いのちあるものに力尽くして

1991年1月 湾岸戦争が勃発(ぼっぱつ)した
当時小学6年だったあゆみは 日赤医療団のスタッフにこう書き送った
「いのちあるものに力尽くして」
浩平は「僕らの未来が小さくなった」と訴えた
戦火に苦しむ人々が いのちの危機に瀕(ひん)する事態に
隣国で難民救済に動いた 医療団スタッフへの切実なおもいだった

この時 世界は 湾岸戦争に目を奪われた
しかし 世界の30数ヵ国で 内戦状態が続き 
2千万人以上の難民が 土地を追われ 国を追われ 
極貧の生活を強いられた事実には 目をつぶっていた
この戦争のさなか 日本赤十字社は全国の各支部に 
国際的な赤十字の動きを ファクシミリで流し続けた
「世界のあらゆる地域に 目を配らなければならない
世界で最も貧しい国々の多くは 
貧困と戦争のとどまることを知らない 悪循環の中にある」
 
こんな時代であるからこそ
子どもたちに手渡す「生きるための叡智」を
福祉教育という世界から 発信し続けてほしい 
人と人 人と自然 人と情報が確かに結びついて 
人間の生き方や社会のあり方を 問い続けていかなければ
本当の平和や 豊かな生活を築き上げることは 困難である
地域や学校での 福祉教育の実践の一つひとつは
世界のいのちと暮らしに結びついているという グローバルな想像力を
子どもたちと共に高め 痛みを分かち合うことにある
地球上の 全てのいのちのありように 
敬虔(けいけん)にして 決して奢(おご)らず 
いのちの輝きを しっかり見つめ高めるための努力こそ
福祉教育の世界に 求められるのではないか
その世界を広げ 多くの人たちとネットワークされる情報化社会に いかに生きるか
溢れる情報から 目の前にいる子どもたちの未来にとって 
なにが問題なのか 判断し選択して 適時に共有すること
そこで 子どもたちのピュアな感性を 刺激することで
いのちと未来を見すえた 平和を希求する“ことば”が紡がれていく
「いのちあるものに力尽くして」
「ぼくらの未来が小さくなった」 

2019年9月14日 
サウジ東部にある 国営石油会社サウジアラムコの 二つの石油施設が
10機の無人機(ドローン)で攻撃され イランの関与が疑われている
世界中で 無差別な殺戮(さつりく)や破壊を 情け容赦なく起こす
テロリストたちが勃興(ぼっこう)して 戦争への火種を大きくする   
犠牲となる民の悲嘆の声は 絶えることがない
いまも 難民は棄民となり 国を捨て欧州をめざす 

いのちあるものへの 最善の努力の全てが「福祉」だと 
30年前に 子どもたちと訴えた“ことば”が 
いま 虚しく響く

〔2019年9月19日改訂。30年前クラスの子らが湾岸戦争時日赤医療団に手紙を送った。日本から現地に渡った唯一の子どもからの手紙だった。戦争といのちを考える福祉教育の重要な場となった。思い返しながら、いま学校では福祉教育と称して何を教えているのだろうか?〕

付記
サウジ攻撃 米とイラン対話実現を
中東の情勢が緊張の度を高めている。とりわけ米国とイランとの対立が深刻になってきた。
性急な行動は禁物だ。軍事衝突に陥りかねない危機を防ぐために両国は自制し、直接対話を始めるよう強く促したい。新たな事件は先週、サウジアラビアで起こった。石油施設が爆撃され、サウジの原油生産の約半分が一時停止した。
急きょサウジ入りしたポンペオ米国務長官は「イランの攻撃だ」と断定し、「戦争行為だ」と述べた。真相が明らかでないなか、一足飛びに戦争を口にするのはあまりに危うい。
トランプ大統領は軍事行動には慎重だが、イランに「重大な制裁」を科すという。だが、このまま突き進めば偶発的な衝突のおそれも強まる。緊張緩和の模索こそ急務だ。40年にわたり国交のない米国とイランが相互不信を解きほぐすには話し合うしか道はない。
今回の事件のタイミングについては様々な臆測がでている。トランプ氏は、今週からの国連総会を機にイランのロハニ大統領と会談することに前向きだった。その妨害をねらう勢力が仕組んだとの見方もある。背景がどうあれ、両国指導部はこの卑劣な破壊行為に対話の行方をゆだねてはなるまい。いまの緊張の発端は、米国が昨年、イランの核開発をめぐる多国間合意から一方的に離脱したことである。米国には安定の枠組みを再建する重責があることを忘れてはならない。
今回の事件で犯行声明を出したのはサウジの隣国イエメンの反政府組織「フーシ」だ。だがサウジ政府はイランの無人機による攻撃だと非難し、イランは全面的に否定している。
国連は専門家をサウジに派遣し、調査結果を安全保障理事会に報告することになった。米国がイランを名指しする証拠を持つなら、国連に示すべきだ。今回の問題は、イエメンで続く紛争が飛び火する危険性も示した。「アラブの春」を契機とした内戦は4年以上続き、地域で覇権を争うサウジとイランの代理戦争の色合いを強めた。この間、イエメンの人口の3分の1にあたる1千万人が飢餓寸前であえぐ人道危機が続いている。国連の仲介で昨年末に一部の戦闘停止で合意したが、全土の停戦はほど遠い。国連を先頭にして国際社会が和平づくりへもっと力を注ぐべきだ。日本は輸入原油の9割を中東に頼っている。サウジの事件などを機に、中東の安定を平和的な外交努力で築く意義を再認識すべきだろう。米国とイランの双方と友好関係にある日本の安倍首相は、改めて緊張緩和への仲介に動いてもらいたい。(朝日社説デジタル版 2019年9月20日)