オロロン街道北上

小樽から石狩〜留萌〜稚内を結ぶ
322kmの日本海沿岸ルートをオロロン街道と呼ぶ
石狩市浜益から増毛までトンネルが続く一本道
他の町に抜けるルートはない
一端事が起これば身動きは全く取れぬ
10数年ぶりにこのルートに愛車を走らせる
オロロン鳥が生息する天売島のある羽幌まで北上した

途中雄冬トンネルは点検補修工事が続けられていた
長いトンネルは工事車両が入り片側通行となっていた
トンネルの出入口では誘導する作業員が赤と緑の旗を振る
日本海は荒れ風は収まることなく強く吹き付ける
防寒具に身を包みながら野ざらしのまま
まともに風を受ける人がいた

工事現場には必ず車輌や歩行者を誘導する作業員が立つ
夏の熱い日射しに身を焼きながらも
冬の身も凍える寒さに耐えながらも
昼夜を問わずインフラ整備に身一つで下支えする

緑(あるいは白)の旗振る横を通り過ぎながら
軽く手を挙げ感謝の意を示す
夕方羽幌から留萌に南下してホテルに入った
今朝も日本海からの強い風がホテルの窓を打つ
野ざらしで工事現場に立つ人たちは
もう仕事を始めているときだろうか

コロナ禍でエッセンシャルワーカーが注目された
感染が下火になり日常が戻ってくると
大事な心が忘れ去れていく
暮らしを国土を支える人たちの
今日の一日の無事を祈りたい

※雄冬(おふゆ)トンネル:一般国道231号は昭和28年国道に認定された後も、道らしい道もない不通区間同然であったところから、長い間「幻の国道」と呼ばれていた。日本海特有の急峻な海蝕崖の地形も、道路整備計画の進捗とともに次第に開削も進み、最大の難所、西蝦夷の三険岬、雄冬岬を越える区間も、昭和48年(1973年)の着工以来、9年の歳月を経て、昭和56年11月上旬に全線開通した。しかしその後わずか40日余の12月中旬に、雄冬岬トンネルの一部を押し潰す、未曽有の大崩落が発生した。
復旧工事が完了し、雄冬岬トンネルの再度の開通は昭和59年5月のことであった。しかし冬季間の増毛・ 雄冬の通行止めは依然続き、この区間、かつ国道231号全線が通年供用可能となったのは平成4年(1992年)10月22日以降のことである。

〔2021年11月16日書き下ろし。見慣れた風景に、忘れ去られていく感謝の気持ちを思い越したい〕