民心と民力

携帯の着信音が鳴った
「大家さん、いたかい」
「いたかいって、厳戒令もどきが出たからね。どっこも行く当てなんてありゃしない」
「退屈の虫がなってるかと思って、電話したんだよ」
「ありがたいね、久しぶりだよ。いつもばあさんとしかしゃべってないから」
「おや奥さんと話すの? そりゃ奇特ってもんだ」
「なに危篤? バカ言ってんじゃない、ピンピンしてらあ」
「いやいやそうじゃなくて。夫婦の会話も途切れるばかりで、世間じゃコロナ離婚が流行ってるって。だから、奥さんとしゃべるだけでも、救われるかなと」
「なに言ってるんだ。もうかれこれ50年連れ添って、お互い空気みたいなもんさ」
「いま空気っておっしゃいましたね。今日は空気のような話で、大家さんの含蓄(がんちく)を聴きたいもんだと」
「空気? なんだい、それは。どうせ暇だからしゃべってごらん」
「安倍さんが、10万円をバラまって言ったあげくに、麻生のおっさん、リーマンショックのときの自分の失敗棚に上げ、もらいたかったら手を上げろと、ここまでおちょくって、ほんと頭にきてしまって電話したしだいで」
「年金もらうもんや公務員、金持ちだけじゃなく、施し受けるの恥ずかしいもんは、手を上げるなと言ってるようなもんだろう」
「仕事にあぶれて、家賃も払えずに今日まできました。お金をいただきたくまいりましたって顔して、頭を下げにいけっていうのかい。役所の窓口に2㍍間隔で並んで、手続きしますって。もしも外出自粛が続いていれば、こんな行列できること考えてもいない。年寄りも障がい者もみんな並んで、手続きしますって、麻生のボンクラよく言うよって」
「あんたは、もらいに行かなきゃいけないよ。なんせ家賃が一番大事」
「このご時世、空気を読まなきゃ。家賃より命あっての物種、もうしばらく勘弁して」
「わかってるよ、待ってあげます、もらうまで」
「まったく、死んでも金の亡者にはかなわない。地獄の果てまでついてくる。
安倍さんも、かってないほどスピーディにやります宣言していたけれど、いつも自分勝手な言い分に、かってないほどあきれるばかり。こんども麻生のおっさんにブレーキ踏まれて、どうなることかわからない」
「やる事なす事、ダイアモンド・プリンス号から外れてばかり。ドイツのメルケルさんの爪の垢を煎じて飲ませたいほどの、恥ずかしい小粒のリーダー。だらだら小出しするばかりで失態続き。しまいには小池さんと吉村さんらに主役を奪われ、面子をつぶす」
「そもそも30万円没にして、10万円に鞍替えしたのは、世間と政界の空気を読み間違えて、挙げ句の果てにあの読売と産経に三行半を渡された。読売が支持率42%、不支持率47%、産経が支持率39・0%。不支持率44・3%と、安倍政権を支えてきた新聞が、ここに来て世間を見限る空気をつくって、終局間近と警鐘を鳴らす始末です」
「これ以上安倍・麻生のコンビじゃもたないと、金魚の糞の公明党も反旗を翻して超談判というわけかい」
「さすが長老、お見通し。いまテレビで、混乱を招いたことを国民の皆様にお詫びしますって、記者会見が始まったよ。国民の信用を失った男が役人の書いた原稿丸読みながら、医療従事者へ熱くエールをおくっている。支援の中身なんだこれ? さもいま取り組んでいますと言うけれど、いくらでも先にやれたことばかりで、呆れかえって開いた口がふさがらない」
「いまつけたよ。昨日の全国一斉の緊急事態宣言の後始末の会見かね。厳しい現実に立ち向かうことより、未来を変えるために2週間自粛を要請して、人との接触を最低7割から8割減らしたいと、また訴えてるね。未来を語るには、今できることに最善を尽くしてなんぼのもの。それをあんたはやってきたのか。不安をここまで広めた責任、いまさら国民に覚悟を強いても、額面通りに受けとめられない。経済ばかりに目を向けて、失態の空気が読めないやつを担いできた自民党も官僚も、緊急事態への備えも覚悟もその程度と国民に知らしめた。〈長期化の覚悟を促す予見性をもった指針を〉と記者が質問したけど、連休後の抑制の結果を見てから、専門家の意見を聞いて判断するとは、先行き不安を人にかつけて責任逃れのいつもの論調、これじゃあ心許ない。そもそも臨床でない感染症の専門家というだけのこと。専門委員会のメンバーはいつものイエスマンとしか映らない。疑えば切りがないけど」
「そもそもゴールデンウイークの人出を心配してるというけれど、ほんとに動くって思っているのかな。これだけ動くなといっているのに、旅行に行く前提自体がおかしくない。この見識からして、そもそもおかしいとは思っていないのが不思議」
「国民みんなで全力で乗り切りましょうと言ってる先から、旅行に行くバカなやつは必ずいるから気をつけて、みんなで監視し合いましょうというのが本音。そんなやつをほっといてはならない。日本人の誠実さや勤勉さ、高い遵法性を利用して、巧みに情感に働きかけてソフトタッチに誘導しながら〈互いに監視させる〉のがねらいだね。国も国民も信用おけないし、いっそのこと自分らで自衛するのが効果的と言ってるわけで、これが国家監視システムってことなんだね。10万円は、空気を読んでそのシステムに参加する協力金ですとは、恐れいったね。穿(うが)った見方をすれば、ここでもう国民は半分騙されて、これから先は政権の思うままに操られていくというわけさ。戦時中〈非国民〉と言って密告と差別の生まれた国だからね。侮れないのが、大義をかざして私利私欲に奔走する政治家というしたたかな連中さ」
「えっ、怖い話になってきた。大家さんも伊達に年は喰ってない。いまの空気を深読みできるって、さすが鋭い!」
「10万円、いま急ピッチで作業を進めていますって、昨日の今日の話で、申請手続きの簡素化促して早く手渡したいっていうけれど、この内閣まだまだ一波乱起きそうな予見がするね」
「この金の出所も、国が国民に借金して作るって。この国債って借金も後世に垂れ残していくだけのこと。まったくいい気なもんだね」
「医療の崩壊だって、防ぐためにいろいろやってますと言い訳がましく並べ立ててはいたけれど、リスク抱えて頑張る現場に、マスク代の466億円投入して、医療物資の増産や医療報酬の上乗せも危険手当で足すことぐらい、いくらでもできたはず。なのに、昨日生産を催促した企業との電話会談。もしも余ったなら備蓄物資で国が買い取りしますと、企業に気配りばかりして、おべっかいしてる安倍さんを、見るのも腹に据えかねる。いままでの失態はしっかりと記録しておいてほしいね。ほんとにやるべき手立てをだらだら先延ばして、いまさらやってますといわれても、はいそうですかとは素直にいえない。一国の首相に、全く信用がおけないとはなんとも情けない限りだ」
「思わせぶりは得意の安倍さん、いつもその気にさせといて賺(すか)すのは超一流。人としてどうかねと思う振る舞いも目に余る。人ではないかも知れないね」
「どうやら人ではない人たちが、政界にはゾロゾロいるようで、〈人でなし〉の世の中になっていくんでしょうね」
「大家さん、〈政治はスピードと責任を〉と言った以上、もう安倍さんとそのお友だちには表舞台から降りていただく準備をしていただきましょうよ」
「いまは地方が面白い。国を相手にドンドン喧嘩をしてこき下ろすぐらいの覚悟を持って、知事さんたちには頑張ってほしいね。そのためには地方で知事さんと議員の尻を、思いっきりひっぱたくぐらいの切迫した空気を作らなきゃいけないね。地方に財源よこして、地方の裁量に委ねることが、いま〈いのちと地方の働き手を守る〉最大の方策。獲得のために知事さんらのここが踏ん張りどころだ」
「地方の空気が、いま塞ぎ込んでいる場合かよって、ポジティブに政治を考えて変えてゆく、そんな力がみんなに伝染していくといいですね」
「国の政治が失った信頼は、いまこそ地方や地域で人を信じていこうという空気を逆に生んでいく。民が強く結束する〈民心と民力〉で、活路を見出すことになるといいね」
「民心と民力を読み違えたことで、政治が変わる予兆(きっかけ)になったかもしれない」
「長期化の覚悟は、すでにできてきただろう。政治家の目先のご機嫌取りの半端な政策はもう無用。誰がなにをどうしたのか、これまでのことの経緯と結果をしっかりと記憶に残しておきましょう。次の出番がないように、逆に監視をしなけりゃいけません」
「そんな空気が巷に広まるように、あっしも口コミに精出しましょう。空気づくりには、これがSNSより一番手っ取り早く広まります」
「よかったね。口は災いの元ともいうが、あんたの口の軽いのが少しは世間の役に立つのかと思うと嬉しいね。政治家の口は腐ってもタイならず、か」
「お褒めに与(あずか)りましたので、空気を読んでここらでタイがいにしておきましょう」

〔2020年4月17日書き下ろし。時世の変わり目。冷静な分析と判断、そして地方の暮らしと医療の防衛と発信がいま地方政治に求められ、いまこそ重要である〕

付記
10万円は要望する人に給付と麻生氏
麻生財務相は全国民に向けた一律10万円の給付について、一方的に支給するのではなく「要望される方、手を挙げる方に配る」と述べた。(2020/04/17 12:16 共同通信)

コロナとの闘い 政治はスピードと責任を
新型コロナウイルスとの闘いが一刻を争う展開になってきた。安倍晋三首相が緊急事態宣言の対象地域を全国に広げたのはその危機感のあらわれだが、裏付けとなる医療行政や経済対策は停滞したままだ。スピードの欠如は国民の生命と財産を危うくする。果断な対応が闘いを決するという覚悟で臨んでほしい。(2020/4/17 日経・吉野直也)

ドライブスルー検査始動 厚労省、遅すぎた追認 感染追跡に限界 方針転換余儀なく
新型コロナウイルスの検査を巡り、厚生労働省は「ドライブスルー方式」での実施を認める事務連絡を出した。経路不明の感染者が急増し、感染経路をたどることで拡大を抑え込む従来方式の限界が明らかになり、消極姿勢を改めることを迫られた。緊急事態宣言の対象が全国に広がる情勢下で、担当官庁が不作為を重ねる余裕はない。(2020/4/17 日経)

日本の安倍政権だけが「コロナ危機で支持率低下」という残念さ
新型コロナウイルスによる感染拡大に全く収束の兆しが見えない。安倍晋三首相率いる政府の対策は後手に回ってばかりだ。4月14日発表のNHK世論調査では、内閣に対する支持率は前月より4ポイント下がって39%と、ここ数年で最も低い水準となった。
支持率39%というのはそれほど低くはないように思われるかもしれないが、世界に目を向けると、異様な数字であることがわかる。次のリストをみてほしい。
【新型コロナ感染拡大後の直近の支持率(増減)】(支持率の高い順に)
●アンゲラ・メルケル首相(ドイツ):79%(11UP)
●メッテ・フレデリクセン首相(デンマーク):79%(40UP)
●マルク・ルッテ首相(オランダ):75%(30UP)
●ジュゼッペ・コンテ首相(イタリア):71%(27UP)
●スコット・モリソン首相(オーストラリア):59%(18UP)
●文在寅(ムン・ジェイン)大統領(韓国):56%(17UP)
●ボリス・ジョンソン首相(イギリス):55%(22UP)
●エマニュエル・マクロン大統領(フランス):51%(15UP)
●ドナルド・トランプ大統領(アメリカ):49%(5UP)
●安倍晋三首相(日本):39%(4DOWN)
●ジャイール・ボルソナル大統領(ブラジル):33%(2DOWN)
これは筆者が、欧米の主要国のリーダーに対する直近の支持率をまとめたものだ。右端の数字は新型コロナウイルスの感染拡大前との変化である。これをみると、どのリーダーも支持率を大きく上げているのがわかる。主要国で支持率が下がっているのは、わが国と、「どうせ誰かがいつかは死ぬ」「ちょっとした風邪」と一切の対策を拒否しているブラジルのジャイール・ボルソラノ大統領だけだ。(以下省略)(2020/4/17 プレジデントオンライン・岡本純子)