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男には 背負うものがないことに
はたと 気づかされた

フリーで 仕事をしていた
あるとき 講演を依頼された
一度面識のある方からだった
指定された日は すでに予定が入っていた
電話で お断りをした
困っておられる様子を察し
講師を 紹介した

彼に電話し 事の次第を説明した
「私なんかで いいのですか」
謙虚に 応じた
「あなたのまちで 市民と取り組んでいることを 
あなたが代わりに お話してください」
その瞬間 彼には背負うものがあることを 
男は 初めて気がついた

男には 背負うものがなかった
一人仕事で ひたすら歩いてきただけだった
彼には 市民とともに耕し続けてきた
地域福祉の確かな実践があった

男には 背負うものがなかった
さも知ったかぶりをして 語ってきた男には
暮らしの実感から 乖離していた 

彼には 暮らしを共にする 市民というバックがあった
彼には 語るべき多くのことがあった
彼には 語らなければならない責務があった
なんて いい仕事をしているのだろう

男は 唖然と立ち尽くした
 
〔2019年10月31日書き下ろし。誰の代弁者になり得るのか。そもそも根無し草のような者が代弁していいのか。謙虚であらねばならない人たちの代弁である〕