あの頃の福祉教育、その記憶と記録(7):北海道社協による「福祉教育と学校経営」―資料紹介―

〇北海道社協・北海道ボランティアセンター(現・北海道ボランティア・市民活動センター)福祉教育専門委員会が1992年6月に発行した「ガイドブック」に、『福祉教育と学校経営』(子どもたちのボランティア活動推進のためのガイドブック/子どもと共に歩む シリーズ5)がある。それは、「学校経営の中に福祉教育を生かす」(1ページ)生かし方を纏めたものである。管見によると、この種の冊子(言及)はこれが嚆矢(こうし)であると思われる。その作業に関わり、中心的な役割を果たしたひとりに鳥居一頼(とりいかずより)先生がいる。
〇鳥居先生は、同じ時期(1992年6月)に、札幌で開催された「日本地域福祉学会第6回大会」において、「福祉教育推進のための中核組織機能についての一考察」というテーマで、北海道ボランティアセンター「福祉教育専門委員会」について自由研究発表されている。
〇このガイドブックと学会発表資料によって、(北海道における)1990年代初期の「福祉教育推進上の課題と展望」について考えることができる。本稿はそのための資料紹介である。なお、鳥居先生からはその後、資料のご恵贈を賜ったり、日本福祉教育・ボランティア学習学会の設立(1995年10月)に際して「呼びかけ人」としてお名前を連ねていただいた。感謝である。

(1)北海道社協・北海道ボランティアセンター福祉教育専門委員会『福祉教育と学校経営』1992年6月、「目次」、1~13、35~41ページ(抜粋)

(2)鳥居一頼「福祉教育推進のための中核組織機能についての一考察」1992年6月、1~5、9~11、20ページ(抜粋)

〇学校教育に関していま、従来からの「特色ある学校づくり」「地域に開かれた学校づくり」や、「魅力ある学校づくり」「地域とともにある学校づくり」、今回の学習指導要領の改訂(小・中学校は2017年3月告示、高等学校は2018年3月告示)によって「社会に開かれた教育課程」などの言葉(キーワード)をよく見聞きする。
〇新学習指導要領では、学校と保護者、地域社会との連携・協働を求めて、コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)の普及やアクティブ・ラーニング(主体的・対話的で深い学び)の導入、カリキュラム・マネジメント(教育課程の編成・実施・評価・改善によって組織的・計画的に教育活動の質的向上を図ること)の確立などが指摘された。また、「何を知っているか」にとどまらず、「何ができるようになるか」(「知識及び技能の習得」「思考力、判断力、表現力等の育成」「学びに向かう力、人間性等の涵養」)の明確化が図られた。新学習指導要領は、小学校は2020年度、中学校は2021年度からそれぞれ全面実施され、高等学校は2022年度から年次進行で実施される。
〇こうした政策動向は、結論的に言えば、学校現場の教育実態や学校と地域社会の協働の実相から遊離した、教育改革の名の下で進められる政治主導の、管理・統制教育の強化を内実とするものである。それは、一連の教育「改革」(現状打破)が財界(政府がいう「社会」)の意向を反映したものであることによる。
〇学校経営は、一般的・概説的には、学校教育目標を達成するために、学校経営方針(学校経営計画)を策定し、それに基づいて「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」の経営資源(経営要素)を有機的・効果的に活用して、Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)のマネジメントサイクル(PDCAサイクル)に従って行われる活動である。
〇日本の学校経営の基調は、「文部科学省による統制」「行政主導の学校経営」にある。また、学校や教師の専門性・優位性と保護者や地域住民の依存性・低位性がある。そうしたなかで、いま問うべきは、真に主体的・自律的で組織的・機動的な学校経営をどのように創造するか、そのための経営構造や経営過程、経営環境や経営戦略、そして経営「革新」(未来志向)をもたらすリーダーシップやメンバーシップはどうあるべきか、である。そこでは、すべての教職員と保護者、地域住民の学校経営への主体的・自律的な参加と、学校内外における経営資源の理性的・合理的な連携・協働(共働)が必要かつ重要となる。それが、学校経営(学校づくり)を地域経営(地域づくり)につなげ、その相互連関性を高めることになる。
〇約言・換言すれば、学校経営の基本的な課題は学校教育目標の設定であり、中核的なそれは教育課程の編成である。そして、それは、文字通りの地域社会の実態と児童・生徒の特性を踏まえたものでなければならない。しかも、そのための現場教師の専門的裁量を必要とする。強く留意すべきは、学校教育目標や教育課程を所与のものとして捉え、その具現化や実施の方法・手段の最適化を図るだけの学校経営は、思考停止や画一化を生み出す。そして、学校と地域社会との協働(共働)を形骸化させる、ということである。
〇上述の『福祉教育と学校経営』では、8項目にわたる「福祉教育の現代的課題」(1~2ページ)と「福祉教育を推進する7つの観点」(35~39ページ)が指摘されている。その多くは、今日の「学校経営における福祉教育」の未解決の課題であり、あるいは新たな課題として変容・変質している。また、「7つの観点」は、「学校経営における福祉教育」の基本的な観点である。しかしこれまで、福祉教育を「学校経営」の視点や枠組みで、総合的かつ体系的に論究することはほとんどなかったと言ってよい。
〇「福祉教育推進の中核組織」である市町村社協や設置されている「福祉教育専門委員会」は今日、一部を除いて、1990年代の“輝き”を失っている。地域福祉や社協活動は、「福祉教育ではじまり、福祉教育でおわる」と言われて久しいが、それは単なるスローガンでしかなかった(過去形)、といえば言い過ぎであろうか。
〇とは言え、そこでの言説にすべて首肯するものではないが、未来(あす)に望みをもっていま一度『福祉教育と学校経営』を読み返したい。その際、1990年代の福祉教育を懐かしみ、当時(当初)の理解や思考に固執してはならない。学校や教育は、時代と社会(「財界」ではない)の要請によって変質する。そして、福祉教育は、体制的で実用的な教育戦術ではなく、長期的視野に立ったボトムアップの教育戦略でなければならない。留意したい点である。

追記―鳥居一頼先生からの吉報―
「あの頃の福祉教育、その記憶と記録(7):北海道社協による『福祉教育と学校経営』―資料紹介―」(2018年7月12日投稿)について、鳥居一頼先生から丁重なメールをいただきました。相変わらずアグレッシブに地元で新しい「仕事」を立ち上げられ、また忙しく全国を飛び回っておられます。敬服するばかりです。先生のお許しを得て、メールの一部を「鳥居一頼先生からの吉報」として「追記」させていただきました。鳥居先生の確固たる思想と信念、それに基づく実践、先生がいまも関わられておられる北海道や秋田県の福祉教育・ボランティア学習などについての理解が深まれば幸いです。鳥居先生には衷心より厚くお礼申し上げます。(2018年7月20日)

私は、札幌の自宅に戻り、地域福祉の推進に関わるアドバイザリーな活動をしております。以前、先生の掲げる「市民福祉教育」について、HPで興味深く拝見させていただいておりましたが、私もいまだその必要性を地域に住み暮らす方々と共に考え、実践を積み上げてきているところです。
月形町という小さな町で施設を巻き込んだ初めてのフォーラムを展開しながら、いままさに動いているところでもあります。ここの計画は「あずましプラン」と命名され3年目です。
登別市社協の「地域福祉実践計画」(愛称「きずな計画」)もいまは13年目、3期計画の真っ只中で、市民主体の実践が継承されています。先生の提唱されている「市民福祉教育」創造の場となっています。道内では、まれな事例ですが、機会があれば社協のHPで「きずな計画」をごらんいただければ幸いです。
妹背牛町(もせうしちょう)という3,000人の農村地区では、80歳を超えたリーダが「わかち愛もせうし」の2期計画を行政と一体化して推進しています。閉鎖した街の中央部にあった店舗を、町民が集う拠点「わかち愛もせうし広場」に変えて、NPO法人を立ち上げて運営しています。道内でも話題の住民主体の地域拠点として注目されています。
北海道は夕張が有名になり注目されていますが、私なりに小さなまちの、そこで生きる人たちの福祉へのおもいを形にする仕事に携わりながら、もう少し頑張ってみようかと思っているところです。
ところで、先生のHPで紹介されていた秋田県社協の「学校と地域をネットワークする福祉教育推進プログラム」は、現在全共募に勤める笈川氏との共同企画です。編集委員会を一応作って、こちらで用意した原稿をチェックする形ですが、特に教育委員会や行政、施設や学校関係者の名前を入れることで、県社協が福祉教育を推進するための戦略としての「お墨付き」をもってこの冊子を全県に配布するというもくろみでした。それだけに、生半可のものは作れないことと、「わかりやすいもの」「かつようしやすいもの」を念頭に、二人で知恵を絞ったことを思い出します。授業例の一部は現場の先生にも担当して書いてもらいましたが、彼とも一緒に授業を作ってきた仲間でもあり、今はまだ発達障がいのクラスを担当しているかと思います。多くの授業は私が当時出前授業で全国で行っていたものです。いまもまだその教材をもって、子どもとの福祉の授業に未練がましく年間15~20本程度しながら出歩いています。
また、秋田県社協の「活動別全体構造プログラム」は、当時の福祉教育の目標を構造化する上で、東京都ボラセンの活動別の視点を用いながら、私が分析したもので、あのような形で示したものは全国でも初めてだったかと思います。残念ながら、私の実践の弱さがいくつか露見していますが、学校が展開していくときには、その実践が消化しただけで終わることがないよう配慮したものです。一つの実践が多くの可能性に満ちた福祉教育・ボランティア学習の広く深い実践の一つであることを、強く願ったものであったことを思い出しています。
北海道の「子どもたちのボランティア活動推進のためのガイドブック」も、専門委員で現場を持っていたのは私だけだったために、地域懇談会に委員の先生方が行かれる際に、高齢者福祉施設の施設長をされている、私にはかけがえのない方から「俺はさっぱり学校のことがわからないから、話せない。だから、分からない俺にも説明できるように書いてほしい」と懇願され、書き出したものです。
紹介された『福祉教育と学校経営』は、当時全道中学校長会長を歴任された委員長の林先生との共著です。そのときに「鳥居さん、これを書いた以上はあなたも校長になって福祉教育を学校教育の中核に据えた経営をしなければならない」と教示され、その後小学校長を2校経験して、自分には向かないと分かって、途中下車して関西の大学に招かれた次第です。その時の「学校経営」について書いた本が『子どもと学ぶボランティア~「こっちょ」のボランティア授業論~』(大阪ボランティア協会、2008年5月)で、そこでは「子どもを粗末にしない共育」を教育方針に掲げています。いまの教育者に最も必要な子どもと向き合う姿勢や態度、そして理念でもあると考えております。これは、元朝日新聞の論説副主幹西村秀俊氏から伝えられた言葉でもあります。
今また札幌に戻ると、待ち構えたように初代の専門委員長だった平中先生に命じられ、「ハンセン病問題」について、北海道は療養所がなかったために、人権侵害に対する意識が非常に低い。その解決のためには教師の研修が必要だ。だから、その研修プログラムを考えてほしい。道内の先生方を新聞で募集して、初めて東京多磨全生園で札幌弁護士会の若手も参加し、研修会を実施しました。
その後、学校で教えるためのテキストを作らなければならないと考え、参加した先生方や弁護士会の方と共に編集委員会を立ち上げ、「おまえ、もう学校に来るな!」というハンセン病問題を授業化するためのテキストを作成、改訂版も含めて1万部を超える冊子を、道内の全ての小・中・高・大学、そして全国の関係機関・団体にも配布して、評価をいただきました。かかる経費はすべて道が補助金を申請して、その経費を活用したものでした。
フリーになると、いろいろな課題が提供されますね。自分の課題よりも相手にいつも忖度しています。
福祉教育を進める上で、関係性が弱かったのは「医療」ですね。福祉と教育と医療・保健の連動性をなんとかしたいという思いがあったのですが、医療者と接点がなかなかないために、難しいという思いが先立っていましたが、この課題もいま「北海道家庭医療学センター」とのつながりができて、日本で初めて「子どもの診られる力を育てるプロジェクト」を立ち上げて、この夏も札幌の隣の石狩市で特別支援学校の先生方との学習会を実施する予定です。もし興味がありましたら、「北海道家庭医療学センター」のHPから「診られる力を育てる」にアクセスしてください。授業の計画やアンケート分析など、いろいろと面白い資料が眠っています。
ところで、過去の資料が、先生の手によって蘇ってくるというのは、いま学校や地域の置かれている現状は、過去の課題が精算されず、積み上がってきた結果であるのかもしれません。うがった物言いで失礼かと思いますが、いまの政治の、あるいは政治家の無能さと経済の動向、そして学校の管理教育の徹底による人間教師力の低下を見るにつけ、そのツケを払わされる現役世代の、そして子どもたちの今日と明日のために、もう少しやるべきコトが、私にも残っているようです。
毎年10月には秋田県内で10日間ほどいくつかの町を回って、地域福祉や福祉教育に関わる事業に携わります。秋田に関わって、もう27年目です。子どもたちと会うのが一番の楽しみで、「福祉の授業」の深さを味わってきたいと思っています。