大地の子

きみは 愛くるしい魂の塊だった
生まれ出ずる時 人はみな歓喜に涙した
宇宙の閃(ひらめ)きの一瞬に生きる
奇跡のいのちが 大地に生まれた

地球は緑を失い 赤茶けた荒野が広がっていた
多くの人は 飢餓と戦火に苦しんでいた
生まれても 声もなく絶えていった
人の心は荒(すさ)み 略奪と殺戮の修羅場と化していた

きみは 強い意思を持って大地に立った
特別な力を備えているわけではない
奇跡を起こすわけでもなかった
ただ人の心に 何かが沁み渡っていくのだった

きみが生まれたときの歓喜は
誕生を待ち望んだ人たちからの贈り物
きみを愛しいと思う人が 集まっていた
みんな絶望の中にいたけれど 
きみの誕生で 何かを感じ心が動いていった
きみは 大地の子に育てられていった

きみが命じることはなかった
武器をツルハシとスコップに替え 乾いた地に水路を掘った 
流れ出た水が荒野に放たれ その地に木を植えた
乾いた地に再び緑が甦り 収穫を手にした時
怒涛のように響き渡る歓声を上げた
きみは ただ微笑んで見ているだけだった

大地の子は 希望そのものだった
地上のどこにでもいる子だった
誰だって子どもは 大地の子だった
飢餓や貧困や差別や暴力や犯罪や略奪や弾圧や環境汚染や病魔や内戦やテロや戦争
どんなに悲惨な時代でも どんなに圧政にもがき苦しんでも
どこかで大地の子が微笑み 勇気と希望の兆しをもたらす

大地の子が生まれる限り 人はきっと立ち直ることができる
大地の子が微笑む限り 人はいつでもしたたかに生きることができる
大地の子を抱きしめる限り 人はこれからもしなやかに生きることができる

大地の子の奇跡は それを信じる人にしか起こすことはできない
大地の子の存在は 奇跡のいのちを生きるわたしそのものである

〔2021年1月5日書き下ろし。大地の子。奇跡のいのちを生きる一人ひとりの名称。存在そのものが希望にならなくてはいけない。中村哲氏を追悼する〕