「老爺心お節介情報」第58号
地域福祉研究者各位
社会福祉協議会関係者各位
とても気持ちのいい季節になりました。
皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。
「老爺心お節介情報」第58号を送ります。
2024年5月5日 大橋 謙策
Ⅰ 『穂積重遠ー社会教育と社会事業とを両翼として』(大村敦志著、ミネルヴァ書房、2013年4月)を読んで
〇朝日新聞に掲載されたミネルヴァ書房の広告を見て、大変驚き、すぐに読み始めた本が『穂積重遠ー社会教育と社会事業とを両翼として』(大村敦志著、ミネルヴァ書房、2013年4月)である。
〇更に驚いたことは、NHKの朝のテレビ小説の『虎の翼』で俳優の小林薫が演ずる「穂高重親」は穂積重遠がモデルであると知ったことである。
〇穂積重遠は、戦前の有名な民法の法学者であり、最高裁判事や東宮大夫を歴任された人で、以前よりその名前と華麗なる「学閥一族」のことは知っていたが、その穂積重遠の“社会評伝”のサブタイトルに“社会教育と社会事業とを両翼として”が付けられていることに、“社会事業と社会教育の学際的研究”をしてきたものにとって、自分の勉強不足を恥じ入るばかりであった。
〇穂積重遠は、末広厳太郎とともに、関東大震災後に東京帝国大学セツルメントを学生と一緒に行っていたことは知っていたが、穂積重遠が財団法人社会教育協会の会長、理事長を歴任し、「法を軸にした公民教育」をこれほど手掛けていたことは知らなかった。しかも、私は財団法人社会教育協会(当時の財団理事長は有光次郎、元文部事務次官)の「加齢学研究懇談会」で講演(1988年3月)し、その講演録が「高齢化社会に向けてー教育行政はいかにあるべきか」と題して、社会教育協会機関誌『国民』のNO1064(1988年6月)に掲載されているにも関わらず、その社会教育協会の設立者が穂積重遠であることも知らず、本当に恥じ入るばかりである。
〇私が大学院で学んでいる時代は“戦前の研究は皆、封建的で、戦後の考え、研究はいい”という実に単純な「ポツダム研究」(ポツダム宣言の受託前と後)という思考法があったし、「ポツダム研究者」という言い方もあった。
〇また、鶴見俊介が主宰する「転向の科学」という研究同人の思考法があったこともあり、自分自身戦前の社会事業の歴史研究をしているにも関わらず、謙虚に戦前の思想、研究をどこか斜に構えて研究していたのかもしれないと反省するばかりである。
〇私の東京大学大学院の修士学位請求論文は『戦前社会事業における「教育」の位置』であるが、その公開口述試験の際、指導教員であった宮原誠一先生が私の修士学位請求論文を高く評価してくれた上で、宮原先生から、今度は「社会教育における社会事業の位置」を研究して欲しい。そうでないと全体が分からないのではないかと指摘された。宮原先生から与えられた宿題は残念ながら研究しきれていないが、穂積重遠の社会評伝を読んで、宮原誠一先生の指摘の重要性に改めて気づかされた。
〇穂積重遠が設立した社会教育協会は、家庭教育の重要性を考えて、東京家庭学園を設立し、穂積重遠がその東京家庭学園の学園長を兼任している。この東京家庭学園は今日の白梅学園大学の前身である。
〇穂積重遠の人物評伝の中から学ぶ点も多々ある本であったが、著者の大村敦志先生の執筆の仕方にも大いに学ぶことが多かった。何しろ、法学者の大村敦志先生が書かれたものだけに、論文執筆はこうあるべきだという見本のように、実に膨大な資料を駆使して、多面的に論考されている姿勢は、社会福祉学研究者、地域福祉学研究者は学ばないといけないと強く感じた。
〇本書は、法学研究の枠組みについてとか、法と社会との関係、あるいは法と道徳との関係、あるいは1930年代~1940年代における大学、学問のあり方等が論じられており、法学研究の方法が分からないものにとってはやや難しかった点もあったが、とても学問のあり方、大学教員のあり方などとても参考になった。私も大学時代学んだ家族法の川島武宜、中川善之助、我妻栄などの先生方の名前がでてくるので、それらのことを思い起こしながら読み進めることができた。
〇本書は、東京大学法学部の2011年の学生向けの講義「穂積重遠論ー20世紀前半の社会と法」とそれに関連するゼミナールでの報告、論議が基になっているというが、なんとも羨ましい大学教育のあり方であり、大学教員としての姿勢である。
〇咋今の福祉系大学が社会福祉士国家試験対応の予備校的な教育に堕していることを憂いているものにとって、改めて福祉系大学の教員に本書を読んで、考えて欲しい本である。
Ⅱ 『原子力災害からの複線型復興ーー被災者の生活再建の道』(丹波史紀著、明石書房、2023年3月刊)を読んで
〇本書は、立命館大学産業社会学部教授の丹波史紀先生が、日本福祉大学に提出した博士学位請求論文を基に刊行されたもので、2023年度SOMPO福祉財団の社会福祉文献賞を受賞した著作である。
〇丹波史紀先生がそのご高著を恵贈してくれたので、私がお礼の手紙に書いた感想をここに転記しておきたい。
『この度は、SOMPO福祉財団の社会福祉学文献賞の受賞、本当におめでとうございました。私も6年間選考委員長をしていましたので、文献賞の受賞は本当に素晴らしいものです。その受賞文献をご恵贈賜りありがとうございました。
未だ丁寧に読んではいませんが、一読させて頂いた感想は、SOMPO福祉財団の選考委員の皆さんの評価とほぼ同じです。その上で、私の感想を述べます。
第1は、「災害ケースマネジメント」のあり方に関する論述がもっと欲しかったです。ご高著自体が、被災者の横断的、大量調査を基にしての論証でしたからやむを得ないかもしれませんが、社会福祉学の文献としては実態調査のみでなく、その支援のあり方、その支援システムのあり方にもっと論究してほしかったですね。以前お送りした私どもがまとめた石巻市の被災者へのソーシャルワーク支援はそれに少しでも迫れればという思いで纏めました(『東日本大震災被災者への10年間のソーシャルワーク支援』参照)。
第2には、「複線型復興」の持つ意味です。自然災害と原子力放射能汚染災害との複合的災害が福島県の特色で、私も浪江町等の避難所に行く機会を持ちましたが、複合的災害の持つ意味があまりにも深刻で、研究に関わることを断念した思いがあります。それだけ難しい問題ではありますが、複合的被災者の支援のあり方は、もっと多角的に検討されるべきではないかと思いました。特に、同居家族だった世帯が、放射能汚染災害により、家族分解、離婚、複数世帯化による経済的困難さなどを見聞きしてきたものには、原子力放射能汚染災害の一般的課題のみならず、社会福祉学の視点からの考察がよりあってほしかったというのが私の感想です。精読しておらず、とりあえず礼状を出すに当たっての感想を述べなければという思いからの感想ですから、正鵠を得ていないかもしれませんが、お許しください。』
〇地域福祉実践の領域において、阪神淡路大震災以降、社会福祉協議会による「災害ボランティアセンター」設置による支援が定着化しているが、“災害と社会福祉”との関りにおいて、被災者支援を長期的なスパンで、世帯全体の再建を考えていくことが重要である。限界集落、過疎地、高齢化という状況の中では、生活再建は被災直後の“がれき撤去”というレベルでは済まされない深刻な生活の変容があり、その支援が求められていることを社会福祉関係者、とりわけ地域福祉関係者は実践上でも、研究上でもきちんと受け止め、対応策を考え行くべきである。
(2024年5月5日記)
(備考)
「老爺心お節介情報」は、阪野貢先生のブログ(「阪野貢 市民福祉教育研究所」で検索)に第1号から収録されていますので、関心のある方は検索してください。
この「老爺心お節介情報」はご自由にご活用頂いて結構です。