豪雨が暮らしと命を叩(はた)く

3日からの九州南部を襲った豪雨により、亡くなられた方々に哀悼の意を表します。
また被害にあわれた方々へ、心よりお見舞い申し上げます。
復旧に当たる多くの方々への深い感謝と、被災地の一日も早い復旧を願うばかりです。

歌人与謝野晶子は 夫鉄幹とともに 熊本県人吉市を訪ねた
球磨(くま)川の 川下りを楽しみ 歌を詠む

大ぞらの山の際(きわ)より初(はじ)まると同じ幅ある球磨の川かな

その大川が暴れた
川下の集落を 情け容赦なく押しつぶし
決壊した濁流は 逃げる余裕すら与えず
終の住処の老人ホームを 飲む込む
夜明けの目覚めを襲われ ただ身を任す
職員も駆けつけた地元の人たちも 突然の事態に茫然自失
緊急避難もままならず 救助不能に陥った
「ごめんなさい」と最期にかけた別れの言葉
痛恨の思いを語る職員の そのやるせなさに静かに添いたい
球磨村渡地区の 特別養護老人ホーム「千寿園」が水没した
60名余の入所者のうち
14名が心肺停止 3名が低体温症
5日そう発表された

九州付近に停滞した梅雨前線に 線状降水帯が形成された
同じ場所で次々に積乱雲が発達し 長時間雨が降り続けた
3年前の福岡・大分両県を襲った九州北部豪雨
2年前の岡山・広島・愛媛各県に広域被害をもたらした西日本豪雨
みな同じ気象現象だった

繰り返される 甚大な自然災害
起こるだろうと予想されても 対策不能 
違った場所を狙い撃ちする 熾烈な豪雨
ハザードマップの想定を 遙かに凌駕する
強靱な国土造営にはほど遠い 
人智の及ばぬ自然の脅威に 
ただただ畏敬の念を強くする

今夜もまた 降り続く雨音聞きて
眠れぬ夜に 不安を抱えて身を横たえる
全てを失い 路頭に迷う明日なき日々に
光明与える政治を見せよ
10兆円の予備費は コロナ禍対策だけでは済まされない
緊急性をもって迅速に当たれなかった いつもの失政
心して ここで挽回せしめよ
為政者の施しを与える感覚は 決して許されない
コロナ禍での 最初に起こった不幸な災害
復旧支援対策のあり方が 今後の災害発生時への試金石となる
全国の自治体は
災害対策の点検を 急がねばならない
減災への暮らしの点検も 一人ひとりがなすべきこと
被災地からの教訓を生かさねば 尊い犠牲は無駄となる  

〔2020年7月5日書き下ろし。予想された深刻な災害が発生した。自治体の対策本部が十分に機能するよう人材と器材・物資の供給を切にお願いしたい。まだ今夏は始まったばかりである〕

付記
避難中に突然の濁流 「ごめんなさい」力尽きて離した手
雨が降り続く4日午前3時ごろ、球磨(くま)川そばに立つ特別養護老人ホーム「千寿(せんじゅ)園」(熊本県球磨村)。夜勤の男性職員は、一段と激しくなった「ゴー」という雨音に気づいた。60人以上が入所する施設内は、断続的に停電が続いていた。午前5時ごろ、隣を流れる球磨川の支流を見ると、堤防付近まで水かさが上がっていた。
「ごめん、朝早いけど雨が危ないけん。起きよう」。他の職員と共に入所者全員を起こし、1階の畳部屋や、会議室がある2階に避難させた。
心配して来た近所の人たちも加わり、1階で入所者に付き添ううち、施設の入り口まで水かさが迫っていた。数台並べた食卓テーブルの上に車いすを置き、入居者を乗せた。 その時、「バリンッ」と窓ガラスが割れる音が聞こえた。くるぶし辺りだった水かさが一気にひざまで上がった。冷蔵庫、食器棚、調理器具が、すべて押し流されていった。助けを求める声も聞こえたが、目の前の人を助けるので精いっぱいだった。テーブル上の車いすも浮き始め、2台の車いすを両手でつかんで耐えた。すぐに濁流は首の辺りまで上がり、とっさに入所者2人の脇を抱え上げた。2人の唇は紫がかっていた。
泥水を飲みながら耐えたが、手足がしびれだした。力が入らなくなった。「ごめんなさい」。そう言って、手を離した。「助けたかったのに、だめだった。どうしても力が入らなかった」。2人がどうなったかを見る余裕はなかった。そこから、壁やカーテンをつかんでじっと耐えた。なんとか、一命を取り留めた。
1階にいた他の人々がどんな状況だったのか、「目を配る余裕もなかった」。男性の家も、屋根まで浸水し、家財は流された。「ごめんなさい」。男性は当時の様子を振り返りながら、何度もそう繰り返した。「誰が悪いとかじゃないとは思う。ただただ、助けられなかった申し訳なさが大きくて」(朝日新聞2020年7月5日)