阪野 貢/「社会的処方」再考―西智弘編著『みんなの社会的処方』のワンポイントメモ―

〇筆者(阪野)の手もとに、西智弘編著『みんなの社会的処方―人のつながりで元気になれる地域をつくる―』(学芸出版社、2024年3月。以下[1])がある。『社会的処方―孤立という病を地域のつながりで治す方法―』(学芸出版社、2020年2月。以下[2])の続編である。[2]に関しては、本ブログの<雑感>(123)社会的処方とリンクワーカー:お医者さんが取り組む“オモロイ”はじめの一歩―西智弘編著『社会的処方』読後メモ―/2020年11月27日/本文、を参照されたい。
〇西(緩和ケア内科医)にあっては、「社会的処方」(Social Prescribing:ソーシャル・プリスクライビング)とは、「薬で人を健康にするのではなく、人とまちとのつながりで人が元気になる仕組み」(3ページ)、別言すれば「病気や障害があっても無くても、子どもから高齢者まで、誰しもが自分の『やりたい!』を自由に表現でき、それが実現できるような環境を平等に享受できるようにみんなで取り組んでいく」仕組み(5ページ)をいう。「社会的処方は、もっと自由でいい。多くの人たちが気ままに自然に『自分にできること』『自分がやりたいこと、好きなこと』を持ち寄って、お互いに『いいね、いいね!』とつながっていく先に、孤独・孤立の解消がある」(6ページ)。
〇そこで西は、[1]で、社会的な孤独・孤立の問題が深刻化するなかで、「日常生活の様々な場面に社会的処方があり、暮らしているだけで元気になれるまち」(カバーのそで)、「ごちゃまぜのまち」(246ページ)をどうつくるかについて、世界と日本における社会的処方の実践の「場」(生活の動線上で、人と人とが行き交う、ハブとなる「場」:53ページ)や具体的な取り組みに学びながら、これからを展望する。
〇また、西にあっては、社会的処方の基本的理念は、「人間中心性」「エンパワメント」「共創」の3つである。西はいう。「人間中心性」(person-centeredness)については、「その方(人)がこれまでどんな人生を歩んできて、何に興味があって、そしてこれからどう生きていきたいと思っているのか、『好奇心と思いやりをもって、目の前の個人を見ていく』姿勢が大切である」(16、18ページ)。「エンパワメント」(empowerment)については、それは「誰もが本来備えている能力を、発揮できる社会を目指す思想」であるが、「目の前にいる人を信じて、気長に、本人がもっているものを一緒に見つけていくプロセスを共に過ごすことが大事である」(19、21ページ)。「共創」(co-production)については、それは「一緒に作っていくこと」であるが、「自らの社会的処方を(リンクワーカーと一緒に)自ら生み出していく」(21ページ)ことが重要になる。
〇そして、「リンクワーカー」(link worker)は、「孤立している個人やその支援者と面会し、本人の特性や興味関心などを聴取しながら、孤立の解決のために地域活動などとつなげていく役割を担う」人をいう(16ページ)。そのリンクワーカーには、医療や保健・看護・介護・福祉などの専門職や行政職員としてのリンクワーカー(「職業リンクワーカー」)のほかに、ボランティアとしてリンクワーカー的に活動する地域住民=「市民リンクワーカー」がいる。この点について西は、日本で社会的処方を進めていくうえでは、「社会的処方を文化にする」ために「住民主体型の社会的処方モデルが好ましい」(17ページ)という。これらが「社会的処方」についての西の言説、そのポイントである。
〇ここでは[1]のなかから、「社会的処方」をめぐる論点や言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。例によってそれは限定的(恣意的)であるとの謗(そし)りを免(まぬが)れないことは承知している。

社会的処方ではケアされる本人が主役になれるように支援することが肝要となる
「支援する」とは、「基本的には対等な二人の人間が、そこにある課題に対して、一緒に新しい価値を生み出していくこと」である。(24ページ)/ここで大切なキーワードは「本人が『主役』になれるように」である。あくまでも、主体は本人。支援者であるリンクワーカーが何かを施して、本人を受動態の形にするのではなく、かといって本人に全ての責任を押し付けるのでもなく、「一緒に決めたよね」「私たちはあなたのことを見ているよ」といった関係性で支えるという意識が大切なのである。本人が「主役」になる、ということはその主役に働きかける脇役だって必要だし、それを見続ける観客の役割だって必要なのだから。(25ページ)/「一緒に決める」「ずっと見ている」この2つをもって、自身を取り巻く社会の中での「主役」と信じられるようにしていくことが、ここで大切にしたい支援の形なのである。(25ページ)

社会的処方にとって「アート」は人と社会をつなぐ重要な社会的営みである
人々が思いを表現した絵や造形、音楽、ダンスなどをアートという。(148ページ)/アートは人類の歴史上ずっと存在しており、人にとって欠かせないものである理由のひとつは、人が社会的動物で高度な「つながり」が必須だからだ。それは単に他者との表面的な繋がりではなく、自己の内面とのつながりを含む。人は自己信頼ができなくなるとイキイキとしているのは難しく、また、心が通う他者がいない「望まない孤独や孤立」は死を近づける。心安らかに暮らすには自分とのつながり、他者とのつながり、心身ともに安心安全な居場所が必要だ。だから人は自己と自分を取り巻く世界をつなげようと表現し、他者とともに想像を共有し、つながりを形成する力をアートの形で発展させてきたのだろう。言語を超え表現するアートは高度に社会的である人間が生きることをつなぐ、切実なものとして生み出されてきた。アートは個人の創造性と深い繋がりを持ちつつ、同時に社会的な関係性をつくるソーシャルな機能を持つのが特徴だ。(148~149ページ)

社会的処方は人々がまちなかで「わずらわしいことをする権利」を行使することを求める
いつの頃からか、「公共空間で起きている問題は行政の管轄」「そこを管轄する専門家が管理するほうが面倒くさくなく、効率的」、さらには「私たちは『税金』ってかたちでお金を払っているんだから、それくらいの『サービス』はしてくれて当然だろう?」という「社会のお客様でありたい」考えに取りつかれつつある。(206ページ)/これから必要なのは「行政のダイエット」であり、できるところは自分たちの頭で考えて何とかして、行政に頼らないことで税金もかからないようにする方が、長い目で見れば結果的に僕ら自身にもお金が残っていく。もう少し見方を変えるなら、僕らは行政から「わずらわしいことをする権利」を取り戻すべきなんじゃないか、と言える。(中略)僕らは「自分が住むまちを自分できれいに整える権利」や「公園で自由に遊ぶ権利」をはじめとした、「自分たちの暮らしを自由に彩る権利」までも奪われてしまっていると言える。それら権利を全て取り戻して(すなわち、おせっかい住民をエンパワメントして:87ページ)いくことが結果的に、僕ら自身がまちなかで面白がれる生活につながっていくのだと思う。(207~208ページ)

〇2020年7月に閣議決定された政府の「骨太の方針」に、社会的な孤独・孤立対策として「社会的処方」が明示された。2023年6月に「孤独・孤立対策推進法」が公布され、翌2024年4月に施行された。筆者(阪野)は、社会的処方の言葉や理念がイギリスからの(旧態依然とした)直輸入であることに危うさを感じる(イギリスの一般市民レベルでは「社会的処方」は必ずしも十分に認知されている状況ではないとも言われている)。また、社会的「処方」に含意される医師主導に違和感を覚え、さらには慎重さに欠ける制度化に唐突感を禁じ得ない。介護保険制度が導入された2000年4月以降、「地域包括ケアシステム」(地域住民に対して住まい・医療・介護・予防・生活支援などのサービスを一体的・体系的に提供する体制)や地域共生社会づくりのための「多職種連携」の推進が図られ、最近では(2021年4月施行の改正社会福祉法で)属性を問わない相談支援・参加支援・地域づくりに向けた支援の3つの支援を一体的に実施する「重層的支援」体制の整備が図られるなかで、いま、なぜ、社会的処方なのか。また、同改正社会福祉法で「重層的支援体制整備事業を実施するに当たっては、社会福祉士や精神保健福祉士が活用されるよう努めること」と参議院で附帯決議されるが、そんななかで、なぜ、「リンクワーカー」なのか。


〇ただ、WHO(世界保健機関)がいう、社会的処方の基底にある「健康の社会的決定要因」(SDH:Social Determinants of Health、1998年)や「ICF(国際生活機能分類)」(International Classification of Functioning, Disability and Health、2001年)の「環境因子」(environmental factors)について重視すべきであることは言うまでもない。
〇西はいう。「社会的処方を(市民の)文化にする」(17ページ)こと、すなわち地域に暮らす一人ひとりの住民が孤独な人のつなぎ手となっていくことが必要である。とはいえ、「社会的処方の効果に関する科学的な検証はまだ十分とは言えない。過度の投資や熱狂、手放しでの賞賛をするのではなく、目の前にいる一人一人を見つめ、必要に応じて適切な社会的支援を行っていく、その中のひとつの選択肢として、社会的処方の考え方があるのだと理解しておいた方が、現時点では無難であろう」(129ページ)。付記しておきたい。

 


➀ WHO(世界保健機関)は、「SDH(健康の社会的決定要因)」を次の10項目に分類している。①社会格差、②ストレス、③幼少期、④社会的排除、⑤労働、⑥失業、⑦社会的支援、⑧薬物依存、⑨食品、 ⑩交通、がそれである( WHO健康都市研究協力センター・日本健康都市学会訳『健康の社会的決定要因―確かな事実の探求―』(第2版)特定非営利活動法人健康都市推進会議、2004年)。
② 「ICF(国際生活機能分類)」については、スライド(3)ICFの視点と福祉教育―ICFの構成要素間の相互作用/本文、を参照されたい。

補遺
社会的処方の名前や概念は少しずつ広まり、2020年の政府「骨太の方針」にも社会的孤立対策の切り札として明記された。そして2024年には「孤独・孤立対策推進法」が施行され、孤独や孤立の問題は国や自治体だけではなく「国民一人一人も」力を合わせてその対策につとめていくべきとされた。([1]3ページ)