夏の夜話

「こんばんわ」

「待っていましたよ。あがってください」

「遠慮なく。どうなさいました?」

「いやいや、お疲れのところお呼びだてして、申し訳ない」

「なんも、大家さんに何かあったかと、少し心配しましたよ」

「なにね、アベノマスクが8千万枚もまた配られるって聞いて、騙し討ちにあった気分になってしまい、正直久しぶりに堪忍袋の緒が切れましてね」

「珍しい。いつもなら冷静沈着な方が、そうもお怒りになろうとは」

「誰も望んでもいないことを、管官房長官の記者会見でも問題ないとか。ここまで民心を愚弄するのかと。あの人は庶民の気持ちがわかる人かと思ったけれど、やっぱりタダの政治家でしたね。次の椅子は回っては来ないでしょう。いけしゃあしゃあと何事もなくかわすのは、聞いていて不快そのもの、癇に障ります」

「いやあっしも、ビックリ。よくやるもんだと呆れかえっておりました。ただね、どんだけ、違うでしょ、おかしいでしょって声出しても、偉いお方が素直に非を認めるなんて、これっぽっちもありませんからね」

「おっしゃるとおりです。そこで今夜お呼びしたのは、一杯飲みながら暑気払いにひとつ政治談義でもしたら、少しは溜飲が下がるだろうと、手前勝手なことでご足労いただきました」

「願ったり叶ったり。遠慮なくお相伴にあずかります」(缶ビールで正月以来の乾杯)

「さて、とっかかりは〈アベノスローガン〉ですかね。この人も周りの人もよく問題起こす人ばかりだから、丁寧な説明とか、謙虚に、真摯に、責任は私に、を繰り返すばかりで、その言葉の意味すらご存じない。政治的ポリシーすら疑わしいから、生きた言葉に自信がない。自分の言葉がないばかりに、人の書いた原稿なくして語れない。せめて飾り言葉でごまかして繕うしかないから、言葉が薄っぺらい」

「そこで〈アベノスローガン〉ですか。コンパクトでインパクトがあれば、中身がなくてもやります感は伝わるだろうと。それも変わり玉のようにコロコロ変わって、いま何やってるのかよくわからない。覚えているのは、〈一億総活躍〉って聞いて、うちの90になるじさまも活躍しなきゃならんのかって。ほんとギャグかと思いましたね」

「経済振興しか頭にないから、〈デフレ脱却〉から始まって、いまだ事ならず。〈3本の矢〉はすでに折れ、〈女性活躍〉はその機会すら作れず、人材活用も低レベル。〈地方創生〉で、どんどん地方は疲弊して経済格差創世中。〈一億総活躍〉は仰るとおり、なにがなんだかよくわからない。範を示す官僚たちこそ忖度を繰り返して総活躍ですね。〈働き方改革〉、長時間労働や非正規の方々の待遇改善とはならず、そもそも働き方は個人の自由、国に指示されたくもないでしょ。おまけに〈人生百年構想〉、長生きはいいけど、代わりに年金の受給年齢を遅らせる姑息なことをやり始めた。〈人づくり革命〉はそもそもあんたらでしょ。国を動かす者たちから襟を正さにゃいかんでしょ。極めつきは、道徳を教科にしたこと。自分らのことを棚に上げて、よくやりますよね」

「いやはや、よく覚えていらっしゃる」

「お酒のせいで、記憶の海馬が活性化したのかも知れません」(笑う)

「確かに、スローガンは掲げますが、どれ一つとして成し遂げてはいません。中途半端に散らかして、次のスローガンを掲げるってのは、目先を変えだけのこと」

「いまの安倍さんの政権としての限界なんですね。やれないとわかるとすぐにぶんなげて、聞きざわりのいい言葉を使って人心を誘導する。中身がないから、また潰れる。その繰り返しの7年間、ゴミ屋敷状態で断捨離できずにいるのでしょう。けじめもつけられず、だらだら引きずっているから、リスク管理には絶対弱い。自分がリスクそのものですからね」

「そう考えると合点がいきます。普通いいも悪いも歴史に残る業績ってなものがありますが、どう考えても浮かばない。ただ選挙に強かったという印象だけです。それもそのはず、民主党が内部崩壊して政権を奪われ、野党となっていまだ浮上できずに相変わらずの意地の張り合い、もう誰も関心なんぞ持つわけない。そんな野党相手の選挙に勝っただけのこと。いま振り返れば別に安倍さんでなくても麻生さんすら勝てただろうと」

「この政権の1丁目1番地は安倍さん。トップが嘘をつくから、下はつかれた嘘の上塗りをしなければならなくなる。だから大臣も官僚も平気で嘘をつく。なんと厚化粧の人が多いことか。その分見返りが大きいから喜んで嘘つきになる。国民の奉仕者だと自責の念にかられ自死した赤木俊夫さんのおもいなんぞ、官僚も大臣も何も感じていません」

「下々の痛みを感じることが出来ないというところが、日本の政治家の言葉に厚みと説得力が生まれない理由でしょうか。政治家の言葉にこころ動かしたり揺れたりする事ってまずないですね」

「閣僚に2世3世が多くなり、言葉に重みが全くない。軽くなって浮いてしまって、しまいに跡形もなくなる。せめてみんなが覚えておくために、スローガンしか思いつかなかったんでしょうね」

「世間じゃ安倍さんの負の業績はなんだろうって。教えてください」

「いやいや、あなたのほうが世間に明るいでしょ」

「狭い世間です。だから大家さんの広い見識にいつも感服しております」

「酒の力でよいしょもお上手(二人笑う)。知っているだけのことしかわかりませんが、一番は、政治への信頼を見事に裏切り棄てたことですね。コロナのリスク対策が、その場しのぎの目先の対策でコロコロ変われば、目に余って支持率下げるのは自明の理でしょ」

「感染を抑えてきたなら、当然評価はあがるはずなのに、ですよね」

「まずはアベノミクスの大失敗ですね。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という3本の矢で〈名目成長率3%〉を掲げたけれど、だいたい経済成長が3%なんて夢の夢。全て的を外して、コロナ禍後の経済不況が追い打ちをかける。一致も察知もいかなってくるでしょ。次の人に後始末させるしかないから、腹心でなければ、失政を暴露されて、負のレガシーがまとわりつくことになる」

「経済、経済っていってる割には、そのブレーンの専門家も大して力がなかったってことですね。みんな忖度するから、耳障りのいい話しか聞かない。昨日衆議院で新型コロナ感染症対策分科会の尾身茂さんが、〈GO TO トラベル〉の実施判断に時間をかけるように事前に政府に提言していたにも関わらず、採用されなかったといっていましたが、専門家の意見を云々というのは、自分らの都合のいい話だけ食べますってことですね」

「確かにいろんな専門委員会を作りますが、YES委員会に成り下がっているのがほんとでしょ。それから外交の失敗。北海道にとっては北方領土問題が一番大事。お友だち外交っていいながら見事にしっぺ返しを食らって、ロシアに憲法改正され領土は返さないと明言された。厳しい交渉だと分かっていても、お友だちになりましたって仲良しごっこのレベルでしか外交できない。結果が伴わなければ外交はアウトです。トランプとの関係を見ていても、相手はシビアに求めてきても、返す刀もなく言われるがままいい子ぶる。辺野古の問題だって沖縄に丸投げして、知らんぷり。いっそのこと、基地の提供は一切止めて、どうぞ出て行ってくださいっていったら、相手はどう脅しにかかるか見てみたい」

「おっと過激な発言、面白そう! 青森の三沢の米軍基地から道南の江差の方まで飛んでいって、小学校を標的に訓練してたってことがあったけど、日本の空を米軍さんは自由勝手に飛んでいらっしゃる。沖縄や岩国では、コロナの水際作戦中に本国からフリーパスで往来し、挙げ句の果てにコロナをばら撒く。治外法権で一切お構いなし。これで日本が独立してるなんて信じられない」

「中国や韓国との関係も、ましてや北朝鮮との関係も難しくなる一方で、そのほとんどは米国に追従してるだけのこと。トランプなんぞ金と次の選挙しか頭にない男。そんな男とお友だちって媚びる男が、〈戦後レジューム〉からの脱却なんて、片腹痛いですね」

「中国はコロナ禍に乗じて世界にのしていこうと、盛んにアピールしていますが、香港の一国二制度の行き詰まりで、共産党専制政治の色を濃くしてしまい、そんな国と渡り合うには力がなさ過ぎます。いつもの遺憾に思うというメッセージも聞き飽きました」

「よく見ておられる。問題は食料。例えば養鶏の飼料の9割以上は輸入に頼っているから、米国や中国との関係はなかなか大変です。TPP絡みでも、北海道の農業や酪農が一番深刻なダメージを受けています。食糧自給率を上げることもしないで、お構いなしにトランプのいいなりに米国の農家を助けるという、馬鹿げた政策がまかり通っている。コロナ禍で心配される食糧難にどう備えられるのか、この政権じゃ心配、心配」

「もしかして、養鶏の飼料が高くなったり制限されると、卵の値段が一気に上がってしまう?」

「もしかしてではなく、近い将来の話かも知れません。そんな不安は口にはしないからね。ましてや、卵が1週間に1個しか食べられないって、言えるわけないっしょ」

「コロナ禍と食糧問題。九州じゃ梅雨の長雨で夏野菜は全滅、ジャガイモもタマネギもアウト。関西に出荷する野菜が足りなくて、ジャガイモなんか1個200円近くするって京都の友だちが嘆いていたけど、食べもんを粗末にするようないまの風潮に、感染病以上に危機感覚えますね。お金を持っていても物がなければ買うこともできない。そんな世界を想像するのは、ちょっと…」

「そこなんだね。そこが、この政権の想像力が乏しいどころか、おぞましくもあるところでだね。だから余計に酒が進む」

「おやおや、やけ酒は嫌ですよ。同じ飲むなら、前向きになれるようなことを大家さんとは語り合いたいものです」

「申し訳ない。お呼びだてして酒の相手までしていただきながらこの醜態、ご容赦ください。」

「大家さん、いまニュースで八千万枚のアベノマスク配るの断念したって!」

「ほう、これは吉報! さあさあ、飲み直しの一杯」(二人でグイとビールを味わう)
夜は静かに更けていきます。二人の話はまだまだ続く様子です。

※TPP(Trans-Pacific Partnership):環太平洋パートナーシップ協定。アジア太平洋地域の諸国が,物品やサービスの貿易自由化や投資の自由化のほか,電子商取引や知的財産など幅広い分野でのルール作りを目指す包括的な経済連携の枠組み。2005年に4か国が締約した経済連携協定を原協定とし,その拡大交渉にアメリカや日本などが参加。15年12か国で合意し,翌16年調印。17年アメリカの離脱により再交渉。18年11か国がTPP11協定に署名し,同年発効。環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定。環太平洋連携協定。環太平洋戦略的経済協定。環太平洋経済連携協定。

〔2020年7月30日書き下ろし。難しい政治の舵取り。誰もが出来ることではない。しかし、そもそもの1丁目1番地が違えば、全てが失政となる。さて二人は前向きになれるのか?〕