阪野 貢/地域づくりと「住民の学習・トレーニング」 ―韓国住民運動教育院著『地域アクションのちから』に学ぶ―

〇筆者(阪野)の手もとに、韓国住民運動教育院著、平野隆之・穂坂光彦・朴兪美編訳著『地域アクションのちから―コミュニティワーク・リフレクションブック―』全国コミュニティライフサポートセンター、2018年3月。以下[1])という本がある。韓国住民運動教育院(CONET:Korea Community Organizing Network for Education & Training)は、地域・社会変化(「地域が社会を変化させる」)のために住民・コミュニティリーダー(住民リーダー)・コミュニティワーカーに対して、「コミュニティ組織化」(Community Organizing:CO)の教育・トレーニングを行う団体・専門家集団である。1996年に設立されている(後注)。コミュニティワーカーとは、資格や地位ではなく、コミュニティを組織化し「住民による、住民の」運動を促進し活性化する人をいう(60ページ)。
〇[1]は、CONET(コネット)による「コミュニティ組織化」とその教育・トレーニングの経験のエッセンスをまとめたものであり、コミュニティワークの振り返り(リフレクション)や点検のガイドブックである。そして、次のように言う。「コネットが長年こだわり続けてきた『コミュニティ組織化によるコミュニティ運動』は、日本で私たちが目指してきた『住民主体の地域福祉』にほぼ置き換えて考えることができる」(5ページ)。
〇[1]でいう「コミュニティ組織化」(地域組織化)とは、地域の「課題を解決するために住民を組織化し、その結集した力の実体として『コミュニティ組織』(住民組織)を立ち上げること」である。それは、住民自身が自分の生活と地域の現実を正しく認識し、住民意識をもつことから始まる。そして、住民自らが課題解決のための力(変化の力)を結集し、自らの行動・活動で自治的なコミュニティ組織を立ち上げるのである(40、42ページ)。「コミュニティ運動」(住民(自治)運動)は、「コミュニティ組織化によって形成されたコミュニティ組織が新しい地域をつくっていく動き(Movement)」をいう。それは、「住民のための」運動ではなく、「住民による、住民の」運動であり、住民自らが組織化された力で地域・社会を変えていく組織的な行動・活動であり運動である(39、40ページ)。
〇CONETのプロジェクトは、日本の社会福祉協議会のようにその地域に拠点をもってコミュニティの組織化を行うのとは異なり、パラシュート(落下傘)のようにコミュニティワーカーが見知らぬ地域に降り立って始まる(10ページ)。
〇当然のことながら、「地域づくり」には「コミュニティ組織化」が必要になる。CONETにあっては、その「コミュニティ組織化」は、コミュニティ組織とコミュニティリーダー、そしてコミュニティワーカーの三者の主体同士が協働して取り組む。その際、実際のコミュニティ組織化は、コミュニティワーカーではなく、コミュニティリーダーによって行われる。すなわち、コミュニティリーダーこそが、住民とコミュニティワーカーの間にあって、またコミュニティワーカーの参加・協力を得ながら、住民を組織化し、コミュニティ組織を立ち上げ、動かしていく。そして、そのコミュニティ組織は、コミュニティリーダーによって活性化したり停滞したりするが、コミュニティ運動の主体となり、新しい地域づくりに取り組むのである(13、21ページ)。コミュニティワーカーは、この(潜在する)コミュニティリーダーを見出し、リーダーシップを育成し、コミュニティ組織のリーダーとなるよう支援することが求められる(13ページ)。
〇このように、コミュニティ組織、コミュニティリーダー、コミュニティワーカーの三者の主体が協働することで、コミュニティ組織がコミュニティの問題や課題を解決できる活動・運動体となることができるのである。[1]の言説の核心はここにある(21~22ページ)。
〇表1は、「コミュニティ組織化の準備と行動」について、4過程、10段階に区分して表示したものである(23ページ。一部削除修正)。この10段階における主語は、コミュニティリーダーとコミュニティワーカーの協働である。

表1 コミュニティ組織化の準備と行動

〇表1の「コミュニティ組織化の4過程10段階」について、その要点をメモっておくことにする(22~24、47~49ページ。抜き書きと要約)。

コミュニティ組織化の4過程10段階
コミュニティ組織化を図るのは、住民とコミュニティリーダーとコミュニティワーカーである。そのうち、コミュニティリーダーが中心的な存在であり、民主的リーダーシップによって重要な役割を果たす。コミュニティ組織化は次の4過程10段階を経る。

第1過程/予備
第1段階:現場に入る
コミュニティワーカーは、組織化の目的や目標を立てて、自分が活動する地域を選択する。現場に入って、必要な基礎情報を把握する予備調査を実施し、その結果を分析・整理し、住民との出会いを構想してコミュニティ組織化の準備過程に入る。

第2過程/準備
第2段階:住民と出会う
コミュニティワーカーは、住民との出会いと関係の形成を通して、地域問題を綿密に分析し、住民にとって切実な問題を探り出す。その過程のなかで問題解決に向けて、コミュニティリーダーとしての可能性をもっている人は誰なのかを観察することが求められる。
第3段階:組織化のスケッチを描く
コミュニティワーカーは、住民が最も切実に感じ、行動する意欲をもっている課題を一つ選択し、解決のための暫定的な案として住民行動の目標と計画を用意することが求められる。

第3過程/組織化の行動
第4段階:コミュニティリーダーシップを形成する
コミュニティワーカーは、コミュニティリーダーシップの集いを開催・継続しつつ、学習・トレーニングを通して潜在的なコミュニティリーダーが自身のリーダーシップを成長させるように導くことが求められる。
第5段階:行動計画を立てる
コミュニティワーカーは、調査研究、目標と行動方針の設定、計画策定、役割分担のようなプロセスが進むように、潜在的なコミュニティリーダーの集まりに参加し、ファシリテーターとして支援することが求められる。
第6段階:住民を集める
潜在的なコミュニティリーダーは、直接住民と会い、課題について情報や問題意識を共有する。そして、住民自らが立てた目標と行動計画について話し合う。コミュニティワーカーは、潜在的なコミュニティリーダーが住民との出会いや対話、動機づけなどの方法を開発するように支援することが求められる。
第7段階:住民が行動する
潜在的なコミュニティリーダーは、住民を正式な集い(公聴会、討論会、学習会など)に招き入れ、正式なリーダーの役割を遂行し始める。具体的な行動計画を提案し、議論しつつ計画を実践していく。コミュニティワーカーは、潜在的なコミュニティリーダーが意思決定や実践の力量を身につけるように支援することが求められる。
第8段階:評価する
潜在的なコミュニティリーダーは、住民とともに実践結果を点検・評価し、新たな実践課題を確認し計画を用意するために、評価の場をつくり、その場を進行するファシリテーターとなる。コミュニティワーカーは、潜在的なコミュニティリーダーが住民力の結集という観点で評価できるように支援し、住民の関心が継続的に広がるようにすることが求められる。

第4過程/組織の立ち上げ
第9段階:省察する
省察を通して、継続して自分たちの生活課題や関心事を解決していくために、コミュニティ組織が必要だということを確認する。コミュニティリーダーは住民の振り返りを促し、コミュニティワーカーはコミュニティリーダーの活動を支援しながら、住民が組織の立ち上げを進めるように支援することが求められる。
第10段階:組織を立ち上げる
コミュニティリーダーと住民が、持続可能な活動のために、自分たちのコミュニティ組織を準備する(組織の名称や定款の準備、設立総会の開催など)。コミュニティワーカーは、住民の積極的な参加によって組織が立ち上げられるように、そのプロセスにおいてコミュニティリーダーを支援することが求められる。

〇次に、表1の第3過程「組織化の行動」、第4段階「コミュニティリーダーシップを形成する」、その核心キーワードである住民の「学習・トレーニング」に焦点を当て、要点をメモっておくことにする(120~126ページ。抜き書きと要約)。

住民の学習・トレーニング
住民は、「学習・トレーニング」を通じて生活課題や地域の現実について理解を進める。それによって、住民意識が形成され、コミュニティ組織化の過程に登場する。「住民の学習・トレーニング」は、コミュニティ組織化の必須過程であり、コミュニティ組織を発展させる重要な過程である。

Ⅰ.   住民の学習・トレーニングとは?
(1)住民が自分の生活と地域の現実を自ら理解していくことである
住民は学習・トレーニングを通して、自分の生活課題をさまざまな角度からみることができる。住民の学習・トレーニングは、知識を伝えたり方法を教えるのではなく、住民が自分の生活と地域の現実を自ら理解していくことである。
(2)住民が地域の課題を見つけ、行動を組織していくことである
住民の学習・トレーニングは、住民が自分の生活と地域の現実を理解するにとどまらず、地域の課題を見つけ、それを解決するための行動へと実践意志や力量を組織化していくことである。
(3)住民が住民意識を高めながらリーダーシップを開発していくことである
住民の学習・トレーニングは、住民が学習・トレーニングによって住民意識や自尊感情・自負心を高め、潜在的なリーダーがリーダーとしての意識と資質(リーダーシップ)を開発していくことである。
(4)住民がコミュニティ運動の新たな可能性と方向をつくっていくことである
住民は学習・トレーニングを通して想像力を発揮し、可能性や希望を見出していく。住民の学習・トレーニングは、住民がコミュニティの組織化についての意識をもって、コミュニティ運動の新たな可能性と方向性を創っていくのである。

Ⅱ.   住民の学習・トレーニングの原則
(5)住民の学習・トレーニングの主体は住民である
住民の学習・トレーニングの必要性の認識から企画・実行・評価・フォローアップの過程に至るまで、その主体は住民である。
(6)住民自らが発言し行動する
コミュニティ運動は住民自らの発言と行動によって展開されることから、学習・トレーニングの過程も住民自らが発言し行動することであり、教える主体と学ぶ主体が同じである。
(7)住民の学習・トレーニングは現場で日常的に起こる
住民の学習・トレーニングは、住民が生きる具体的な暮らしの現場で日常的に起こる。コミュニティ組織化が起っている現場こそがよい教科書である。
(8)住民の学習・トレーニングを持続的に展開する
住民の意識の成長と新しい活動が継続されると、コミュニティ運動も持続可能な形で発展する。住民の学習・トレーニングは終わったり完成されるものではなく、循環的・持続的に展開されるものである。

Ⅲ.   住民の学習・トレーニングのテーマ
(9)テーマはコミュニティ組織化の現場から出てくる
テーマは、住民の生活やニーズに基づくものであり、自分の価値・思い・イメージ・希望などと現実生活との関わりにおいて具体化される。
(10)コミュニティ組織化の過程がテーマをつくる
テーマは、コミュニティ組織化を促す手段であり、地域・生活理解から意識の高揚や資質の向上、課題の解決などの組織化の過程において作り出される。
(11)住民の変化や成長へと導くテーマを選ぶ
住民がコミュニティの組織化の過程に参加し、自分の変化を経験するなかで、自己開発やリーダーシップ開発、ビジョン開発など、住民自身の変化や成長を導くテーマが見出される。
(12)テーマは多様な方法で扱われる
テーマは一つの方法ではなく、評価・省察、具体的な行動・実践、対話・討論、共同のチームワーク、文化活動など、多様な方法で扱われる。

Ⅳ.    住民の学習・トレーニングの方法  1
(13)住民一人一人と出会いながら行われる
コミュニティリーダーやコミュニティワーカーは、住民が自分の生活と地域問題を客観化できるよう、一人一人の住民と出会いながら学習・トレーニングを進行させる。
(14)住民の集まりで行われる
コミュニティリーダーやコミュニティワーカーは、住民の集まりに参加したり住民の集まりを設けて、住民とともにテーマについて話し合い、学習・トレーニングを行う。
(15)コミュニティ組織化のプログラムとして行われる
コミュニティ組織化の過程のなかで、住民の意識を発展させコミュニティ運動の可能性を追求するために、地域の状況や住民の考えが反映された体系的なプログラムを開発し実施する。
(16)住民の実践的な行動を通じて行われる
学習・トレーニングは、住民の実践的な行動を通じて行われる。実践的な行動は、学習・トレーニングの過程であり、結果でもある。

.    住民の学習・トレーニングの方法  2
(17)体験と事例に基づいて進められる
現場の事例を振り返ったり互いの体験を分かち合うことによって、学習・トレーニングは多様なテーマで、ダイナミックに展開される。
(18)生活のなかのさまざまな出来事が学習の契機となる
住民が生活のなかで経験する多様な出来事自体が重要な学習・トレーニングのテーマになり、その出来事について話し合い、分析・整理することによって住民は多くのことを学ぶ。
(19)住民の利害関係をテーマとして進められる
自分の利害関係に関連している生活上の関心事をテーマとして取り上げると、住民の自発的・積極的な参加は高まる。
(20)コミュニティ組織のビジョンをめざして進められる
自分の生活や地域に対する期待や恐れは、コミュニティ組織のビジョンをつくる基礎になる。期待を具体化するテーマや、恐れを克服するテーマを取り上げながら、住民の学習・トレーニングを進める。

〇[1]のうちから「コミュニティ組織化の4過程10段階」と「住民の学習・トレーニング」をピックアップし、その要点をメモったのは、例によって我田引水的であるが、筆者がかねてより議論してきた「まちづくりと市民福祉教育」について考えるための新たなヒントを得たいがためでもある。
〇ここで、筆者がかつて関わった東京都狛江市社協と岐阜県郡上市(旧・八幡町)社協における地域福祉活動計画の策定と市民福祉教育実践について思い起こす。狛江市社協の地域福祉活動計画(「あいとぴあ推進計画」1990年3月策定)とそれに基づく「あいとぴあカレッジ」(1991年5月~)、郡上市社協の地域福祉活動計画(「みんなでやらまいか八まん福祉文化プラン21」2001年3月策定)とそれに基づく「福祉文化カレッジ」(2003年6月~)がそれである。その資料(拙稿)の一部を付記しておきたい。それは、本稿で取りあげたCONETの考え方と一部通底するところがあると考えるからでもある(阪野貢『市民福祉教育の探究―歴史・理論・実践―』みらい、2009年10月、205~231、241~246ページを参照されたい)。

Ⅰ.    “ あいとぴあカレッジ ” と学習プログラム

“ あいとぴあカレッジ ” の学習テーマおよび学習内容

Ⅱ.    “ 福祉文化カレッジ ” と学習プログラム

福祉文化カレッジの学習目標

“ 福祉文化カレッジ ” の学習テーマおよび学習内容

 


「韓国住民運動教育院」については、次の文献を参照されたい。
朴兪美「韓国住民運動教育院の地域組織化のトレーニング」『日本福祉大学研究紀要―現代と文化』第140号、日本福祉大学福祉社会開発研究所、2020年3月、56~67ページ。

付記
〇筆者にとって市民福祉教育実践と研究の原点でもある “ あいとぴあカレッジ ” については、実に多くのヒトやコトが思い出される。足のご不自由なTさんに  “ あいとぴあカレッジ ”の講師をお願いしたとき、「そんな暇はない。タバコ販売をして細々と暮らしている。われわれのそんな生活を何とかしてほしいものだ!」とすごい剣幕で怒られたことを思い出す。Tさんからはその後、講師を承諾していただき、緊張しながらも地域におけるご自分の生活の様子や問題についてリアルな講話をいただいた。それを一つの契機にTさんは、市民を対象にした「福祉の集い」などにも積極的に参加し、彼らを取り巻く地域生活の現状と課題について訴えられるようになる。大変身である。“ あいとぴあカレッジ ”では、学習者(受講者)とともに、講師の意識変革と態度変容を期待(企図)していたのである。
〇 “ 福祉文化カレッジ ” では、親子で受講された娘さんとお母さんのコトを思い出す。地元の高校で「福祉」を学ぶ娘さんは、「まちの “ ふくし ” についてもっと知りたい」という願いから、お母さんは、「お世話になっている地域に貢献したい」という念(おも)いから受講されたのである。その後娘さんは、卒業後は地元に戻って介護福祉の仕事をしたいという希望を抱いて、県内の福祉系大学に進む。お母さんは、カレッジで新たに知り合った仲間たちとともにボランティア活動に取り組むことになる。地元の福祉系高校 ⇄  “ 福祉文化カレッジ ” ⇨ 福祉系大学 ⇨「地元福祉」、という循環(進路)を描いて、高校福祉科教育と高大連携や、学校と地域の連携・協働(地域とともにある学校、地域に根ざした学校福祉教育)などについて考えていたのである。