「老爺心お節介情報」第48号
地域福祉研究者の皆様
社会福祉協議会関係者の皆様
お変わりなくお過ごしでしょうか。
日本地域福祉研究所最後の「第28回地域福祉実践研究セミナーinさが」の報告を送ります。
とても素晴らしいセミナーでした。
参加者からは、「みちのくセミナー」を立ち上げたいとか、地域に入って住民と一緒に論議する分科会は魅力的で、やめるのはもったいないとか、第29回目は自分たちで行うセミナーにしていいか等の意見を頂きました。
今後の対応は少し立ち止まって考えます。
2023年8月31日 大橋 謙策
Ⅰ 「第28回地域福祉実践研究セミナーinさが」が盛会裏に開催される
〇「第28回地域福祉実践研究セミナーinさが」が、8月24日~26日に佐賀県で開催されました。佐賀県外から約100名、県内から約400名という多数の参加者を得て、山口祥義佐賀県知事、陣内芳博佐賀県社会福祉協議会会長(佐賀銀行会長)のご列席のもと開会式が行われました。「地域福祉実践研究セミナー」に知事が来賓として祝辞を頂けたのは初めてではないかと思います。
〇日本地域福祉研究所は、全国の草の根の地域福祉実践を豊かにしたいとの思いから、1994年12月に創設されました。そして、翌年の1995年に第1回の「地域福祉実践研究セミナー」を島根県瑞穂町で行いました。日本地域福祉研究所としては、「地域福祉実践研究セミナー」を県庁所在地で開催するのではなく、できるだけ過疎地などでのセミナー開催を心がけてきました。今回のセミナーも佐賀市だけではなく、佐賀県下6市町村で、7つの分科会を開催しましたのも、できるだけ実践現場の土地勘、雰囲気を味わいながら論議をしようとの趣旨から設定されたものです。この試みも始めてでしたし、佐賀県社会福祉協議会が中心になって、NPO法人や施設経営の社会福祉法人、民生委員児童委員協議会等を組織した実行委員会で主催していただいたのも初めての試みです。
〇今回、佐賀県でセミナーを開催して頂いた理由は、私が「関係人口」の一人として佐賀県社会福祉協議会に関わらせていただいてから丸6年にもなり、一つの到達点として評価を受けたいと思ったからです。
〇私は、1981年に、佐賀県社会福祉大会の講師として招聘されましたし、1995年には市町村社会福祉協議会役職員研修の講師としても招聘されています。しかしながら、それは一過性のものです。
〇2015年に、社協役職員研修が「社協は生き残れるか」というテーマで行われた際にも招聘され、それを契機に2017年からは、佐賀県の地域福祉を推進する中核的組織としての社会福祉協議会の資質向上を目的にした「社協職員パワーアップゼミ」を開催してもらい、継続的に関わることになり、文字通り私自身「関係人口」としての自覚と役割が出てきました。
〇佐賀県「社協職員パワーアップゼミ」は、他の県のコミュニティソーシャルワーク研修とほぼ同じ内容で、4日間(のちに5日間)のコースで、①「社会生活モデル」に基づくアセスメント能力の向上、②アウトリーチ型ロールプレイ、③職員が直面している住民の生活課題に即応した問題解決プログラムの企画立案書作成、④孤立しがちな、生活のしづらさを抱えている住民へのアプロ―チシステムとその個人のソーシャルサポートネットワークづくりの企画立案書作成が中心です。前期課程と後期課程の間には、問題解決プログラムの企画立案書を完成させる宿題があります。この問題解決プログラムの企画立案書には、ⅰ)同じような問題が地域にどれだけあるかを推察する関連資料作り、ⅱ)そのプログラムを自分の所属する社会福祉協議会の局内で、共通理解し、推進できる提案の方法、ⅲ)そのプログラムに掛かる事業経費の積算根拠の明確化、ⅳ)その事業経費をどう獲得、確保するか、その方法を具体的に書くことが求められています。
〇この“宿題”は厳しいもので、提出すればいいというものではありません。履修者から提出された問題解決プログラムを、佐賀県社会福祉協議会のまちづくり課の副課長である小松美佳さんが中心になってコメントします。必要なら、履修者とコメンテーターである小松美佳さんとの間で、何回かやり取りがおこなわれ、そのうえで、それが講師である私のところに送られてきて、最終的に私が個別コンサルテーションを丁寧に行います。
〇今回のセミナーでは、その佐賀県内社会福祉協議会職員の資質向上に向けた研修の成果を多くの関係者に披瀝し、評価を受けたいと思ったことが開催をお願いした最大の目的です。その成果は、各分科会で大いに発揮されました。
〇「第28回地域福祉実践研究セミナーinさが」の成果、特色を私なりに箇条書きで整理しますと以下の通りです。とても丁寧に全体を総括することはできませんが、以下のような実践とその評価ができると思っています。
①佐賀県は数年前からCSO(Civil Society Organization)という、NPO法人だけでなく、自治会、町内会、老人クラブ、PTAなどの市民活動している任意団体も含めて総称し、その活動を推奨してきました。
その一環として、県外にあったNGOや国内の子ども・障害分野のNPOを誘致して、雇用の創出、ノウハウの共有等を進め、行政ではできない細やかなサービスの提供を推進しています。佐賀県内の代表的なCSOの一つが「県民基金」としてされた公益財団法人佐賀未来創造基金ですが、ここでは、多様な活動をクラウドファンディング等を行い、支援しています。
この財団の代表理事をしている山田健一郎さんも本セミナーの実行委員の一人ですが、実にフットワークよく、県民のニーズを自ら把握し、それを解決するための支援を金銭面だけでなく“ニーズ・シーズのマッチング”を展開されています。山田健一郎さんとその財団の活動に触れただけでも大きな成果でした。1998年の特定非営利活動促進法の成立以降、日本の社会に、新しい公共づくりの実践が定着していることを実感できました。
②佐賀県のCSOの活動の代表的な実践をしている谷口仁史さんに会えたのもとても嬉しい限りです。谷口仁史さんは、認定非営利活動法人スチューデント・サポート・フェイスの代表理事で、厚生労働省や内閣府等の委員を歴任しており、いまや「ひきこもり」、「孤立・孤独」問題への実践において、谷口仁史さんたちの実践を抜きにしては語れないと思うほど素晴らしい実践を展開されています。
私なりに、その実践を一言で言うならば、「ひきこもりの若者への家庭教師派遣という方法で、本人・家族への信頼を醸成し、その一人一人の興味・関心、生きづらさに寄り添い、事前に作られているプログラムのその人を誘うのではなく、その一人一人に応じたプログラムをその都度作成して対応する。その一人一人のプログラムを作成するために、認定非営利活動法人スチューデント・サポート・フェイスに多様な分野の専門職を採用して対応するだけでなく、地域にある人材・資源をより個別的に組織化して活用する。そのうえで、それらの活動を定着化、普遍化するためにそれら地域の人材・資源の大きなネットワークづくりを行う」というようにまとめることができます。
谷口仁史さんの基調講演のテーマは「アウトリーチ(訪問支援)と重層的な支援のネットワークを活用した多面的アプローチ――社会的孤立・排除を生まない総合的な支援体制の確立に向けて――」でした。
「第28回地域福祉実践研究セミナーinIさが」の全体テーマは、「地域でともに生きていくために、未来に向かって、もう一度つながる――社会福祉協議会を中核とした地域づくりを目指して――」でありましたが、谷口仁史さんや山田健一郎さんたちの実践と組織を目の当たりに見聞きすると、社会福祉協議会は今のままでは存在価値が見いだせず、生き残れないと実感しました。「「社協職員パワーアップゼミ」がますます重要になります。
③厚生労働省は、現在「地域共生社会政策」を推進しています。その一つが、「限界集落」や「消滅市町村」といわれる地域にあっては、従来の縦割り的施設の整備は難しく、かつそこで働く人材の確保も難しいことから、地域によっては、その実情に応じ、高齢、障害、児童、生活困窮等の福祉サービスを総合的に提供できる仕組みを構築できるようにするとともに、これを地域づくりの拠点としても機能させることが重要であるとして、対象者を問わず、誰もが通い、福祉サービスを受け、あるいは居場所ともなる取組を進めています。そのモデルの一つが高知県で展開されている「ふれあいあったかセンター」です。その「小さな拠点(多世代交流・多機能型の福祉拠点)」を拠点として、誰もが何らかの役割を担い、人と人とが支え合うまちづくりの取り組みが広がることを期待しています。
この高知県の「ふれあいあったかセンター」は、26回も続けている「四国地域福祉実践研究セミナー」の中で、産み出され、広がりをもった実践と私は理解しています。
その厚生労働省が推奨している高知県の「ふれあいあったかセンタ-」の政策、実践よりも佐賀県の「地域共生ステーション」という政策、実践の方が時期的には早いのではないかということが分りました。佐賀県の「地域共生ステーション」は、2000年代の初めには展開されており、現在(令和5年4月段階)で、県内161小学校区のうち102小学校区に設置されています。かつ、「地域共生ステーション」は、全世代対応型の活動をしており、この実践はもっと全国に発信されていいであろうし、この実践を拡大し、今後の地域福祉、地域づくりの拠点にしていかなければならないと感じました。
「限界集落」や「消滅市町村」といわれる地域にあっては、このような実践無くして、持続可能な地域は維持できないし、この実践は戦後初期の文部省の寺中作雄などが推奨した「地域づくりの拠点としての公民館」(公民館が教育委員会の所管になったために、今や貸館になっている。本セミナーの第7分科会に登壇者した都城市では、住民の自治型公民館がいまだ健在で、都城市社会福祉協議会はこの公民館を拠点に校区社会福祉協議会活動を展開している)の理念の再来の可能性と必要性を感じました。
④社会福祉法人の地域貢献は2016年の社会福祉法改正で位置づけられました。私は、1978年に執筆した「福祉実践と施設の社会化」と題する論文と1988年の「社会福祉思想・法理念に見るレクリエーションの位置」と題する論文において、社会福祉施設を経営する社会福祉法人は、経済界の企業論理とは違い、半ば「官」がサービスの水準や価格に関与している準市場の原理で成り立っているサービス事業です。したがって、社会福祉法人が経営する社会福祉施設は地域住民の“共同利用施設”と考え、地域住民の生活を守る拠点になるべきだと論じてきました。「限界集落」や「消滅市町村」といわれる地域にあっては、まさにその位置づけが重要になります。
「第28回地域福祉実践研究セミナーinさが」で、社会福祉法人佐賀整肢学園が経営する「かんざき日の隈」(神埼市)が生活困窮者支援の実践をしていたり、多久市では人口1万8千人の市で、社会福祉法人15法人とNPO法人3法人、株式会社1社の計19法人で「多久市地域貢献推進協議会」を構成し、「みんなでみまもり隊事業」、「しごと・くらしの応援団」、「総合相談窓口事業」等の実践を展開しています。また、「限界集落」や「消滅市町村」といわれる太良町にある、障害者サービスを提供している社会福祉法人佐賀西部コロニー多良岳福祉園が地域住民との農福連携や高齢化した住民の生活支援活動をしています。
全国に2万ある社会福祉法人や、全国に10万といわれる社会福祉施設がこのような地域貢献を地域住民とともに展開できれば、“持続可能な地域”を維持できるのではないかと改めて思いました。
香川県のおもいやりネットワーク事業や大阪府のしあわせネットワーク事業は、府県レベルでの施設経営の社会福祉法人と市町村社会福祉協議会、民生委員児童委員協議会とが協議体を作り、生活困窮者支援などをはじめとした社会福祉法人の地域貢献活動を展開している。香川県、大阪府では全府県レベルの協議体とは別に、市町村ごとにも同じような協議体を作り、2重構造で社会福祉法人の地域貢献活動を展開している。
佐賀県の場合には、全県的な社会福祉法人の地域貢献の協議体はなく、市町村別に協議体を作って活動しているが、多久市の実践のように素晴らしい活動を展開していることに感動しました。
⑤「地域福祉実践研究セミナー」は一貫して、住民の福祉教育を重要視してきました。地域を豊かにするのには、行政依存では駄目で、住民自身が「選択的土着民」となり、地域福祉の主体形成をしなければなりません。そのためには、1979年に書いた「ボランティア活動の構造図」を意識した福祉教育の実践が不可欠だと考えてきました。
今回のセミナーでは、神埼清明高校や唐津西高校の生徒がセミナーで実践を発表してくれました。東井義男は、1957年に『村を育てる学力』を刊行していますが、今の時代はまさにそのような学力が求められています。唐津市では、高校を卒業するとほとんどの人が唐津市から出ていく状況を変えるべく、唐津市内にある8つの高校生を高校の枠を超えて、地域の大人、関係者が見守り、支援する活動が紹介されました。これは、「唐津くんち」という伝統文化があるからできるのかもしれませんが、高校の枠を超えて、地域の大人が高校生を見守り、支えていく実践こそ「村を育てる学力」につながる実践です。
⑥佐賀県では、ここ数年、水害及び山崩れが発生しており、被災者支援が大きな課題になっています。佐賀県には、日本レスキュー協会やピースポート災害支援センターなどのNGOが移転してきています。それらの団体の災害支援は、社会福祉協議会の「災害ボランティアセンター」の機能よりも、よりシステマティックな取り組みをしています。大町町に災害支援のバックヤードを開設したのもその一環です。それらのNGO、NPOと協働して、今年(2023年8月災害)の災害でも社会福祉協議会は唐津市と佐賀市で「災害ボランティアセンター」を開設して支援にあたりました。
武雄市等では、豪雨災害による被災が2~3年の短い間に2度災害が起きており、その被災者の支援には“泥水に使った床下や床上の災害の支援”に留まらず、長期的なスパンでの災害支援ソーシャルワーク機能の重要性が指摘されました。
⑦佐賀県でも一人暮らし高齢者が増大しており、その方々の終末期支援や死後対応事務は、従来の家族、血縁、地縁では対応できず、新たな社会システムが求められています。有田町社会福祉協議会が行っている「ハッピーエンディング事業」のような取り組みが佐賀県でも展開されていることが確認でき、これこそ社会福祉協議会の出番ではないかと心強い思いがしました。
⑧「地域福祉実践研究セミナー」としては、昨年に続いて特別分科会として、社会福祉協議会の経営分析、ミッションの在り方についての分科会が持たれました。市町社会福祉協議会、県社会福祉協議会、全社協の立場から登壇・発言をしてもらいました。
佐賀県有田町社会福祉協議会は2町合併した際に、事業の見直しが出来ず、結果として事務局体制と事業規模とのかかわりで職員の負担がふえたこと、住民座談会での住民の意見等を踏まえて、合併当初94事業あった社会福祉協議会の事業見直しを、評価指標を作成して行っています。担当職員レベル、管理職レベル、監事レベル、理事会レベルと多面的、多層的に評価を行い、結果として新しい事業の開始をいれても74事業に絞りこんだ実践は、これからの社会福祉協議会経営の在り方として注目に値します。
〇このように、「第28回地域福祉実践研究セミナーinさが」では大きな学びが沢山ありましたし、佐賀の実践を全国に発信する必要性も明らかになりました。
〇「第28回地域福祉実践研究セミナinさが」の開催は、昨年(2022年)の8月に急遽お願いしたにも関わらず、かような盛大なセミナーを開催できましたこと、また、この間、豪雨災害により多くの社会福祉協議会が災害ボランティアセンターへ職員を派遣する等災害被災者支援に忙殺されながら、このセミナーの準備にまい進して頂きました。
〇更には、開催に当たって、CSO関係者や行政関係者、社会福祉施設を経営する社会福祉法人関係者、民生委員児童委員が一堂に会して“オール佐賀の福祉”のセミナーを行うことを意図してくださり、その願いはまさに実現しました。このセミナーを契機に、佐賀県の社会福祉が新たな発展のステージに協働して上ったのではないかと実感できるセミナーでした。
〇改めて、「第28回地域福祉実践研究セミナーinさが」が盛会裏に行われましたことに心から厚く感謝とお礼を申し上げます。これは,ひとえに佐賀県社会福祉協議会の役職員の皆様はもとより、佐賀県内市町村社会福祉協議会、佐賀県民生児童委員協議会、西九州大学関係者、佐賀県が推奨しているCSOの関係者の皆様のご支援、ご尽力による賜物です。とりわけ、佐賀県社会福祉協議会のまちづくり課副課長の小松美佳さんのご尽力に心より敬意と感謝を申し上げます。
〇日本地域福祉研究所としての全国レベルでの「地域福祉実践研究セミナー」の開催は、今回の第28回が最後です。私が、日本地域福祉研究所の理事長をこの5月に退任したことと、日本地域福祉研究所が開催するだけの体力、財力が確保できないからです。少し残念な気もしますが、日本地域福祉研究所が新たな企画で、全国の草の根の地域福祉実践を豊かにする取り組みを推進することに期待したいと思います。
(2023年8月30日記)
(備考)
「老爺心お節介情報」は、阪野貢先生のブログ(「阪野貢 市民福祉教育研究所」で検索)に第1号から収録されていますので、関心のある方は検索してください。
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