新美一志/「福祉教育」「まちづくり」「ふくし」のキャッチフレーズに関するメモ

〇「福祉教育」に関して、「社協活動は、福祉教育で始まり、福祉教育で終わる」「福祉まちづくりから福祉まちづくりへ」「ふくしは、だんの、らしの、あわせ」など、いろいろなキャッチフレーズがある。それらは、時に、「社協の先輩たちが語り継いできた言葉」「福祉教育実践の先人たちからのメッセージ」、あるいは「詠み人知らず」(作者不詳)として紹介され、引用されている。しかし、その短いフレーズには、その作者の理念や思想が込められており、また作成された時代や社会の様相が反映されているはずである。そう考えると、キャッチフレーズは、宣伝や広告のための「単なる」謳い文句として軽視することはできず、歴史的・社会的なキーワードとして重要な意味をもつものである。
〇「社協活動は、福祉教育で始まり、福祉教育で終わる」は、島根県瑞穂町(現邑南町おおなんちょう)社協の地域福祉環境や地域福祉実践に基づく言葉である。瑞穂町社協は、1980年前後以降、生涯学習の視点から、学校内外における子ども・青年の福祉教育実践や地域住民を対象にした社会福祉学習などに先駆的・総合的に取り組んできた。その中核を担ったのは日高政恵(元事務局長)であり、その取り組みを全面的・継続的に支援したのが大橋謙策である。日高は、「大橋先生から、福祉の町づくりなのか、福祉で町まちづくりなのか、とよく言われました」と述懐している。大橋が本格的に福祉教育やボランティア活動の実践に触れ、研究を展開するのは1980年前後からであるが、その当初から大橋は「福祉で町づくり」を説いていたのである(大橋謙策監修、澤田隆之・日高政恵著『安らぎの田舎(さと)への道標(みちしるべ)―島根県瑞穂町 未来家族ネットワークの創造―』万葉舎、2000年8月)。
〇この点を関して、コミュニティデザインの第一人者と評される山崎亮が、大橋へのインタビューを通して次のように述べている。「大橋さんの言葉を借りれば、福祉事業者や研究者の間で70年代からスローガンのようにいわれていた『福祉まちづくり』が、90年代から『福祉まちづくり』へと変わったのである。」「大橋さんは、2010年代は『福祉でまちづくり』から『福祉まちづくり』といわれる時代へと移行したと話していた」(山崎亮『縮充する日本―「参加」が創り出す人口減少社会の希望―』PHP新書、2016年11月、331、335ページ)。
〇「福祉」を平仮名の「ふくし」と表記したひとりに、木原孝久(住民流福祉総合研究所)がいる。木原は、1974年9月に「福祉教育研究会」を立ち上げ、ミニコミ誌「福祉教育」を創刊した。その後、誌名を「わかるふくし」(2003年4月「住民流福祉」に改題)に変更し、『わかるふくしの発想』(福祉教育研究会、1984年1月)と同名の『「わかるふくし」の発想』(ぶどう社、1995年6月)を上梓する。その頃の木原の関心は、住民が理解に苦しむ「福祉」から「それならわかる」と言ってくれるような「ふくし」、すなわち「わかるふくし」づくりを進めることにあった。その意識や姿勢は今日も変わらない。
〇先駆的に「ふくし」を「だんの、らしの、あわせ」を意味する言葉として使用したひとりは、阪野貢である。1990年代中頃からであり、およそ30年前のことである。それは、「福祉」を広義に解釈し、子どもから大人まで親しみやすい言葉として使われ、しかもすべての人々が福祉社会の形成や福祉文化の創造に主体的に関わることを企図してのことであった。そこで阪野は、「ふくし」とは「ふだんの、くらしの、しあわせ」について「みんなで考え、みんなで汗をながすこと」であり、「しあわせ」とは「みんなが、満足していて楽しいこと」であるという。留意したい。なお、阪野によると、その表記の直接的なきっかけは、茨城県社協主催の福祉教育セミナーに参画したことにあるが、そこで学んだのは「ふくし」=「普通の、暮らしの、幸せ」であった、という。その後、阪野は、「まちづくりと市民福祉教育」について論究することになる。
〇日本福祉大学は、身近な生活から「福祉」を考えるために、2004年度に初めて発行した高校生向けの冊子(『はじめての福祉』)と2006年度の大学案内で、「福祉」を「ふくし」と表記した。それは、「つうの、らしの、あわせ」を意味するものであった。以後、日本福祉大学は、2009年度から「ふくしの総合大学」を標榜する。
〇大学図書出版が2008年10月に、日本福祉教育・ボランティア学習学会の監修のもとに全国誌『ふくしと教育』を創刊した。雑誌名に「ふくし」が使われた最初である。
〇その後、「ふだんの、くらしの、しあわせ」の「ふくし」については、原田正樹によって全国的な普及が図られている。そこでは常に、「貧困的な福祉観」の再生産が懸念される学校や地域における福祉教育実践に対する警鐘が鳴らされる。とともに、先進的で具体的な提言がなされ、確かで豊かな福祉教育実践の方向性が提示される。特筆されるべきところである(『共に生きること 共に学びあうこと―福祉教育が大切にしてきたメッセージ―』大学図書出版、2009年11月)。
〇「ふつうの、くらしの、しあわせ」の「ふくし」については、たとえば清水将一がその意味内容について言及している。清水はいう。「普通に暮らす幸せとは人それぞれで普遍的ではない。『普通って一人ひとりで違うもの あなたの普通を押しつけないで』(読み人知らず)という歌がある」(『ボランティアと福祉教育研究』風詠社、2021年6月)。