福祉教育におけるアウトリーチ活動―福祉の(による)まちづくりの住民主体形成を推進するために―

日本福祉教育・ボランティア学習学会第18回いばらき大会(2012年11月24日~25日)で行われた山崎美貴子先生と仁平典宏先生の対談―「大震災から“かたり・つなぐ・くらし”へ」で、「アウトリーチ」という言葉とそれに関する意見が交わされていました。「アウトリーチと福祉教育」に関する見解や実践事例が知りたい。

上記のようなメールをいただきました。筆者(阪野)もその対談を拝聴させていただきました。多くを学び、深く考えさせられるものでした。極めて不十分ですが、取り急ぎ以下のことをお伝えいたします。

「アウトリーチ」という用語は、精神保健福祉領域におけるACT(Assertive Community Tretment:包括的地域生活支援プログラム)の訪問サービス活動に関して使われることが多いと思われます。ACTについて一言すれば、それは、1972年にアメリカのマジソン市にある州立病院でのPACTに由来し、日本では2003〈平成15〉年に千葉県市川市の国立精神・神経センター国府台地区で実施されたのが最初であるといわれています。ACTの特徴は、①積極的なアウトリーチによって日常生活の場で支援を行う。②必要なときに、必要な場所で、必要なサービスを柔軟に提供する。③保健・医療・看護・福祉・就労支援などの多職種によるチームアプローチを展開する、などにあります。
地域福祉の世界では、1980年代に在宅福祉が強調され、1990年代前半になると住民参加型福祉が注目されるようになりますが、そうしたなかでおよそ1990年代以降にアウトリーチという用語が多く使われるようになった、といえるのではないでしょうか。
また、文化・芸術の世界では、1990年代後半から、日頃、文化・芸術との接点が少ない人びとに対してそれを体験できる機会を提供する事業・活動の名称としてアウトリーチという用語が定着した、ともいわれます。
ここで、アウトリーチ(Outreach)という用語について、その意味するところをいくつかの辞典で確認しておきます。
(1)『小学館ランダムハウス英和大辞典』第2版、小学館、1994年。
「(より広範な地域社会などへの)至れり尽くせりの奉仕[福祉、救 済]活動。」
(2)『リーダーズ英和辞典』第2版、1999年。
「特定集団[社会]の健康管理・就職・社会活動などなにからなにまで手を貸すこと、至れり尽くせりの救済[奉仕]活動。」
(3)『現代社会福祉辞典』初版、有斐閣、2003年。
「クライエントの日常生活の場(自宅など)において必要な情報やサービスを提供する活動であり、特に、行政機関や地域福祉関連の機関において求められるソーシャルワーカーの機能である。また、地域のなかで生活困難に直面している人々を見つけだすことも意味し、その場合はケール発見と同義に使われる。いずれも、利用者の来訪をただ待つのではなく、ソーシャルワーカーが積極的に地域に出ていくという側面が強調されている。」
(4)『社会福祉用語辞典』第8版、ミネルヴァ書房、2011年。
「接近困難な人に対して、要請がない場合でもワーカーの方から積極的に出向いていく援助のこと。生活上の問題や困難を有しているものの、福祉サービスの利用を拒んだり、ワーカーに対して攻撃的、逃避的な行動を示す人に対して積極的に働きかけることを指す。アグレッシブ・ケースワークの具体的方法であり、ワーカーの側に積極的な態度が求められる。」
(5)『社会福祉用語辞典』中央法規出版、6訂版、2012年。
「社会福祉の利用を必要とする人々のすべてが、自ら進んで申請をするわけではない。そこで、むしろ社会福祉の実施機関がその職権によって潜在的な利用希望者に手を差し延べ、利用を実現させるような積極的な取り組みのことをいう。日本語訳としては「館外出張事業」ともされる。アウトリーチは手を伸ばしてとる、手を差し延べるなどの意味があるが、リーチアウトという用語が用いられることもある。」
以上を多少補足しながら要約すると、アウトリーチは、こちら側から相手側に一方的に何かを届けて終わる(「出前」)というのではありません。また、専門機関や専門家が、相手側への介入が必要であり、それが有効であるという診断や判断に基づいて「押しかける」ものでもありません。アウトリーチは、こちら側と相手側とが双方向の関わりをもち、協働(共働)実践を志向するものです。この点を地域福祉や福祉の(による)まちづくりの事業・活動に引きつけて述べるとすれば、アウトリーチ活動には、①地域住民の主体性や自律性を認識・理解し、地域主権や住民・市民主権を尊重する。②地域の歴史や文化に基づいた、地域の人的・物的・制度的な社会資源のネットワークを開拓・創造する。③個々の地域住民が抱える生活・福祉問題やニーズに個別具体的・柔軟に対応するとともに、地域に潜在・顕在的に存在する複合的な地域・生活課題に包括的に対応する、ことなどが求められます。
福祉の分野ではありませんが、財団法人地域創造によって、2010〈平成22〉年3月に『新[アウトリーチのすすめ]―文化・芸術が地域に活力をもたらすために』と題する「文化・芸術による地域政策に関する調査研究[報告書]」(以下、「報告書」と略す。)が刊行されています。その一部をご紹介します。
報告書は、「これからのアウトリーチをより確かなものとするために」は次の3点が必要であると説いています。①明確な目的を持ち、協力体制を構築する一方で、創意工夫と偶発性を誘発するよう周到な準備を。②アウトリーチの実施には、幅広い関係者との連携や協働が欠かせません。③アウトリーチは、事業の準備・実施に加え、長期的な展望を持つこと、実施後に振り返ることが重要(32~34ページ)。すなわちこれです。①の偶発性については、予期しない偶発性のなかに、「新しい可能性」が広がったり、「予期せぬ効果」が生まれる、としています。また、報告書では、アウトリーチの位置づけや内容を4つのアプローチとして類型化し、それぞれ(「アウトリーチにおける4つのアプローチ」)の目的、戦略、企画・実施主体、効果についてその違いを整理しています(15ページ)。4つのアプローチとは、A.劇場・ホール内での鑑賞・体験サポート、B.派遣型アウトリーチ①(単発・集中型)、C.派遣型アウトリーチ②(継続・長期型)、D.連携・協働型アウトリーチ(文化以外の政策分野と連携して企画・実施)、です。ちなみに、この4類型を学校福祉教育の実践に当てはめてみると、例えば、A.は子どもたちが福祉施設などを訪問し、利用者などと交流する。B.は学校に高齢者や障がい者などを招き、一時的な交流を行う。C.は子どもたちと高齢者や障がい者などとの訪問・交流活動を日常的な活動として位置づけ、長期的・継続的なプログラムとして展開する。D.は福祉以外の文化・芸術・スポーツ・レクリエーション、あるいは環境保全や国際交流・協力などとの協働プログラムを企画・実施する、ということになるでしょうか。
以上の所説は、市民福祉教育のあり方について考えるに際して、多少とも“参考になる”“使える”のではないでしょうか。
ここで、ひとつの実践事例をご紹介します。S市社協の学校福祉教育事業とそれを推進するための教員に対する「福祉教育研修会」の事例です。
S市社協では、国際障害者年の1981〈昭和56〉年度に市内の小学校2校を「福祉協力校」として単独指定したことから学校福祉教育事業に取り組みます。それ以降の主な取り組みは次の通りです。1984〈昭和59〉年度:福祉副読本(小学校5年生用)を発行・配付。1986〈昭和61〉年度:市内の全小・中学校を福祉協力校に指定。1988〈昭和63〉年度:学校と地域が結びついた福祉教育の推進をめざして「福祉協力校連絡会」を開催。1992〈平成4〉年度:小・中学生を対象にした福祉読本を発行・配付(1993〈平成5〉年3月)。2000〈平成12〉年度:地域福祉活動計画を策定し、住民参画・主導による「福祉のまちづくり条例」(仮称)と「福祉教育条例」(仮称)の制定の促進、「福祉教育推進委員」(仮称)の養成・確保、「福祉教育実践プログラム」の研究・開発などを計画化(2000〈平成12〉年5月)。2001〈平成13〉年度:主体的・能動的な、地域に根ざした福祉教育の推進を図るために福祉協力校を「福祉教育推進校」に名称変更。市内の全小・中・高等学校・特別支援学校を指定。福祉協力校連絡会を「福祉教育研修会」に内容変更し、教員と地域の福祉関係者が協働して福祉教育実践プログラムについて研究・開発。2002〈平成14〉年度:教育委員会との共催により3日間の福祉教育研修会を開催。教員をはじめ地域の福祉関係者、福祉教育に関心のある市民など約60名が参加。2003〈平成15〉年度:学校における主体的・独創的で、地域性豊かな福祉教育実践の展開を求めて、事業・活動に対する助成方法を「福祉教育推進校指定」と「福祉教育推進事業指定」の2本立てに変更。福祉教育推進校が校内(教員)研修の一環として開催する福祉教育研修会に協力・支援。
こうした取り組みから、S市社協では、早い時期から「学校福祉教育」から「地域福祉教育」への志向や展開が図られてきたといえます。学校の教員を社協に呼び寄せて「福祉協力校連絡会」を開催するだけでは、地域に根づいた、地域ぐるみの福祉教育は進まない。従って、福祉の(による)まちづくりはますます困難、不可能になる、といった思いが読み取れます。そこで、福祉教育におけるアウトリーチ活動として、S市社協の職員や学識経験者が学校や地域に出向き、全教員を対象にした校内研修のひとつとして「福祉教育研修会」を開催する。そして、そこには、学校が所在する地域の高齢者や障がい者、民生委員やボランティア、PTAの役員や保護者なども参加し、地元住民の主体的・自律的な参加(参集、参与、参画)による福祉の(による)まちづくりを押し進める。これがS市社協の福祉教育実践の取り組みです。
最後に一言。周知の通り、学校福祉教育(市民福祉教育)は、福祉の(による)まちづくりをめざし、地域の社会福祉問題を学習素材とする教育活動です。従って、学校や教室の屋内ではなく、もともと地域に出向き、地域に軸足を置かないと、そして地域に存在する多種多様な社会資源と連携・協働することによってしか実施・展開できない教育活動です。そこに、福祉教育におけるアウトリーチ活動の必要性と重要性の根拠がある、といえます。