みる。
「福祉の世界に入ると、自分自身のよって立つよりどころを求めずにはいられない厳しさに直面させられる。ときに、苦しみ、疑い、そして悩む。それに耐え、それを克服し、そこに使命(いのちを使うこと)を見出す心情的な過程、読み、聞き、ふれあい、学ぶ態度、自分を納得させ方向づける理想がだれにもあるものである。それを哲学と呼んで差し支えないのではないか」
立つべきよりどころが間違っていたなら、取り返しがつかない。厳しさを味わうこともなく、使命感すら抱くこともなく、福祉の世界に関わることは許されることであろうか?
「福祉の構造を貫く普遍的社会的な理念のみが福祉の哲学ではない。人とともに生きる場で、自分に出会うという経験から形成される哲学が大切なのだ。真実の出会いは、心の中に対話(ダイアローグとは真理をわかち合うの意)を育てる。出会いは、尊敬というより畏敬の想いを温め、あふれるばかりの喜びへと導いてくれる。だからこそ邂逅にふさわしい感動を伴うのだろう。福祉とは戦いでもある」と続く。
教材もまた「真実の出会い」を創造するのである。邂逅はひととの関わりだけではなく、学生たちの柔らかな感性に響く痛みを分かち合う想像力を喚起したエピソードからも、その自己変容の感動を受容することが可能となるのである。
さらに「福祉とは戦いでもある」という一文は、自己葛藤だけではなく、社会の福祉への認識をも変えていく長い道程なのかもしれない。心しておきたい。
さて、この「ボタンの掛け違い」をどう是正するのか?
そこで、授業では「人との向き合い方〈注14〉」を考えてもらう。
学生に協力してもらい、車いすユーザーの役を担ってもらう。「彼女は、車いすを利用している足の不自由な方です。私たちの目は車いすに注目してしまうことで、大きな間違いを冒してきました」。学生を立たせて、車いすを私との間に置き、「車いすを通してあなたを見ることで“車いすの○○さん”と呼ばれてきました」。そこで、この車いすを一度取り除いて、学生の後ろに隠してしまい、私と学生が向き合う設定にする。学生にいくつか質問しながら、「あなたには、いろいろな人間的な魅力があるでしょう。もちろん苦手なこともきっとあるはずです。その一つがみんなとは違って足に障がいがあるため歩くことができない。だからといって、何もできなくなったわけではない。歩くのが不自由だから、車いすを利用するだけのことですよね」
車いすを介在させて相手を見るのではなく、車いすを排除してあくまでも相手と向き合うことができるかどうかが、「ボタンの掛け違い」を正す適切な方法であり、意識的にそうすることによって、お互いの理解は深まるのである。車いすのイメージを払拭して、相手を丸ごと受け止められるのか、そのとき足が不自由なことは、単なるその人の一部の苦手な行動でしかなくなるのである。「苦手意識」は人間誰しもあることを承知している。
そこに優劣をつけて、「できるか、できないか」で全人的に評価する愚弄を排斥しなければならない。それは、対等性を実現する有効な手立てとして活用できるだろう。
換言すれば〈注15〉、「車いすを外す」という意識が、今までの車いすというフィルターを通してしか人を見ようとしなかった自己の行為の過ちに気づき出す。その人なりを自分の中に引き受けて理解していく過程こそ、人間理解の本質ではないか。ここに「福祉の根幹」がある。そこにしっかりと根付いた授業こそが求められるのである。
その中で、その人は足が不自由だから「車いすを利用する」という認識こそが、障がいの悲しみと差別・蔑視のシンボルを静かに葬ることになる。車いすは、その瞬間に主役の座から降ろされて、その人の陰に隠れ、「車いすの○○さん」という呼称も廃棄される。主役は人間そのものである。
「鳥居さん、障がい者って誰? 確かに歩けないよ。車いすにも乗ってよ。歩けないから車いすを足替わりにして、俺は自分の行きたいところに自由に出かけることも出来る。どこがみんなと違うんだい。歩けるか歩けないかの話で障がい者というレッテルを貼らなければならない理由ってなんだい? 俺は、障がい者である前に人間なんだ」と、電動車いすを利用する友人のゴリさんが、小学生を前にした私との対談で語った。
相手としっかりと向き合うことは、障がいがあろうがなかろうが関係はない。「俺は障がい者である前に人間なんだ」という言葉の重さを、授業の中で具体的に展開しなければ、障がいのある彼らの置かれている状況は、いつまでも変わらないし、大事なメッセージを伝えることもできない。安易に「福祉の学習」をしてきたツケが、若い世代の未来に肩代わりされ支払われていくことに、この授業を通して感じて欲しいのである。
車いすは単なる道具である。それは足の不自由な人たちにとっては、制限された行動から自ら解放するための道具であり、幸せを実現するものである。車いすに着せられた濡れ衣を晴らすことができれば、道具としての価値も再評価されるだろう。車いすには罪はない。それを、「教材」としてどのように活用するのか、そこに指導する側の「福祉力」が問われているのである。
難しい論理を振りかざすのではない。対等性の前提について誰もが共感的に理解できる「人間同士の対話」の中に、差別意識を一掃する価値を見い出すことができるのである。
次に、「相手の意思を確かめる」ことである。ここから始めなければ、全ては詭弁となる。「違う」ことを前提に、人は互いに分かり合い、共に幸せに生きるために、「知力」と「感性」、そして「行動力」を、人との関わりの中で育てなくてはならない。丸ごとその人を受け止めること当たり前にするために、体験的な学びを積み上げなければ、当たり前に行動することはできない。
人はだれもその人生を豊かに幸せに生きたいと渇望する。それが「当たり前」であり、障がいの有無で決定するものではない。誰もが一人では生きられぬゆえに、共に生きるそのときに対等な関わり方を体験的に学ばなければ身に付かないと考えるのである。
授業のまとめに、上士幌町〈注16〉で全町の5.6年生を集めて「めだかのめぐ」の授業をした際のエピソードを紹介した。いつものように、めぐの気持ちについて問いかけると、男の子が「うちのクラスに弟が3年生だけど車いすで通っている子のお姉ちゃんがいるから、そのお姉ちゃんに聞くといいよ」と助言され、5年生のお姉ちゃんに尋ねてみた。「君の弟は入学する時に、どんな心配をしていたの?」。彼女は静かに答えた。「弟に聞いてきださい」。心が震え、二の句が継げなかった。その人の意思を尊重することを、見事に小学5年生に学んだ瞬間だった。子どもは、時に師となり、心のあるべき道をさりげなく照らす。
学生たちには、それ以上何も言わずに、今日の学習のふりかえりをノートに書くよう指示をして、授業を終えた。
授業を受けた学生〈注17〉が、私の伝えたいことをしっかりと受け止めてくれた。
「…私の中の当たり前が、世間の作りあげた偏見であったことに気づかされたエピソードであった。めぐの体には不備がある。それゆえに考えられる心配事は何かと問われたときにいじめられるのではないかと心配した。そこに何故そう考えるのかという切り返しは強烈かつ新鮮だった。違いを認知することが悪なのではなく、共生を拒否することが悪なのではないか。障がい者と一緒に生きていく上で重要なことである。…ボランティア学習が何故必要なのか、それは『福祉の学習』である。
福祉とは『幸せやゆたかさ』を示す言葉であり、すなわち幸福の学習である。幸福の追求は、人生を考えることに近い行為であり、この学習の根幹は、人間理解の本質にあり、それは自分なりに人間を自分の中に受け入れ理解していく過程である。その学習が必要な理由は、人を思いやる心や判断力を育て、人間らしく生きることを助けるからではないか」
次章で、めぐとの出会いで「ボタンの掛け違い」に気づき覚醒していく藤女子大を中心に学生たちの意識変容の状況を分析する。
第2章 覚醒する学生たち
1 研究対象
研究対象は、2011年度より3カ年の「ボランティア論」を受講した藤女子大の学生である。2011年41名、2012年30名、2013年43名の計114名が、授業終了後に提出したノートを分析する。
ノートの内容を、①めぐへの接し方(差別意識を認知する言動)、②自己の意識変容(覚醒)、③これからの態度決定(課題との向き合い方)、④社会への発信(問題提起)の4つの視点から分類した。個々の文章表現が様々なために、統計学的な処理はできないことを予め断っておく。年度別の学生の思考傾向は、概略把握できるのではないかと考える。
また、参考として、大阪教育大で2008年度「発達教育学演習」を担当したが、授業で取り上げた様々な事例等について、個々が率直に感じ考えたことをその都度ノートさせた。そして、講義テーマごとにノートをまとめ記録とし、その集積された全体の記録の中から、個々に関心のあるテーマについて受講した学生の意向について分析するよう、小論文〈注18〉を課題として与え学期末の評価とした。そこで提出された「めだかのめぐ」に関するいくつかの小論文を取り上げ参考として紹介する。
2 藤女子大学の学生の意識変容について
(1)2011年度
① めぐへの接し方(差別意識を認知する言動)
・容姿の違いや泳げないことで、からかわれたり、いじめられたり、仲間はずれにされるという意見が半数以上ある。そのことで、優しくしてあげることは正当であり正解であると信じている。弱い立場の人を助けたり手伝うのは当たり前であるという感覚を多くが持つ。
・「今まで生きてきた経験上、他人との違いが怖かった」との告白には、同質化を求めてきた社会の感化力を見る。
・上から目線で哀れみの目で見ることや、車いすの人など少数派(マイノリティー)が奇異の目で見られるのが普通であるところに、見慣れない者やマイノリティに対する差別意識の一端を見る。
・劣っていることで社会的地位が低いという認識や、障がいを負うことは悪いことであり、瞬間時に同情し親切にするといった勝手な思い込みも指摘された。
・小さい頃から困った人は助けてあげようと教わってきたが、いつの間にかその困った人が障いを持つ人という意識に変わっていったというのは、学校教育の総合的学習の時間などで福祉を取り上げた時に、特定の人への関心度を高めてきた成果(結果)であるのかもしれない。この学年の学生は、すでに「ゆとり教育」を受けてきた世代である。
・幼稚園時代に障がい児を受け入れ一緒に生活した経験から、「少しみんなと違う」という思いが「嫌だ」という感情を抱いたことや、手足の不自由な子が特別扱いされいまいち輪になじめない光景を思い出したことで、負のイメージを抱いたことは、幼児期の障がい児との関わり方に課題を残している証左ではないか。
・体の弱い子や不自由な子には優しくしようと学校でそう習い、身体に染みついていたという学生は、そうすることに何の心理的抵抗がないことが伺える。多くは、このような意識を学校教育の中で、「いいこと」として育てられてきたことは否定できない。問題はどのような倫理感の下に育てられたかにある。それをここでは、問題視しているのである
・たくさん不安はあっても、いざ学校に行くときっと優しい仲間ができて助けてくれるというポジティブな捉え方もあった。
② 自己の意識変容(いかに覚醒したか)
・今までの価値観が否定され意識が変化するバリエーションは、個々多様であった。それは個々の生育環境や生活体験などから生起されるもので、「価値観が変わる」という点で共通することである。
・いじめられているとは、私たちが感じることで、そこに薄っぺらな同情や当たり前の生活ができないといった相手への思い込みからの偏見や勝手な決めつけ、見た目の違いなど、一方的な見方や捉え方による自己判断に気づき、ハッとしたり恥じたりしたした瞬間に意識の変化が起こっている。
・善意の行動であっても、気づかないところで差別であったり、独りよがりのエゴや特にボランティアは悪ではないが自己満足に代わることもあると気づいたという。
・障がいという先入観に囚われ本質を見失っていることに驚きを持った学生は、その本質が何であるかを掴んだのではないか。
・それが普通という感覚が多数派であること、少数派の障がい者は奇異な目で見られることはしばしばあること、これらが世間の認識であり、それを親や教師に教えられたことへの怖さを抱いている。
・「福祉を学び始めて、自然とハンディのある子に手を貸すことや親切にすることが当たり前だと思うようになり、それが正解だと思い込んでいた。この授業を通して見方を変えれば車いすはメガネと同じ道具にも関わらず、その道具を使うことでハンディがあり可哀想だという勝手な考えが恥ずかしい」と訴え、福祉を学んでいながら間違った考えを持ったことに気づいたことで、福祉と向き合っていこうとする意思を読み取った。
・車いすとメガネの道具としての比較について41人中17人が関心を示していた。しかし、初めて視力障がいがあることで自分が「障がい者」であることを認識した。それで、考え方の視野が広がり今までの考え方や捉え方の貧しさに気づいたり、そのことから人は何らかの障がいを抱えている事実を知ることで、意識が変わっていった。そのことから、人には不備のあることを、「身近な障がい」というレベルで、いかに認知させることができるかが、重要なターニングポイントとなったことを伺わせた。
・衝撃を受けたと書いた学生は、「最初は単純にみんなと異なるめぐには、優しく気を配ってあげるべきと考えていた。そう考えること自体が相手を低く見ていて優しくする以前に平等ではない考え方を持って接してることを知って衝撃を受けた」という。平等という表現であるが「対等」という相手との向き合い方の課題に気づきだしているのではないか。
・他と違うことは個性であり、いじめられる理由にはならないという気づきや、障がいがあるからといって特別な感情は不要であるという気づきも生まれている。
・一方で特別衝撃的なことではない。当たり前のことを当たり前のこととして受け止めた感覚だったという学生もいる。そのことを確認するきっかけであったことが必要であり、それ以上に、「世間に作られた常識」という点で、肯定の気持ちがある反面否定的な疑問を抱いているが、その指摘は鋭い。「“かわいそう”という言葉の意図や“思いやり”の根幹が、本当に社会に植え付けられてきた思想に基づく意思の元に発せられたものなのか、私には判断することは出来ない。そもそも社会に植え付けられた思想とは何か? 押しつけがましい善意の考え方のことだろうか?」(M.Sのノートを引用)。学生がこの疑問を自己課題として取り組むスタートラインを示唆している。そうすれば、大学での他の社会福祉などの講義もおもしろく感じるのではないか。
③ これからの態度決定(自己課題との向き合い方)
・「私は、最初確かにメグは可哀相であり、どこかメグを否定するように捉えていた。しかし、その一方でメグがメグの今の姿であることは、今後も変化せず仕方のないことであるから、どこかでみんなと一緒に続けることは不可能であることを理解しなければならないのではないかと考えた。先生の考えを聞いているうちに、『では果たして自分が完璧に完成された人間なのか』という疑問が浮かび上った。この大学で学んできた様々な分野を参考に考えたら、自分のメグに対する印象や考え方が明らかに間違っているのではないかと思うようになった。
メグにとってはメグ自身の今の姿的に完成された姿であり、何一つ間違いなどない。ただ私が大多数と違う何か=否定すべきところ、可哀相なところという間違った認識を持っているがために生まれてしまった考えに過ぎないのだ。
このことにより、私は“人は人、自分は自分”という個性を大切にするべきであると共に相手への理解を深めることが大切ではないかということを学んだ」(Y.Hのノートより引用)。学生自身の問題に留まらず、大学人として、どのようにこの重要な疑問と向き合うべきか、本質的な課題を投げかけられている。
・形や見え方が違っても、同じ人間ではないか。そこに差別や偏見があること自体おかしい。直したいという、率直な意見である。
・同じ目線で、みんなと同じように接する、自分の価値観を押しつけない、個性として見る。価値観の押しつけは、そこに力の上下関係があることに起因する。その上下関係を成立させる要因は何かを明らかにすることが、これからの人との関わり方から学ばなければならない。「スクールカースト」という問題もないがしろには出来ない。
・違いから可哀想と上から目線で見る哀れみを是正する、
・どのようにサポートできるのか、何を必要としているのかを考える。
・相手がどう思っているのかを直接聞く。その人が望んでいることで、幸せに導くのが福祉である。
・「優しくするのは間違えではない」「自分をいい人だと思いたくて行動するのは違う」「心苦しくても状況を判断して支援するのがボランティア、ボランティアは公平だけでなく、必要に応じて行動する」「ボランティアすることで喜びや幸せを多く感じてもらえるのではないか」「互いに理解したり仲良くするために考えることもボランティアではないか」と、現在しているボランティア活動のあり方に言及する。
・相手への理解を深めることが大切である。めぐを理解するだけではなくめぐ自身も理解することも重要である。他方、自分から見た一方的な相手ではなく、相手から見た自分をしっかり認知することで対等性が担保されることを指摘している。
・人間をいかに理解するのか、ここにボランティア学習の重要な学習視点〈注19〉がある。「人間理解学習」そのものである。
・しかし、一方で今までの価値観を否定されたことで、これからどうしていいかわからない、深い問題でありその意識を変えるのは難しい、差別した一人としてどのような福祉を求めるのか、一生間違って福祉を考えていたのでは、と悩み始めていることは、良き前兆である。悩むゆえに、解決の糸口を見つけようとあがき始める。他人ではなく「自分自身がどうか」を考えることから始めることしかない。
④ 社会への発信(問題提起)
・ボランティアの活動は良とし、萎縮させてはいけない。
・車いすの人は希な人だからといって特別扱いにしない。
・障がいを認知し共生共存を拒まない。ここで誰を拒まないのか。拒まれる理由は何か。拒むという一方的な拒絶反応を起こす態度は容認されるのか。「拒まない」という言葉一つからも、多くの疑問が生まれる。
・手を貸す前に正しいか否かを考える。ここでは、正しいという「基準」は何か明らかにできるかどうかが問題である。
・世間の偏見をなくすのは困難であり、この問題の根は「良心からの発露」だから、否定することが難しい。としているが、そもそも「良心」は肯定できる「善」なのかどうかから、疑っていくことで、ボタンの掛け違いそのものに気づくのではないか。
・哀れな子と見る社会を変える。そのためにどんな言動を取るべきなのかを考えなければ、意識が芽生えても萎えてしまう。
・個々の問題意識から、社会への関心を高め広めることが学習の発展性を意味する。「私が車いすを周りと違い特別視してしまうのは、過ごしてきた社会で車いすの駐車場、バスの中の車いす専用席などを見てきたために、無意識に植え付けられたものだと思った。これらが直接偏見を生むわけではないが、自分たちとは違うんだということを嫌でも認知させる社会にも改善の必要があるのではないか」(A.K)
この発想は今までなかった。私の中の当たり前が崩壊した。
・「障がいを持つ人は、その障がいと向き合い共に生きるのだから、周りの私たちはその障がいを持つ人たちと共に生きることを当たり前にしなければいけない。障がいは悪いことではなく、その人の持つ個性であることに気づき、互いが住みよい社会を形成していけたら良いのではないか」(E.N)当たり前にするための「行動」が何も示されていないが、まずは「関心」から始まる。
(2) 2012年度
① めぐへの接し方(差別意識を認知する言動)
・姿形が違うことで、じろじろ見られいじめに遭う、友だちができない、仲間はずれにされる、笑われる、からかわれる、同じように動けない、クラスからうくなどと、7割近くがマイナスに感じている。
・見た目や第一印象で差別したり、人の気持ちを理解できると勘違いしたり、可哀想と同情したり、他人に迷惑をかける存在だと考えている。
・自身が仲間はずれにされた経験から、どうしても他の人と違ったり劣ったりすることがあると「人からよく思われないのではないか、仲間はずれにされて孤独になるのではないか」という気持ちが起こる。だから、常に人の視線や評判を気にかけ、そこから抜けきれずにいるという。世間の目を気にする心理と同様である。ここでは、みんなと同じでないと不安であるという意識から「みんなと違うめぐ」を見る立場に立つ。そこに差別化の土壌があり、同質化を無意識に求めてきた日本社会(世間)の一面を露呈している。
② 自己の意識変容(いかに覚醒したか)
・上から目線で「~してあげる」と見下していた。してあげる立場なのかと疑問を抱いた。
・当たり前、正しいと考えていたことが全て打ち砕かれた。そう考えていたことに、ゾワッとした。慣れや思い込みが間違えであった。「“他とは違う”“障がいがある”というだけで、その人たちの気持ちまでひとくくりにしてしまうことが当たり前になっていることに気づき、またそれは違うのではないか」(M.K)の指摘は鋭い。
・めぐは何も悪くないのに恐れるのは理不尽である。弱者扱いする自分がおかしい。 いじめられる要因はないのだから、堂々としていい。非難する人は愚かだ。
・相手への勝手な思い込みに罪があった。
・善という行為に差別意識があり根本的な問題があったことや無意識に障がい者に対し差別偏見を持ち決めつけたことに、いたたまらなさを感じている。
・ショックを受けた! 思い知らされた! しっぽがないというオプションがついただけで、全く別の回答をしたことに気づかなかったことに衝撃を受けた。
・授業を受けなければ、差別偏見を無意識に持ち続けた。
・大半がまともに泳ぐことに注目して、そこから勝手な想像でその子を決めつけてしまったとの指摘は、苦手である一面を強調することで、一方的に「出来ない子」のレッテルを貼ることの理不尽さに気づきだしててる。
・S.Hは「見た目や第一印象で判断、差別、区別してきた私たち。“自分が基本”どこかでみんなそう思っているから、そういう現象が起きたのだろう。少し人と違う。それはその人の個性であって、それを非難する私たちはすごく恥ずかしい」と記す。I.Mは「障がいを持つ人を哀れむことが正しい、まっとうな考えだと思っていたことに気づいた。無意識に差別をしていた。その上、そのことに満足さえしていた。自分がとても恥ずかしい。恥ずかしいというよりも悲しくなった。今まで普通に生活してきただけで、このような考えを持ってしまったことに悲しくなった。人とのことを考えて思いやっているつもりで傷つけていたのかと思うと胸が痛い」二人とも、いたたまれない恥辱と悔いを書き記す。
・N.Tは「人のことを見かけで決めつけて差別している人の心に問題があるのであって、そういう心を持った人こそ見かけではわからない心の障がいを持っているのだ」と鋭く切り込む。
③ これからの態度決定(自己課題との向き合い方)
・障がいに注目するのは苦手を知って接することであり、その人自身と向き合うことである。一人ひとりが障がいをもち、性格や個性として捉える。また、欠点に注目するのではなく、ひとりの人間として受け止め見ること、同じ感情と気持ちを共有できること、など、従来差別や先入観で囚われてきた障がい者への心構えに大きな変化が生起している。対等性をどうお互いに作っていくのかが、実践場面での課題となる。その上で、違いを理解できない人こそ障がいがあることも心に留めておきたい。
・困っていれば手を差しのべるのが当たり前であるが、その前に同等に接しているかどうかが問われる。違いを超えた助け合いが可能となり、さらに、「福祉とは、してあげることではなく、尊重すること」という貴重な指摘もある。
・それらを受けて、今の気づきをどう生かすのかが大事であり、自分を変えたい。そこで、人や物事の本質を見極めるために「当たり前のトレーニング」を授業で学びたいという目標が明確になった。
・小学1年生の回答にあった「待っててあげる」という気持ちは、見過ごしてはならないと主張する。見守るという大事な視点を、普段忘れがちになるがたわいないことのように見えて、実はその人に関心を持ち続ける意思を表示しているのである。マザーテレサは、「愛の反対は憎しみではなく無関心である」と語ったが、福祉や教育は人への関心を持ち続けて、お互いに育ち合う関係に他ならない。
・当たり前は、私たちの思う「普通」がみんなと同じことだと、それがそれが当たり前になっていて根本的に間違っているとの指摘もあり、「普通」という定義がそもそもがはっきりしないと問題提起する。この曖昧な「普通」という言葉をいかに頻繁に使い、それぞれの受け止め方で勝手に解釈し納得していることか。「普通」という言葉が幅をきかせていることに、懐疑的になることは重要である。曖昧さを正すことで、論争の核心が明らかになるからである。
・「心のバリア」について、自己保身から周りに同調することによって生まれた弱い心であるが、それを根本から考え見つめ直すことはひとりでは難しいと記す。
・同じ目線や同じ視野に立つことの難しさも当然の指摘ではあるが、M.Hは「もう開き直って、障がいによって困難なことも、“障がいがあってもここまでできた”というポジティブな強い心が芽生えそうだ」と、めぐにエールを贈る。障がい者を理解しようとする疑似体験学習の落とし穴は、いつも「大変だな、心配だな、不安!」というレベルで終えて、さも“わかったふり”をするところにある。それが薄っぺらな疑似体験学習の正体である。そこから一歩先に進むと、彼らは「その状態で生き抜いている」という事実に、しっかり向き合わせなければならない。そこから障がいにめげず「人が生きる」ことの強さを感動と共感をもって学ぶことができるのである。
④ 社会への発信(問題提起)
・「この差別意識や残酷さを多くの人に知ってもらいたい。その子(めぐ)の可能性や自由を押しつぶしてしまうことのないよう」。そのためのメッセンジャーが若い君たちである。だから、さまざまなところでさまざまな人を対象に授業を続けてきたのである。まずは、事実を正確に受け止めることから始めよう。
・障がい者への差別をなくすのは難しく、人それぞれだから考えを変えることも難しいが、それでもなお世間の当たり前を疑ってみて考え直すことが重要であり、障がいという言葉すら間違えではないかと指摘するところに、一歩踏み出す力強さを感じる。
・ボランティアする上で、相手の気持ちを確認すること、個性・アイデンティティを見いだすこと、対等な関係づくりはなくてはならない意識であり、真心から本当に必要としていることを理解し手を差しのべることであるとし、ボランティアの本質を突く。
・共生は、一人ひとりの個性を認め、誰もが幸せになってこそ成り立つという。「幸せのカタチ」は人それぞれであるが、K.Uは「周りと違うことで不安を抱くかもしれないが、周囲の意識や地域が正しく道徳的だったら、めぐは絶対にひとりにはならない」という鋭い指摘は、「ひとりにならない、してはいけない」という関係づくりを、今まさに地域社会が求めているところである。
(3) 2013年度
① めぐへの接し方(差別意識を認知する言動)
・いじめられる、なじめるだろうか、友だちできるだろうか、馬鹿にされる、笑われる、かわいそう、みんなと同じことができるか、で半数以上を占める。
・差別感、偏見を思っていて、勝手な想像をしていた。
・「誰に教わったわけでもなく、ただこの社会で生きてきた中で出来た感覚、考えだと思っていた」その感覚や考えを、一度さらけ出す機会であったかと考える。
・「外見が違う・泳ぐことが出来ない」=「偏見される・怖い」と思っているに違いないと思った。だからこそ、「困っている時に手を差しのべよう、いつも見ていてあげよう」という固定観念が生まれていたという。この固定観念は、多くの人にある。
・統合保育をしていた幼稚園の時からの体験で、「いつからか自分と何か違う人(障がいや持病のある方)に対し、『優しくしなきゃ』『困っているときは助けてあげなきゃ』と上から目線で、相手の対して偏見を持つようになっていた。きっかけは特にないが、そう思わないと、今度は他の人たちから(健常者?)から私が変な目で見られるのではないかと思うようになったのだ」という点では、障がい児と関わってきた経験でも、どこかで優位性を保持してきた事実が指摘されている。そのきっかけが他者の視線を意識し、空気を読むことで自己保身を身につけていくことにあったのであろう。それも成長過程の一つである。幼児期から障がい児と関わってきたからといって、一概に対等性を身につけたとは言い切れない事例でもある。
② 自己の意識変容(いかに覚醒したか)
・障がいのある人がいじめや差別を受ける存在であると、心のどこかで自分が思っていたのだと感じ悲しくなった。この悲しさこそ自身にしっかり向けていかなければならない。
・不条理、蔑視感、差別意識に気づいた時に、覚醒した。本当の心配は当人でなければわからないという当たり前のことに気づいたときに覚醒した。ここでの覚醒のあり方は、個々の受けるインパクトの違いで様々であるが、「目が覚める」という感覚は、普段あまり体験しないものではないか。忘れてはならないインパクトであってほしい。
・一方的に相手に対して、社会的に弱い立場なのだから、その上に立つ私が助けてあげなければという負の面でしか見ていなかったことに気づき、完全に誤っていたとするのは、“負の面”を誇張することで差別意識を助長していることに気づいたのである。
・当事者でもないのに不安がると信じて疑わなかったが、その認識がおかしいと指摘されるまで、どこが間違っていたのか本当に気づかなかった、自分の考え方の間違えにショック、偏見意識にショック、何かおかしなことでは?で思わずハッとしたという心の動揺を、複数の学生が素直に打ち明けている。
・基準や価値観が自分中心で、それが当たり前の感覚となる。批判をされない限り、いや批判されてもなお間違えだと納得しない限りは、人は頑なに自分を守る。しかし、その当たり前感を揺さぶることが、授業でもある。
・助けてあげるという上からの目線でいたことや、自分勝手に可哀想と同情したり、思いやりが偽善的で浅はかだったとふりかえる。そこから、自己と向き合うことを始めなければならない。そのために「向き合う勇気と自信が欲しい」というE.Oの欲求は、114人中ただひとり表意したものであり、ここに自己変容を可能にする大きなヒントがあり、強い説得力を持つ。
・A.Bは、「障がいがあろうがなかろうが、その不安は変わらないということを、どうして考えられなかったのか、それが根本的な差別ではないかと、すごく納得した。…今まで考えたことのない角度からの視点だったので、100%納得とはいかないが、これからの授業を通して自分の考えをはっきりさせていきたい」と抱負を語る。頼もしい限りである。授業へのモチベーションが、学生により維持されるのである。
・差別や偏見の意識を自力で気づきのは難しい。だからこそ、心底考えるきっかけをつくる授業が求められるのである。
・114人の学生の中でひとりだけ次のように記述した。「体の不自由な方たちに関して、あまり可哀想という思いはない、いくらその人が普通の人より手助けが必要だから少し違うという意見も、人の手助けなしには生きていくことが出来ないからだ。でも、生きていく中でみんなが同じ生活をしていくのは不可能である。もし、自分自身に置き換えたとき、今足が動かせなくなったら、少なからず今までとは違う対応を取られることは確かである。しかし私は、差別を受けない限り、可哀想と思われても、みんながいつも以上に優しくしてくれて、以前と全く違う対応をされても、それが嫌だとは感じないと思う。人とは違うと思われても、むしろそれが人から受ける優しさに感じる」。“差別を受けない限り”という前提の下での人との関わり方を肯定している。優しくしてくれるという“与えられる一方のサービス”にはどのような心理的な苦痛を伴うものであるのか、また前提が崩れた時にはどう対処するのか、そもそも前提が現実に存在するのか、これからの授業の中で明らかにしたい。
・家庭教育の一面を語ってくれたY.Hは「小さい頃から母親に、“障がいがあるからかわいそう”とか“いじめてやろう”“仲間はずれにしよう”という思いがあるのは、根本から間違っている。そう言う子もいるのだということを頭に入れて、普通に接しなさい、と口うるさく言われた。改めて言葉で言うのは簡単だけれども、実際に心から思っているのか、そのことが行動で表されているのかが、疑問に思った」
という。心に思うことと行動の一致は難しい課題だが、そう意識することが自分をよりよく成長させるエネルギーともなる。
・ボランティアについて触れた中で、「今まで考えていたボランティアという意識が180度ひっくり返ったような気がする」、「ボランティアは“~してあげる”といった行為だと思っていた自分が情けない」と自省する。
・さらに、大学での介護実習体験を重ねてきたにも関わらず、差別や偏見を前提にした実習を繰り返してきたのではと考えると恥ずかしいと自省する。介護実習の指導のあり方や内容にも一石を投じている。
③ これからの態度決定(自己課題との向き合い方)
・同じ立場の人として捉えることや、本人の意思を聞き取ることが大事な関わり方であり、意思確認もせずに勝手な振る舞いは不能であること、また、カタチに囚われず中身を判断していくことが正しい考え方であると指摘された。対等性をいかに実現できるかどうかのターニングポイントである。
・その一方で、相手の立場になって考えることは複雑で難しい、相手の不安を理解することは難しい、無条件に教えられた思いやりの過ちに気づくのは困難、具体的にどうすればいいのかわからない、相手から見た自分の優しさに不安を覚えるという意見もある。この授業だけで解決できる問題ではないことを百も承知で、困難だからと放置することはできない以上、今後この課題と向き合って共に授業を創らなければならないのである。
・その関わり合い方である。「どんな人とでも通じ合える人間になりたい。偏見をなくして気持ちを伝え合いたい。同じ目線で考え障がいも個性ではないか。同じ人間はいない、個性と考える。一人ひとり“違う”ということを忘れてはならない。相手を拒否することなく共生すること。差がない優しさが大切である。心の中に埋めている勘違いが人を傷つける」。“やさしさを本物にする”試練が始まる。
・自分を変えたいとする意見には、これからの14回の講義の中で変えたい、相手も人間、違うというだけで哀れむのは改めたい、いじめられていることを前提に手伝うという思いを変えたいとしている。
・「私は、あまり人を見て哀れや障がいのある人などという感想は抱かない性質だが、周りの人がそう言ったら、そうなんだね、と否定はしない。そのような態度が偏見等の助長をしているのならすぐに止めたい」。この決意こそが差別や偏見を是正するひとりでも出来る第一歩ではないか。
・ボランティアに積極的に参加したいと、意思表示する。
・M.Mが「今まで普通に思えたことに、何も疑問を持たずに生きていたら、このボランティア論を受けていても、何も意味がない」という意見に、これからの授業に対しての大きな励ましをもらった。
・「現実には車いすの人がいようともあまり気にかけない.薄情だと自分で思っていたしただ無関心だけかもしれないが、そういった気にかけすぎない=特別扱いを必要以上にいなくてもよいのかもしれない」という指摘から、醒めた目で見ることも、時に必要不可欠ではないか。
④ 社会への発信(問題提起)
・気持ちよく過ごしていける社会が必要。個性を尊重し共感し合えたら素晴らしい社会になる。見方を変えるだけで考え方も変わっていく。それでは、そのような社会をどのように形成するのか、若い世代に「福祉の世界」へ強い関心を持ってもらうことが肝心である。
・「無意識な差別は、日本人誰もが持つものであり、深く人権侵害とも繋がる考えでもある」と指摘する。人権そのものについて考えるきっかけになったことは、重要である。
・2011年度、2012年度に比べて、社会的な発信が人数の割には少ない。授業の中で、「共生」について十分に触れていなかったことも、その原因であろう。今後の授業で補填が必要となる。「自分と社会との関わり」について考える機会を十分に創っていきたい。
3 大阪教育大学の学生の小論文から
2008年前期の授業を取り上げ、受講した「人間科学専攻発達人間福祉学コース」の学生自身が分析した3つの小論文を考察する。
(1) 「めだかのめぐ」から学ぶ 高橋 沙織
高橋は、受講者の意見を3つに大別する。①めぐ(障がい者)がいじめられる、かわいそうだと勝手に思い込んでいたという自身のボタンの掛け違いについて振り返ったもの、②障がい者の偏見を助長、美化してしまう道徳教育の貧しさ、③長い時間をかけてこうした偏見は築かれてきたものであるから、思い込みを捨てたり視点を変えることは難しく、時間がかかる。その上で、「ボタンの掛け違い」を道徳教育のあり方から考え、さらに「共生」について言及する。
ボタンの掛け違いの原因は、障がい者は差別されるものだと無意識下の中で、哀れみの感情を持つことは障がい者を見下していることであると考える。そこで、障がい者の認知について、手が「ない」、足が「ない」、話せ「ない」といった、自分と比べ相手に「ないもの、できないもの」に注目しがちであり、「できること」への可能性に目が向きにくくなるという指摘は妥当である。
そこで、「できないこと」だけではなく「できること」にも目を向け、障がい者への考え方を変え、対等な立場に立つことができれば、ボタンの掛け違いを直せるとする。では、「対等な立場に立つ」とはどういうことか?
そこで高橋は、玉井真理子の『障害児もいる家族物語』から、聴覚障がい者と手話のできない健常者とのコミュニケーション障害について、健常者が「手話障がい者」であるという玉井の考え方を受けて、「対等」な立場に立ったものであり、「ボタンの掛け違い」を直す上で大切であると考える。
「聴覚障がい者は確かに聞こえ『ない』が、手話が『できる』のであり、手話ができない健常者は聞くことが『できる』が、手話が『できない』のである。健常者が手話を『できない』ことを棚にあげて、…『耳が聞こえなくて気の毒だ』と考えることはあっても自身が『手話ができなくて気の毒』であることには目を向けない。それが、『見下し』であり、『傲慢さ』であり、ボタンの掛け違いにつながるのだ。健常者にできて障がい者にできないことがある一方で、逆に障がい者にはできるけど、健常者にできないことにもっと目を向けることが『対等』な立場に立つことである」する。
聴覚障がい者とのコミュニケーションを取る手立てとして「手話」があり、一方的に手話を障がい者に押しつけてきた功罪を認めざるを得ない。「手話障がい者」という認識は誰も持ってはいないだろう。そこに、対等性を見い出す高橋の視点は興味深い。
次に、道徳教育の貧しさについて、教師自身の「ボタンの掛け違い」を指摘する。単なる知識であれば、間違えを修正することは可能であるが、一度身についた道徳性を変えるのは、時間がかかり難しいとする。問題は、「間違え」を自覚していないことである。多くの学生の回答の中でも、なぜ差別意識を無意識に持ってたのかと自問するが、おかしくないかという疑問が投げかけられない限り、人は自分の「基準と価値観」で生きていくのである。教育の改革が難しいのは、教員が個々様々な「基準と価値観」をもって子どもに関わっているからであり、「道徳の教科化〈注20〉」が進められようとしているのも、そこに指導内容の統一性や指導力の強化、それによるお仕着せの倫理観の確立を国家統制していくのものであるという危機意識を、学校教育を担う者たちは強くもってほしいと願うばかりだ。道徳教育の貧しさは、そこに人間としての教師自身が問われることからの逃避の結果でもある。特に「道徳の授業」は教科書がないだけに教員の裁量に委ねられてきたことも、今回の「教科化」の布石となったと考える。「愛国心」教育がまた声高に叫ばれる。
「めだかのめぐ」が道徳の副教材であったことを想起すれば、85文字の世界にこれだけの道徳的に価値観のある教材はない。その文字面だけを読んで理解を促すような授業に、「NO!」を突きつけたのである。いかに「教材研究」をするのかが、教育の専門職としての教員の基本的な仕事であり資質が問われるところである。「忙しい」という言い訳では済まされない日々の研鑽をおろそかにしてはいないか、自省すべきである。そうしなければ、子どもの心の育ちに強い影響を与える教員であることに、耐えられないであろう。教育者としての、「良心」が問われる事態であるといっても過言ではない。
最後に、高橋は「共生」について、「当たり前」のことと論じる。
「お互いに助けたり、助けられたり、何かを教えたり、教えられたりしている部分は、必ずある。『できること、できないこと』は誰でも持っていて、どの人が優れていて、劣っているかの区別もないはずである。『共生』している中で助け合っているという当たり前のことに『気づいていく』ことがこれからの社会に求められることである」と結ぶ。「共生のあり方」については、まだまだ熟慮しなければならない。これまでの「当たり前」そのものを疑うことから「気づき」が生まれ、「共生感に基づく新たな当たり前」をいかに構築していくのかが、それを学びとった者たちの社会的責務であることを引き受けてほしいと、切望する。
(2) 「めだかのめぐ」は教室にいる?~インクルージブ教育〈注21〉への課題 松岡茉莉子
松岡の切り口は、ユニークである。
「めだかのめぐ」を通して、多くの学生が現代社会の「マイノリティ」に対する在り様に疑問を感じていると推察し、めぐの存在は、自らの差別性や、また次世代へその差別観を齎(もたら)す危険性を示唆していると論じる。さらに、社会的マイノリティの存在を認め、自らと同じ社会で生きることの必要性があると示唆する。
そこで、「教育現場でめぐのような子どもたちが果たしているのだろうか?」と疑問を投げかける。
「障がいのある子どもたちの多くは、特別支援学校に入学・進学するといった傾向が今でも多く見られる。これは同年代の子どもたちに対し、発達に著しく障がいがあるため、通常の小学校では対応が困難だとされるからと言われている。このことによって、子どもたちと周囲との関わりのネットワークの中において、めぐのような社会的マイノリティの立場にある子どもたちは、自動的に排除されている」という指摘は、めぐを著しい発達障がいを負っている子という前提での論である。しかし、めぐは身体障がいであり普通学校で学ぶことは可能である。
ただ、社会的マイノリティである障がいの重い子どもたちの置かれている状況は、松岡が指摘している現実を否定できない。支援学校から家庭のある地域に戻ってきても、遊ぶ相手がいない。同じ学校に通わないことで地域で暮らす子どもたちとの関係性も薄い。そこで、札幌の燕信子は脳性マヒの息子が地域で孤立しないために、市内に共同学童保育所「翼クラブ」を、全国に先駆けて作ったのである。
「鳥居さん、この子はよだれをすぐに垂らすんです。親が口を酸っぱくしてすぐにすすりなさいと注意するんですが、なかなか出来ないんですね。ところが翼クラブで子どもたちと遊んでいて、『よだれたらして、きったないな-!』と嫌な顔で言われると、“すする”んです。これって、この子にも他の子と関わっていく中で、こうしなければならないっていう『社会性』が育ってきている証ですよね。小さな発達の兆候だけれども、親にはそのことがとても嬉しいんですよ。翼クラブをつくったことが報われた瞬間でした」と、15年も昔に語ってくれたことを印象深く思い出す。
「学校という子どもが最初に接する大きな社会で、めぐのような子どもがいないこと、このことがめぐのような子どもたちに対する思い込みやイメージを増長させる原因である」と論じるが、現実は特別支援学級に通級しない発達障がいのある子どもが普通教室にいる。そこでの子どもたち同士の関わり合い方も重要だが、それ以上に子どもを取り巻く保護者の理解と協力を得ることが大きな課題となっているのである。
松岡は、「教育現場はひとつの社会である。マイノリティの存在も包括し、他者との関わりを重視していかなければならない。そのため、インクルージヴの視点をもった現場づくりが必要になってくる」と指摘する。
その概念として、インクルージョン〈注22〉(inclusion)を理解しておかなければならない。「貧困や失業に陥った人々、障がいを有する人々、ホームレス状態にある人々を社会的に排除するのではなく、地域社会への参加と参画を促し社会に統合する」とし、ここでいう統合を「社会秩序の維持を意味するintegrationではなく、社会の中に包み込むこと(inclusion)を指す」のであるが、「社会」を「学校」に置き換えることで、インクルージヴ教育が見えてくるであろう。
特別な配慮ではなく、「めぐの存在が思い込みやイメージによるものだけでなく、ありのままのめぐに触れ、関わることが何より大切ではないか。社会では様々な立場の人間がいる。個人の発達過程において、他者の影響力は多くの割合を占める。学校というのは、そのことを学ぶ場である。学校という小さな社会がインクルージヴ化されることによって、教材『めだかのめぐ』の必要性もなくなる」と松岡は考える。
排除された世界で生きてきたマイノリティの人たちを、社会が受け入れる環境を創るためには、「学校やその教育」が果たすべき役割が大きい。そのような理念を学校が実現しようという意思と、さらには指導者である教員自らが具体的にいかに実践するかにかかっている。学校経営や学年・学級経営の中にしっかりと位置づけしなければならない。
私の小さな実践〈注23〉ではあるが、インクルージヴ教育を実現していたのである。特殊学級〈注24〉が設置されていた小学校に勤務していた1989年当時に、5年生44人のクラスを担任した。そこに特殊学級に在籍する知的障がいのある子を、クラスの真ん中に座ってもらい、学級経営をスタートさせた。「ありえない」取り組みに、同級生も保護者も驚いた。非難の声は校長、教頭が壁になって防いでくれた。信頼を得るには、子どもたちの心の変容しかなかった。2年間生活を共にしたある子どもは、卒業の時にこう書き記した。
「私たちのクラスには、とても大切な友だちがいる。かしわ学級(特殊学級)にいるときには、障がいをもっていることで差別していた。それは、心のどこかに穴があいているのだと思った。本当は差別なんかしたくないと思っていても、その穴に落ちてしまうと、どうしても差別してしまう。5年生になって、Iちゃんをクラスで面倒を見ることになった。最初はすごく嫌だった。なんで私たちがそんなことをしなきゃいけないのと何度も思った。でも一緒に生活していくと、どんな人なのかも、どんなに優しい子なのかも、よくわかってきた。元気で優しいIちゃんが笑ってくれると、自分も笑いたくなる。少し知恵遅れだからといって、無視したり悪口を言っている自分が馬鹿らしくなってきた。このクラスにIちゃんが来たことによって、みんなの心が変わった。今まで以上に優しく素直な人間になったと思う」
「共に生活する」ことで、子どもたちは自分の差別や蔑視という心の穴に気づき、その穴を埋める努力を、力まず、時間をかけて行う。その子の存在の重さを、一人ひとりが感じ始めていった時に、その子が生きることで、周りの子どもたちも生きてくるのである。
学校は、めぐを含めた子どもたちと、そして子ども同士、さらには保護者に対しての「市民教育としての福祉教育」の現場であるという認識と責任は、いまだ全うされていない。福祉教育そのものが不十分な現状では、「めだかのめぐ」を必然的に学ばなければならない事態は、まだまだ続くのである。
松岡が共生について論じるところは、私の実践とオーバーラップする。「共生とは、同じ地域コミュニティでさまざまな立場の人間が交わり、関わっていくことである。関わりがあってはじめて、それぞれの個性を認識し、同時に自らと他者の違いに納得できる。他者との相違を認め、子どもたちは成長していく」ことを、まさに実現したのである。
いかに様々な人と関わらせるのか、まさに「人とのかかわりの学習」を学校でも地域でも体験的に学ぶ機会を用意しなければならない。それは障がいの有無を考慮しない、「誰もが学ぶ」機会を保障しなければならないのである。ここにインクルージブ教育の意義を見出すことができるであろう。
子どもの福祉の実現の内実を考えると、文化的社会に生きるための能力や技術を身につけることとしての「育ちの保障」、そして子ども一人ひとりが生きる歓びを十分に経験できる「幸福の保障」という2つの要件が示されが、その要件を満たすために重要なことは「他者とや出来事との豊かな関係(つながり)という契機を、恐らくは欠かすことができない。子どもは他者や社会との善い関係が保障されてこそ、ゆくゆく育ちや幸福を経験することができる」と加藤悦雄〈注25〉は、「社会から排除される子どもとソーシャル・インクルージョンの構想」の中で論じる。
さらに、松岡は「大人もまた、子どものインクルージヴ・ネットワークの一端を担っている。その大人たちは、自らの差別性を顧みながら、めぐの存在を想像だけでない実像のあるものとして捉えなければならない。本物の共生とは、違いをお互いが認め合い、その違いもまた当たり前であると認識できる社会である」と結ぶが、この主張を補強しよう。
加藤悦雄〈注26〉は、子どものソーシャル・インクルージョンには2つの要件を必要とするという。「ひとつは子どもが社会関係(他者との邂逅)を経験する『場面』を創り出すこと(=環境的要件)であり、今ひとつは子ども自身が社会関係を取り結ぶ『力』を高めていくこと(=主体的要件)である。…2つの要件は相互に関わり合い、循環していく関係にある。なぜなら子どもは良好な社会関係を経験できる場面を保障されることで、表現し対話する力など社会関係を取り結ぶ力を身につけ、その力を用いてさらに新しく他者や社会と出会い関係を築いていくからである」と論じる。『場面』と『力』を実現するところが地域であり学校であるとすれば、そこで「めぐの存在を実像」として捉えていくことができるかどうか、子どもとの向き合う大人としての真価が問われているのである。翻って子ども自身が「自ら育つ力」が試されていくのである。
(3) めだかのめぐに学ぶ 吉田 紗代
吉田は、「福祉教育が孕んでいる問題の根本が示され、今まで学んできた福祉が見事に打ち砕かれるという経験をする。道徳教育や福祉教育が、健常者の立場から上からの目線で語られていることに気づかされる。この授業を受けた多くの人にとって衝撃的な体験だったようだ。さらに、それまで抱いていた福祉に対する違和感の正体がつかめたようにも感じた」と、自身の受けた衝撃を語る。
「主人公はめぐではない。健常者が勝手に解釈して、『~してあげる』という傲慢な考え方を育てることが、知らず知らずのうちに目的になってしまっている」という吉田の指摘は新鮮だ。しかし、どうすればその意識を変えることができるのか、という方法を見出すまでには至らず、気づきだけで終わってしまっていたと、自らの思考の弱点を突く。
それは、「道徳的に『良い』答えが期待できる問いを提示するという、教育によるコントロールや押しつけが存在していることに気づいたことで、確かに一歩前進したが、その時はその気づきに対しての驚きがいっぱいで、そこから先のことを考えることができずにいた」という。そこで、吉田はその先を考えたいと、健常者が上に立つ社会について考察し、それを少しでも変えていくにはどうすれば良いのかを検討している。
なぜ健常者は上になるのか?
一つには、障がい者は健常者と比べて、「みんなができる」ことが簡単にはできないという身体的機能・知的能力などの問題はある。しかし、一時的に人の助けを直接的に必要とするのは、日常生活ではごく自然なことである。「障がい者は、その助けられる側にまわる回数が多いだけなのである。その頻度・程度の違いで、いつも人の手を借りなければならないという点でかわいそうであると見なされると同時に、一人で多くのことができる健常者より下の立場になってしまう」という、吉田の「回数」に着目した論点は、評価できる。
さらに「障がいを持つということはマイナスなのではなく、障がい者にとってはそこがスタート地点なのだから、できないことがあるのなら手を差し伸べるというスタンスは少しも変わらない」というところで「スタート地点」という発想やスタンスの考え方は妥当である。
二つに、障がい者が少数者であるというマイノリティの問題をあげる。「ただ単に数の上の優位性で、健常者は押しつけが可能になる」と述べ、迫害は少数者に対して起こりやすいと指摘する。いじめも同様であるとする。少数者は、多数者から見ると異質な存在であり、異質なものに対して、人は多少の恐怖心を抱くことについては、授業の中でも取り上げたことである。
「自分と違う、みんなと違うという存在は、未知である状況が不安や恐怖を増幅させ、数の利を使ってそれを押さえ込もうとする行動の結果が、迫害や排除となる」という差別の過程の整理は理解しやすい。
では、その意識をどのように変えるのか?
「福祉はマイノリティを重んずるところから始まる。これが福祉のアイデンティティである。“ひとり”の尊厳を守り、その人が自立的に生き、社会の中で人生を充実できるように援助するのが、社会福祉の実践である。援助には、社会に背を向けて“ひとり”を守るのではなく、マイノリティとマジョリティが共に力を合わせて、連携できる社会の追究を目指す姿勢をかかせない」と、阿部志郎〈注27〉は論ずる。
吉田は、「福祉は共生」を目指すと言う。意識の格差を埋めるには、『違い』に着目するのではなく、『同じ』ことを見つければ良いと提案する。“めぐ”も、みんなと同じように期待と不安を胸に秘めているはずだということが、障がいに囚われていなければ簡単に思いつくことができたと考えている。「違いを見るのではなく、その人自身を良く知った上で共通点を探せば良いのだ。その後、さらに違いを認めていくことで、誰かが上で誰かが下だという考えは起こりにくくなる」
「お互いを良く知らなければ、分かり合うことは不可能である。それには、社会の分離ではなく、共生にどれだけ貢献できるかが決め手になる。人々の意識の変化と制度上の変化が同時にその効力を発揮したときに、それは実現する」のは、障がいのある人を社会の中で排斥・排除し孤立させてはならないという意思を、社会を構成する“誰もが”主体的に表示することが求められる。それは同時に、教育制度や教育内容にも必然的に連動することになる。
「人々の意識の変化に影響を与える福祉教育にあたっては、“めだかのめぐ”のように誰かを特別扱いするのではなく、様々な人がいる集団を舞台にして、それぞれがそれぞれの足りないところを補うようなストーリーを創作し、子どもたちたちに訴えかけるべきだろう」と、ユニークな提案をして結ぶ。
福祉教育が“福祉”に特化した教育活動ではなく、「人間としての生き方やあり方」を学ぶ「全人教育」であることを肝に銘じ、若い世代の意識を覚醒させるために、“めだかのめぐ”には、もうしばらくヒロインとしての地位を保持してもらうこととする。
第3章 教材の価値と貧しい福祉観の是正
1 教材としての価値
「めだかのめぐ」や、その授業過程で利用したいくつかのエピソードの教材としての価値について確かめたい。
導入の「めだかのめぐ」は、平易な文章で小学生1年生にも理解可能な内容ではあるが、それは、その後の学習を深化させるために、適切な教材である否かは、知的好奇心と知的渇望を満たすに足るものであるか否かが基準となる。なぜならそれは、授業方法を通して大学教育の質的な価値を問われるからに他ならない。
そこで、その教材としての価値と授業方法の評価を、次の視点でチェックする。
① 興味関心を惹いたか。
単純なエピソードであり、人間ではなく「めだか」が主人公であったことで、心理的な抵抗感も少なく、絵本の世界に入るように“めぐ”に自身の気持ちを投影させることができたのではないか。
また、場面の転換でいろいろなエピソードを挿入し、心理的葛藤の場面を創ることで、自身の内面と素直に向き合ったことは、今まで味わったことのない「意識の変容の過程」を短時間に体験的に認識したのではないか。
そして、質問内容をわかりやすくしたことにより、思考を深めたことも、興味関心を惹き続けたのではないかと、学習態度やノートで判断される。
さらに、授業後の態度形成についての言及も、学習への意欲化やテーマの継続化が提起されていることから、福祉への興味関心の度合いを高めていたと考える。
その意味でも、教材は学生の拒絶反応を押さえた「適度な刺激」をいかに与えるかが重要であり、「我が身の問題」として考えるステージにどう招き入れるかが、授業を構成する魅力となる。
② 学習のねらいが達成できたか。
「障がいのある者への無意識的な差別や蔑視感・偏見への気づきと、共生を実現するための自己の福祉的な意識変革」という学習のねらいを達成するために、平易な教材を利用することにより、課題への取り組みが主体化されたのではないか。そこでは、課題(質問)に積極的に関わり、追求する態度が維持されていたと判断される。
さらに、自身の思考の狭義さを知ることで、広げ深めることに学ぶ喜びを見出していることも、学習態度の形成としてのねらいを十分達成したのではないかと考える。
③ 困難やつまずきを生じても、それを乗り越えていく耐性を育てているか。
質問は単純であっても、その中身は深く自ずと回答も自らの内面にしかない。正しい答えを求めているのではなく、自身の中にある「解」を求めていくのである。それは自身の人間性や倫理観を直接問われているのであり、自己葛藤を余儀なくされる。そのプレッシャーに耐えて乗り越えていくことができる、授業内容の構成になっていたか否かが問われている。短い文章表現であっても、ノートにはその葛藤の軌跡が残されている。
④ 共感的理解にまで至っているか。
福祉に関わる学習内容は、共感的理解に達してはじめて、「わかり合える」段階に高めることができる。この授業は、専門的知識を学ぶ講義ではなく、「めぐ」への心理的投影を行うことで、人間としての共感性に自ら気づく学習である。そうでなければ、授業は成立不能である。
その真意を正しく伝えられたか否かが、教材の価値を決定する。
⑤ 満足感や充足感を与えられるか。
厳しく自己の価値観や人間観と率直に向き合う授業であり、「自己否定」するところから、新たな自分を見出し「自己肯定感情」を取り戻すために、「もがく」時間となる。初めての体験は、そこに精神的な満足感と充足感をもたらしていたと判断する。
⑥ 自分の想いを、熱意と誠意をもって学生に伝え、学習と向き合っているか。
指導者自身の自戒である。同じ授業を何度も繰り返しても、授業は生ものであり、学生の反応も様々である。特に、ボランティア論の講義の早い時期に実施するため、学生の実態をよく分からないまま、授業に入らざるを得ない。
さらにこの授業は、その後の講義への興味関心を促す重要なプロローグの役目を果たす。その意味でも、「いつも真剣勝負を挑む」覚悟で、学生と向き合う。その評価は、ノートに記載されている。
ただ、授業には万全の準備と緊張感をもって臨んでいるのか。体裁を取り繕い、思慮の浅い言葉で逃げていないか。自戒の根は、ここにあることを心して臨む。
⑦ 学生とのコミュニケーションが成立しているか。
学生は、質問に丁寧に答える態度で、現段階でのコミュニケーションらしき状態はある。前時のノートを評価し返却する際に、心にかかる学生のノートを印刷して配布したり紹介することで、全体評価をすると同時に、「ノートに書かれたことを粗末にしない」という意思を態度として示す。
特に非常勤講師には、その講義時間でしか学生との関わりがないだけに、授業中のコミュニケーションを成立させるためには、信頼関係の醸成が必要不可欠である。
⑧ 自らの「福祉観やボランティア観」を再確認できたか。
「ボランティア論」の学習である以上、そこに「福祉とはなにか?」「ボランティアとは何か?」という課題を意識させることが、必須条件である。この授業を通して、自らの福祉観やボランティア観を確認し、意識の変容に迫られたとの記載がある。
そもそも、それは「人間とは何か?」「なぜ生きるのか?」という根源的な問いかけが、生きる哲学として発せられなければならない。そこに、大学教育の全人教育の目的があるのではないか。「ボランティア論」を通して一貫して求める「人として生きることへの確かめ」である。
2 分析から見えてきたこと
藤女子大学における2011年度より3カ年の授業で、受講生から見えてきた分析内容を考察する。それは、「向き合う勇気と自信」をいかに育むのかが、学生から提起された課題でもある。
また、「ひとりにならない、してはいけない」という思いの熱さが、これからの社会福祉を支持する市民としての意思と態度であることを、これを契機に学び続けてほしい。
そして、障がい者などが地域社会で普通の生活を営むことを当然とするノーマライゼーションの理念を具現化したバリアフリーやユニバーサルデザインを推奨してきた者にとって、「車いすマーク」の影響について指摘は、衝撃であった。その功罪を解き明かすことを、課題として学生から与えられたのである。
① 自分の言動がどのような背景を持って生まれてきたのかを考えることは重要である。 家庭教育での親の躾、保育所・学校での道徳教育や特別活動や総合的学習の時間での、障がい児との統合学習や交流学習活動などの体験値、また地域(世間)での様々な人との関わりなど、自分の生育環境や生活体験、学習体験、そして交友関係などに起因した現在の言動を考えることで、自己評価を通して新しい価値観を作り直すという作業が始まる。そのことを考える「きっかけ」を与えられたのではないか。
② 低年齢から分け隔てなく多様な人と関わることは、その人間性の発達に必要不可欠である。「関わり」の重要性は否定しないが、「関わり方」による個々人の心理的変化は、特に思春期における友人関係の中で、「障がいのある人への意識の変化」として顕在化することに注目したい。
障がい児や病弱児と一緒に生活した体験が、決して正しい理解に繋がらず、負のイメージを抱いていること、友だちとの関係を友好にするために、その意向に同調すること、障がい者への対応を周りがどのように見るかを意識することによる態度の変化、親から躾されてきたにも関わらず、心と行為のギャップに疑問を持ってきたことなど、思春期の成長過程の中での意識の変化を見逃してはならない。
この問題が起こる原因のひとつとして、「対等性」を育てることの難しさを提起している。
③ 固定観念に縛られていた自身の差別感や蔑視感に気づき、「恥ずかしい」というを観念を多くの学生が持っている。この「恥」という観念を、自らの倫理観や行動規範の一つとして据えることで、意識の変容は確かなものとなる。その「恥をかく」体験を一過性にすることなく、その度合いが高いほど、その恥意識をこえて人は成長することを確信する。その兆候が、「こうする、こうしたい」というポジティブな意思表示に他ならない。
④ 「衝撃」「ショック」「思い知る」「180度ひくり変える」など、急激な意識の変化に戸惑いや不安を感じながらも、しっかりと受け止めることで、自己肯定への段階に挑む。「恥意識」もその一つである。その変化の要因について、多くの学生は今までの生活体験のあり方をふりかえっているが、本大学での福祉の講義や福祉施設での実習、そしてボランティア活動における行動規範にも触れていることに、注目したい。学生の個々の問題に留まらず、大学としての指導指針にも影響を与えることになる。
⑤ 授業は、“自己との対話”である。ものの見方や感じ方、考え方が広がったという指摘も、次の授業へ臨む態度決定を促す。授業内容を共感的に理解し、心の動揺と葛藤の結果、自己の意識変容を獲得した上で、次回からの授業へのモチベーションを高め期待感を持つことは、ポジティブに「学ぶ姿勢」を、その内に育てることに他ならない。
⑥ この学習で触発された問題意識を高めるためには、他の科目(講義)においても、学習に対する自己目的を明確にして臨むことや、人や社会の問題や動向に興味関心を募らせて臨むことが求められる。
⑦ ボランティアの本質を捉えたり、ボランティアのあり方を言及する点では、今後の「ボランティア論」への学習意欲と関心を喚起することができた。
⑧ 今後どのように福祉意識を高め、生活行動を取ることが、自らの生き方としてふさわしいのかという「生きる課題」として転換されなければ、単なる知識注入論で終始する。ボランティア論が、単に知識を習得するに留まらず、いかに「自己葛藤」を生じさせて自分と向き合うことや、「どう生きるのか?」を常に問われる学習であることを、共に追求したい。
⑨ 「メガネと車いす」の比較で影響を受けたと記述したのは、2011年度が41.5%、2012年度が36.7%の割合を示していることから、効果的な事例であったと評価される。
しかし、2013年は9.3%と急落している。ただ記載がなかったという点だけで、全く影響がなかったと結論づけるのは早急であろう。
⑩ ノートを点検したところ、漢字の誤字やひらがな表記が目立つこと、語彙が少ないこと、表現が稚拙であること、論理的な構成が不足していることなどが伺える。携帯電話の辞書検索を利用することも改善のひとつとして考慮したい。
また、初年時教育で基本的な小論文指導は欠かせないのではないか。いい資質を持った学生も多くいることから、本大学で学生の文章表現力をいかに高めていくのか、重要な課題である。
⑪ ボランティア活動論は、「ボランティア学習〈注28〉」の考え方に立って展開している。それは、ボランティア活動を通して、様々な社会生活の課題に関わり、社会や人にとって有益な役割や活動を担うことで、学習者の自発性・自主性を育み、無償性を尊び、公共性を身につけながら、よりよき社会人としての全人的な成長発達を促す社会体験学習である。
換言すると、「共生と共存を学ぶ」ための学習である。真実性をおびたエピソードから、“さもさもらしいおこがましさ”を負の心と知り、自らをふりかえり成長するチャンスが、若い世代のボランティア学習の世界にあることを確信する。そのためにも、エピソードを伝える側のボランティア観を今一度「ボランティア論」の授業を通して確認しなければならない。
せめて、一方的に弱者に“してあげる”という“奉仕観〈注29〉”を若い世代に教え込もうとする愚陋は、もう終わりにしなければならない。
エピソードと向き合うのは、常に自分自身であることを強く自覚させられるからこそ、「ボランティア論」は興味を惹かれる「おもしろい学びの世界」となる。
3 貧しい福祉観の是正を求めて
2013年4月19日、大阪地方裁判所は、勝訴の判決〈注30〉を下す。枚方市在住の足の不自由な女性(73歳)が、自家用車を所有している理由で生活保護を打ち切られ、法廷で争った。「車を使うことは自立を助ける」と認め、市に賠償を命じた。
生まれつき股関節に障がいがあり、手術も受けたが筋肉が弱くよく転ぶ。座席を改良した車は通院にも買い物にも欠かせなかったという。
判決後「これでもう人の目を気にして暮らさなくてもいい」と思ったが、ネット掲示板で非難される。身近にも陰口をたたく人はいたが、裁判で勝ってもそうなのか。「私の痛みや苦労なんて、全然知らんのでしょう。もっと見るからに痛そうにしていたら、いいんですか」
セーフティネットである生活保護費の不正受給問題として、枚方市は訴訟を起こしたが、市の判断は、一律に受給者の自家用車の所有を認めないという原則論であった。阿部志郎は「制度は人間を無差別平等に取り扱う」と指摘する。しかし、判決が、「自立のための所有」を認めたことは、個々の身体的状況を考慮して適用するという「判断基準」を示した画期的なものではないか。
憲法第13条の条文を具体的に尊重した判例となったと評価するが、それでもなお世間の風当たりの強さを感じて、身を縮めて生きなければならないところに、福祉の貧しさの一端を知ることができる。「批判する側も、いつかは泣きを見るかもしれない」という受給者の声も、ネットという匿名の世界で憂さ晴らしをしている者たちや世間で陰口をたたく者たちには無視されるだろう。精神的なストレスはまだ解消されぬと想像する。
さて、この事例は、「生活保護受給者の車の所有は、自立を助ける」という一点だけでも、「自立とはなにか」を考える機会が、社会福祉を学ぶ者たちには与えられたのである。
この「自立」こそが、人間の尊厳を護る重要な概念であることを、学ばなくてはならない。
その上で、日本社会の福祉意識の貧しさの現況を知り、そこから「人間として生まれ幸せに生きる」ことの困難性とその原因を探求し、解決の方策を考えることが、大学で学ぶ「実践的福祉」ではないかと考える。
この授業は、個々の様々な経験や環境の中で、様々な人と関わって成長してきた学生の心の深層に入り込み、自問自答を繰り返すことで、自らをさらけ出し、今までの自分の価値観や人生観、人間観を覆す苦しみを味わうものであった。
また、この授業は、差別・偏見・蔑視・排斥・排除、そして高慢・傲慢な態度をいかに是正するのかが、個人に対しても社会及び世間に対して、「人権擁護の問題」として提起されたかと考える。そこには、「個々の幸せをいかに実現するのか」が常に問われていることに「気づかせる授業」としての役割があったことを意味する。
さらに、この授業は、教材として「めだかのめぐ」を取り上げたが、道徳の授業を指導する際に、十分な教材研究をすることなく、教科書会社の提供している教材の解釈や指導計画を丸ごと飲み込み、授業を連綿と続けてきている学校教育の現状に、「NO!」を突きつけたのである。子どもたちの思考を規定し、当たり前の回答として無批判に受け止めて、「差別意識」を助長させてきたことに気づくことなく、指導者は過ちを繰り返してきた事実を認めなければならない。公教育の「道徳」という授業の副教材として使用してきたことは、「知らなかった」では済まされない問題であり、福祉の根本的な理念である人権が損なわれていく事実に無頓着であることは、決して許されることではない。
このような無分別な授業は、人為的に生起した事態であるがゆえに、正しい認識を持つことで回避できる。
福祉を学ぶことは、自己の価値を計る“ものさし”を固定化するのではなく、ものさし自体が“違う”と思った瞬間から、“変える勇気”を持つことではないか。学生の意識の変化は、この“ものさし”を変えたところに起因する。
何を持って「貧しい福祉観」と認識するのか、その価値判断は学生個々に委ねられる。しかし、自らの人間性を高め、「やさしさ」を強さに変えるための試練を、今から始めなければならない。それが福祉を学ぶ者たちの挑戦である。福祉は戦いである。
リクルート創業者の江副浩正は、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変える」と語ったが、機会は与えられるだけではなく創り出すことの重要性を指摘している。
学生の信託に応えるべく、主体的に課題に取り組む授業を創る責任を課せられたことからも、「めだかのめぐ」を起点に、その発展としてボランティア論で取り上げる「ボランティア拒否論」について、学生と共に論究したい。
私は、私に影響を与えてきた関わりの深い人たちの意思を受け継ぎ、その関わりからお互いに築いてきた“福祉と人”のあり方を、次世代へと引き継ぐために、使命感を与えられて生かされているという思いから、この研究ノートを書き記した。
福祉やボランティアの授業は、それを具現化する「共育〈注31〉の営み」に他ならない。
井上ひさしの言葉である「むずかしいことをやさしく やさしいことをふかく ふかいことをおもしろく」こそが、私の授業の真骨頂である。
そこで、「真実」を学び得た学生が、身近な人たちや社会に対して、次の時代そして世代への“メッセンジャー”として生きることを夢見たい。それこそ、私が授業を続ける価値であることを信じて疑わない。
〈注釈、引用・参考文献〉
※ 鳥居一頼 : 藤女子大学非常勤講師・愛知淑徳大学非常勤講師
〈1〉出典:学習研究社、小学1年の道徳の副読本のなかの1編
〈2〉「めだかのめぐ」の授業について、拙著「福祉教育のキーワードと指導のポイント」(大阪ボランティア協会刊1996年p89~97)、「子どもと学ぶボランティア」(大阪ボランティア協会刊2008年p43~46)、「地域にあったか福祉の種を蒔こう!」(佐賀市社会福祉協議会ホームページ2013年2月掲載論文p1~4)で取り上げた。
〈3〉札幌は藤女子大、北海道医療大、名古屋は愛知淑徳大、大阪は大阪教育大、聖トマス大である。
〈4〉藤女子大2013年前期ボランティア論受講生E.Sのノートから引用
〈5〉朝日新聞「天声人語」2012年9月14日
〈6〉藤女子大2013年前期ボランティア論受講生H.Aのノートから引用
〈7〉沖縄県副知事高良倉吉が朝日新聞の「インタビュー」で語った「沖縄の覚悟」から引用(2013年4月26日朝刊)
〈8〉「ボランティアNPO用語事典」(大阪ボランティア協会編集 中央法規2004年刊)p24~25の田村太郎から引用した。
〈9〉朝日新聞2013年5月2日(木)朝刊に掲載された。第9条を変え「国防軍」を設けることについて、反対が62%、賛成が31%であった。女性の61%は第9条維持。
〈10〉公共の福祉とは、社会に暮らすすべての人々が公平に受け、「それゆえに皆のはたらきや配慮で大きさを増していくべき全体の幸福(「日本国憲法」自由国民社2002年刊p19参照)
〈11〉ハンセン病元患者への人権問題は、2013年4月16日に「ボランティア論」第2講の授業で取り上げた。授業は、「ハンセン病問題を授業化する~おまえ、もう学校に来るな!」(「ボランティア北海道はまなすの里」2013年刊予定)の中のひとつ「おまえ、もう学校に来るな!」をロールプレーイングを使って展開した。
〈12〉雇用状況について、文部科学省の「平成24年度学校基本調査」によると、24年度大学卒業者で「進学も就職もしていない」進路未決定者は86,566人、非正規雇用やアルバイトを含めた「安定的な雇用についていない卒業生」は卒業者全体の22.9%にものぼる。
〈13〉「福祉の哲学」p19引用 阿部志郎著 1997年 誠信書房刊
〈14〉前掲「子どもと学ぶボランティア」の「第2章ボランティア授業の7つの扉 6車いす濡れ衣を晴らす」(p102~113)に詳しい。
〈15〉前掲「子どもと学ぶボランティア」の「第2章ボランティア授業の7つの扉 6「車いすの濡れ衣を晴らす」(p112~113)から引用する。
〈16〉十勝管内上士幌町で町社会福祉協議会が主催する町内の小学5・6年を一堂に集めた、「ボランティア活動実践交流会」が22年間22回実施されている。1回目から講師として参加し19回福祉の授業を担当してきた。現在も継続中で全国的にも希有な事業である。
〈17〉聖トマス大学1年中山佳百里「ボランティア学習論レポート」(2009年1月)から抜粋した。
〈18〉小論文は、29人の受講生のうち、講義テーマの「こころを傷つける言葉」「善魔とは何か」「どちらがボランティア?」などから学生が自主的に選択し、「めだかのめぐ」は5本選択された。
〈19〉ボランティア学習には4つの学習がある。1は「人間理解学習」、2に「体験学習」3に「自己発見学習」、4に「イメージ学習」である。前掲拙書「福祉教育のキーワードと指導のポイント」p104~105に詳しい。
〈20〉文部科学省は2013年4月4日、道徳の教科化について検討する「道徳教育の充実に関する懇談会」の初会合を開く。下村博文文科相は「道徳教育は子供たちの豊かな人間性を育む上で不可欠だ」と強調。委員から「学校現場では道徳の時間への関心は低く、改善には教科化が必要だ」「教科化に反対の人も多い。現場の教員にそっぽを向かれるものにしてはならない」と意見が出た。政府の教育再生実行会議がいじめ対策の提言に道徳の教科化を盛り込んだことを受けて設置された。
〈21〉インクルージブ教育(inclusive education)とは、障がいの有無によらず、誰もが地域の学校で学べる教育。国連の障害者権利条約の批准に向けて国内の法整備が進む中、2011年7月に成立した改正障害者基本法でインクルーシブ教育の理念が盛り込まれた。
〈22〉インクルージョンについて、「ソーシャル・インクルージョンの社会福祉」(岡田恭一・西村昌記編著ミネルヴァ書房2008年刊)pⅱより引用した。
〈23〉当時在職していた北海道早来町(現安平町)早来小学校での実践であり、拙著「ちょうどよい目の高さでの福祉教育」(大阪ボランティア協会1993年刊)p35~37に詳しい。
〈24〉特殊学級とは、学校・中学校・高等学校において、心身に障害のある児童・生徒のために特別に設けられた学級。平成19年(2007)学校教育法改正に伴い、特別支援学級に名称を変更。
〈25〉前掲「ソーシャル・インクルージョンの社会福祉」p113より引用した。
〈26〉前掲「ソーシャル・インクルージョンの社会福祉」p137~138より引用した。
〈27〉前述「福祉の哲学」の「はじめに」より引用する
〈28〉前掲「福祉教育のキーワードと指導のポイント」P3~4に詳しい。
〈29〉前掲「子どもと学ぶボランティア」の「第3章地域で社会でボランティアの学びをコーディネートする 4ボランティアと奉仕の違い」p167~172に詳しい。
〈30〉朝日新聞2013年5月1日付け朝刊特集「みる・きく・はなすはいま」の「敵がいる4」より事例を引用する。
〈31〉前掲「子どもと学ぶボランティア」の「第1章こっちょのボランティア授業論」p6「子どもに育てられ、人の道を示唆(しめ)され、生きることの喜びを共育という」
備考
(1)鳥居一頼「ステレオタイプ化された貧しい福祉意識からの脱却~授業『めだかのめぐ』で覚醒した藤女子大の学生たち~」『人間生活学研究(藤女子大学人間生活学部紀要)』第20号、藤女子大学、2013年3月、63~96ページ。
(2)文・編集委員会/絵・山本省三「めだかの めぐ」『みんなのどうとく 1 ねん』(2017年3月検定済)学研教育みらい、2019年3月、28~29ページ。