〇筆者(阪野)の手もとに、志水宏吉・中村瑛仁・若槻健編著『社会関係資本を活かした学校づくり―事例とデータでみる子どもたちの「つながり」―』(ミネルヴァ書房、2025年6月。以下[1])と志水宏吉・若槻健編『「つながり」を生かした学校づくり』(東洋館出版社、2017年3月。以下[2])がある。「社会関係資本」(social capital)の概念を用いて、[1]では、子どもと子ども・教師・学級・家庭・地域との「つながり」を生かした学校づくりについて、事例調査と統計分析を通して実証的に探究する。[2]では、なぜ「つながり」が「学び」の充実につながるのか、「つながり」をどのように育んでいくか、学校は周囲との「つながり」をどのように生かせばよいか、等を20校の事例研究を通して明らかにする。その際、2007年に実施された「全国学力・学習状況調査」に依拠して導き出された、「離婚率」「不登校率」「持ち家率」の3つの要因による「つながり」の格差が学力の格差を生む、という言説がひとつの前提になっている。そして、これら[1]と[2]に共通する結論は、子どもたちを取り巻く「社会関係資本」=「つながり」を豊かにすれば、子どもたちの育ちや学びをよりよいものにする可能性が高まる([1]227ページ)、ということである。「つながり」こそが子どもを育てるのである([2]6ページ)」。
〇図1は、学校づくりに関する3つのタイプの社会関係資本(「つながり」)を示したものである([2]16~17、19ページ)。「きずな型」([1]では「絆型」と表記)は「内輪のつながり・結束の強さ」、「架け橋型」(同「橋渡し型」)は「外部とのつながり・風通しのよさ」といえる。ともに、主として「横の関係」で成立するものである。「結合型」(同「連結型」)は、学校の外部の専門家や専門機関などとの「つながり」を示すものであり、「縦あるいは斜めの関係」において成り立つタイプである([1]11~12ページ)。
図1 社会関係資本の3つのタイプと「つながり」

〇ここで、例によって我田引水的であるが、「まちづくりと市民福祉教育」に留意しながら、[1]と[2]の言説のいくつかをメモっておくことにする(抜き書きと要約。見出しは筆者)。
「つながり」は学校内の「格差」を乗り越えるための資源である
家庭や個人が持つ資源は、経済資本、文化資本、そして社会関係資本という3つで把握することができる。経済資本(お金や財産)は、家庭の間に著しい格差があり、子どもたちは「豊かな家」や「貧しい家」に生まれ育つことになる。文化資本とは、親の学歴や教育観(教育というものを大事に考える姿勢・態度)から成り立つものであり、現代にはここにも大きな格差が生じている。それに対して社会関係資本は、独自の、大きな力を発揮するポテンシャル(潜在能力、可能性)を有している。子どもたちの間に存在する経済的・文化的不均衡を是正する力をもつものが、「社会関係資本=つながり」である。([1]224ページ)
地域を巻き込んだ学校づくりは子どもの「一般的信頼」と「外つながり志向」や「共生意識」を高める
学校づくりにおいては、子どもの身近な他者への信頼(「安心」)とともに、見知らぬ人も含む、幅広い他者への信頼(「一般的信頼」)にも着目することが重要である。([1]144ページ)/一般的信頼は、特定の他者との「つながり」によって育まれるが、特に地域の人たちとの「つながり」や教師との「つながり」が重要な要因となる。また、一般的信頼が育まれることによって、身内で固まるばかりでなく、外の世界に飛び出して、誰とでも交流しようとする志向性(「外つながり志向」が生まれる。加えて、多様な他者と共に生きているという感覚(「共生意識」)も高まる。([1]147~148ページ)
学校と地域の「つながり」が子どもの「レジリエンス」や「ウェルビーイング」を高める
地域との「つながり」が高い学校では、子どもの「レジリエンス」だけではなく、学校における「ウェルビーイング」も高い傾向にある。「レジリエンス(resilience)」とは、「心の柔軟性」などと訳され、さまざまな生活上の課題に粘り強く、柔軟に取り組む資質を指す。一方で、心の「回復力」とも解釈され、失敗した時や困難に直面した時に、その「ショックから回復し、状況に適応していく力」としても捉えられる。「レジリエンスが高い」とは、それらの課題や困難に柔軟に対応し、乗り越える力が大きいことを意味する。([1]199ページ)/「ウェルビーイング」とは、子どもが学校生活を含め日常生活を安心して過ごせている状態をいう。([1]202ページ)。
教師間の「つながり」(チーム指導と支援)が子どもの自尊感情やウェルビーイングを高める
教師が互いに連携・協働して、個々の生徒の状況について情報を共有しアセスメントを行ったり、学校内外の多職種と連携・協働することによって、教員集団の多様な生徒の課題・ニーズに対する感度(共振性)が高まる。こうした教職員の「チーム」としての実践は、子どもに対する集団指導と個別支援の「歯車を合わせる」ことになる。その結果、学校組織内での教師間の「つながり」が強まり、ひいては子どもの自尊感情やウェルビーイングを下支えすることになる。([1]55~56ページ)。
「つながり」は子どもの学びを豊かにするとともに市民性の涵養を促す
人と人との「つながり」なくしては、人は決して育たない。人の「学び」は、基本的に人と人との「かかわり」のなかで生じる。([2]13ページ)/社会経済文化的背景が厳しく、抱える困難が大きな「しんどい」子や地域にとって、「つながり」は決定的に重要である。([2]261ページ)/教師の役割は「つなぐこと」である。([2]256ページ)/学校と学校外の「つながり」の(「連携」ではなく)「協働」モデルは、保護者・地域の多様な思いや校種間の教育観の違いを取り込むことで学校文化を多様で子どもたちにとってより安心して育ち、豊かに学ぶものへと変容させる可能性に開かれている。([2]259ページ)/仲間を大切にすること、仲間をつくる力といった「つながり」は、「仲間とつながる力」「市民として社会を担い、社会をよくしていく力」といった市民性(シティズンシップ)の中核をなすものである。また、異年齢で交流したり、地域社会で学ぶことも市民性の涵養を促してくれる。([2]265ページ)
〇「社会関係資本」(以下、「SC」と略す)については、アメリカの政治学者パットナム(Robert D.Putnam)の研究が知られている。パットナムは、1993年に出版した『哲学する民主主義』(河田潤一訳、NTT出版、2001年3月。原題Making Democracy Work:「民主主義を機能させる」)において、SCを次のように定義した。「調整された諸活動を活発にすることによって社会の効率性を改善できる、信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴」(河田潤一訳、206~207ページ)、がそれである。要するに、SCは、人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率を高める働きをする社会的な関係をいう。そして、その内実・構成要素は「信頼」「規範」「ネットワーク」の3つである。具体的に言えば、人々の協調行動を活発にする「ネットワーク」(つながり)と、そこから生まれる互酬性の「規範」(お互いさまの支え合い)、そして知らない人を含んだ人々に対する一般的な「信頼」(信じあう心)が、SCを形成するのである。
〇すなわち、いろいろな人々同士が社会的に豊かにつながり(ネットワーク)、それに基づいて互いに信頼しあい(信頼)、“お互いさま”という想いから互いに支え合うこと(互酬性の規範)によって地域・社会の諸問題が解決され、より良い統治が進み、豊かな地域・社会が創り出される、という論理である。
〇志水らは、パットナムのSC論によれば、「ネットワーク」(つながり)に焦点化して論理の展開を図る。その際、底流に流れるのは、スイスの心理学者ピアジェ(Jean Piaget)の学習観(「学びは個人の頭のなかで起こる」)ではなく、学びは他者との共同的な活動を通じた社会的なプロセスであるとするロシアの心理学者ヴィゴツキー(Lev S. Vygotsky)の学習観(「学びは人と人との間で起こる」)である([2]12~15ページ)。
〇志水らによる一連の研究は、子どもを取り巻く「つながり」が、家庭の経済資本や文化資本の格差を乗り越え、子どもたちの育ちや学びを支える決定的な資源であることを実証している。ここで示された「きずな型」「架け橋型」「結合型」という3つの「つながり」の様態は、学校教育の枠組みを越え、「まちづくりと市民福祉教育」の核心とも深く共鳴するものである。
〇「ふくし」(「ふだんの、くらしの、しあわせ」)を支える基盤は、「つながり」である。志水らによると、地域との「つながり」を持つ子どもは「一般的信頼」や「共生意識」が高い傾向にある。これは、特定の身内だけで固まる閉鎖的な互助(「きずな型」)に留まらず、多様な他者と出会い、認め合う「風通しのよさ(「架け橋型」)」が、子どもの市民性を育んでいることを示唆している。市民福祉教育の本質は、単なる「思いやりの心」の育成やボランティア活動の体験ではなく、こうした多様な「つながり」のなかで「共に生きる作法」を学び、自らのウェルビーイングと地域のそれを形作っていくプロセスにある。
〇特に注目すべきは、「つながり」が子どもの「レジリエンス」を高めるという点である。現代社会において、子どもたちが直面する困難は複雑化している。しかし、学校が地域と「つながり」、教師や学校外の専門家、地域住民などが「結合型」のネットワークを構築することで、子どもは失敗しても立ち直れる「心の回復力」を得ることができる。この「受容される安心感」こそが、市民としての自律を支えるのである。
〇今後の「まちづくり」においては、学校を、地域社会の「つながり」を醸成するひとつの「ハブ」(結節点)として再定義する必要がある。教師の役割が「つなぐこと」であるのと同様に、市民福祉教育の推進者もまた、子どもと地域、あるいは困難を抱える人たちと社会資源とを編み直す「コネクター(接続者)」でなければならない。
〇「つながり」こそが子どもを育て、「つながり」こそが地域を再生し、「まちづくり」を進める。子どもたちが学校という枠を越えて、地域の多様な大人たちと関わる。そのなかで、「自分も社会の一員であり、誰かの『ふくし』に寄与できる」という実感を積み重ねる。そのプロセスこそが、真の意味での市民性の涵養である。そこに、社会変革・社会戦略としての「まちづくりと市民福祉教育」が位置づくのである。




