福祉教育の歴史と理念/阪野 貢

福祉教育の歴史と理念/阪野 貢

最近の福祉教育の実践や研究をめぐっては、「他地域の実践事例を見聞しても、以前のようにワクワク感が沸かなくなってきた。」「現場における実践的研究の重要性が認識されていない。またその研究の独自性の追求が弱い。」「教育実践と研究活動は不可分であり、往還関係で捉えることが重要である。」「現場実践と研究をつなぐ仕掛けやシステムはどうあるべきか。それはどのように機能すべきか。」「実践現場の課題と大学人らによる研究の課題設定にズレが生じているのではないか。」「研究者による実践評価の基準がよく分からない。基準の開示すらない。」「教育学分野からの福祉教育研究が期待したほどには進展しない。」「学会発表でも研究の視点や枠組み、データの収集・分析方法などに曖昧なものが散見される。」等々、多くのことが指摘されている。
「ズレ」に関しては、筆者は、最近の政治(政策・制度)による新しい歴史の始まりと実践現場とのズレ、個別的実践への政治的意向の反映や統制、なども気にかかる。「福祉教育を通していま守るべきものは何か、拓くべきものは何か」。主体的・自律的な福祉教育実践と研究の意義や方向性が、以前にも増して厳しく問われているように思うのは筆者だけであろうか。
そういうなかで、課題解決のための方向性や対応策を見出すためには先ず、歴史に学ぶ必要がある。そこで、本稿では、「福祉教育のあゆみ」についてその一文を紹介することにする。コンパクトに要領よく説述されている原田正樹(日本福祉大学)のものである。併せて、関係資料と筆者の管見の一部を記しておく。なお、福祉教育の通史と歴史研究に関しては、次の文献も参照されたい。
(1) 阪野貢「福祉・教育改革と福祉教育のあゆみ」村上尚三郎・阪野貢・原田正樹編著『福祉教育論』北大路書房、1998年3月、2~13ページ。
(2) 杉山博昭「福祉教育の歴史」阪野貢監修/新﨑国広・立石宏昭編著『福祉教育のすすめ』ミネルヴァ書房、2006年4月、22~33ページ。
(3) 田村禎章「戦後の社会福祉・教育・福祉教育関係略年表」「資料」「参考文献」」阪野貢監修/新﨑国広・立石宏昭編著『同上書』202~246ページ。
(4) 三ツ石行宏「福祉教育史研究の現状と課題」『日本福祉教育・ボランティア学習学会研究紀要』Vol.22、日本福祉教育・ボランティア学習学会、2013年11月、68~76ページ。

「福祉教育の考え方―福祉教育のあゆみは?」
福祉教育が成立してきた背景には、児童の健全育成を意図した流れと、地域福祉の推進を意図した流れの、ふたつの大きな流れがあります。[注1]
児童の健全育成のための福祉教育
児童の健全育成を意図した取り組みは、すでに終戦直後から始まっています。当時は、人間性の信頼の回復をめざして、子どもたちに社会事業(今日の社会福祉)を通して教育しようという趣旨から始まりました。共同募金会による副読本作成や、徳島県での子供民生委員制度(子どもたちが自らの生活課題に気づき、それを解決していくことを目的に実践を展開した活動)、大阪市民生局による副読本作成や神奈川県での社会事業教育実施校制度(その後の学童・生徒のボランティア活動普及事業の原型になっていく)、日本赤十字による青少年赤十字活動(JRC)などが有名です。[注2]
高度経済成長により都市化・過疎化がすすみ、核家族も増えていきました。また1970年代頃から、「受験戦争」という用語に代表されるような偏差値重視の教育、校内暴力や家庭内暴力といった問題が顕在化してきました。子どもたちを取り巻く変化のなかで、福祉教育やボランティア活動が重視されるようになってきます。これらの取り組みが1977年の「学童・生徒のボランティア活動普及事業」(国庫補助事業)開始につながります。この制度によって学校における本格的な取り組みが全国各地で行われるようになりました。[注3]
2002年には「総合的な学習の時間」が本格的に導入されるなど、子どもが自ら学び自ら考える力などの全人的な「ともに生きる力」の育成をめざし、教科の枠を超えた横断的・総合的な学習が学校・家庭・地域との連携のもと実施されるようになってきています。[注4]
地域福祉推進のための福祉教育
地域福祉の推進を意図した福祉教育実践は、1960年代の後半から始まります。高度経済成長を背景に地域や家庭の機能が変化していくなかで、地域福祉活動を推進していくために住民への啓発活動が必要になり、具体的な方法論として福祉教育が位置づけられていきます。当時の保健婦(現・保健師)による地域保健活動や公民館での社会教育活動に影響を受けながら、社会福祉の分野でも、地域のなかでの教育活動の必要性が高まっていきました。特に、社会福祉協議会はこのことを意識して取り組むようになります。
1993年には、社会福祉事業法の改正に基づいて「国民の社会福祉に関する活動への参加の促進を図るための措置に関する基本的な指針」が示されます。このなかでは「幼少期から高齢期に至るまで生涯を通じた福祉教育・学習の機会を提供していく必要がある」として、その重要性が位置づけられています。その後、全国社会福祉協議会が中心となって、地域福祉を推進するための福祉教育のあり方について研究会を重ね、報告者(ママ。報告書)や事例集などにまとめられ、市町村社会福祉協議会が中心となって地域福祉推進のための福祉教育を展開してきました。[注5]
こうした実践に対して、1980年になって「福祉教育研究」が深まっていきます。これまでの実践が整理されるなかで、考え方や構成要件などについて一定の合意ができてきました。考え方としても、児童健全育成と地域福祉推進というふたつの流れがまとめられ、福祉教育という領域が整ってきました。特に子ども・青年の発達のゆがみと福祉教育の有効性、地域福祉の主体形成と福祉教育の必要性について、実践研究と理論化がすすみました。
1995年には日本福祉教育・ボランティア学習学会が設立されます。福祉分野だけではなく、教育分野との学際的な研究が始まります。特に、今日の教育改革や福祉改革のなかで注目が高まり、各方面から期待されるようになってきました。近年では「福祉教育を通して何を学び、何を伝えるか」という質の議論がされるようになり、ICF(国際生活機能分類)やリフレクション(ふりかえり)の視点、社会的包摂を意図したプログラムの研究がなされてきています。また昨今、社会的孤立や排除などによる孤立死やひきこもりなどの今日的な課題に対しての地域福祉のアプローチとして、地域住民への福祉教育が注目されてきています。[注6]
(原田正樹「福祉教育のあゆみは?」上野谷加代子・原田正樹監修『新 福祉教育実践ハンドブック』全国社会福祉協議会、2014年3月、12~13ページ)

[注1]福祉教育の源流
福祉教育の源流をどこに求めるかは、福祉教育そのものをどのように捉えるかによって見解は異なる。筆者は、明治後半期から内務省地方局主導のもとで推進された地方改良運動の「自治民育」の取り組みのなかに、福祉教育実践の側面や要素が含まれていたと考えている。また、大正デモクラシー期の新教育運動や昭和初期の郷土教育運動、そして1930年代の生活綴方教育運動などにも注目する必要があると思っている。今後の研究が俟たれるところである。

[注2]戦後初期の福祉教育実践
敗戦から1955(昭和30)年にかけての福祉教育実践については、(1) 1946年12月、平岡国市による徳島県の「子供民生委員制度」の創案、(2) 1948年4月、青少年赤十字(1922年6月発足)の組織変更と奉仕活動の再開、(3) 1948年8月、中央共同募金会による教材用資料『国民たすけあい共同募金―社会科教材参考資料―』の刊行、(4) 1950年4月、神奈川県における「社会事業教育実施校制度」の創設、(5) 1953年4月、鳥取県八頭郡社会福祉協議会による「社会福祉事業教育指定校制度」の設置、(6) 1949年5月、大阪市民生局による中学校社会科副読本『明るい市民生活へ―社会事業の話―』の刊行、などが有名である。定説となっているこれら以外の、全国各地における福祉教育実践(学校教育や社会教育、ヒトや組織・団体等)に関する史料の発掘が求められる。なお、(1) 子供民生委員制度については、大阪府河内市(現・東大阪市)や松原市でも設置されていたが、その史的研究は皆無である。

[注3]福祉教育研究における2つの画期
福祉教育研究の画期をなす重要な事項を二つあげるとすれば、(1) 1970年11月に東京で開催された「昭和45年全国社会福祉会議」(全国社会福祉協議会・厚生省・中央共同募金会等主催、参加者約1,800名)と、(2) 1995年10月に設立された「日本福祉教育・ボランティア学習学会」(於・日本社会事業大学、当初会員268名)である。(1)では、「社会福祉の理解を高めるために―教育と社会福祉―」というテーマのもとに、福祉教育についての、全国レベルでは初めての研究協議が行われた。(2)は、学校現場や地域における福祉教育実践の質的向上と、福祉教育研究の学問としての体系化が求められるようになったことを背景に設立された。

[注4]福祉教育の時期区分
福祉教育の展開を年代順に概略整理すると次のようになるであろうか。
1970年代:各地における学校中心の福祉教育実践の促進
1980年代:福祉教育実践の全国的展開と理論化の推進
1990年代:学校や地域における福祉教育実践の拡大と多様化
2000年代:福祉教育に関する制度の硬直化と実践の形骸化
2010年代:各地における福祉教育実践の二極化と学会における課題別研究の進展

原田は、「福祉教育の変遷」を年代記的に次のように整理している。参考に供しておく。
1960年代:高度経済成長、ライフスタイルの変化、受験戦争
1970年代:学校による「こどもたちの豊かな成長を促すための福祉教育」/社協による「地域福祉を推進するための福祉教育」の先駆け
1980年代:「福祉教育とは何か」 理論・概念の議論
1990年代:「福祉と教育の接近性」厚生省や文部省の福祉教育の位置づけ
2000年代:「総合的な学習の時間」の位置づけ・とりくみの広がり/→福祉教育実践の形骸化・質の問い直し/「福祉教育を通して何を学び、何を伝えるか」 質の議論へ
(原田正樹『共に生きること 共に学びあうこと―福祉教育が大切にしてきたメッセージ―』大学図書出版、2009年11月、32ページ)

周知の通り、歴史の時代(時期)区分は、歴史の単なる指標ではない。それは、歴史的事象の本質的な内容や流れを把握し理解するための研究の視角や方法に基づくものでなければならない。それ自体が重要な学術的見解(成果)である。福祉教育史研究の進展を願って、再認識しておくことにする。

[注5]全国社会福祉協議会による福祉教育の研究協議
全国社会福祉協議会によって取り組まれた福祉教育の研究協議の成果物(報告書、事例集)を紹介する。ここでの課題は、それぞれの成果物(product)を通して、研究協議の成果内容についてはもちろんであるが、研究協議が要請された時代的背景や福祉・教育関係者の問題意識を把握・分析することである。それによって、福祉教育の歴史的展開の意義や問題点とその要因などを明らかにすることができる。
(1)『福祉教育の理念と実践の構造―福祉教育のあり方とその推進を考える―』(福祉教育研究委員会中間報告)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター、1981年11月。
(2)『学校外における福祉教育のあり方と推進』(福祉教育研究委員会中間報告)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター、1983年9月。
(3)『学校における福祉教育の推進体制と指導案』(岩手県・島根県・山口県福祉教育研究委員会報告)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター、1983年9月。
(4)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター編『福祉教育ハンドブック』全国社会福祉協議会、1984年11月。
(5)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター編『ボランティア・福祉教育研究』創刊号、全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センタ、1982年3月。
(6)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター編『ボランティア・福祉教育研究』第2号、全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センタ、1983年9月。
(7)全国ボランティア活動振興センター編『福祉教育連絡会資料集』全国社会福祉協議会、1990年3月。
(8)『学校における福祉教育ハンドブック』全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター、1994年3月。
(9)『福祉教育推進資料集』全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター、1995年3月。
(10)『福祉教育モデル事例集 地域に広がる福祉教育活動事例集―福祉教育の考え方と実践方法・先進的事例に学ぶ―』全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター、1996年3月。
(11) 『福祉教育ワークブック』(福祉教育プログラム研究委員会 平成10年度研究報告書)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター、1999年3月。
(12)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター/地域を基盤とした福祉教育・学習活動の推進方策に関する研究開発委員会編『福祉教育実践ハンドブック』全国社会福祉協議会、2003年1月。
(13)『社会福祉協議会における福祉教育推進検討委員会報告書』全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター、2005年11月。
(14)『社協がやらねばだれがやる「社協における福祉教育推進検討委員会報告書」』(ダイジェスト版)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター、2006年3月。
(15)『福祉教育の展開と地域福祉活動の推進』(福祉教育実践研究シリーズ①)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター・福祉教育実践研究会、2008年3月。
(16)『学校・社協・地域がつながる福祉教育の展開をめざして』(福祉教育実践研究シリーズ②)全国社会福祉協議会・全国ボランティア活動振興センター/福祉教育実践研究会、2009年7月。
(17)『住民主体による地域福祉推進のための「大人の学び」』(福祉教育実践研究シリーズ③)全国社会福祉協議会/全国ボランティア・市民活動振興センター、2010年11月。
(18)『地域福祉は福祉教育ではじまり福祉教育でおわる』(福祉教育実践ガイド)全国社会福祉協議会/全国ボランティア・市民活動振興センター、2012年3月。
(19)『地域との連携によりはぐくむ ともに生きる力』(リーフレット)全国社会福祉協議会、2013年3月。
(20)『社会的包摂にむけた福祉教育~共感を軸にした地域福祉の創造~』(平成24年度社会的課題の解決にむけた福祉教育のあり方研究会報告書)全国社会福祉協議会/全国ボランティア活動・市民活動振興センター、2013年3月。
(21)『社会的包摂にむけた福祉教育~実践にむけた福祉教育プログラムの提案~』(平成25年度社会的包摂にむけた福祉教育のあり方研究会報告書)全国社会福祉協議会/全国ボランティア活動・市民活動振興センター、2014年10月。
(22)上野谷加代子・原田正樹監修『新 福祉教育実践ハンドブック』全国社会福祉協議会、2014年3月。

[注6]日本福祉教育・ボランティア学習学会における福祉教育研究
日本福祉教育・ボランティア学習学会の『年報』『研究紀要』の特集号「タイトル」を紹介する。福祉教育の研究課題の変遷について知ることができる。それ以上に、ここでは、福祉教育の構成要素と構造(内容)について多面的・多角的視点から精緻に考察することによって、科学的・体系的な福祉教育理論の構築が期待される。そのためには、先を見通した組織的・継続的な課題設定と追究が必要かつ重要となる。
(1)「日本福祉教育・ボランティア学習学会設立総会・第1回大会報告」『年報』Vol.1、1996年7月(新訂改版、1998年10月)。
(2)「高等教育機関とボランティアネットワーク」『年報』Vol.7、2002年12月。
(3)「福祉科教育法の確立をめざして」『年報』Vol.8、2003年12月。
(4)「地域づくりと福祉教育・ボランティア学習実践」『年報』Vol.9、2004年12月。
(5)「学会創立10周年 これまでの10年 これからの10年」「『介護等体験』の学習支援システムの構築」『年報』Vol.10、2005年12月。
(6)「福祉教育・ボランティア学習における当事者性の位置」『年報』Vol.11、2006年11月。
(7)「福祉教育・ボランティア学習の実践を評価する」『年報』Vol.12、2007年11月。
(8)「高校福祉科の高度化と多様化」『年報』Vol.13、2008年11月。
(9)「持続可能な社会をつくる福祉教育・ボランティア学習―いのち・くらしとESD」『研究紀要』Vol.14、2009年11月。
(10)「地域を基盤とする福祉教育推進プラットホーム」『研究紀要』Vol.16、2010年11月。
(11)「学校教育における福祉教育・ボランティア学習の役割と可能性」『研究紀要』Vol.18、2011年11月。
(12)「福祉教育・ボランティア学習におけるリフレクション」『研究紀要』Vol.20、2012年11月。
(13)「メンタルヘルス課題を学習素材とした福祉教育」『研究紀要』Vol.22、2013年11月。
(14)「いのちの持続性と福祉教育・ボランティア学習」『研究紀要』Vol.24、2014年10月。
(15)「“サロン”の可能性を探る福祉教育・ボランティア学習」『研究紀要』Vol.25、2015年10月。

付記
全国社会福祉協議会/全国ボランティア・市民活動振興センター(全国ボランティア・市民活動振興センター運営委員会/社協ボランティア・市民活動センター強化方策検討のための研究委員会)が、2015年8月、「市町村社会福祉協議会ボランティア・市民活動センター強化方策2015」を策定した。近年のボランティア・市民活動や社会福祉協議会を取り巻く情勢を踏まえて、市区町村社会福祉協議会ボランティア・市民活動センターの今後のあり方を強化方策として纏めたものである。
そのポイントが、『ボランティア情報』No.461、全国社会福祉協議会、2015年10月、2~5ページに掲載されている。そこに、上記研究委員会の委員長を務めた原田が一文を寄せている。「社会福祉協議会と福祉教育・ボランティア学習」について考える際のひとつの視点や視座を学ぶことができる。その一部を紹介しておくことにする(文中の「ボランティアの終焉」という言辞に関しては、仁平典宏『「ボランティア」の誕生と終焉―<贈与のパラドックス>の知識社会学』名古屋大学出版会、2011年2月、を参照されたい)。

「強化方策2015」は、全国の市町村社協のボラセンはこうあるべきである、という内容をとりまとめたものではありません。(中略)社協ボラセンに、今後求められるであろう「機能」を整理したものです。
その背景には大きな問題意識がありました。市町村社協におけるボラセンの位置づけの曖昧さ(二極化)があること。ボランティア支援のあり方が変化していること。ボランティア団体の高齢化や活動のマンネリ化、新しい活動層へ広がっていかない。災害時などボランティアへの期待が高まる一方で、ボランティアが安上がりなマンパワーとして制度化されつつあること。例えば「有償ボランティア」とか、ボランティアのポイント制度など、そもそもボランティアとしてありえない話が行政主導で提案され、問題意識も持たずにそれを社協が推進しているような状況は、まさにボランティアの終焉かもしれません。
あらためて「ボランティア」と「コミュニティサービス」をしっかり使い分けて考えていくこと。地域福祉の基本にある住民主体の意味とその方法を問うこと。その上で地域ニーズの変化に対応できるボラセンのあり方を模索することが大切であるという意見が交わされました。
市区町村社協が担うボラセンの最大の機能は「プラットホーム」です。社協組織本体ではすぐにつながりにくいところとも、ボラセンとして関係をつくることができます。そのネットワークが、結果として地域のなかの「協議体」の役割を果たしていくのです。(『上掲誌』5ページ)

上記の「強化方策2015」では、「福祉教育」の流れとともに、「学校教育」におけるボランティア活動に関する理念の変遷について、次のように整理している。記述の視点や内容に気になるところもあるが、参考のために付記しておくことにする。

「学校教育」
▽学校教育におけるボランティア活動に関係する大きな流れとして、次のような理念の変遷があります。
▽2001(平成13)年に学校教育法・社会教育法が改正されました。社会教育法では青少年に対し、ボランティア活動など社会奉仕体験活動、自然体験活動その他の体験活動の機会を提供する事業の実施及びその奨励がうたわれました。
▽2002(平成14)年には中央教育審議会において、「青少年の奉仕活動・体験活動の推進方策等について」が答申されました。そこには、奉仕活動等に対する社会的気運の醸成、国民の奉仕活動・体験活動を推進する社会的仕組みの整備、18歳以降の個人が行う奉仕活動等の奨励・支援、といったことが書かれました。
▽また、ゆとり教育の導入と廃止が福祉教育の推進などに大きな影響を与えています。知識重視型の教育を経験重視の方針に切り替え、2002(平成14)年度に施行された学習指導要領による教育で具体的に実践されました(学習内容、授業時間数を3割減、完全週5日制、総合的な学習の時間の新設、「絶対評価」の導入等)。
▽同じく、2002(平成14)年の学習指導要領におけるゆとり教育の総合的な学習の時間の新設により、福祉教育の学校における活発な展開が期待されました。
▽2006(平成18)年に教育基本法が改正され、「生涯学習」が教育に関する基本的な理念として規定されました。これにより、学校がめざすべき「生涯学習社会を担う児童生徒の育成」についての二本の柱が明らかになりました。一つは、「生涯学習能力の育成、生涯にわたって学び続ける力の育成」、もう一つは「社会の形成者として必要な資質能力の育成、学びの成果を公共のために活かす力の育成」というものです。
▽2008(平成20)年の教育再生会議の最終報告書において、ボランティアや奉仕活動を充実し、人、自然、社会、世界とともに生きる心を育てることが盛り込まれました。
▽しかし、ゆとり教育が学力の低下をもたらしているという指摘がされるようになると、2008(平成20)年には、いわゆる「脱ゆとり教育」へと方向転換し授業量を増加させた学習要領が実施されることとなりました。この新しい学習指導要領では知・徳・体のバランスが重視され、道徳教育や体験学習の重要性が強調されました。(『強化方策2015』12ページ)
 
 

福祉教育とは、「憲法13条、25条等に規定された人権を前提にして成り立つ平和と民主主義社会を作りあげるために、歴史的にも、社会的にも疎外されてきた社会福祉問題を素材として学習することであり、それらとの切り結びを通して社会福祉制度、活動への関心と理解をすすめ、自らの人間形成を図りつつ社会福祉サービスを受給している人々を、社会から、地域から疎外することなく、共に手をたずさえて豊かに生きていく力、社会福祉問題を解決する実践力を身につけることを目的に行われる意図的な活動」と規定することができる(「学校外における福祉教育のあり方と推進」全社協・全国ボランティア活動振興センター、1983年9月、15ページ)。

ここ10年ほどの福祉教育学界は、地域福祉の主流化が進むなかで、良しにつけ悪しきにつけ、その視座が「教育と福祉」から「地域福祉と福祉教育」に矮小化され、俯瞰的議論から遠ざかっているようである。また、実践を支える理論や思想・価値、歴史などへの関心は未だ低い。実践方法の原理・原則の探究が不十分であり、理論的枠組みも不明確な福祉教育実践論が展開されているようでもある。

1 福祉教育の概念規定
上記の福祉教育の概念規定は、30年以上も前に大橋謙策によってなされたものである。今日においてもしばしば引用される。この概念規定以外にも、「福祉教育とは何か」について論考したものは複数、捉え方によっては多数あるが、大橋のそれがよく援用される。それは、「人権」や「平和と民主主義」といった普遍的な理念や価値に基礎をおいた理念型の定義であり、また包括的で汎用性が高いことに起因するといってよい。具象的な定義はその解釈を狭くするが、抽象的定義はその抽象度によって解釈を広げ、読み手の洞察によって解釈を深めることができる。そうした点で、この定義は多くの人が「使える」、多くの人にとって「使いやすい」ものになっているのであろう。
周知のように、全社協・全国ボランティア活動振興センターが1980年9月、「福祉教育研究委員会」(委員長・大橋謙策)を設置し、翌1981年11月に「福祉教育の理念と実践の構造―福祉教育のあり方とその推進を考える―」について研究の中間成果を纏め、報告した。委員会の設置は、全国各地で福祉教育実践の進展が図られ、学校における福祉教育のあり方について一定の理論的整理が求められるようになってきたことへの対応であった。次いで、1982年9月に第2次の「福祉教育研究委員会」(委員長・大橋謙策)が設置され、翌1983年9月に「学校外における福祉教育のあり方と推進」と題する中間報告が行われた。大橋の福祉教育の定義は、第1次ではなく、「第2次福祉教育研究委員会」報告のなかで述べられている。そこではまた、次のように述べられている。「社会教育行政における福祉教育の促進には二つの視点が『車の両輪』としてなければならない。第一は、国民が社会福祉問題を学習し、それへの関心と理解を促進させる福祉教育活動の促進であり、第二には、今日の社会福祉問題の中心的課題を担っている障害者、高齢者の社会教育(学習、文化、スポーツ活動)の促進である」(15ページ)というのがそれである。後者(「第二」)に関してはさらに、「今日の社会福祉サービスの主たる対象である障害者、高齢者の学習、文化、スポーツ活動を豊かに促進させることが、国民の障害者観、老人観を変え、ひいては社会福祉観を変えて、ともに生きていく街づくりをすすめる上で重要」(16ページ)であるとされた。
ところで、大橋のこの定義は、全社協の「第2次福祉教育研究委員会」報告以前の1982年3月、神奈川県の「ともしび運動促進研究会」(委員長・大橋謙策)が編集し、「ともしび運動をすすめる県民会議」が発行した『ともしび運動促進研究会中間報告』で述べられている(4ページ)。「ともしび運動」は、長洲一二県知事の提唱によって、1976年10月から展開された行政・県民協働の福祉コミュニティづくり(自立と連帯のまちづくり)運動である。具体的には、「障害者の自立促進を」「おとしよりに生きがいを」「連帯感にあふれた地域社会づくり」などをその目標とし、「『ともしび運動』によってすすめられるべき課題の第一は“福祉教育の促進”である」(4ページ)とされた。
以上を要するに、大橋の福祉教育論については、一面では「子ども・青年の発達(の歪み)」を軸に体系化された教育論としても評価されるが、併せて高齢者や障がい者の「社会教育の促進」や「福祉コミュニティの形成」との関わりで福祉教育を捉える研究の視座に注目しないと、その定義や所説を読み解くことはできないということである。

2 福祉教育と「社会福祉問題」
先に記した大橋の福祉教育の定義についてその構成要素を弁別すると、次のようになる。(1)憲法第13条、第25条等に基づく人権思想をベースにする。(2)歴史的・社会的存在としての社会福祉問題を素材とする。(3)社会福祉問題との切り結びを通して、社会福祉制度や活動への関心と理解を進める。(4)社会福祉問題を解決する実践力を身につけるために、実践に基づく体験学習を重視する。(5)「自立と連帯の社会・地域づくり」の主体形成を図る、などがそれである。
大橋の定義における鍵概念のひとつは「社会福祉問題」である。大橋は、1981年2月に刊行された吉田久一編『社会福祉の形成と課題』(川島書店)所収の論文「高度成長と地域福祉問題―地域福祉の主体形成と住民参加―」(231~249ページ)で、高度経済成長期以降、「社会福祉問題の国民化と地域化」(大橋謙策『地域福祉の展開と福祉教育』全社協、1986年9月、3~11ページ)が進んでいるが、地域で福祉問題を解決するためには、それができる「住民の形成とネットワークづくり、とりわけそこにおける住民参加の問題」(238ページ)が重要であり、焦眉の課題であるとする。そのうえで、地域福祉の主体形成のための福祉教育の必要性と、福祉行政の「地方分権主義」への転換を図り、地方自治体が自律性をもって「地域社会福祉計画」を住民参加のもとに策定することの必要性を指摘している。
福祉教育が学習素材とする「社会福祉問題」、とりわけ高度経済成長期以降のそれは、大橋にあっては、「戦前の大河内一男の社会政策と社会事業という整理や戦後の孝橋正一の社会問題と社会的問題という整理でも、包含できない課題として創出されてきた」(231ページ)。公害・環境問題と外的な生活破戒、過疎問題と家庭破戒、過密問題と生活の共同的集団的再生産機能の弱まりと不安定化、合理化・機械化による生活リズムの破戒や老人福祉問題の深刻化などが、「従来の問題にくわえてあらわれてきた」ものである(232~234ページ)。
地域住民のこれらの具体的な生活破戒の“状況”については、簡潔明瞭にカテゴライズしても、他の領域や次元の“状況”で説明するだけではその本質に迫ることはできない。社会福祉問題の分析は、それを現代社会の仕組みと運動法則によって必然的に生み出される構造的な「社会問題」として、社会科学的に捉えることによってはじめて可能となる。そうした分析のうえで、その問題解決に向けて、批判的・論理的かつ創造的に思考・判断・実践する“力”の育成・向上をいかにして図るか。そのための福祉教育実践の具体的展開について検討することが求められる。
以下に、上記の論文中から、「福祉教育と地域福祉の主体形成」に関する叙述部分を記しておく。大橋の「福祉教育の理念と実践の構造」についての所説の基本的部分(特色)を概観・俯瞰することができる。

福祉教育は、国民が社会福祉を自らの課題として認識し、福祉問題の解決こそが社会・地域づくりの重要なバロメーターとして考え、共に生きるための福祉計画づくり、福祉活動への参加を促すことを目的に行なわれる教育活動である。したがって、福祉教育は少なくとも次の諸点を構成要件として意識的に行なわれてこそ意味がある。
第一は、差別、偏見を排除し、人間性に対する豊かな愛情と信頼をもち、人間をつねに“発達の視点”でとらえられる人間観の養成、第二に社会福祉のもつ劣等処遇観、スティグマ(恥辱)をなくすことが必要で、そのためには国民の文化観、生活観を豊かにすることに他ならないこと、第三に、人間は人々との豊かな交流の中で生きる以上、生活圏の狭い障害者等の社会福祉サービス受給者の生活がいかに非人間的であるかをコミュニケーションの手段も含めてとらえられること、第四に複雑な社会における歴史的、社会的存在としての福祉問題を分析できる社会科学的認識が必要なこと、第五に今日の福祉は、福祉行政の中でも細分化されているが、その解決には関連行政たる労働行政、教育行政、保健衛生行政などを含めて地域的課題を総体的にとらえる力が必要であること、の五つを基本に、情報の周知徹底、体験・交流などによって感覚として体得することなどが方法論的にも加味されて、はじめて福祉教育の実践といえる。
福祉教育は、住民の福祉意識を変え、福祉問題をトータルにとらえ、問題解決のための福祉計画づくり、具体的解決のための実践などを行なえる住民の形成であり、それこそ地域福祉の主体形成といえよう。(243ページ)

3 福祉教育と「地域福祉の主体形成」
大橋は、岡本栄一によって「住民の主体形成と参加志向の地域福祉論」と評されるように、「地域福祉の主体形成」を重視する。その点について、大橋は、前記の著書『地域福祉の展開と福祉教育』において、「地域福祉の主体形成のしかたと主体として形成されるべき力量には、次のような7つのことが考えられる」とした。(1)社会福祉に関する情報提供による関心と理解の深化、(2)地域福祉計画策定への参加と政策立案能力、(3)社会福祉行政のレイマンコントロール(政治や行政の一部を一般市民に委ねること:阪野)、(4)社会福祉施設運営への参加、(5)意図的、計画的な福祉教育の推進、(6)地域の社会福祉サービスへの参加(ボランティア活動)による体験化と感覚化、(7)社会福祉問題をかかえた当事者の組織化と当事者のピア(仲間、peer)としての援助、がそれである(46ページ)。その後、大橋は、この「地域福祉の主体形成」(「住民の主体形成」)の7つの「枠組み」を整理し、「『地域福祉の主体』形成には、4つの課題がある」として、4つの主体形成の枠組みを提示する。すなわち、(1)地域福祉計画策定主体の形成、(2)地域福祉実践主体の形成、(3)社会福祉サービス利用主体の形成、(4)社会保険制度契約主体の形成、である(大橋謙策『地域福祉論』放送大学教育振興会、1995年3月、75~82ページ)。それは同時に、福祉教育の課題でもある。
この大橋の4つの主体形成については、7つから4つに“綺麗”に整理・集約された故にか、4つの側面が並列的に理解されがちで、その内的・構造的な相互関連性の把握を困難なものにしている。主体としての「住民」は、基本的には労働主体と(労働以外の)生活主体の統一的存在であろうが、政治主体・経済主体・文化主体であり、また地域の自治主体や変革・創造主体でもある。「住民」はこれらの側面を重層構造的にもつ存在である。地域の自治主体や変革・創造主体に関していえば、住民主体の社会福祉問題の解決や「自立と連帯の社会・地域づくり」を推進するためには、個人的主体形成のみならず集合行為主体や運動主体の形成が必要かつ重要となる。こうしたことを踏まえたうえで、地域福祉(住民)の主体形成を促進する福祉教育実践の内容や方法について具体的に検討することが肝要となる。(運動主体の形成と福祉教育のあり方に関しては、拙稿「運動主体形成と市民福祉教育」阪野貢『市民福祉教育をめぐる断章―過去との対話―』大学図書出版、2011年1月、70~81ページを参照されたい。)

4 「大橋福祉教育論」に対する批判
以上が、「社会福祉問題」と「主体形成」の鍵概念を中心にみた「大橋福祉教育論」の概括である。こうした大橋の所説に対してこれまで、「地域福祉と福祉教育」を説く地域福祉研究者からの系統的な批判はあまりみられない。それは、大橋の所説が一定の理論体系を作り上げていることによるが、大橋のそれが「福祉教育原理論」として前提され、そのうえで立論されていることにもよるといってよい。そういうなかで、生涯学習やESD(持続可能な開発のための教育)の研究者である松岡廣路が、論文「福祉教育・ボランティア学習とESDの関係性」(『持続可能な社会をつくる福祉教育・ボランティア学習(日本福祉教育・ボランティア学習学会研究紀要)』第14号、2009年11月、8~23ページ)において、大橋の所説に批判的考察を加えている。
松岡の大橋批判は、大橋の福祉教育の定義は「汎用的であるがゆえに、同時に、脆弱性を併せもっている」。「脆弱性を項目化すると、<未分化な学習者像>、<社会福祉活動の内実の曖昧さ>、<楽観的な社会形成ビジョン>、<教育概念の曖昧さ>と約言できる」(13ページ)、というものである。そして、松岡は、「脆弱性の高い『福祉教育』の定義に基づいてしまうと、時代の大きな物語に押し流され、重要と思われる要素が外延化され、体制的要素を内包とする対象化(理論化)と実践化が、当然のごとく進んでいく。福祉教育が、現実と理想の拮抗関係の中に位置することを意識し、従来の枠組みを等閑視しないという批判的な姿勢を保つことが、今まさに重要である」(16ページ)として、「批判的創造性」の観点の必要性と重要性を説いている。松岡の批判は必ずしも、「大橋福祉教育論」をその理論的体系化の過程も視野に入れて、総合的・体系的に行うものにはなっていない。とはいえ、「社会的・福祉的課題の解決に不可欠な『批判的創造性』が、実践における学びの目標・内容(いわゆる『学びのベクトル』)から排除されている」(16ページ)という指摘は、首肯されるところである。

5 「大橋福祉教育論」再考のための枠組み
ある理論や所説を、内在的にしろ外在的にしろ批判的に考察するためには、その枠組みを構造的に捉え、それを主体的に再構成することが求められる。その点において、「大橋福祉教育論」を超える新たな福祉教育論の理論的枠組みを構築し、新たな実践方法を創造するためには、先ずはいま一度「大橋福祉教育論」の理論的枠組みの構築化の過程を時系列的に把握するとともに、その枠組みの構造を総合的に理解する必要がある。そこで、以下では、そのためのひとつの方法として、大橋が行った福祉教育についての2つの「講演」からそのレジュメの枠組みと項目をみることにする。日本福祉教育・ボランティア学習学会の第2回大会と第10回大会での講演である。

(1)福祉教育・ボランティア学習の理論化と体系化の課題
(第2回大会・基調講演/1996年11月23日/日本社会事業大学)

地域づくりや地域福祉の主体「形成」は、福祉「教育」やボランティア活動(ボランティア「学習」)が推進されればそれで可能になるものではない。それは、子ども・青年や成人などの地域住民が、地域の社会福祉問題の本質を科学的に理解・分析し、変革的・創造的に問題解決を図ることのできる“力”を獲得し、しかもそれを具体的・現実的に行使することによって初めて可能となる。その主体形成ができなければ、福祉を学ぶことやボランティ活動は単なる「善行」にとどまり、無批判的で体制適応(順応)的な住民主体を形成することになる。福祉教育は「両刃の剣」になりかねない、といわれるところである。
そういう意味からも、上記の枠組みと項目のなかから、ここではとりわけ「形成と教育と学習」について留意しておきたい。それは、上述の松岡が、大橋の定義は「意図的な活動」と明記されていることからも「福祉教育が、ややもするとフォーマルな教育が中心であるとの理解(誤解)を許す脆弱性を有している」(15ページ)と指摘する点に関わることである。
大橋の指摘を俟つまでもなく、福祉教育を進めるにあたっては、その対象である子ども・青年あるいは成人などの「学習者」の発達特性や発達課題、学習者が置かれている状況などを理解すること(「学習者理解」)が重要となる。それは、「人格発達論」(「人間発達論」)にまで深められなければならない。そのうえで、子ども・青年や成人の、地域づくりや地域福祉の「形成」と「教育」と「学習」との関係を改めて考えてみる必要がある。
宮原誠一によると、「形成」は、人間の社会的生活における自然成長的な過程として捉えられる。それが豊かであることによってはじめて、組織的体系的な制度であり、目的意識的な過程としての「教育」が成り立つ。換言すれば、人間の「形成」の過程を、それぞれの時代の社会、政治、経済、文化の必要に基づいて「望ましい方向」に制御しようとする人間の努力が「教育」という営為である。宮原にあっては、広義の「教育」は「形成」と呼ばれるべきであり、学校教育や社会教育などの狭義の「教育」は「形成」を前提とする。すなわち、狭義の「教育」は、人間の「形成」のうちにあるひとつの営為であり、「形成」の過程に内包されるひとつの要因に過ぎない。
「形成」は、人間が社会的生活そのものによって“形づくられる”過程である。それは、第一次的には社会的・自然的環境によって行われる。とすれば、「形成」は「学習」なしには成り立たず、「学習」は「形成」に不可欠なものとして位置づけられる。そこから、「形成」と「教育」の関係は、「学習」と「教育」の関係になる。その関係について、勝田守一は、「学習のないところに教育はない」「教育は学習の指導である」という。勝田にあっては、「形成」にはその前提として「学習」があり、「形成」は自己の希望や意欲による目的意識的な営為である。従ってそれは、「自然成長的」(宮原)ではない(佐藤一子・ほか「宮原誠一教育論の現代的継承をめぐる諸問題」『東京大学大学院教育学研究科紀要』第37巻、東京大学、1997年12月、311~331ページ。宮崎隆志「教育本質論における宮原誠一と勝田守一の差異について」『北海道大学大学院教育学研究科紀要』第83号、北海道大学、2001年6月、1~24ページ、等参照)。
いずれにしても、宮原と勝田の「形成」「教育」「学習」などをめぐる「教育」の概念や本質についての再検討は、福祉教育やボランティア学習の概念把握や本質理解に対してひとつの視座やアプローチの仕方を与えてくれるであろう。地域づくりを担う子ども・青年や成人などの多様な実践・運動主体の育成・確保が求められ、市民活動や教育活動のあり方が厳しく問われている今日、その再検討の意義は大きいと考えられる。それは、宮原と勝田は、「連帯」の概念を基底に地域を捉え、勝田は「自立と連帯」の場として地域を理解する。そのうえで、“地域づくりと教育実践(地域教育計画)”について言及するからでもある。

(2)学会の新たなる10年に向けて~福祉教育・ボランティア学習学会の今後の課題―学会創設10年の総括~
(第10回大会・総括講演/2004年11月28日/神奈川県立保健福祉大学)

学校は、「学習者」(生徒)と「指導者」(教師)、その両者を媒介する「教材」(教育内容)によって構成される。そこでの教育活動は、教科活動と教科外活動(道徳、特別活動、総合的な学習の時間)、学習指導と生活指導という2つの領域や機能に分けられる。また、教科活動と教科外活動、学習指導と生活指導はともに、学校や教育活動の理念や目的・目標を達成するうえで重要な機能を果たすものであり、学校教育において重要な意義をもつ。教育の理念や目的・目標の明確化なくして、学習者の主体的・創造的な学習活動や指導者の意欲的・積極的な学習・生活指導は促進されず、教育の成果を期待することはできない。そこから、教育の「理念・目的・目標」は、学校や学校教育の構造を成す重要な内部要素であるといえる。そして、「理念・目的・目標」「学習者」「指導者」「教材」は、相互に作用・影響し合い、相乗効果を生み出すものとして存在する。
こうした認識に立って、以上の枠組みと項目から、ここでは「福祉教育の構造」に関する研究・実践課題について一言する。
管見によれば、福祉教育は、(1)理念・目的・目標、(2)学習者、(3)指導者・支援者、(4)素材・教材、(5)教育内容・方法(評価を含む)などによって構造化される(「福祉教育の構造」)。それらの構成要素のうち、例えば(1)については、福祉教育(「市民福祉教育」)は、「自立(independence)と自律(autonomy)、共働(coaction)と共生(symbiosis)」という理念のもとで、「福祉文化の創造や福祉によるまちづくりをめざして日常的な実践や運動に取り組む主体的・自律的な市民の育成を図る」ことを目的とする。福祉教育は、そのために、地域の「社会福祉問題」を発見・理解・解決するための横断的・重層的な実践プログラムを開発・編成し、地域を基盤とした総合的・複合的な「地域をつくる学び合い」(東京都生涯学習審議会答申「地域における『新しい公共』を生み出す生涯学習の推進~担い手としての中高年世代への期待~」2002年12月)の支援を行う教育営為である、といえる。
そう考えたとき、(2)に関しては、「子ども・青年」のみならず、「成人」(中高年世代)の状況について分析・理解すること(「学習者理解」)。(3)に関しては、求められる資質・能力や知識・技能とは何かを探究し、その育成・向上を図ること(「指導者・支援者育成」)。(4)に関しては、学習者の問題意識や学習意欲を喚起し、教育(学習)目標を達成するために、身近な地域・生活「素材」(具体的事象)を掘り起し、「教材」化すること(「教材開発」)。(5)に関しては、地域(「地元」)や「まちづくり」に焦点をあてたカリキュラムやプログラムを開発・編成し、実施・展開、評価すること(「プログラム編成」)、などが求められる。これらは、福祉教育における普遍的な課題でもあるが、人権侵害や立憲主義・民主主義・平和主義の後退、福祉や教育の改悪・切り捨てなどが激しく進行するいまこそ、福祉教育を体制内的な教育営為にしないためにも、自律的・批判的・創造的に取り組むことが求められる重要な研究・実践課題であるといえよう。
周知の通り、教育の形態は大きく次の3つに分類される。(1)定型教育(formal education:制度化された学校において、構造化されたカリキュラムに基づいて教師と生徒の関係によって展開される教育。学校教育など。)、(2)不定型教育(non-formal education:学校の教育課程として行われる教育の外部において、一定の学習者に対して、ある学習目的を達成するために意図的・組織的に行われる教育。社会教育など。)、(3)非定型教育(informal education:日常的な生活経験(体験)や環境によって、知識や技能などを習得する無意図的・非組織的な教育。家庭教育など。)、がそれである。
福祉教育はこれまで、学校における福祉教育を中心にしながらも、学校外における福祉教育、成人を対象とした社会教育における福祉教育等の多様な分野で実践展開が図られてきた。具体的には、家庭や学校をはじめ、社協や公民館、福祉施設、民生委員・児童委員、NPO・ボランティア団体、自治会・町内会、企業、その他の関連施設・組織・団体などが、多様な“機会”や“場”を設けて福祉教育に取り組んできている。これまでの経過や現状・実態を踏まえると、福祉教育は、子ども・青年や成人などの地域住民を対象に、フォーマル、ノンフォーマル、インフォーマルの3つの形態の教育活動を相互に媒介し、関連づけ、学校や地域などで展開される多様な教育活動として構造化されることになる。「福祉教育の構造」について検討し、その再構築を図るに際して、上述の5つの構成要素とともに留意すべき点である。(「追記」のマトリックス図を参照されたい。)

むすびにかえて
大橋は、「教育と福祉」に関する初期の著作『地域福祉の展開と福祉教育』のなかで、「本書は、学術論文というよりも実践的研究書という方があたっているかもしれない。筆者の問題関心は、教育と福祉における“問題としての事実”に学びつつ、問題、課題をどう実践的に解決するのかという点にある」(「まえがき」)と述べている。この「実践的研究」の姿勢は、その一貫性を保ちながら「大橋福祉教育論」を深化・体系化させていく。
いわれるように、「実践的研究」は、「実践を通しての研究」と「実践に関する研究」に大別される。前者は仮説探索型の研究であり、後者は仮説検証型のそれである。この両者を循環的に組み合わせ、相互作用を引き起こすことによって、実践性と科学性を備えた、さらにはそれらを統合した研究と理論構築が可能となる。「大橋福祉教育論」を再考し、新たな福祉教育論を展開するに際して留意すべきひとつの視点・視座である。
改めていうまでもなく、上記の大橋「講演」の枠組みは壮大である。同時にそれは、幅広く奥深い「大橋福祉教育論」再考に向けた多様な視点・視座とアプローチの方向性を示すものでもある。「理論」(所説)は新たな時代や現実によって不断に凌駕され、更新されていく。「大橋福祉教育論」が「福祉教育原理論」としてその普遍性と不変性を今後も保持し続けるか否かの評価についてはひとまず置くとして、「大橋福祉教育論」をいかに継承し、新しく展開するかは福祉教育の実践者や研究者に課せられた大きな課題である。


大橋の「教育と福祉」に関する実践と研究の経歴や業績等については、例えば(1)「大橋地域福祉論―その発展と継承(そのⅠ~そのⅥ)」『コミュニティソーシャルワーク』創刊号~第7号、日本地域福祉研究所、2008年5月~2011年6月。(2)『大橋謙策学長最終講義』日本社会事業大学、2010年3月、が参考になる。

補遺
(1)大橋は、福祉教育とボランティア活動の関係性について、例えば次のように述べている。

ボランティア活動の契機・動機が(中略)自己満足的なもの、慈善的なものであったとしても、多くのボランティアはその活動を通して厳しいものの見方・考え方を修得していく。社会福祉一つとってみても単なる人のやさしさ、情熱だけでは解決できず、制度の確立と住民の協働がなければならない。ボランティアたちはそれらに関する意識を豊かにしはじめる。
社会福祉に関する意識は、知的理解のみではなかなか変容しない。社会福祉問題を抱えた人々との交流の中で、あるいはその問題解決の実践・体験の中で変容する。それだけにボランティア活動の推進は重要である。と同時に、福祉教育が求められる背景を解決するためにもボランティア活動を豊かなものにしなければならない。
(大橋謙策「福祉教育の構造と歴史的展開」一番ヶ瀬康子・小川利夫・木谷宜弘・大橋謙策編著『福祉教育の理論と展開』(シリーズ福祉教育1)光生館、1987年9月、74ページ。)

(2)福祉教育とその近似概念である「ボランティア学習」の関係性については、例えば長沼豊は次のように述べている。参考に供しておきたい。なお、長沼は、ボランティア学習は3つの構成要素から成るという。(1)ボランティア活動のための学習(目的としてのボランティア活動)、(2)ボランティア活動についての学習(対象としてのボランティア活動)、(3)ボランティア活動による学習(手段としてのボランティア活動)、がそれである。

福祉教育とボランティア学習は、ある実践では領域接近的に、ある実践では融合形として、ある実践は福祉教育の発展として(結果として)ボランティア学習がある、というように、重層的、輻輳(ふくそう)的に領域や方法が重なり合っているといえるだろう。(長沼豊『新しいボランティア学習の創造』ミネルヴァ書房、2008年12月、135ページ。)

(3)また、福祉教育とボランティア学習の「違い」と「関係」について、全社協の『新 福祉教育実践ハンドブック』では次のように述べられている。

福祉教育とボランティア学習は、(中略)双方とも人権尊重・異文化理解をベースに、共生文化・市民社会の創造を大目標に掲げる実践です。(中略)しかし概念的には、学習素材・期待される成果・手法において若干の違いがあるともいえます。(中略)
ボランティア学習の概念の中心に位置づけられる、「ボランティア活動に組み込まれている学び」という発想は、(中略)リアル空間での学びを強調するものです。(中略)安易な疑似体験や講話的な福祉教育への警鐘としてボランティア学習をとらえることこそが重要なのです。(中略)
現在、福祉教育とボランティア学習は、ともすると、異なる文脈で実際の教育現場に導入されていますが、両者の特徴を総合することが求められています。理念的にも、福祉教育とボランティア学習は相補う関係にあります。
(上野谷加代子・原田正樹監修『新 福祉教育実践ハンドブック』全社協、2014年3月、32~33ページ。)

追記
「福祉教育の構造」をマトリックス図で示すと次のようになる。
11時30分