矍鑠と生きる

夫に先立たれシングルマザーで店を持った
いまも仕切る心配性の88歳
たくさんの薬を飲むという
塩っ気のあるのは御法度だ
黒ニンニクを作りおやつ代わりに食べる
これを食べてから風邪引かなくなった
そう豪語する声に押されて3個も食べた

かくありたい
ともかく人が寄ってきた
来るとなれば手作りのおやつが並ぶ
アメリカンを入れるカップも個別に用意する
コーヒーが薄いのは胃を守るための処方箋
話題には事欠かない情報通
人を楽しませるのが一番嬉しそう

そうはいかない
サ高住に入居させられたご近所さん
通院の帰りに寄り道する
昼飯が出ないからここで済ます
戻っても寂しいのだと知っている
戻ると認知が進みそうだとも知っている
毎月20万円も払って健康は担保できない
不安を抱えて会いに来る
帰りたくないとこぼし泊めてほしいと哀願する
同情では済まされぬ
だからキッパリ断る

やるもんだ
毎年1本の苗木から大ぶりの菊を丹精込めて育てる
その技ぶりは見事としか例えようがない
今夏の猛暑にも負けず毎日水をたっぷりやったという
店の横や裏に十数鉢が所狭しと並べられていた
毎年老人施設の晩秋を飾る花となる
今朝も車で取りに行くというので付いてきた
選んでいる間の講釈を聞くのも楽しい
我が家にも小ぶりでまだ蕾の多い一鉢をお借りした
部屋に飾るとなぜか嬉しい

そこなんだ
近くに来ればみんなが立ち寄る憩いの場
おしゃべり三昧で笑いこける賑わいの場
世話焼きに忙しい振る舞いの場
でもご近所さんがいなくなる
顔見知りもいなくなる
みんな先に旅立った
うまいもんをこさえても食べる人がいなくなる
田舎料理だといいながら手間隙かけて心を込めた
喜んでもらえたならいくらでもこさえた
いまじゃみんな鬼籍に入って叶わない
サロンのような集まりも閑古鳥が鳴いていた
だから時々お邪魔する気さくな人を歓待する

そこだった
88歳は人生を皺に刻んだ
昔気質の人情味をあったかく刻んでいた
男にはマネできない女の気くばりだった
時に厳しくマジに世話焼きだった祖母の姿を重ねた
矍鑠(かくしゃく)として生きた祖母の生き方に重ねた

〔2021年10月29日書き下ろし。懐かしいおもいは昔気質というにふさわしい人との出会いにあった。人とつながることの確かさを学んだ〕