「住民主体」「行政参加」のまちづくりと「スマート自治体」「圏域連携」の自治体行政:「日本・ゼロ分のイチ村おこし運動」に関するメモ―寺谷篤志・他編著『創発的営み』を読む―

1996年6月に日本・ゼロ分のイチ村おこし運動の企画書と実施要領を策定し、京都の京阪ホテルで岡田憲夫先生と杉万俊夫先生の意見を聞いた。岡田先生は「これは議会が飛ぶ、夜明け前だ」、杉万先生は「ここまで強制しないと地域は動かないのか」と言われた。(寺谷篤志、2019年11月。「補遺(1)」参照)

(ゼロ分のイチ運動の「企画書」は)やや大げさに言えば、我が国の地域づくりにとって、記念碑的文書とも言える。(小田切徳美『農山村は消滅しない』岩波新書、2014年12月、60ページ)

(『創発的営み』は)智頭町という地域の「小さな記録」ではあるが、それを通じて日本社会の未来のあり方さえも展望する「大きな書」であることがわかる。(小田切徳美:下記『創発的営み』193ページ)

〇鳥取県智頭町(ちづちょう)は、鳥取県の東南に位置し、総面積の9割以上を山林が占め、人口6909人、高齢化率41.04%(2019年11月1日現在)のまちである。まちのキャッチコピーは、「みどりの風が吹く疎開のまち」である。「過疎のまち」でないことに注目したい。
〇智頭町では、一人の住民の発案によって、1988年5月に「智頭町活性化プロジェクト集団」(Chizu Creative Project Team、CCPT)が結成された。1996年8月に、住民主体・主導と行政参加・支援による「日本・ゼロ分のイチ村おこし運動」(早瀬集落。以下「ゼロイチ運動」)が始まった。その中心人物のひとりに、寺谷篤志(てらたに・あつし)がいた。その寺谷(敬称略)から先日、1冊の本のご恵贈を賜った。寺谷篤志・澤田廉路・平塚伸治編著、小田切徳美解題『地方創生へのしるべ―鳥取県智頭町発 創発的営み』(今井出版、2019年10月。以下[本書])がそれである。
〇筆者(阪野)の手もとにある智頭町のまちづくり運動に関する本は、6冊となった。

(1)寺谷篤志・澤田廉路・平塚伸治編著、小田切徳美解題『地方創生へのしるべ―鳥取県智頭町発 創発的営み』今井出版、2019年10月
(2)寺谷篤志著『定年後、京都で始めた第二の人生―小さな事起こしのすすめ―』岩波書店、2016年5月
(3)寺谷篤志・平塚伸治著、鹿野和彦編著『「地方創生」から「地域経営」へ―まちづくりに求められる思考のデザイン―』仕事と暮らしの研究所、2015年3月
(4)熊谷京子・藤原由貴・長谷莱生写真、西村早栄子文章『鳥取県智頭町 森のようちえん まるたんぼう~空と大地と太陽と~』NPO法人 森のようちえん まるたんぼう、2014年8月
(5)渡邉格著『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」―タルマーリー発、新しい働き方と暮らし―』講談社、2013年9月、文庫版・2017年3月
(6)岡田憲夫・杉万俊夫・平塚伸治・河原利和著『地域からの挑戦―鳥取県・智頭町の「くに」おこし』(岩波ブックレットNo.520)岩波書店、2000年10月

〇本書は、智頭町におけるまち(地域)づくりを主動・先導してきた5人のキーパーソンに焦点を当て、ゼロイチ運動の前史から現在までにおける取り組み(「創発的営み」)の実践記録である。本書に添付された寺谷の書簡によると、「心血を注いだまちづくりは、一体どんな意味を持っていたのか」。「社会規範を意識して取り組んだまちづくりやゼロ分のイチ運動は、人々にどんな影響を与えているのか。そこにはエマージング(emerging、「創発」)現象が起こっているように思いました。その様子を編集しています」。
〇筆者はかつて、寺谷から貴重な資料の提供を受けて、本ブログの「ディスカッションルーム」に(61)地域経営実践者としての寺谷篤志の挑戦、その記録:鳥取県智頭町地域経営講座「杉下村塾」を中心に―資料紹介―/2016年6月28日投稿、(62)鳥取県智頭町「杉下村塾」10年の歩み:河原利和のレポート―資料紹介―/2016年7月3日投稿、をアップしている。
〇本稿では、それらに加えて、ゼロイチ運動について再確認・再認識するために、本書における言説のひとつの要点をメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。

「創発的営み」
創発的営みは、ある一人の発意やつぶやき的アイデアが活発な議論を巻き起こし、具体的な事業アイデアに昇華する協働作業の実践である。創発的営みとは、智頭町の地域づくり全般から受け取った表現である。小さな動きの一歩こそ価値がある。(平塚:9ページ)

「体系的な挑戦」
ゼロイチ運動の計画づくりの要諦とした、「住民自治」と「地域経営」と「交流・情報」の3本柱が規範形成の必要条件となる。この3本柱は地域を元気にするための基本的な考え方のエッセンス(地域を元気にするための秘訣)である(図1参照)。
住民自治とは、住民が地域をよくするために事業計画を立て共働で事業を行い、自分たちで地域づくりを達成していく考え方である。そのために、住民独自による地域づくりの検討会等を組織して、予算を確保し、専門家や行政の知恵を引き出し、積極的に実行していく運動である。
地域経営とは、その地に住むすべての人々が、主体的に地域を治めることである。地域に内在する、人、モノ、こと、技術、文化、社会システムなど、あらゆる資源を総動員して、地域資源の価値を最大限に引出し、宝(財)や誇りとする。さらに、それらが地域内で持続的に循環して機能する考え方である。
交流・情報とは、地域から地域づくりのノウハウやアイデアなどを、積極的に他地域に情報を発信することである。それによって、初めて他者との関係が生まれ、交流も生まれてくる。地域には自立自営の意識が生まれてくる。交流は地域に新しい風を吹き込み、新たな価値を創造するエンジンとなっていく。つまり、地域は外に開かれていなければならない。(平塚:11~12ページ)

「夢追い人」
(ヒヤリングした5人のみなさんに共通点がある。)それはまず「行動力」である。合わせて「レスポンス(反応)の速さ」や立てた「計画に対する執念」は半端ではない。そのことが多くの障害を乗り越える原動力となって、プロジェクトを実現させている。煎じ詰めれば、強い信念のもと「第一歩を踏み出す勇気」と、「実行力」が結果となって現れている。つまり、ちょっとした思いつきを行動力と執念によって現実にさせている。ヒヤリングした方々は、時代の魁(さきがけ)としての思いが強く、言い換えれば、夢を実現する「夢追い人」の挑戦であった。
なぜ智頭町にこれらの人々が集まったのか。それは、おそらく熱いところには熱い人々が、執念のあるところには執念のある人々が、人財は人財の結合によって磁場を形成するのではなかろうか。これが自然の理のように思えた。(澤田:177~178ページ)

「奥深い特徴」
ゼロイチ運動は3つの奥深い特徴を持っている。
1つ目は、「内発性」の重視である。これは、以前の、工場誘致やリゾート開発などの外来型開発ではなく、地域自らが一歩踏み出すことを重視しており、その「一歩」に無限大(=1/0)の価値があると捉えている。いっけん、奇妙な「ゼロ分のイチ」というネーミングには、ブレのない思想性を感じることができる。
2つ目は、「総合性・多様性」の重視である。これは、以前の単品型・画一的な地域活性化から、福祉や環境等を含めた総合型、地域の実情を踏まえた多様性に富んだ取り組みへの転換を意識している。この運動が、誘導すべきモデルを作らず、地域からの手上げ方式をとったのは、先の内発性を重視すると同時に、この総合性を目指し、多様性を認めようとする企画者の意志を示している。
3つ目は、「革新性(イノベーション)」の重視である。これは、以前の「男社会」(参加者の多くが年長の男性戸主)を刷新する仕組みとして、ゼロイチ運動では、集落そのものではなく、同じ地理的範囲で「振興協議会」を設立することを前提としている。女性の積極的参画が当然である地域づくりにとって、必要な革新的なシステム・チェンジであろう。(小田切:183~184ページ)

「にぎやかな過疎」
最近の農山村では、①開かれた地域づくりに取り組む地域住民、②地域で自ら「しごと」を作ろうとする移住者、③何か地域に関われないかと動く関係人口、④これらの動きをサポートするNPOや大学、そして⑤SDGs(Sustainable Development Goals〈持続可能な開発目標〉)により地域貢献活動を再度活発化しはじめた企業(智頭町では今後の課題)などの多様・多彩なプレイヤーが緩やかなネットワークでつながり、なんとなくワイワイ・ガヤガヤとした雰囲気を作りだしている(「にぎやかな過疎」)。その結果、人口減少下でも、地域にいつも新しい動きがあり、人が人を呼ぶ、しごとがしごとを作るという現象が、ここに生まれている(「人口減少下での人材増」)。(小田切:186、187、189ページ)

〇ところで、総務省が、2017年10月、大臣主催の「自治体戦略2040構想研究会」(座長・清家篤。以下[研究会])を立ち上げている。そこでの検討内容は、(1)「2040年頃の自治体が抱える課題の整理」、(2)「住み働き、新たな価値を生み出す場である自治体の多様性を高める方策」、(3)「自治体の行政経営改革、圏域マネジメントのあり方」等(「運営要綱」)についてである。
〇研究会は、2018年4月、「第一次報告~人口減少下において満足度の高い人生と人間を尊重する社会をどう構築するか~」を公表した。そこではまず、「我が国は、少子化による急速な人口減少と高齢化という未曾有の危機に直面している」(2ページ)という。そして、自治体行政が2040年頃に抱える(1)「個別分野の課題」として、①子育て・教育、②医療・介護、③インフラ・公共施設,公共交通、④空間管理(空き家、空き地等)、治安・防災、⑤労働・産業・テクノロジー(ICT、ロボット、生命科学等)、(2)「自治体行政の課題」として①経営資源の変化、②圏域マネジメントと行政経営改革、等々について整理している。
〇そのうえで、報告書は、「2040年頃にかけて迫り来る我が国の内政上の危機とその対応」について、3つの柱に集約されるという。(1)「若者を吸収しながら老いていく東京圏と支え手を失う地方圏」、(2)「標準的な人生設計の消滅による雇用・教育の機能不全」、(3)「スポンジ化する都市と朽ち果てるインフラ」がそれである。そのなかで注目されるのは、「急速に人口減少が進み、特に小規模な自治体では人口の減少率が4~5割に迫る団体が数多く生じると見込まれる。そのような中では、個々の市町村が行政のフルセット主義を排し、圏域単位で、あるいは圏域を越えた都市・地方の自治体間で、有機的に連携することで都市機能等を維持確保する(中略)必要がある」。「都道府県・市町村の二層制を柔軟化し、それぞれの地域に応じた行政の共通基盤の構築を進めていくことも必要になる」(50ページ)という指摘である。なお、都市の「スポンジ化」とは、「都市の大きさは変わらずに、ランダムに小さな空き家、空き地が生じて都市全体が低密度化する状態」をいう。行政の「フルセット主義」とは、個々の市町村が全分野の施策・行政サービスを提供することをいう。
〇研究会は、2018年7月、「第二次報告」を公表した。そこでは、(1)「スマート自治体への転換」、(2)「公共私によるくらしの維持」、(3)「圏域マネジメントと二層制の柔軟化」、(4)「東京圏のプラットホーム」の4点をめぐって、「新たな自治体行政の基本的考え方」を提示する。そのうちの(3)については、「地方圏の9割以上の市町村では、今後、人口減少が見込まれている」なかで、①「圏域単位での行政のスタンダード化」、すなわち「個々の市町村が行政のフルセット主義と他の市町村との勝者なき競争から脱却し、圏域単位での行政をスタンダードにし、戦略的に圏域内の都市機能等を守り抜かなければならない」(35ページ)と指摘する。とともに、②「都道府県・市町村の二層制の柔軟化」、すなわち「都道府県・市町村の二層制を柔軟化し、それぞれの地域に応じ、都道府県と市町村の機能を結集した行政の共通基盤の構築を進めていくことが求められる」(36ページ)と指摘する。なお、「スマート自治体」とは、AIやロボットなどを活用し、自治体職員でなければできないより価値のある業務に注力する自治体のあり方をいう(「補遺(2)」参照)。
〇そして、報告書は、「圏域」について、「圏域単位で行政を進めることについて真正面から認める法律上の枠組みを設け、圏域の実体性を確立し、顕在化させ、中心都市のマネジメント力を高め、合意形成を容易にしていく方策が必要ではないか」(36ページ)という。「圏域の法制化」である。
〇以上を要するに、「2040年頃にかけて迫り来る我が国の内政上の危機」に対応するためには、隣接する自治体が連携・補完する「圏域」を法制化し、「圏域単位での行政のスタンダード化」を進めるための「地方行政体制」の見直しが必要となる、というのである。それは、国の地方自治への介入・統制の強化を進め、「地方自治の本旨」である「住民自治」と「団体自治」を破壊することにつながる恐れなしとしない。「自治の侵害と破壊」である。
〇別言すれば、「圏域」では、地方選挙(直接選挙)によって選ばれる首長と議員からなる「議会」をもたない。それゆえに、住民の具体的なニーズや意思が反映されず、責任が果たせず、国がその権限と財源によって政策遂行や行政事務を主導的・直接的におこなうことになる。それは、市町村の権限や財源を制限することにつながる。とりわけ「圏域」の中核都市以外の周辺市町村においては、その自治が弱体化・形骸化することになり、「住民主体・行政参加」のまちづくりは極めて困難になる。いつか見た光景であり、国家主義や全体主義への指向である。強く留意したい。
〇なお、ここで思い出すのは、日本創成会議・人口減少問題検討分科会(座長・増田寛也)が2014年5月におこなった「成長を続ける21世紀のために 「ストップ少子化・地方元気戦略」」(「増田レポート」)の提言である。そこでは、「2040年までに全国の市町村の半数が消滅する可能性がある」とされた。危機を過剰に煽って、「事を成す」というやり方(常套手段)である。2014年9月から推進されている「地方創生」施策を見ても分かるように、政府は、「迫り来る危機」を強調し、画一的な施策を「上から」地方に押し付けている。「圏域」構想においても然(しか)りである。「圏域」構想は、行財政の効率化をめざした「平成の大合併」(1999年7月~2010年3月)と似た要素や側面を持っており、地方(地域)の個性や独自性を奪い、その疲弊・衰退を深刻化させる可能性が高い。「隠れた合併」の促進である。
〇下の記事は、筆者が住む地元新聞が報じた2019年11月7日付け朝刊の1面準トップ記事である。「平成の大合併」についての実証的な検証・分析なくして、「圏域」構想はあり得ない。

〇なお、総務省が2018年9月に設置した「地方自治体における業務プロセス・システムの標準化及びAI・ロボティクスの活用に関する研究会(「スマート自治体研究会」)」(座長・國領二郎)が、2019年5月、「報告書~「Society 5.0時代の地方」を実現するスマート自治体への転換~」を公表した。総務省が2040年頃を見据えた「将来の地方自治体の姿」は、「スマート自治体」と「圏域連携」である。
〇「圏域連携」とは、複数の市町村で構成する行政組織「圏域」を新たな行政単位に位置づけるものである。そこでは、少子高齢化や労働力人口の減少、それによる地方財政のより一層の逼迫化を背景に、国が地方行政を主導的に管理・運営し、統制することになる。それは、それぞれの地域の生活実態に基づく基本的人権の保障や、参加型のボトムアップの(熟議)民主主義を危うくする。国や社会(財界)は、その地に住むすべての人々による、その地ならではの、泥臭いまちづくり(「創発的地域経営」)は「時代遅れ」、とでもいうのであろうか。「にぎやかな過疎」「人口減少下での人材増」の現実をどう見ているのか。問うてみたい。
〇「Society 5.0」とは、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く新たな社会を指す。サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会をいう(内閣府)。

補遺
(1)「集落版ゼロイチ運動」企画書(1996年6月)

(2)「圏域」構想―地方圏の圏域マネジメントと二層制の柔軟化―