「老爺心お節介情報」第25号
〇皆さんお変わりなくお過ごしでしょうか。
〇新型コロナウイルスの件で、私が関わっている財団、社団などの理事会は軒並み書面審査かリモートによる会議で、何か味気ない雰囲気の中で終了しています。今は、我慢の時です。ワクチン接種が進み、少し交流ができるようになることを願うばかりです。
〇この間、私が頂いた資料や本で、皆さんと情報の共有化したいものを挙げます。
Ⅰ 金澤周作著『チャリティの帝国』(岩波新書、2021年5月20日発行)
京都大学教授の金澤周作先生は、2008年に出版した『チャリティとイギリス近代』で、SOMPO福祉財団の文献賞を受賞された方であるが、この度『チャリティの帝国』(岩波新書、2021年5月20日発行)を上梓された。とてもコンパクトにイギリスのチャリティの歴史、概要についてまとめられているので必読文献の1つである。
私は、ご恵贈賜ったお礼の手紙に次のようなことを記した。
(金澤先生への礼状の一部)
私は、戦後日本の社会福祉研究は憲法第89条の規定に制約され、イギリスの行政と住民のボランティア活動との関係を巡る研究が不十分だったことを指摘してきました。また、そのイギリスのボランティア活動の一番大きなものはチャリティ、金銭のボランティア活動、それも遺贈だと言ってきました。
私は、1980年代から日本には「寄付の文化」がなく、あるのは互助組織における冠婚葬祭での金銭授受であり、かつ神社仏閣への寄進であり、社会に対する、見ず知らずの人への寄付文化は育っていないと指摘し、それを変えなければ、日本の社会福祉は発展しないと言い続けてきました。
更には、1992年にイギリスで1601年に制定された「Statute of Charitable Uses 」(チャリティ用益法、P66)の存在を知り、COの事務局でその原典に触れ、大変驚きました。また、その考え方が1960年の チャリティ法や、その1992年の大改正法にも引き継がれていることに驚き、イギリスの歴史の重みを感じました。その後、日英米3か国の共同募金や寄付の文化について調査研究し、日本の社会福祉はイギリスのCAFにもっと学ぶべきと言ってきましたが、相変わらず日本の社会福祉研究は行政依存型です。
そんな日本の社会福祉研究者に金澤先生のご労作である『チャリティとイギリス近代』を読むように言ってきましたが、その内容がこのようにコンパクトにまとめられたことは嬉しい限りです。多くの人に読んでもらい、イギリスの学び方を変えてもらえればと願うばかりです。
Ⅱ 自閉傾向の強い障害者のターミナルケア(『嬉泉の新聞』第83号より)
日本社会事業大学教授であった故石井哲夫先生が、故須藤理事長と力を合わせて設立した社会福祉法人嬉泉の機関紙『嬉泉の新聞』第83号に、我々が改めて考えなければならない記事が掲載されており、とても感動した。
故石井哲夫先生のご子息で、現在、社会福祉法人嬉泉の理事長をされている石井啓氏が「自閉傾向のある人のターミナルケアを考えるーーインフォームド・コンセントの大切さー」と題して、また袖ケ浦ひかりの学園園長の松田香さんが「利用者の終末期に寄り添うーー実践を通して、援助者として思ったこと、感じたこと」を、「自分らしく生きるために」と題して、袖ケ浦ひかりの学園の鈴木雅士さんが執筆している。
袖ケ浦ひかりの学園に入園していた52歳の女性で、“自閉症のある方で、非常に拘りが強く、知的な遅れもあり、コミュニケーションをとることの難しい、いわゆる重度の方”が、定期健診で末期がんが見つかり、看取るまでの過程が記述されている。
障害のある方でも、自分らしく生きることを理念として掲げている社会福祉法人嬉泉が、家族と協働して、“がん告知”をし、延命治療をせずに、死の直前まで自らの拘りの行動、表現をされていた方を看取った記述が綴られており、大変感動した。
Ⅲ 『ICFの視点に基づく自立生活支援の福祉用具』(伊藤勝規著、中央法規、3300円)
日本社会事業大学の学部卒業生である伊藤勝規さんが描いた本です。ICFの視点に基づくマネジメントの重要性と必要性を非常にわかりやすく書いています。この本は、日本社会事業大学社会福祉学会の木田賞に選ばれました。
Ⅳ シルバー産業新聞の4月版、5月版に連載した原稿を添付しておきます。
(1)シルバー産業新聞の4月版
「求めと必要と合意に基づく支援」
(2)シルバー産業新聞の5月版
「家族・地域の介護力、養育力の脆弱化とソーシャルサポートネットワークの必要性」
添付資料(1)
シルバー産業新聞連載記事第4回
「求めと必要と合意に基づく支援」
福祉サービスを必要としている人々への支援において、よほど気を付けないと無意識のうちに“上から目線”の世話をしてあげるというパターナリズムになりがちになる。
福祉サービスを必要としている人はさまざまな心身機能の障害や生活上の機能障害において要介護、要支援の状態に陥っているので、ついつい福祉サービス従事者はその機能障害を改善、補完するために“いいことをしてあげる”という意識になりがちである。それは、一見“善意”に満ちた行為として考えられがちであるが、福祉サービスを必要としている人の意思や主体性を尊重しての“誠意”ある行為といえるのであろうか。
また、福祉サービスを必要としている人で、家族と同居している人の場合には、福祉サービスを必要としている人本人の意思よりも、同居している家族が自分の“思い”、“願い”を福祉サービス従事者に話され、その家族の希望が優先され、ややもすると本人の意向や意思は無視されがちになる。ましてや、福祉サービスを必要としている人は、日常的に同居している家族に普段から迷惑をかけているからという“負い目”もあり、家族に遠慮して、自分の意向、意思を表明しない場合が多々ある。
イギリスのブラッドショウは1970年代に、住民の抱える生活上のニーズを4つに類型化(①本人から表明されたニーズ、②住民は生活上の不安や不満、生活のしづらさを抱えているが表明されていないニーズ、③住民は気が付いていないか、表明もしていないが専門職が気づき、必要だと考えられるニーズ、④社会的にすでにニーズとして把握され、対応策が考えられているニーズ)した。この類型化されたニーズにおいて、日本の社会福祉分野において気を付けなければならないニーズ把握は、②の住民の生活上様々なニーズがあるにも関わらず気が付いていないか、自覚しておらず、表明されていないニーズである。
日本の“世間体の文化”、“忖度の文化”、”もの言わぬ文化”に馴染んで生活してきた国民は、自らの意思を表明することや自らの希望や願いを表明することに多くの人が躊躇してしまう。したがって、本人が自分の意見や気持ちを表明しないのだからニーズがないのだろうと解釈するととんでもない間違いを起こすことにもなりかねない。それらのニーズは潜在化しがちで、対応が遅れることになる。
一方、専門職が気づき、必要と判断するニーズにおいても、社会生活モデルに基づくアセスメントやナラティブに基づく支援方針の立案が的確に行われていればいいが、上記したようなパターナリズムでのアプローチをしている場合には専門職の判断が必ずしも妥当であると言えない場合が生じてくる。
イギリスでは、1990年の法律により、福祉サービスを提供する際には、その援助方針やケアプラン及び日常生活のスケジュール等を事前に本人に提示し、本人の理解を踏まえて提供することが求められるようになったが、2005年の「意思決定能力法」ではよりその考え方を重視するように法定化された。
日本の民法の成年後見制度や社会福祉法の日常生活自立支援事業は福祉サービスを必要としている人が自ら意思決定できないことを前提にして制度設計されているのと違い、イギリスの「意思決定能力法」は日本と逆の立場を取っている。
「意思決定能力法」は①知的障害者、精神障害者、認知症を有する高齢者、高次脳機能障害を負った人々を問わず、すべての人には判断能力があるとする「判断能力存在の推定」原則を出発としており、②この法律は他者の意思決定に関与する人々の権限について定める法律ではなく、意思決定に困難を有する人々の支援のされ方について定める法律であるとしている。その上で、➂「意思決定」とは、(イ)自分の置かれた状況を客観的に認識して意思決定を行う必要性を理解し、(ロ)そうした状況に関連する情報を理解、保持、比較、活用して (ハ)何をどうしたいか、どうすべきかについて、自分の意思を決めることを意味する。したがって、結果としての「決定」ではなく、「決定するという行為」そのものが着目される。意思決定を他者の支援を借りながら「支援された意思決定」の概念であるとしている。(註)
日本だと、“安易に”、あの人は判断能力がないから、脆弱だから“その意思を代行してあげる”ということになりかねない。言語表現能力や他の意思表明方法を十分に駆使できない障害児・者の方でも、自分の気持ちの良い状態には〟“快”の表情を示すし、気持ち悪ければ“不快”の表現ができる。福祉サービス従事者は安易に“意思決定の代行”をするのではなく、常に福祉サービスを必要としている人本人の意思、求めていることを把握することに努める必要がある。
その上で、本人が自覚できていない人、食わず嫌いでサービス利用の意向を持てていない人に対し、専門職としてはニーズを科学的に分析・診断・評価し、必要と判断したサービスを説明し、その上で、両者の考え方、プランのあり方を出し合って、両者の合意に基づいて援助方針、ケアプランを作成することが求められている。(2021年3月12日記)
(註)菅冨美枝「自己決定を支援する法制度・支援者を支援する法制度――イギリス2005年意思決定能力法からの示唆―」法政大学大原社会問題研究所雑誌No822、2010年8月所収。
添付資料(2)
シルバー産業新聞連載記事第5回
「家族・地域の介護力、養育力の脆弱化とソーシャルサポートネットワークの必要性」
戦後日本の社会福祉問題は、1970年頃を境に大きく変質する。1960年代末から1970年代にかけて、「新しい貧困」という考え方が登場する。
従来の貧困は、経済的貧困であり、労働経済学的視点に基づく対応策が考えられ、ほぼ金銭瀬的給付をすれば問題は解決できると考えられていた。そのような中で、江口英一は「不安定就業層」という新しい考え方を提示し、労働者世帯の生活の不安定さは労働経済的対応策だけでは不安定な生活の問題解決につながらず、地方自治体における様々な対人援助サービスの整備が必要であることを指摘した。1970年頃“ポストの数ほど保育所を”というスローガンの下に、保育所増設運動が全国各地で台頭したのはその一つの現れである。
また、金銭的給付では解決できない「新しい貧困」への対処も求められるようになってくる。農業中心の時代には、家族も多世代同居家族であり、地域においても農業を通じての地縁・血縁関係が豊かにあり、様々な生活問題があってもそれらへの対処は家族や近隣での助け合いの中で問題解決が行われ、行政による社会的対応策が求められなくても済んだ。
しかしながら、急激な工業化、都市化、核家族化の進展により、家族構成員の抱える生活問題への対処力が脆弱化していく。
第1には、家族の構成員が抱える様々なショックをやわらげ、慰め、励ます機能が家族形態の変容と核家族化することにより脆弱化していく。人間は弱い動物であり、日常的に受けるショックを和らげてくれる機能や慰め、励ましてくれる機能が身近になければ一人で対処することは大変なことである。筆者は、家族構成員が受けるショックを和らげ、慰め、励ましてくれる機能を自動車の乗り心地の良さを左右するショックアブソーバー(衝撃緩衝装置)にたとえ、家族が持っていたショックアブソーバー機能が脆弱化することにより、家族とその構成員の精神的不安定さと生活問題対処力の脆弱化が増大していることを指摘した。離婚が増え、一人親家庭が増大していくと、家族のショックアボソーバー機能は家族内にはほとんどなくなり、かつ社会的にも“支援”がなく、孤立していく。また、それとともに精神疾患の増大も深刻化していく。
第2には、急激に核家族化されたことにより、親の世代から引き継ぐべき生活文化、生活様式、生活習慣といったものの“世代間継承”ができず、生活力の弱い核家族が増えることになる。塩月弥栄子の『冠婚葬祭入門』が1971年に刊行され、ベストセラーになったのも、松田道雄等の『育児書』が刊行され、重宝されたのも、この生活文化、子育ての文化の“世代間継承”が断絶したことの一つの証左であろう。高度経済成長に必要な労働力として、“金の卵”として全国から集められた中卒集団就職者にとっては、自らの生活力を豊かに育む生活環境を持てず、厳しい生活にさらされる。
福祉事務所で生活保護業務を担当する現業員らによる調査で、生活保護世帯への救済策として金銭的給付では解決できない「新しい貧困」、“生活力“の脆弱さが指摘された。
第3には、急激な都市化、工業化の中で、住居の移動も激しく、近隣関係を構築できない、地域コミュニティを形成できない中で、多くの住民が日常的に触れ合える、支え合える近隣関係、人間関係を持てずに暮らすことになる。
2015年に施行された「生活困窮者自立支援法」は、まさにこれらの「新しい貧困」問題への対応策であり、かつ2016年から推進されている地域共生社会政策はよりその対応策を強化しようとするものである。
それは、福祉サービスを必要としている人が地域において、孤立することなく、排除されることなく“社会参加”できるようにしようとするもので、日本でもイギリスと同じように、“孤立・孤独問題担当大臣”を任命せざるを得ないほど地域においてソーシャルサポートネットワークを持てずに孤立・孤独に陥っている人々の問題は深刻化している。
地域生活している単身高齢者や単身障害者の数はますます増大しており、それらの人々への支援には、介護保険サービスや障害者サービスを“点と点を結ぶ”方式で提供しても解決できない問題が数多くあることが指摘されている。
民法の成年後見制度や社会福祉法に基づく日常生活自立支援事業もあるが、それだけでは解決できない様々な生活上の支援が必要とされている。入退院時の保証人制度や庭木の手入れ等の住宅管理保全、ゴミの分別と廃棄、看取り、死後対応事務(火葬許可書の名義、葬儀の扱い、遺骨の取り扱い)等、既存のサービスにない日常生活支援サービスが必要になっているが、それとともに重要なのが孤立・孤独問題である。
従来の家族、地域が有していた生活支援に“幻想を抱かず”、それとは別に、新たなソーシャルサポートネットワークを構築することが求められている。悲しい時に慰めてくれる人、嬉しい時に一緒に喜んでくれる人など情緒的にサポートしてくれる人の存在、生活上のちょっとした困りごとを手伝ってくれる人の存在、日々変わる日常生活上の制度などについて情報を教えてくれる人の存在、一人の人間としての尊厳を守り接してくれる人、人間として評価してくれる人の存在という4つのソーシャルサポートネットワークの機能が地域自立生活にはとても重要で、その機能の構築が地域共生社会政策として不可欠である。
(註)J・S・Houseの4つの機能、『支えあう人と人』浦光博著、サイエンス社、1992年参照。
(2021年6月3日記)