〇私事にわたる記事(資料の提示)であることをお許し願いたい。筆者(阪野)は、2023年11月4日、日本福祉教育・ボランティア学習学会第29回新潟大会の総会の席上で、学会の名誉会員の称号を野尻紀恵会長から授与された。恐縮至極であり、光栄の極みである。総会資料(「名誉会員の推挙について」)によると、その理由は次の通りである。
<学会におけるご略歴>
設立呼びかけ人であり、1995年~2010年の4期にわたって理事を務め、2002年~2007年には2期の副会長を務めた。
本学会が設立できたのは、阪野貢先生のご尽力があってのことである。設立趣旨文や会則の起草、関係者との調整、設立総会の準備など大橋謙策先生とともに東奔西走された。この学会設立の経過については、『ふくしと教育』(第17号、2014年)にて、「学会誕生の経緯、志のモノローグ―“天の時、地の利、人の和”を得て―」としてご執筆されている。
<福祉教育研究における主な研究業績>
阪野貢先生は、『日本近代社会事業教育史の研究』(共著、相川書房、1980年)、『戦後初期福祉教育実践史の研究』(単著、角川学芸出版、2006年)など本格的な歴史研究を踏まえ、史実とその時代背景を通して今日的な福祉教育の理論化とともに、その普及に尽力されてきた。『福祉教育の創造』(単著、相川書房、1989年)、『福祉のまちづくりと福祉教育』(単著、文化書房博文社、1995年)、『福祉教育論』(共編著、北大路書房、1998年)、『福祉教育のすすめ』(監修・共著、ミネルヴァ書房、2006年)など。それらの集大成として、「市民福祉教育」という理論化をはかられた。『「市民福祉教育」の研究―総括と展望―』(単著、私家版、2011年)。現在は、市民福祉教育研究所のブログ
( http://sakanolab.com/ )を通して、積極的に研究成果を発表されている。(一部訂正)
〇日本福祉教育・ボランティア学習学会は1995年10月に設立された。その時の資料によると、学会設立の呼びかけ人は204人、会員は236人、予算額は200万円であった。こんにち、会員は644人(2023年10月現在)、予算額は954万円(2024年度)になっている。会員各位の尽力によって大きな学会に発展したことは、一会員として、また学会の設立に若干関わりを持たせていただいた者として、嬉しい限りである。
〇上記の「学会誕生の経緯、志のモノローグ―“天の時、地の利、人の和”を得て―」は、次の通りである。参考に供しておきたい。併せて、本ブログ<雑感>(191)1995年と1996年、そして“いま”―野澤和弘著『弱さを愛せる社会へ』のワンポイントメモ―/2023年10月30日投稿、に添付されている記事――「日本福祉教育・ボランティア学習学会設立」『月刊福祉』第79巻1号、1996年1月、108~109ページ( ⇒ 本文 )も参照されたい。
出所:「学会誕生の経緯、志のモノローグ―“天の時、地の利、人の和”を得て―」『ふくしと教育』第17号、大学図書出版、2014年8月、42~47ページ。
〇学会の設立に関する記事(資料)を探している際に、『月刊福祉』1996年6月号(第79巻6号)に掲載されている拙稿――「今後の福祉教育の展開を考える」が目に留まった。27年前の拙稿であり、忘却の彼方に消え去ったモノである。そこでは、今後の福祉教育の展開に向けて、こんにちの福祉教育が抱える問題や課題のうちのいくつかについて考察を加えている。(1)こんにちの福祉教育には総合的・計画的推進と学際的・実践的研究が求められている、(2)福祉教育とボランティア活動、ボランティア学習の関連について整理する必要がある、(3)福祉教育の評価とボランティア活動についての社会的評価は次元の異なるものである、(4)高齢消費者が増大するなかで消費者教育の一環としての福祉教育の推進が求められる、がその枠組み(見出し)である。そのうちの(4)については、次のように記している。
高齢消費者が増大するなかで消費者教育の一環としての福祉教育の推進が求められる
高齢社会は、高齢消費者したがってまた障害消費者が増大する社会である。「自立した消費者」の育成を図るための消費者教育、その一環としての福祉教育の推進が求められる。
高齢者の生活基盤は、心身の機能の低下や意思能力の衰退、それに経済的・社会的・家族的状況の変化などによって脆弱化、不安定化する。また、在宅福祉サービスの有料化や商品化が進むなかで、高齢者固有の経済的かつ精神的・身体的な消費者トラブルや被害が発生し、増大している。そこで、充実した消費生活基盤の確立をはじめ、消費者トラブルや被害に対する救済システムの整備、それに予防システムとしての自立した消費者の育成が重要な課題となる。
消費者教育は、「消費者が各自の生活の価値観、理念(生き方)を個人的にも社会的にも責任を負える形で選び、枠組みし、経済社会の仕組みや商品・サービスについての知識・情報を理解し、批判的思考を働かせながら合目的的に意思決定し、個人的、社会的に責任が持てるライフスタイルを形成し、個人として、また社会の構成員として自己実現していく能力を開発するものである」(日本消費者教育学会)。福祉教育は、社会福祉の制度・施策の仕組みや商品・サービスについての知識・情報を理解し、自主的・主体的、総合的・合理的に判断し、意思決定することのできる福祉商品・サービス消費主体の形成を図るものでもある。この点において、消費者教育の目的と福祉教育のそれは同根であり、両者は密接なかかわりのなかで展開されなければならないといえる。さらに、消費者教育と福祉教育はともに、単なる知識・情報の理解にとどまるものではなく、福祉商品・サービス消費主体としての意思決定能力の育成と態度・行動の変容・変革を促すものであり、そこから体験的・実践的学習活動が重視される点も共通するところである。消費者教育の一環としての福祉教育の実践と研究が求められる。(『月刊福祉』1996年6月号、全国社会福祉協議会、47ページ)
〇当時筆者は、消費者教育の一環としての福祉教育の展開に関して、まずは次の3つの側面における福祉教育のあり方が問われるとしている。①福祉商品・サービスや介護サービスの消費者・利用者(要介護者本人やその家族など)に対する福祉教育、②福祉商品・サービスや介護サービスの事業者や専門家に対する福祉教育、③福祉商品・サービスや介護サービスを安定的・継続的に提供するための市民的・世代間合意を図る福祉教育、がそれである。
〇また、こうも言ってきた。「消費者教育が学習素材として取り上げる消費者問題は、商品・サービスの購入や消費の際に生ずる消費者被害や不利益に関する問題(『取引問題』)としてのみとらえるのではない。それは、『生活環境問題』や『生活問題』としてとらえることが肝要となる。その点において、消費者教育と福祉教育は密接な関係性をもつ」。「消費者教育やその一環としての福祉教育は、健康で、社会参加の意思と能力を備えた高齢者に対しては有意義である。しかし、病気がちなどで社会参加の意思と能力が減退し、しかも記憶力や思考力、判断力などが低下した高齢者に対しては、その成果を期待することは難しい。そこに、代弁的機能(アドボカシー)あるいは後見的機能(ガーディアンシップ)を含めた福祉的かつ教育的な働きかけが必要不可欠となる」(阪野貢「福祉サービス消費者の主体形成と福祉教育―消費者教育に学ぶ―」『福祉文化研究』第6巻、日本福祉文化学会、1997年3月、37~38ページ)。改めて思い起こしておきたい。
〇また当時(2000年以降)、消費者教育の観点や視点から福祉教育について言及する論考が筆者の目に留まった。例えば、次のようなものがそれである。
[1]永原朗子・鳥井葉子・田結庄順子「21世紀の新しい消費者教育における生活主体の育成(第1報)―高齢化・高齢者に関する福祉教育の授業分析結果を手がかりに―」『消費者教育』第21冊、日本消費者教育学会、2001年10月、175~184ページ。
[2]鳥井葉子・永原朗子・田結庄順子「21世紀の新しい消費者教育における生活主体の育成(第2報)―高齢者に関する福祉教育の学習開発の枠組み―」『消費者教育』第22冊、日本消費者教育学会、2002年9月、149~156ページ。
[3]田結庄順子・鳥井葉子・永原朗子「21世紀の新しい消費者教育における生活主体の育成(第3報)―高校生を対象とした高齢者の消費者被害に関する授業研究―」『消費者教育』第25冊、日本消費者教育学会、2005年9月、133~140ページ。
[4]田村久美・水谷節子「消費者教育の一環としての福祉教育―市区町村社会福祉協議会の調査結果から―」『消費者教育』第25冊、日本消費者教育学会、2005年9月、21~32ページ。
〇[1]では、「福祉教育の学習テーマとして高齢者の消費者問題・被害をとりあげることは、福祉をめぐる問題の所在を究明し、その解決にむけての実践力を育成していく上で重要である」(178~179ページ)とする。そして、「消費者教育と福祉教育の関連性」について次のように整理している(179ページ)。
消費者教育
[目的]
個人的かつ社会的な生活の質的向上を図るために自らの生活目標や価値意識を形成し、商品・サービスの購入・使用・廃棄にあたっては、自主的・主体的・総合的・合理的に判断し、意思決定し、自己の生活を主体的に創造していくことの出来る力を育成すると共に、消費者問題・被害については、その事実を認識し、その解決のためには他者と連帯して行動する能動的で積極的な消費者を育成すること。
[学習素材]
*商品・サービスの購入や消費の際に生じる消費者被害や不利益に関する問題(取引問題)
*ゴミ・資源問題をはじめとする生活環境問題(生活問題)
*高齢者・障害者・女性・子どもの福祉問題(生活問題)
福祉教育
[目的]
人権を擁護し、個人の尊厳を守り、安心して生活出来るように、社会福祉の制度・施策のしくみや商品・サービスについての知識・情報を理解し、自主的・主体的・総合的・合理的に判断し、意思決定することの出来る福祉商品・サービス消費の権利主体の形成を図ると共に、ともに生きる福祉社会の創造に向けて、福祉問題を解決していくために他者と連帯して行動する能動的で積極的な人間を育成すること。
[学習素材]
*高齢者・障害者・女性・子どもの福祉問題(生活問題)
〇そして永原らは、結論的に次のようにいう。消費者教育、福祉教育、家庭科教育の「3つの教育に見られる生活主体育成の学習の視点から共通点をまとめると、人間らしい生活の創造の視点に立ち、日常生活における問題・課題を発見し、社会的視野まで取り込んだ生活に関わる課題の改善・解決に主体的に取り組むことの出来る主権者としての自覚と実践力の育成と言える。従って、21世紀の新しい消費者教育における生活主体育成の課題は、(中略)福祉教育の理念・目標の導入を欠かすことが出来ない。つまり、(中略)(21世紀の新しい消費者教育は)高齢者の福祉をめぐる消費者問題・被害を検討する中で、高齢者福祉文化の創造や共に生きる福祉社会の創造に向けて、他者と連帯して福祉の理念、制度、施策等に関する問題や課題の改善・解決策を具体的に提言していくことの出来る主権者としての自覚と実践力を育成していくことにある」(182ページ)。「“ ゆとり ”や “ うるおい ”のある生活を優先する価値観を大切に、『人間の尊厳と人間性の尊重―人権の尊重と擁護―を基盤とするこころ、精神、思いやりの育成・高揚』と『共に生きる福祉社会の創造』を目指す福祉教育を通して人間らしさを継承していくことは、これからの消費者教育にも求められる」(183ページ)。
〇[2]では、中学校・高等学校の高齢者に関する福祉教育の学習開発のための枠組みを検討し、授業実践のための具体的な学習内容案を提示する。表1は、消費者教育における高齢者福祉教育の「学習開発の枠組み」を示したものである。それに沿って「学習内容案」を提案したのが表2である。
表1 中学校・高等学校の消費者教育における高齢者福祉教育の学習開発の枠組み
出所:「21世紀の新しい消費者教育における生活主体の育成(第2報)」『消費者教育』第22冊、日本消費者教育学会、2002年9月、153ページ。
表2「高齢者の消費生活と福祉環境」学習内容案
出所:「21世紀の新しい消費者教育における生活主体の育成(第2報)」『消費者教育』第22冊、日本消費者教育学会、2002年9月、154ページ。
〇そして、鳥井らはいう。「表2の各学習テーマにおいて、高齢者とかかわった具体的な学習活動を通して、高齢者の人権を侵害する消費者問題を把握し、その改善策を考え、社会へと発信していくことにより、表1で示した消費者教育における高齢者福祉教育の目的が達成できる。また、(それは)このような学習過程を通して、21世紀の新しい消費者教育における生活主体の育成をめざすものである」(155ページ)
〇[3]では、「オレオレ詐欺」(振り込め詐欺)を“ 導入 ”にして、「年金証書を担保とした貸し金被害」「商品先物取引」を“ 展開 ”し、「高齢者の消費者被害の特徴」を“ まとめ ”る授業研究をおこなっている。
〇[4]では、次のように主張(議論)する。「消費者教育は、高齢者福祉の充実を図る一助として、高齢者や高齢者を抱える家族の消費生活のより積極的支援にかかわることが重要になる。消費者教育の一環として福祉教育を視野に入れることは、生活者を対象としながらも消費者の視点に重点をおくことであり、福祉教育の一環として消費者教育を視野に入れることは、生活者を対象としながらもそこに消費者の視点も取り入れていくことを意味する。高齢社会の地域福祉をより発展させる一つの媒介である情報・学習は、福祉教育が支援する領域と消費者教育が支援する領域といった独立した点と、両教育の共通する領域の連携した点、いわゆる何を支援するかといった情報・学習内容の棲み分けが必要である」(30ページ)。そして、田村らは、「高齢者福祉に関する消費者教育の一環としての福祉教育」の促進に向けた体系図(図1)を示す。
図1「高齢者福祉に関する消費者教育の一環としての福祉教育」の促進にむけた体系図―福祉教育をアプローチとして―
*Ⅲの ● は、特に高齢者、被介護者、家族介護者に関する福祉教育内容のキーワードを示す。
出所:「消費者教育の一環としての福祉教育」『消費者教育』第25冊、日本消費者教育学会、2005年9月、30~31ページ。
〇以上、本稿では思いがけないことによって、かつて筆者が興味・関心を寄せた「消費者教育の一環としての福祉教育」に関する若干の資料を提示することにした(本稿の真のねらいはここにある)。その問題の重要性は、こんにちの福祉商品・サービス(費用負担、心理的抵抗感、情報格差など)や介護サービス(介護難民、老老介護、介護人材不足など)の現状を考えると、むしろ高まっていると言わざるを得ない。これを機会に、そのあり方等について改めて探究したいものである。
付記
冒頭に記した学会総会に参加している際に、傘寿(さんじゅ)を迎えられた大橋謙策先生からメール――「老爺心お節介情報」第50号が届いた。そのなかに、「大学の教員、研究者として、各種学会での発表のオブリゲーション(義務、責任)もなくなり、75歳以上で名誉会員に推挙されると、学会の理論研究をリードしようというモチベーションも下がり、研究範囲が狭隘になり、唯我独尊的になり、研究意欲も減退することになります」という一文があった。常にご自分を厳しく律してこられた(いまも律しておられる)先生ならではの言葉である。勝手ながら、筆者へのメッセージ(叱咤、鼓舞)として受け止めたい。