シャケ(鮭)の遡上(そじょう)

オホーツクの海で 立派に育ったシャケの群れが 
9月 生まれた川に 戻ってきた
次の子らに いのちのバトンを渡すには 
多くの試練と年月を 経なければならなかった
北の大地が誕生した 何万年も前からの“約束”だった
時代が大きく変わり 人間が大地の征服者となった

沖合で 一網打尽に捕まってしまう仲間たち
最初の関門を突破して 海から川に入ると
途中で堰(せき)を築かれて そこで捕まる
網を張られて そこで捕まる
過酷な生存競争に さらされながら
シャケのDNAは 上流をめざせと指令する

その昔 私たちは神だった
アイヌコタンで 倖せに暮らす民たちに 
シャケの姿や熊の姿に身を変えて 頭の上に乗ってコタンを訪れ
彼らに 肉と毛皮をプレゼントした
お返しに 彼らは感謝の気持ちを一杯込めて 私たちを天上に戻す儀式をした
心優しい民たちは 私たちの贈り物を 決して人間だけで独り占めすることなく
鳥や狐とも 分かちあった
彼らは いのちある者たちと 常に一体となって 厳しい自然を生き抜いた
だから 余計に私たちは 彼らのおもいに応えるために 
動物に身を変えて 彼らの元にプレゼントを贈り続けたのだ
神に与えられたいのちを いただくことへの感謝と 
そのいのちを 次につなぐための祈りを捧げる儀式は
いまも 私たち神への敬虔(けいけん)な儀式として 
次代に継承するために アイヌたちは続けてきた
それこそが 自然と共生してきた
アイヌの魂の継承 そのものなのだと

人間の尽きることのない 強欲の果てに 
神を 天上に送る神聖な儀式が 形骸化され断絶の危機にさらされた
今生で 神への敬虔なおもいと感謝を伝える儀式の復活が 求められたのだ
それは 決して形式的な文化的伝承ではない
アイヌ民族が 数百年に渡って この大地で繰り返してきた 
神からの恵みへの感謝と祈りのセレモニー そのものである
神に詫びながら 神の威光を拝し清め 
民族の魂を再生するための 祈りそのものである

そこに 横やりが入った
道庁は 河川でのシャケの捕獲を禁じ 違法に漁をした者を厳しく罰してきた
伝統的儀式とはいえ 無申請な捕獲は 違法だと 厳格に禁じた
それでも 60匹余を獲って 祭壇に捧げた
現地の警察が 違法行為として事情聴取をした

アイヌ文化の継承拠点として
白老に「民族共生象徴空間」を建設するのは やぶさかではない
ただ 日々の暮らしとして当たり前にあった 
自然と そこに育まれる多くのいのちが ふれあい分かちあう
その崇高なおもいこそ 
この北の大地に暮らす 全ての人間が継承しなければならない 
それが 自然との共生共存を求めてやまない 
アイヌの歴史とこころなのである

萱野茂から 直々に学んだことを いま一度噛みしめている  

〔2019年9月16日書き下ろし。萱野茂氏はアイヌ人で初めての参議院議員。アイヌ問題に果敢に取り組んだ人であり、直接彼から自然との共生共存をテーマにした「キツネのチャランケ(談判という意味)」が優れたアイヌ民話だと諭された。アイヌ施策推進法が5月施行されたが、欧米諸国が先住民族に認めている土地や漁業権などの権利回復が盛り込まれていないと批判されている〕

付記
「アイヌ伝統の儀式 サケ漁強行の訳とは」
紋別市の川でアイヌ民族の男性が規則で決められた許可を得ずにサケ漁を行いました。なぜ無許可で漁を行うのか。男性は先住民族の権利を主張しています。
1日、紋別市を流れる藻鼈川(もべつがわ)の河口近くで、自然の恵みに感謝を捧げるアイヌ伝統の儀式が行われました。
供物として祭壇に上げられたサケ。儀式はサケの捕獲から始まりました。
道職員「(捕獲は)できません。違法です、これは」
畠山さん「違法じゃない」
道職員「違法です」
畠山さん「知らない俺は」
紋別アイヌ協会会長の畠山敏さんが川に張った網を引き上げ、儀式で使うサケおよそ60匹を捕獲しました。
道内水面漁業調整規則により、アイヌ民族が儀式に使うサケをとる場合、事前に申請が必要です。しかし畠山さんは「アイヌのサケ漁は先住民族の権利であり行政の許可は必要ない」としてあえて申請しませんでした。
オホーツク総合振興局産業振興部水産課・坂本達彦水産課長「申請を上げていただければ、アイヌの儀式等に使うこのようなサケの捕獲が認められます。その申請が上がっていないというのが今の状況」
畠山さんが魚を持ち帰ったため、現在、警察は事情を聴くなど調べを進めています。
アイヌ施策推進法が5月に施行され「文化伝承のために行われるアイヌのサケ漁について円滑に行われるよう配慮をする」とされましたが、道の手続きに変更はなされていません。
畠山さん「これは先住権を求めるための一つの闘いと私は認識しています。自由にサケをとったり、計画を立てながら自然の恵みをいただきたい」
アイヌ民族のサケ漁についてですが、海外では先住民族にサケ漁を認めている国もあり、国連は去年8月、日本政府に対し、天然資源を利用する権利をアイヌに認めるよう勧告しています。先住民族の権利か、日本の法律か。今後、議論を呼びそうです。
(HTB・TV NEWS記事 2019年9月2日)