体力の限界

男はまだ70を超えたばかりだった
地域は古い市営団地が占めていた
エレベータは設置されていなかった
住民も年々高齢化が進んでいった
独り暮らしや高齢夫婦世帯が多くなっていた

団地には福祉の課題が凝縮していた
老老介護と認認介護の波が一気に押し寄せてくる
階段の上り下りも大きな障害となっていた
通院も思うようにならず我慢を強いられた
買物も重たいものを運び上げるのは苦役となった
家に閉じ籠もる人も増えてきた

団地が担当区だった
一日に何度も階段の上り下りをした
御用聞きで気にかかる人を回った
相談相手になることからつながっていく
困っている人を行政につなぐ重要かつ不可欠なお役目
大事な情報を伝えて安堵の顔を見た時は嬉しかった

膝の案配が気にかかった
階段の上り下りが苦痛になった
整形外科で診てもらった
薬も処方されたが痛みは消えなかった
そろそろ年貢の納め時かと覚悟した

気力は衰えてはいなかった
50代で民生委員になって4期目
団地の老朽化と一緒に住民の老化を見守ってきた
関わる人が年々増えてきた分やりがいは大きくなった
まさか老いが膝にくるとは思いもよらなかった
やりがいよりも体力勝負だと知らされた
12月の一斉改選まで任期を全うしよう
それまでに次の人を探してもらおうと
リタイヤすることを決めた

冷え込んだ今朝も
階段に一步足をかけた
いい子にしておくれ
膝にそう言い聞かせて踏み出した

〔2022年1月9日書き下ろし。どんなに崇高なおもいを持ってしても体力の限界があることを教えてもらった。無理をされている民生委員児童委員の方に敬意を払わざるを得なかった〕