老人ホームを出た
久しぶりに 街に出た
寿司屋で 好物の生寿司を食べた
嬉しそうに笑った
戻り道 突然のにわか雨
傘はない
羽織ったジャンパーをかけようと
一瞬ためらった
母の顔をのぞき込むと
雨に濡れた顔が
笑っていた
認知症の母が
雨に濡れるのは 何年ぶりだろう
何を思い出して 笑ったのだろうか
楽しい子ども時代の思い出か
もしかして
不遇ないまをおもい
この雨に 涙を隠していたのかもしれない
忘れたい哀しきことの数々も
雨の中に 流してきたのかも知れない
笑顔に隠された 哀愁
笑顔に封印された 苦悩
笑顔に粉飾された 追憶
車いすを押す足に 力が入る
もう少し 二人で濡れよう
雨に涙を隠しながら 二人で坂をゆく
〔2020年6月25日書き下ろし。雨の一日だった。にわか雨にあたった亡母との懐かしいシーン。施設では甲斐甲斐しい介護で、雨に濡れることはない。認知症の母の意識下にあった悲哀の雨を想う〕