「おいででしたか」
「お待ちしてました。上がってください」
「まずは、お線香をあげさせてください」
「いつもお参りいただき有難うございます。お供えまで有難くいただきます」
「いえいえ先代には、どれほどうちの親父もお袋もお世話になったことか、こうして代わりにお線香をあげられるだけでも、ありがたいです」
「そうおっしゃっていただいて、今年も無事お盆を迎えることが出来ました。さあさあ冷たい物でも」(2人席を立って茶の間に行く)
「大家さんにはいつもお世話になりまして、今日も遠慮なく寄していただきました」
「こちらこそ、宅のとりとめのない世間ズレしたお話を聞いていただいて、本当にご迷惑をおかけするばかりで、申し訳ありません」
「いえいえそんな、私の方がいつも教えを請うばかりで、感謝しております」
「ボケ防止には、おしゃべりが一番といいますが、女の私には茶飲み友だちがおりますので十分は間に合いますが、宅は家に籠もっていますので、あなたがおられるだけで本当に助かっているんです」
「何バカなことを言っているんです。酒の用意をお願いします」
「はいはい、今日はごゆっくりされてください」
「有難うございます。お言葉に甘えまして」(ビールと肴が運ばれてくる。ビールをコップに注ぎ、杯を掲げて飲み始める)
「今年は子どもらも、戻っては来られないというから、寂しいお盆ですね」
「やっぱりあれですか、帰省に規制がかかって気勢が上げられない」
「来ましたね、さっそく。そうなんですよ。こんなに東京で感染が一気に広がって行くなんて思いもしませんでしたからね。それを最初の流行とは質が違うなんてわけの分からん理屈をこいて、判断は好きにして押しつけた。GOTOキャンペーンが止められない。困った内閣です」
「いろんな知事がうちにはご遠慮くださいみたいなことを、遠回しにおっしゃっていますが、ダメージをもろに受けたのは沖縄の離島。知事は緊急事態宣言を出っしゃったわけで、あれを見ちゃうと、うちさくるなって、やっぱり警戒心は強まりますよね。GoだのStayだの犬でもあるまいし、うざったらいこって」
「そこなんだね。曖昧なことしかいわないから怖さが増して、時に攻撃的もなるから、余計に怖い」
「青森に帰省した人の玄関口に、なんで戻ってきた、すぐ帰れって書いた紙があったって。ショック受けますよね。何百年もの間同じ土地で先祖代々生きながらえてきた地縁が、いとも簡単に壊れていくんですね、哀れというか」
「ただね、そう思ってもしちゃいけないって、普通じゃ自制心とか道徳心とかが働くところだけども」
「とおっしゃいますと」
「いえね、本心みんなそう思っているだけのことで、そうした人を表立って批判できないところに、世間は追い込まれているんじゃないかと。田舎は特に高齢者も多いから、自衛しなきゃいけないのでしょう」
「していいこととしてはならないことの何かギリギリのところで暮らしているようで」
「普通ならどこどこの家の息子が東京から帰ってきたなんて、普段は見向きもしないし、息子も近所周りして挨拶することもなくなったから、知ることもない。でもこのご時世、近所で監視が始まった。おや見慣れない人、見慣れない車ってなことになると、詮索センサーが一斉に動き出して、情報が集まってくる。伝え聞いた正義感に燃えるもんが、一言忠告に出向くと息巻いて、まあまあと押しとどめるそぶりしながら、背に腹はかえられないとばかりに、背中を押している。その家のもんとは多少しこりを残しても、仕方ないとあきらめる。ほとぼりの冷めた頃に、謝りの一本を入れればいいだろうと高をくくる」
「とりあえずこうするしかなかったからごめん、ってことですか」
「いいね。今日のキーワードは〈とりあえず〉ですよ」
「えっ、〈とりあえず〉ですか」
「そうそう、いまの内閣のやってることは、世間のやってることと大差ない。〈とりあえず内閣〉ってとこですね。やることなすことその場限りで、とりあえずそこんところを繕っておけば、いいだろうとすればするほど、仕立てが下手だからすぐにほつれる。ほつれたらまたとりあえず何の考えもなしに、縫いつくろう。その繰り返しで、指導力も政策企画能力も推進力も何もないことがバレてしまった。十兆円の補正予算も、解散選挙で勝つためのばら撒き軍資金で準備はしたが、東京を含めて全国に感染拡大しちゃって、どうすることもできなくなった」
「広島と長崎の原爆の記念式典でも挨拶の中身が上書きされただけだと非難は受けるは、長崎では何しに来たのかと遺族会には詰め寄られるはで、弱り目に祟り目でしたね」
「記者会見もそこそこに出ていったのは、もう話すべき〈言葉〉がないということ」
「どういうことで」
「安倍さんの言葉には、心に響くものがないから、天下の読売新聞の世論ですら、救いようのないくらい支持率ガタ落ちで、不支持に至っては54%とかばいようがない。威勢のいいフレーズはあったけれど、そもそも〈言葉の力〉がない。だから国会を開けない」
「独善的な米国やブラジルの大統領と別格としても、ともかくコロナの対応は失態続きで評判は悪いですね。感染者や亡くなった人の数では、世界でも少ないのに、その指導力は全く最低レベルですね」
「確かに数から見ると少ないから普通は良くやっているって評価されて当たり前だけども、政策としては成功しているとは言い難いから、皆さん不満をこんなカタチで吐き出して、政治を担う者たちに檄を飛ばしているのかもしれない」
「えっ、エールですか?」
「逆もまた真なり。そういう風に解釈して煙に巻くのが上手いから政治家ともいえますね。決して過ちを過ちとは認めない。もう一つ、誰かに責任を押しつければ一件解決」
「いやはや、黒いものを赤だと言いくるめるこれも〈言葉の力〉ですか」
「彼らはそうだと思い込んでいるから、たちが悪い。日本語を歪曲させて、不正義を正義に変えるくらいは朝飯前でしょ。そもそも政治に正義はあるのかと、広島の〈黒い雨裁判〉で不信感というより怒りさえ感じましたね」
「これが選挙前の判決ならば、公訴取り下げを平気でやる人。広島の原爆記念式典で控訴しませんと挨拶したら、支持率グッとアップしたものを、そのあたりの政治感覚のズレが、はっきり見えたということですか」
「おっしゃるとおり。ただね、いまひとつ考えなければならないのは、怖い数字です」
「数字というと」
「コロナの世界の感染者が11日に2千万人を超えたとニュースがありましたが、1千万人を超えたのが6月29日なんです。たった1ヶ月半で倍になり、亡くなった人も70万人も超えているという深刻な事態です。日本も、5月の25日に緊急事態宣言が解除された時には1万7千人弱で820人の方が亡くなっていましたが、今日5万人を超えましたね。7月からここ1ヶ月で倍に感染者が増えているんです」
「それでも、重症者が少ないとか医療崩壊はしないとか、旅行は随意にとか、感染地区の営業は規制をかけますとか、この夏みんな中途半端にやり散らかして、特に何もしないことにしたんですかね」
「国会を開いても、打つ手もない。ただ腐(くさ)されるだけで、そこで余計な言葉でも吐いたものなら、その尻拭いをみんなこぞって忖度させられる。開くはずはないでしょ」
「コロナには勝手に一時休戦。まずはジムで体力づくり、健康維持で次に備えるという、優雅な夏休みをされておられるのですね」
「一致も察知も行かない日々、日銭を稼ぐのに汲々とされてる方や、夏休みにどこにも行けずに家で過ごす子も、この熱暑の中辛抱して暮らしているにもかかわらず、議員は選挙区に帰省して軍資金集めに奔走してることでしょう」
「ホットなニュースです! 米国とドイツが共同開発しているコロナのワクチンの臨床試験が順調なら、暮れには有効で安全なワクチンが大量につくられそうです」
「それは嬉しいですね。一刻も早くワクチンの供給が始まれば、犠牲者も減りますし、その先の経済の見通しの段取りも付けやすくなりますね」
「先が見えることで、暮らしを立て直すという目標がはっきりしますね。ワクチンの開発が成功なら、ほんと素直に嬉しい。研究している人たちって、マジに人類の救世主ですね」
「おっしゃるとおりです。人間の叡智というのは侮れない。研究者の並々ならない精進と研究への真摯な姿勢に感謝するしかありません」
「なにかこうして酒を酌み交わしているのは、申し訳ない気がしますが」
「いえいえ、ご先祖さんもさぞ気をもんでいたことでしょう。少しでも明るい兆しが見えたことを伝えるいい機会となりました。このまま無事ワクチンの開発、製造が進みますよう、とりあえず乾杯しましょう」
「それでは、とりあえず遠慮なくいただきます」
〔2020年8月13日書き下ろし。ワクチン開発のグッドニュースが入ってきて、不安が少しでも解消されることが、今日の救いになりました〕
付記
新型コロナの政府対応「評価せず」66%…読売世論調査
読売新聞社が7~9日に実施した全国世論調査で、新型コロナウイルスを巡る政府のこれまでの対応を「評価しない」は66%(前回7月3~5日調査48%)に上昇し、同様の質問をした2月以降6回の調査で最も高くなった。「評価する」は最低の27%(同45%)。安倍首相が新型コロナへの対応で指導力を発揮していると思わない人は78%に上った。
安倍内閣の支持率は37%で前回調査(7月3~5日)の39%からほぼ横ばいだった。不支持率は54%(前回52%)となり、2012年12月の第2次安倍内閣発足以降で最高となった。不支持が支持を上回るのは今年4月調査から5回連続だ。
政党支持率は、自民党33%(前回32%)、立憲民主党5%(同5%)などで、無党派層は46%(同46%)だった。
今年のお盆期間中の帰省に対する考えを聞くと、「(新型コロナウイルスの)感染が拡大する恐れがあるので自粛すべきだ」が76%に上り、「感染防止策を徹底していれば問題ない」の22%を大きく上回った。
政府が、7月から旅行代金の割引などで観光を支援する「Go To トラベル」事業を開始したことについては「適切ではなかった」が85%に達した。この夏の旅行について聞くと、「都道府県をまたいで旅行する」が12%、都道府県をまたがず「近場へ旅行する」が15%で、「旅行は控える」が67%に上った。政府は、観光需要を喚起するため、旅行費用の半額を補助する「GoToキャンペーン」事業を8月上旬にも開始する方針だが、国民の間では依然慎重な人が多いようだ。
国内で新型コロナウイルスの感染が再び拡大する「第2波」への不安を「大いに感じている」とした人は57%(前回6月5~7日調査52%)に上昇した。「多少は」38%(同39%)と合わせ、不安を感じている人は95%に達した。(読売新聞オンライン2020年8月9日)
コロナワクチンの初期試験で抗体 ファイザー開発、英科学誌に発表
【ワシントン共同】米製薬大手ファイザーのチームは12日、開発中の新型コロナウイルス感染症のワクチンを接種した人に、ウイルスに対抗する抗体ができたとする臨床試験の初期成果を英科学誌ネイチャーに発表した。
ワクチンはドイツの企業ビオンテックとの共同開発。7月末に3万人対象の臨床試験が米国で始まった。順調なら10月にも米食品医薬品局(FDA)の安全性や有効性の審査を受け、認められれば年末までに最大1億回分、来年末までに13億回分の製造を目指すとしている。日本政府は開発に成功した場合、来年6月末までに6千万人分の供給を受けることでファイザーと基本合意している。(共同通信社 2020年8月13日)