大橋謙策/大橋ブックレット 第2号:日韓地域福祉学術交流30年―日韓国交60周年から平和共生の未来に向けて―

 

한일 지역복지 학술교류 30년

―- 한일 국교정상화 60주년과 평화공생의 미래를 향하여―

大橋謙策

시민복지교육연구소

 


 

【その1】

〇立秋が過ぎたというのに、いまだ酷暑が続きます。皆様にはお変わりなくお過ご
しでしょうか。
〇私の方は、7月は各地のCSW研修で東奔西走しましたが、8月に入り、お盆までのんびりと過ごせ、英気を養うことができました。毎日の家庭菜園、庭木への水やりをする他には、週2回ほど地域の囲碁クラブに出かけ、対局を楽しみました。
〇また、このところ筋力の衰えを実感していましたので、8月より近くの民間のスポーツジムNASの会員になり、機器を使って筋力トレーニングを始めました。80歳の筋力は、20歳代の半分だといわれていますので、“年寄りの冷や水”かもしれませんが、チャレンジしたいと思っています。通うのが楽しい日々になりました。
〇8月20日から22日まで、ソウル特別市社会福祉協議会の金玄勲会長(日本社会事業大学の学部、大学院での教え子)の招聘により、韓国・ソウル市を訪問することになりました。
〇当初は、拙著『地域福祉とは何か』を金玄勲さんがハングル語に翻訳してくれ、その出版記念会への招聘でしたが、20年振りくらいに日韓地域福祉学術交流をしようということになり、日本地域福祉研究所からも田中英樹副理事長や原田正樹日本福祉大学学長なども参加されることになりました。
〇学術交流としての訪韓は久しぶりなので、今回の訪問では、金成垣・金圓景・呉世雄編著『現代韓国の福祉事情』(法律文化社、5700円)を読んで、学習していきました。その本を読んでの私の韓国理解の概要を下記にまとめてみましたのでご参照ください。
〇今日は、終戦後80年の節目の日です。今、日本では「排外主義」の主張が高まっていますが、今年は「日韓国交正常化60周年」ですし、「村山談話」発出30周年です。
〇改めて、日本が戦前の軍国主義の時代に行った様々な蛮行に思いを致し、蹂躙された国の方々の辛い、悲しい思いに心を寄せ、二度とあのような蛮行の過ちを繰り返さないためにも国民レベルの平和友好交流を強めたいとしみじみと思いますし、誓いました。
(2025年8月15日、終戦の日に平和共生を祈念して)

Ⅰ 韓国の社会福祉の現状

〇筆者が韓国と学術交流していたのは、1990年代後半のアジア通貨危機の時代から2008年の韓国の介護保険である長期療養保険制導入時代である。
〇1990年代後半に、日本地域福祉研究所を中心に「韓日地域福祉実践研究セミナー」をソウル市、大邱市、釜山市、光州市などで開催してきた。
〇また、日本社会福祉学会会長、日本地域福祉学会会長時代の2000年初頭には学会の学術交流協定や日本介護保険制度に関わる学術交流をしてきた。
〇今回の訪韓は、学術交流としては久しぶりで、この20年間近い期間に韓国の福祉事情が大きく変化してきていることを『現代韓国の福祉事情』を読んで実感した。
〇『現代韓国の福祉事情』の編著者である、東大教授の金成垣先生の論文は大変参考になった。
〇金成垣先生の学説は、韓国の社会福祉・社会保障は、資本主義先進国で確立した従来の「福祉国家」体制ではなく、新しい「社会サービス国家」ともいえるもので、「社会保険でない制度」、「準普遍主義」に基づく政策が展開されているのだと指摘している。それを可能にさせているのが、「総合社会福祉館」、「老人福祉館」、「障害者福祉館」で、そこを拠点に地域福祉活動が展開されているのが特色だとも指摘している。
〇筆者は、日本地域福祉学会会長の時代(2000年代初頭)に「地域福祉実践・研究に関する日本と韓国の学術交流協定」を締結したが、相手の韓国の学会名は「韓国地域社会福祉学会」である。
〇韓国は、その当時、市町村の権限、役割も弱く、市町村社会福祉協議会の位置づけも法的にはない状態だった(韓国の市町村社会福祉協議会が法制化されたのは、確か2021年?)。
〇筆者は、地域福祉における日本との比較研究をする枠組の要は、「総合社会福祉館」等のセツルメント実践の流れである地域福祉施設が重要なのではないかと指摘してきた(ただし、「総合社会福祉館」の設置は人口10万人に1か所が目安)。
〇日本でも、近年の「地域共生社会政策」の中で、子ども、障害者、高齢者を問わず誰もが通い、集い、時には泊まれる全世代対応型の「小さな拠点」の設置の必要性がうたわれ、既に高知県などにおいて「ふれあいあったかセンター」の実践が、限界集落、人口減少地域で大きな成果を上げていることを考えると、韓国の「総合社会福祉館」や農村部の「マウル館」等と日本の「小さな拠点」施設との比較をしつつ、地域住民のインフォーマルケアをどう位置付けるかの比較研究をする必要性がある。
〇いずれにせよ、金成垣論文を読んで、日韓地域福祉比較研究の枠組みが大変明確になった。
〇ただ、金成垣先生は、従来の社会保障関係の学説である“現金給付とサービス給付は代替関係にある”という学説に囚われず、韓国では現金給付とサービス給付との関係は代替関係ではなく、補完関係にあると考え、新しい「社会サービス国家」という考え方を打ち出した。その在宅福祉サービス(韓国では在家老人福祉事業)を「総合社会福祉館」等で現物給付する形で提供しているのが特色だと指摘している。
〇金成垣先生の学説は、日本の在宅福祉サービスの開発、研究を牽引してきた三浦文夫先生がイギリスのティトマス等に学び、貨幣的ニーズでは対応できない非貨幣的ニーズの必要性が都市化、工業化、核家族化の中で生活ニーズとして登場してきており、その対応が必要であると論述してきたことや江口英一先生が1960年代の不安定就業層に対する地方自治体での福祉サービスの整備が必要であると論述した考え方との関りや整合性を改めて検討する必要があるのではないかとの感想を持った。
〇日本では、現在、1960年代末から指摘されてきている「新しい貧困」の問題がより深刻化し、生活のしづらさを抱えている家庭の生活技術能力や家政管理能力などへの支援の必要性が増大してきているし、かつ、「ひきこもり」と称される人が246万人にいると推計され、孤立・孤独問題が深刻化している。更には、一人暮らし高齢者、一人暮らし障害者の増大に伴うそれらの人々の身元保証問題、入退院支援、終末期支援、死後対応サービスの必要性が喫緊の大きな課題になってきている。
〇これらの問題も含めて、韓国の「社会サービス国家」論と日本の「地域共生社会政策」との比較研究が必要だと思った。
〇『現代韓国の福祉事情』に基づき、日本との比較の視点も入れて韓国の福祉事情の特色、特徴を述べるとすれば、以下の点を挙げることができる(概要で述べる内容は、『現代韓国の福祉事情』の中に書かれていることで、一つ一つ引用個所を明示するのは煩瑣になるので省略させて頂いた。ご了承頂きたい。なお、日本の記述は筆者の考えである)。

➀韓国は、人口が2022年時点で5169万2000人、2000年に高齢者人口比率が7%になり、高齢化社会になった。2017年には高齢者人口が14%を超え、高齢社会になっている。日本以上に速いスピード(日本は24年で到達)で高齢化が進んでいる。
子どもの合計特殊出生率は、OECD諸国の中で最低の0・78(2022年)で、日本の1・26よりはるかに低い。
韓国では、高学歴化における受験戦争の激化、ソウル一極集中における住宅難、不安定就業による生活の見通し不安等の要因が影響して少子化が改善されていない。

➁韓国では、就業形態別の雇用保険の加入率が、正規労働者で78・1%、非正規労働者で44・4(2019年)と低い。かつ、不安定就業層が多く、臨時雇用者の割合が2019年で24・4%、かつ自営業者の割合が24・9%と多く、「福祉国家体制」の下になる正規の常用雇用者による社会保険制度の成熟度が進んでいない。
韓国では、1999年に「国民皆保険・皆年金」体制が実現したが、2015年時点で、非正規労働者の年金加入率は37・0%、医療保険は43・9%、雇用保険は42・1%である。
日本では、高齢化社会に入った1970年前後に、急激な都市化、工業化、核家族化の中で、家族が高齢者を経済的に扶養できず、かつ年金も未だ成熟していていない時代であったこともあり、国が低所得層の高齢者に「老人福祉手当」を支給したことと同じように、韓国でも社会保険だけでカバーできない部分を国が税金によってサービスを現物給付する形態で賄っている。

➂日本の公的扶助制度である生活保護制度に該当するのが、現行の韓国では2000年10月に施行された「国民基礎生活保障制度」である。
韓国では2022年までは、「扶養義務者基準」が厳しく(扶養義務者の所得(年収1億ウオン以上)、および資産(保有不動産価格9億ウオン以上)があれば扶養義務基準を適用)、適用されていた。
他方、勤労能力のある貧困者には、多様な働く場としての自活事業が用意されているし、創業教育、機能訓練及び技術・経営指導等の創業支援、自活に必要な資産形成支援等が展開されている。
この自活事業の多様なプログラムは、韓国で2007年に制定された「社会的企業育成法」に基づき育成支援されている「社会的企業」、「協働組合」、「マウル企業」、「ソーシャルベンチャー企業」の取組とも関わっていて、「自活企業」だけでも2021年時点で997企業が経営されている。
日本では、生活困窮者などに対する支援で、“一般就労”支援が中心になっているが、韓国のように、新しいプログラムを開発しながらの支援は日本でも大いに参考にすべきである。
韓国では、このような状況もあり、社会福祉士養成カリキュラムに「プログラムの開発及び評価」、「社会福祉資料分析論」が取り入れられている。かつ、「総合社会福祉館」には、社会福祉士が義務設置化されていて、外部資金の獲得や地域資源の開発・連携に取り組んでいる。
筆者、コミュニティソーシャルワーク研修において、「問題解決プログラムの企画立案」や「地域福祉・地域包括ケア基本情報シート」の作成を取り入れているが、考え方は全く同じである。日本の社会福祉士の養成カリキュラムが“時代錯誤”なのである。

➃韓国では、「長期療養保険制度」がドイツ、日本に学び2008年7月から導入された。
しかしながら、日本で2006年に始められた介護予防事業は制度化されていない。
韓国の介護予防事業は、全国に357か所あり、300万人の会員を擁している「老人福祉会館」で展開されている。その活動を支える従事者が14000人配置されている。
日本では、1990年代に全国社会福祉協議会が主導して全国各地の市町村社会福祉協議会が「住民参加型福祉サロン」を創設し、活発な活動を展開していた。
しかしながら、2000年の介護保険制度の実施の際に、国民の理解を得るためか、福祉サロンに通う高齢者も介護保険制度のデイサービスを利用できるようにしたことにより、「住民参加型福祉サロン」は衰退していく。
ところが、介護保険財政が厳しくなると、2006年に介護予防事業制度を導入し、再度「住民参加型福祉サロン」を推奨させるようなシステムを作り出す。
韓国では、一貫して介護予防は老人福祉館で行われている。老人福祉館は、1989年にモデル事業として取り組み始められた。
老人福祉館の基本事業は、「生涯教育支援事業」、「趣味余暇支援事業」、「相談事業」、「情緒生活支援事業」、「健康生活支援事業」、「社会参加支援事業」、「危機および独居高齢者支援事業」、「脆弱老人保護連携網構築事業」の7つである。
選択事業としては、「敬老堂革新プログラム」、「高齢者住居改善事業」、「雇用および所得支援事業」、「家族機能支援および統合支援事業」、「地域資源の開発と連携、高齢者権益増進事業」の5つがある。
この老人福祉館は「地域食堂」の機能も持っており、安価な3000ウオン程度で利用でき、かつ生活困窮者には無料で昼食が支給されている。
老人福祉館の個人の利用料は3か月で2万ウオンから4万ウオン程度である。老人福祉館の運営費は、市区町村からの補助金の他、共同募金、協賛会費などで賄われている。

➄日本でも「離別によるひとり親世帯における非養育者の養育費不払い問題」は深刻で、母子家庭における養育費を支払っている非養育者の比率は28%と言われている。
韓国でも同じような問題を抱えており、2014年に「養育費履行確保法」が制定され、かつ2020年からはそれがより強化され、「行政制裁として、運転免許停止処分及び出国禁止、身元公開(氏名、年齢、職業、住所、養育費債務不履行期間、養育費債務額)」が規定され、かつ刑事罰まで法制化された。
日本でも、行政が代執行して養育費を支払わせる制度の確立が望まれている。

➅日本では、2023年5月に「孤独・孤立対策推進法」が制定され、孤独問題担当大臣を設置するほど孤立・孤独問題は深刻化している。
筆者が、孤立・孤独問題に関心を寄せたのは、旧自治省系の自治行政センターの依頼を受けて、「行政とボランティア活動との関係に関する調査研究」で、三浦文夫先生とヨーロッパ諸国を訪問した1982年である。
その際、スウエーデンを訪問したが、スウエーデンのソーシャルワーカーが日本の老人クラブの実践を学びたいと話をした。その理由が、スウエーデンではその当時、高齢者の孤立・孤独問題が深刻で、日本の老人クラブ活動に学びたいということであった。
当時の日本の老人クラブへの加入率は75%程度(現在は17%程度)あり、地域の老人たちがクラブ活動をすると同時に、地域の一人暮らし老人たちへの友愛訪問活動をしていることを参考にしたいという話であった。
その後、イギリスでは2018年に孤独担当大臣を設ける等、ヨーロッパ諸国での孤立・孤独問題は深刻化していった。
韓国では、2020年3月に「孤独死予防法」が制定された。これに先立つ対策として、2007年に「老人福祉法」が改正され、独居高齢者支援が法定化された。
2020年には、「老人個別型統合サービス」に統合整理され、安全支援、社会参加、生活教育、日常生活支援という「直接サービス」、生活用品支援、住居改善、健康支援等の「連携サービス」、孤立型グループ、抑うつ型グループへの「特化サービス」の業務が展開されるようになった。
「老人個別型統合サービス」の実施機関は2023年時点で全国681か所あり、その中で「特化サービス」を実施している機関は191か所である。
「老人個別型統合サービス」の実施機関には、専担社会福祉士と生活支援士が配置され、対象者選定とケアマネジメント及びソーシャルワーク機能を担当している。

➆韓国では、日本以上に少子化が進んでおり、労働力をカバーするために、日本以上に外国人労働者を受け入れている。2022年末現在で、韓国の在留外国人は224万59912人で、全人口の4・37%を占めている。
これらの在留外国人の生活支援のために、韓国では2007年に「在韓外国人処遇基本法」を制定している。また、2008年には「多文化家族支援法」を制定し、韓国の社会福祉事業による福祉的支援に法的根拠を持たせることになった。
「多文化家族支援法」では、多文化家族に対する理解促進、生活情報の提供および教育支援、家庭内暴力被害者に対する保護・支援、医療および健康管理のための支援、多言語によるサービス提供および「多文化家族向け総合情報コールセンター」の設置・運営、外国人支援を行っている民間団体への支援等が定められている。
これらの法律でいう「在韓外国人」とは、韓国の国籍を持たないもので、韓国に居住する目的で合法的に滞在している者、「結婚移民者」とは、韓国の国民と婚姻したことがある者または婚姻関係にある在韓外国人である。
一方、「多文化家族」とは、「結婚移民者または韓国の国籍を取得した者からなる家族」のことで、外国人夫婦のみの世帯、外国人労働者、留学生は含まれていない。しかし、近年では、多分化家族の定義を広く適用しているという。
韓国での在留外国人への政策は、日本でも学ばなければならない課題である。

➇韓国は、国連の世界デジタル政府ランキングで、1位、2位を競うレベルのデジタル化が進んでいて、日本の比ではない。
韓国のデジタル政府を推進する根拠法は、1995年制定の「情報化促進基本法」、2000年の「デジタル政府法」、2009年の「国家情報化基本法」によるところが大きい。
福祉業務に特化した情報システムとしては、2010年に「社会福祉統合電算網」によるところが大きい。
それは、社会保障基本法の中で、「社会保障の受給者の決定や給付管理などに関する情報を統合・連携して処理する情報システム」であり、それは保健福祉部(日本の厚生労働省に該当)の福祉事業の業務を電子処理する「幸福eウム」と各省庁の福祉事業業務の電子処理を支援する「凡政府」との2種類がある。
「幸福eウム」は、地方自治体福祉業務と連繋して、各種社会福祉サービスの給付や受給資格、受給履歴の情報を統合管理している。
この2つの情報管理により、国税庁や国民健康保険公団、国土交通部(日本の国土交通省に該当)等の公共機関の所得及び財産情報を活用して不正受給や死亡届の提出遅延、未提出による“受給の不正”を防止している。
また、この情報システムを活用して、申請主義のために、本来受給できるにもかかわらず申請できない人を発見・把握し、支援につなげられるようになった。
更には、2014年12月に「社会保障給付の利用、・提供及び受給権者の発掘に関する法律」が制定され、電気料金や水道料金の滞納等公共料金の滞納にも関わらず、社会福祉関係者がアウトリーチできていない世帯を発見・把握し、職員を家庭訪問させ、申請につなげられるようになった。
一般的に、ICT化は低所得者や低学歴の人の生活に及ぼす影響・効果は限定的で、ややもするとのその利活用から疎外されがちであるが、韓国では逆にそれらの人々へのアプローチの手段として活用できていることは注目に値する。
いまや、福祉サービスへの福祉アクセシビリティがぜい弱な人々を発見・把握するために活用する情報は、通信費滞納、金融債務滞納、健康保険料滞納等にまで広がり、44種類にも上っている。

➈「マウル館」は、“地域社会の中心地として機能し、街の集まり、地域の市場、祭りなどの各種活動ができるように一定の設備を備えた建物で、一般的に多目的ホール、小さな会議室、演劇場、キッチン、トイレ、駐車場などの設備が含まれる”施設である。
「マウル館」(韓国語辞書では、マウルとは主に田舎でいくつもの家が集まって住むところと定義されている)は、1970年代のセマウル運動のセマウル会館として全国的に設置されていったが、現在は行政上の明確な管理主体がない状態である。
現在、「マウル館」は、全国に36792か所設置されており、自宅から「マウル館」まで10分以内の距離に設置されている村が95・5%である。距離的アクセシビリティはすこぶるいい。
「マウル館」は、1階建ての単独建物が多く、「敬労堂」と複合的に運営されているところが多い。
「マウル館」でも「地域食堂」としての機能を有しており、一日1回の食事提供が最も多く、69・3%、一日に2回の食事提供するところが22・3%である。
「マウル館」の運営は、里長(自治会長)が最も多く68%、老人会長が運営するところが24・1%である。
食事の提供に関わる経費は、住民たちが分担するが30・6%、「マウル運営資金の支援」が28・3%、「政府と自治体の支援金」が19・8%である。
農村地域の高齢化率は2020年時点で46・8%となっており、冬の期間、各自の自宅で暖房をつけるのには経費が掛かるが、「マウル館」に居ればそれも節約できることから、暖房施設のある「マウル館」の冬の期間における存在意義は大きい。
韓国の228自治体のうち、113の自治体が消滅危機にあるなかで、「マウル館」を拠点にしての地域づくりは、日本の限界集落との比較研究をする上で重要である。高知県の「ふれあいあったかセンター」がその比較研究する上で最適である。

➉「総合社会福祉館」は、韓国・社会福祉事業法第2条で「地域社会を基盤に一定の施設と専門人材を備え、地域住民の参加と協力を通じて地域社会の福祉問題を予防または解決するために総合的な福祉サービスを提供する施設」と規定されている。
「総合社会福祉館」は、2023年現在、全国に479か所設置されており、人口10万人当り1か所の目安で設置されている。
当初、「総合社会福祉館」は、低所得者が密集している永久賃貸住宅団地を中心に設置が進められたが、その後戸別の住宅面積が狭い住宅団地住民の生活福利のための共同の福利施設として住宅法が改正されて、設置、利用が少し変容していく。
「総合社会福祉館」は、「地域社会の特性や地域住民のニーズを踏まえた事業」、「官民の福祉サービスを連携した事例管理事業」、「地域の福祉共同体の活性化を目指した福祉関連の資源管理や住民教育」、「住民組織化等に関する事業」等が社会福祉事業法第34条の5に規定されている。
利用対象者は、社会福祉館の位置する地域のすべての地域住民となっているが、特に国民基礎生活保障の受給者や生活困窮者、障害者、高齢者、一人親家庭、多文化家庭、保護と教育が必要な幼児・児童・青少年、その他緊急支援が必要と認められるものが優先されると社会福祉事業法34条の5で規定されている。
全国の社会福祉館479巻のうち、社会福祉法人運営が約7割(338か所)、次いで財団法人、社団法人は都築、地方自治体の運営もある。
社会福祉館は、その建物の大きさにより「ガ型」、「ナ型」、「ダ型」に分けられている。
その運営費はおおむね年間予算が10~30億ウオンである。
社会福祉館の専門人財の配置は、「事例管理」、「サービス提供」、「地域組織化」、「行政及び管理」を実施しているかどうかと、その設置されている地域が「特別市」、「広域市」、「特例自治市・道・特例自治道」の違いによっても配置される人材数が異なる。
韓国の「総合社会福祉館」の源流は、1906年アメリカの宣教師・メソジスト教会の女子宣教師であったメリー・ノールズが始めた元山での隣保館運動で、その拠点が「班列房(バンヨルバン)」であった。その後、キリスト教関係者や大学関係者によって「社会福祉館」は作られていく。
「総合社会福祉館」としての制度化は、1983年に社会福祉事業法が改正され、社会福祉館への財政支援と地域住民の利用施設としての位置づけが規定されてからである。
韓国では、1998年に社会福祉士1級国家試験制度が実施され、今では社会福祉館の採用条件に社会福祉1級を条件としているところがほとんどである。

Ⅱ 韓国で2026年3月から実施される『医療·介護など地域ケアの統合支援に関する法律(ケア統合支援法)』の概要――韓国・崔太子さん提供資料

初出:老爺心お節介情報/第73号/2025年8月15日


 

【その2】

〇酷暑は相変わらずですが、蜩やつくつく法師など、秋の気配をもたらすセミの鳴き声が聞こえるようになったと思ったら、それもすぐに聞こえなくなり、本当に異常な気候です。二十四節季の「処暑」を過ぎました。秋が待ち遠しいですね。皆様にはお変わりなくお過ごしでしょうか。
〇「老爺心お節介情報」第73号でお伝えしましたように、8月20日から22日まで、韓国の関係者に招聘され、ソウル特別市社会福祉協議会、韓国社会福祉協議会を訪問したり、「日本の地域福祉の碩学たちに“地域統合ケア”の路を問う」という韓日地域福祉学術講演会に参加してきました。
〇1990年代後半から2010年頃までは、毎年の如く韓国を訪問していたのですが、今回は久しぶりの学術交流の訪問でした。
〇今回の訪韓では、韓国社会福祉協議会会長金聖二先生(元韓国社会福祉学会会長、筆者が日本社会福祉学会会長の時、日韓学術交流協定した際の韓国学会の会長)、ソウル特別市社会福祉協議会会長金玄勲さん(日本社会事業大学の学部、大学院の教え子)、韓国在家老人福祉協会会長の趙南範さん(1997年の第1回の韓国地域福祉実践研究セミナーの際からの協力・支援者)、そして日本社会事業大学の大学院で博士の学位を取得した崔太子さん(韓国で在宅福祉サービス事業所を経営している会社の社長)をはじめ、多くの方々にお世話になりました。この紙上を借りて、改めて心よりお礼を申し上げます。
〇元国立光州大学の教授で、韓国社会福祉学会の会長をされた李英哲名誉教授も光州から駆けつけてくれましたし、私が日本社会事業大学の大学院研究科長をしている際に学位授与した厳基郁さんも国立群山大学総長になっていて、忙しいのに駆けつけてくれました。
〇日本からは、日本地域福祉研究所副理事長の田中英樹先生、日本福祉大学の原田正樹学長、全社協地域福祉推進委員会委員長の越智和子さん、文京学院大学の中島修先生、大正大学神山裕美先生、立命館大学呉世雄先生等総勢10名が参加しました。
〇2000年頃に日本で流行っていた「団子3兄弟」という歌がありましたが、それに倣って、かつて三浦文夫、愼ソプチョン(元韓国・国立釜山大学教授、元韓国社会福祉学会会長)、大橋謙策を旧「団子3兄弟」、大橋謙策、金聖二、李英哲を新「団子3兄弟」と呼んで、交流を深めていたものでしたが、その時の交流が思いだされ、旧交を温めることができ、とても感激しました。
〇韓国に到着した8月20日には、ロッテ・シティホテル・マッポで歓迎晩さん会を盛大に挙行してくれました。日本、韓国合わせて25名ほどの参加で、料理も美味しく、日本から持参した純米酒4合瓶、4本を楽しく空けながら、旧交を温めることが出来ました。
〇8月21日の午前中は、金玄勲さんが会長しているソウル特別市社会福祉協議会を表敬訪問しました。
〇今年で、6年目の会長職ということでしたが、着実にソウル市社会福祉協議会の活動を変容・発展させていることが実感できました。
〇第一番目に特記することは、民間企業等からの寄付者を増やしていることです。企業と一緒にイベントしたりして、日本では考えられないほど企業の社会貢献活動を引き出し、生活困窮者などの支援していることです。旧態依然の業務をしていた人たちは耐え切れず退職し、現在は殆どが1級社会福祉士の資格を有している新進気鋭の職員たちで構成されているとのことです。
〇第2番目は、職員たちと毎月1冊の本を読んで、論議をしていることです。職員の企画力、発言力が格段に成長したと言っていました。
〇第3番目には、企業などが寄付をしやすいように、今求められているニーズに合わせて問題解決プログラムを1冊にまとめ、それを持参してプログラム実現の寄付のお願いをしに、企業への売り込みを行っていることです。
〇日本の社会福祉協議会のように、行政からの補助金を期待するのではなく、自分たちが開発したプログラムをもって、企業に売り込みに行くという姿勢は素晴らしいことで、日本でも社会福祉協議会が学ばなければならない活動、姿勢だと思いました。
〇8月21日の午後は、ロッテ・シティホテル・マッポの近くのガーデンホテルで講演会が行われました。
〇当初、150名程度と考えていた参加者が200名を超える盛況で、部屋が埋め尽くされていました。
〇講演会には、韓国式の花輪が15基ほど寄せられ、会場を彩ってくれました。国立群山大学総長の厳基郁さんも花輪を出してくれていました。
〇講演会終了後には、拙著を翻訳した韓国版の『地域福祉とは何か』のサイン会をしてくれということで、汚い私の字ではと思いましたが、私が座右の銘にしている言葉を添えて40名ほどの方にサインをしました。
〇その後の懇親会は、まるで金玄勲さんの韓国社会福祉協議会会長選挙の“総決起集会”のような様相の懇親会になりました。
〇韓国社会福祉協議会の会長選挙は、各種社会福祉団体の全国組織、市町村社会福祉協議会の代表、会長から推薦・承認された個人会員、企業の代表からなる150名ほどが投票権を有しているとのことでした。11月末に、ある会場に集まり、直接投票するとのことで、日本の社会福祉協議会の会長選出とは全く異なる様相で、ある意味羨ましい光景です。韓国政治体制が大統領制なので、このような選出の仕方も韓国では当たり前なのでしょうが、日本人にとってはとても馴染みがありません。しかし、この方法も社会福祉協議会の活性化という点では日本も学ばなければならないかもしれません。日本でも、戦後初期に、公民館館長を直接選挙で選んだという歴史的実践がありました。
(2025年8月29日記)

<韓国・ソウルでの韓日交流学術講演会>

8月21日に行われた韓国・ソウルでの韓日交流学術講演会「日本の地域福祉の碩学たちに“地域統合ケア”の路を問う」では、日本側から筆者と原田正樹日本福祉大学学長が講演し、コメンテーターを韓国の車興奉先生(元韓国保健福祉部長官、韓国で長期療養保険制度を導入する際の委員長で、日本にも当時3か月滞在し、日韓比較研究をされた)と韓国の地域社会福祉学会の会長であった大邱大学名誉教授の朴泰英先生、日本側からは日本医療大学の田中英樹先生がされた。
筆者は、拙著『地域福祉とは何か』に基づき、日本での地域福祉実践・研究の系譜とその考え方、システムなどを中心に話をした。原田正樹先生は、現在推進されている「地域共生社会政策」の重層的支援体制整備事業について話をされた。
筆者の講演の内容は、以下に掲載したとおりである。7月の初めに講演のレジュメを作成して韓国へ送ったあと、日本の地域包括ケアの歴史、現状について知りたいという韓国側の要請を受けて、別途「参考資料」を作成した。したがって、当日の講演は、講演のレジュメと後日送った参考資料とをミックスしたかたちで講演することになった。そのレジュメの分量は多いので、ここでは割愛し、韓国で話をした当日の内容の柱建てを以下に掲載しておきたい。
講演では「老爺心お節介情報」第73号で紹介した韓国の現状との比較も交えて話をした。

Ⅰ 「地域福祉」の概念――理念、目的

地域福祉とは、住民の身近な基礎自治体である区市町村を基盤に、在宅福祉サービスを整備し、障害者、子ども、高齢者を属性分野に分けず、全世代対応型で、地域での自立生活(労働的・経済的自立、精神的・文化的自立、身体的・健康的自立、家政管理的・生活技術的自立、社会関係的・人間関係的自立、政治的・契約的自立)を支援するという目的を具現化することである。
地域での自立生活支援においては、地域住民のエネルギーがプラスにもマイナスにも働くので、地域のヴァルネラビリティのある人に対する差別、偏見、蔑視を取り除き、排除しがちになる地域住民の社会福祉意識改革への取り組み(福祉教育)とそれらヴァルネラビリティのある人々を包含し、支援するという個別支援を通して地域を変えていくという住民参画型の福祉コミュニティづくり、ケアリングコミュニティづくりである(「ボランティア活動の構造図」参照)。

Ⅱ 日本の社会福祉界における「異端」から「正統」へ――「地域福祉」の歴史的位置

筆者の「地域福祉とは」何かは、日本でも「地域福祉」は永らく社会福祉学界、実践現場で“異端”、”亜流“扱いだったのが、今やそれが正統になり、国の政策の主流になっていること、また、日本では1990年まで実質的にソーシャルワーク機能を展開できておらず、漸く2000年代に入り、在宅福祉サービスが”主流化“する中で、ケアマネジメントを活用したソーシャルワーク機能が”認知“されるようになり、今ではコミュニティソーシャルワーク機能が政策的にも、実践的にも必須の要件になってきている。

①属性分野ごとの「社会福祉六法体制」(生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法、精神薄弱者福祉法、老人福祉法、母子福祉法)下において、「地域福祉」は任意団体である市町村社会福祉協議会が行う「地域の福祉の向上」という意味で、戦争遺家族の支援、共同募金活動、身体障害者等の当事者団体のお世話、老人クラブのお世話等を行っていた時代で、「地域福祉」研究、実践は社会福祉学界では「異端」だった。

②演者は、そのような状況の中、1960年代以降「地域福祉と社会教育の学際研究・実践」を「異端」扱いされながら、市町村社会福祉協議会、市町村の公民館、社会教育を基盤に展開してきた。
その際、演者は市町村社会福祉協議会の職員や公民館・社会教育の職員と「バッテリー型研究」のスタイルを取って行ってきた。
「バッテリー型研究」とは、その市町村ごとに違う地域社会生活課題を分析し、その解決のあり方、システムを市町村社会福祉協議会の職員や公民館・社会教育の職員に提示して、協働してその問題解決や解決に必要なシステムを開発してきた。その上で、必要なら住民参加で市町村の「地域福祉計画」を策定するということを行ってきた。

③「地域福祉」実践・研究を取り巻く政策的環境が徐々に変わり、1984年には社会福祉事業法が改正され、市町村社会福祉協議会が法律上認知され、位置付けられた。また、1990年には、それまで社会福祉法制上位置づけがなかった在宅福祉サービスが法定化され、施設福祉サービスとは違う在宅福祉サービスの実 践・研究がしやすくなった。
在宅福祉サービスは、2000年の介護保険法、2005年の障害者総合支援法により、政策的にも、実践・研究的にも社会福祉政策のメインストリーム(主流化、正当化)になっていく。と同時に、「ソーシャルワーク」機能の重要性が重要視されるようになってくる。

④日本では、イギリスのベヴァリッジ報告(「社会保険及び関連サービスについて」)と日本国憲法第89条に基づき、戦後「福祉国家論」説がもてはやされ、社会保険も公衆衛生も対人援助の社会福祉もすべて国家が責任を取り、行うものとの考え方が強かったが、対人援助サービスとしての在宅福祉サービスが法定化されるに及んで、社会福祉は基本的に住民の身近な市町村が計画的に責任をもって行うべきという考え方が1990年の法律改正で明確になり、かつ介護保険制度の実施により、一層求められるようになった。

Ⅲ 「地域福祉」を具現化させる方法論としてのコミュニティソーシャルワーク

コミュニティソーシャルワークという用語と考え方は、イギリスで1982年に発表された「バークレイ報告」の中に登場する。その要旨は、住民とソーシャルワーカーとが協働して地方自治体の社会サービスを展開する方法である。
日本では、先に述べた1990年の「生活支援地域福祉事業(仮称)の基本的考え方について(中間報告)」(座長大橋謙策)においてはじめて厚生省の文書に登場する。
演者なりにコミュニティソーシャルワーク機能をまとめると以下の通りである。

ⅰ)地域にある潜在化しているニーズ(生活のしづらさ、生活問題を抱えている福祉サービスを必要としている人々)を発見し、その人や家族とつながる。

ⅱ)それらサービスを必要としている人々の問題を解決するために、生活問題の調査・分析・診断(アセスメント)を行い、その人々の思い、願い、意見を尊重して、「求めと必要と合意」(サービスを必要とする本人の求め、願いと専門職が必要と考えることを出し合ってのインフォームドコンセント)に基づき、問題解決方策を立案する。

ⅲ)その解決方策に基づき、活用できる福祉サービスを結び付け、利用・実施するケアプラン(サービス利用計画)をつくるケアマネジメントを行う。

ⅳ)もし、問題解決に必要なサービスが不足している場合、あるいはサービスがない場合には、新しいサービスを開発するプログラムを作る。

ⅴ)その上で、制度的サービス(フォーマルサービス)と近隣住民が有している非制度的助け合い・支え合い活動(インフォーマルケアが十分ない時にはその活動の育成・活性化を図ることも含める)の両者を有機的に結び付け、両者の協働によって、福祉サービスを必要としている人々の地域での自立生活支援を支えるための継続的対人援助活動を展開する。

Ⅳ 「地域福祉」を展開するシステムと圏域の重層化、機能の重層化の必要性

「地域福祉」を展開するシステムは、厚生労働省により定式化された行政組織が示されているわけではない。今や、中央集権的行政ではなく、地方分権、地方主権行政の時代である。演者が、日本の各市町村で社会実証的に取り組んできたシステム、考え方は以下の通りであり、厚生労働省もほぼ同じ考え方で、現在重層的支援体制整備事業を進めている。

ⅰ)「地域福祉」は、原則市町村を基盤に展開する。市町村は、住民参加の機関である「地域保健福祉審議会」を設置し、市町村の「地域福祉計画」を策定する。

ⅱ)市町村といっても、住民の生活は交通の便、地形、商店等の生活圏域が異なる。まして、合併した市町村では地域社会生活課題は大きく異なる。
したがって、「地域福祉」を展開するに当たっては、市町村を第1層、第2層、第3層という具合に圏域を重層化させることが重要である。と同時に、各層で求められる機能も層毎に異なる。
「地域福祉」の展開には、「圏域の重層化」と「機能の重層化」がポイントである。
第1層は市町村圏域で、「地域保健福祉審議会」の運営や「地域福祉計画」づくり、全体の調整機能が求められる。
第2層は、一般的に在宅福祉サービス地区と呼ばれるもので、中学校区(人口 2万弱)レベルが考えられる。日本の介護保険制度では、この中学校区レベルに地域包括支援センターを配置している。
演者は、在宅福祉サービス地区という考え方をデンマークの生活支援法、スウエーデンの社会サービスに学び、市町村を在宅福祉サービス地区に分けて、在宅福祉サービスの整備並びに提供するシステムを1980年代末に提唱する。
第2層には在宅福祉サービスに関わる専門職や施設福祉サービスを担っている専門職も多く存在しているので、個別支援における専門多機関、専門多職種連携などは第2層で展開される。
第2層では、属性分野ごとの相談窓口ではなく、全世代対応型の総合相談窓口を設置し、包括的相談体制を整備する必要がある。全国の中学校区ごとに設置されている地域包括支援センターが約5500か所あるので、ここが総合相談窓口になれば、住民の福祉アクセシビリティはとても良く機能する。
第3層は、一般的に小学校区レベル(人口約1万人)とし、福祉サービスを必要としている人を発見し、支える地域(層)である。
日本では、このレベルの地区(地域)に校区社会福祉協議会が設立されているし、この地区レベルに民生児童委員協議会が設定されている。
一般的に住民の“地域”認識は、この小学校区レベルの地域をイメージしている。
この3層において、民生・児童委員や町内会、自治会の役員、校区社会福祉協議会の役員たちがインフォーマルケアを担ってくれている。したがって、コミュニティソーシャルワーク機能でいうフォーマルケアとインフォーマルケアとの両者の有機的協働は、この第3層で展開される。
第3層では、社会福祉協議会の職員などによるヴァルネラビリティのある人々に積極的にアウトリーチして発見、つながる活動が期待されている。

Ⅴ 「地域福祉」推進における住民参加及び住民の主体形成とインフォーマルケア

「地域福祉」とは、福祉サービスを必要としている人も含めて地域での自立生活支援を目的にするので、病院の入院患者や入所型施設の利用者とは異なり、日常面での多様な近隣関係が良好でないとうまくいかない。ゴミ出しの問題、安否確認、避難行動支援等行政の力だけでは対応できない。どうしても近隣住民の協力がなければできない。まして、工業化、都市化した状況の中では、農業生産を中心とした産業構造時代のように家族に頼ることはできない時代である。
そのような中、福祉サービスを必要としている人を支える住民なのか、排除、蔑視する住民なのかが問われる。
今、限界集落、人口減少、超高齢化社会の中で求められる住民像は、「地域に生れただけでなく、生まれた地域を愛し、共に地域を豊かにしようとボランティア精神旺盛な『選択的土着民』」の養成、形成である。
従来は、この機能に深く関わってきた行政は社会教育行政、公民館であった。現在では内閣府、総務省も「まちづくり協議会」の設置を提唱せざるを得ない状況である。
市町村社会福祉協議会は、福祉サービスを必要としている人への個別支援と同時に、それらの支援が地域で支えられるような地域づくりをすることも同時に求められている(「ボランティア活動の構造図」参照)
これら、地域における住民による支援を求めれば求めるほど、住民には権利としての行政への住民参加の権限を担保する必要がある。「地域保健福祉審議会」はその一例である。

Ⅵ 地域包括(トータル)ケアシステムに関わる歴史的ベクトル

①1994年設置の岩手県遠野市「健康福祉の里」(国保診療所併設)と県立遠野病院との連携システムによる地域福祉実践のベクトルー1993年遠野市ハートフルプラン策定(『21世紀型トータルケアシステムの創造』2002年、万葉舎参照)

②2000年実施の長野県茅野市における保健・医療・福祉の複合型拠点及び日常生活圏域毎のシステムによる地域福祉実践からのベクトルー診療所を核とした通所型・訪問型サービスとインフォーマルケアとの有機化、病診連携を踏まえた診療所の併設をシステム化した保健福祉サービスセンターの創設(『福祉21ビーナスプランの挑戦』中央法規、2003年参照)

③『地域包括ケア研究会ー2025年問題』(座長田中滋、2013年)の問題提起による政策ベクトルー在宅医療連携診療所、医療と介護の連続的改革

# 生活圏域でのケアの一体的提供とその社会資源(インフォーマルを含めて)整備を地域包括支援センターを中心に構築するーー①持続的な介護サービスの充実と基盤整備、②介護と医療の連携強化、③サービス付き高齢者住宅の整備、④認知症ケアの体系的な推進、⑤介護人材の確保とキャリアアップシステムの構築、⑥地域における高齢者の孤立等への対応、⑦低所得高齢者への配慮ある展開等

Ⅶ 地域包括支援センターのモデル――長野県茅野市における地域トータルケアシステムの拠点としての保健福祉サービスセンターの設置(『福祉21ビーナスプランの挑戦』中央法規、2003年参照)

①茅野市福祉担当行政アドバイザーとして、地域福祉計画において提案・2000年より実施――人口5万7千人で、八ヶ岳山麓の広範囲の市域を4つの在宅福祉サービス地区(小学校区9地区、中学校区4地区、行政区10区)に分け、その各々に保健福祉サービスセンターを設置し、市役所内にいた福祉事務所の職員、保健課の保健師を再編成して配属。それに加えて市社会福祉協議会の職員も配属――1982年スウェーデン「社会サービス法」を参考。

②保健福祉サービスセンターには、内科クリニック、高齢者デイサービス、訪問看護、訪問介護、地域交流センターを併設。内科クリニックと諏訪中央病院との病診連携、「かかりつけ医」制度の促進。サービス供給組織は、JAや社会福祉協議会等多様。

③保健福祉サービスセンターは、子ども、障害者、高齢者の全世代に対応するワ     ンストップサービスを展開。基本的には、行政職員(ソーシャルワーカー)、保  健師、社会福祉協議会職員(ソーシャルワーカー)が3人1組でチームアプローチをする。設置1年後からは、保健福祉センターには社会福祉協議会職員を各1名増員。

④各センターへ社会福祉協議会職員(ソーシャルワーカー)を配属したのは、地域住民の福祉教育の促進、アウトリーチ型問題発見、ニーズキャッチの向上、住民のインフォーマルケア力の向上と活用の促進を図るため(年間280日地域を訪問)。

Ⅷ 社会生活モデルに基づく地域生活支援――医学モデル、入所モデルと違う

①地域生活支援では家族が果たしてきた機能、入所型施設が提供してきた機能を地域において本人の求めと専門職が必要とした判断とを踏まえた両者の合意による支援方針の決定とケアマネジメント及びサービス提供が必要

②その際に必要なアセスメントは、入所型施設でのADLを重視したアセスメント、疾病・治療における医学モデルのアセスメントではなく、社会生活モデルに基づくアセスメントが求められる
(アセスメントの大項目===生い立ち、願い等のナラティブ、労働的・経済的自立、精神的・文化的自立、身体的・健康的自立、生活技術的・家政管理的自立、社会関係的・人間関係的自立、政治的・契約的自立、住居、ソーシャルサポートネットワーク)

# イギリスでは、2016年に社会的処方(SOCIAL PRESCRIBING)という考え方が、NHSのプライマリケア領域で提唱され、全国ネットワークが結成された

Ⅸ 障害者・高齢者のための“福祉のまちづくり”から「福祉でまちづくり」及び「福祉はまちづくり」への転換

①農業の第6次産業化のみならず、障農連携・農福連携、あるいは契約栽培に基づく施設経営社会福祉法人の地産・地消経済による農業の第8次化の振興

②施設経営社会福祉法人の地域貢献と施設機能の社会化、地域化

Ⅹ 地域住民の孤立化,ソーシャルサポートネットワークの脆弱化と触媒としてのコミュニティソーシャルワーク機能

①1960年代末からの「新しい貧困」の登場と地域住民の孤立化,ソーシャルサポートネットワークの脆弱化

②1970年頃の子ども・青年の発達の歪み(人間関係・社会関係の希薄化、成就感・達成感の喪失、生活技術能力の脆弱化、帰属意識・準拠意識の希薄化、自己表現能力の脆弱化)の指摘と「生きる力」

③都市化、工業化における「家庭の孤立化」とショックアブソーバー機能の脆弱化

④都市化による「遊び場」の喪失と家屋構造の変容に伴う「中間空間」(縁側・土間・上がり框)の喪失による社会関係の希薄化

⑤「街づくり」、コミュニティデザインにおける交流機能、居場所づくりの“復活”

⑥住民活動の触媒、社会開発の触媒(物質の安定、物質の活性化、新しい物質の創造機能)としてのコミュニティソーシャルワーク機能

Ⅺ 地域包括ケアの考え方と地域共生社会への発展

①地域包括ケアの要件

ⅰ)個別ケアにおける医療・保健・介護・福祉の専門多職種連携による包括ケア

ⅱ)多問題家族・複合家族への世帯単位支援の包括ケア

ⅲ)制度化されたフォーマルケアと住民によるインフォーマルなソーシャルサポートネットワークとを有機化して、提供する包括ケア

ⅳ)単身高齢者・単身障害者等への「最期まで看取る」地域社会生活支援の包括ケア

ⅴ)福祉機器等の合理的・効率的ケアの提供による住民のQOL(生活の質)を高める包括ケア

Ⅻ 地域自立生活支援におけるICFの視点でケアマネジメントを手段として活用したソーシャルワークの展開

①価値・目的、ナラティブ(本人の生育史、願い、思い)に照らしたアセスメントの視点と枠組みとICF――福祉用具の活用とフィティング及び自立支援計画の立案

②アマネジメントにおけるサービスを必要としている人(ヴァルネラビリティ、利用しようと考えている人)へのエンパワーメントアプローチ

③ソーシャルワークにおけるニーズ対応型新しいサービス開発機能とケアマネジメント

④ソーシャルワークにおえる社会改善、ソーシャルアクション機能とケアマネジメント

⑤ケアマネジメントにおけるサービスプランニングと直接的対人援助としての伴走型ソーシャルワーク実践

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〔レジュメ〕

〔参考資料〕

初出:老爺心お節介情報/第74号/2025年8月29日


 

大橋ブックレット 第2号
日韓地域福祉学術交流30年―日韓国交60周年から平和共生の未来に向けて―

発 行:2025年9月1日
著 者:大橋謙策
発行者:田村禎章、三ツ石行宏
発行所:市民福祉教育研究所