万年筆をいただいた
インクを買い求めた
Blue-Blackがひと瓶 棚にあった
万年筆は コンバーター式になっていた
インク瓶にペン先を浸して 直接インクを吸い込む
初めての体験で手間取り 左手がインクに塗(まみ)れた
やり方のミスに気づき ようやく注入を終える
試し書きをした
気分が高揚してくるのを 抑えきれなかった
太いラインが滑らかに流れる
欲しかった太さのペンだった
葉書や手紙は 出来るだけ手書きを旨とした
太い文字で書くことに 憧れていた
年齢が邪魔をした
高価なものを買っても どれだけの時間がこの先あるのか
宝の持ち腐れで 持つという欲を満たすだけのことになる
そう考えると 二の足を踏んだ
それでも 事務用品売り場に並べられた万年筆を
試し書きをすることもなく ガラス越しにながめながら
値札を見て通り過ぎた
いま持っている二本の万年筆の一本は もう五十年にもなる
就職した春 初任給四万円のうち五千円をはたいて
田舎の文房具店で買って 名前を入れてもらった
札幌の専門店で何度かクリーニングをして 長らえている
もう一本は 道庁に異動した記念に求めた
これもかれこれ二十五年は ゆうに経つ
書くことは ワープロからパソコンにシフトしてしまったが
どちらも 思い入れの強い二本となっていた
学生時代は ミミズのはったような
自分にしか解読できない 下手くそな文字を書いていた
教師になって 板書したり ガリ版原紙を切ったりすることで
子どもに分かる文字を 書かねばならなくなった
万年筆は 大人になった一人前の証の一品であった
手書き文字の上達への願いを込めた一品ともなった
いまでも何かの署名の時には 心して万年筆を使う
さっそく 礼状を一筆認(したた)めた
いただいた万年筆の 初仕事となった
重厚感のあるボディーは すぐに手に馴染む
ソフトタッチで ペン先から流れるインクの描く線は
下手な文字も それなりの装いをまとって表れる
太い線は 感謝の思いを伝える言葉を力強く支えた
書き終えて 近くの郵便局で投函した
ペン先の太さで表現された文字が
己の性格を見せるとしたら
さしずめ今までの万年筆からは
鋭く尖った攻撃的なタッチが 強調されていた
神経質な性格を もろに表出した文字となっていた
文章の言葉のはしはしに 優しさが見えていても
手紙の中の文字は 堅く鋭く緊張感を伝えていた
今日からは この万年筆を使いこなすことにしよう
柔らかなタッチを 身につけよう
性格も多少穏やかになるのではと 期待をこめよう
贈ってくれた方の宿題は ここにあるのかもしれない
時世の変化に ゆったりと構えて考える
浮世の流れに ゆるやかに身を任す
そんなおもいを書き記すには 本当に有難い一品となった
待てよ
そこまでまだ 老成できぬ己がいた
ちょうどいいというバランスを 取るにはまだ未熟者だった
今世の不条理を語るに 太く力強い文字から発せられる
その言葉に 生気を吹き込みたい
ここに見つけた手書きの新しい太文字の世界に
柔らかさと強さを兼ね備えた表現を見出したい
そこにペンを握る者の覚悟と 伝わることの確信を見つけたい
だから文字を手書きするという感覚を 忘れてはならない
〔2021年4月27日書き下ろし。一本の万年筆をどう使いこなすのか。今日の詩の下書きから始まった新しい習慣づくり。楽しみが増幅されてゆく。師に感謝するばかりである〕