花房 愛/新美一志氏の論考「福祉教育の理論と実践と研究に関する一考察 」を読んで

〇新美一志氏の論考「福祉教育の理論と実践と研究に関する一考察 ―大橋謙策と阪野貢、原田正樹の言説をめぐって(素描)―」を読ませていただきました。日本の福祉教育学界における主要な論客である大橋謙策、阪野貢、原田正樹の3氏の言説を、その学術的系譜と相互関連性に着目して分析した、示唆に富む論考だと感じました。とりわけ、「素描」であることの限界はありますが、➀先行研究の引用と解釈、➁学術的系譜の提示、➂いくつかの問題提起、においてです。

感想と評価
〇本論考の強みは、単に個々の研究者の業績を羅列するのではなく、彼らの研究が「学術的な連続性」と「相乗効果」を生み出し、福祉教育学界を活性化させてきた過程を浮き彫りにしている点にあります。特に、阪野氏と原田氏を大橋理論の単なる継承者ではなく、「批判的・発展的継承者」と位置づけている視点は重要です。これは、学問の発展が、先行研究の踏襲だけでなく、時代状況や新たな課題意識に基づいて再構築されることで深化していく様を示しています。
〇また、福祉教育実践における「疑似体験」の危険性について、3氏が共通して警鐘を鳴らしている点をあえて付記しているのも、実践や実践研究に携わる者にとって重要な示唆を与えています。形骸化した活動が逆効果を生む可能性を明確に指摘することで、今後の福祉教育実践の質的向上に向けた問題提起を行っていると評価できます。なお、この点については、新美氏の別の論考「福祉教育における『当事者性』と『相互主体性』に関する一考察 ―松岡広路、阪野貢、鯨岡峻の言説をめぐって―」も参考になりました。
〇さらに、日本福祉教育・ボランティア学習学会の設立における3氏の役割に触れ、学会が果たすべきネットワーク機能やソーシャルアクション機能の強化を提言している点は、学術団体としての社会貢献のあり方を再考させるものと言えるでしょう。

今後の課題
〇本論考で示された今後の福祉教育研究の課題は、非常に本質的かつ今日的なものです。

理論と実践の乖離克服と実践研究の深化: 理念が高尚すぎたり、概念が抽象的・情感的すぎたりすることで実践への落とし込みが難しいという課題は、これまで福祉教育分野で指摘されてきました。本論考で言及されている、大橋氏がいう「バッテリー型研究」や「協働研究」の推進は、この課題を克服し、実践の場で生きた理論を構築するための有効なアプローチとなるでしょう。また、実践研究の質的向上と評価方法の確立は、今後の研究の基盤となります。

多様なアクターとの連携とソーシャルアクション機能の強化: 福祉教育が単なる学習活動にとどまらず、社会変革の「思想的武器」となるためには、多様な主体との連携を深め、政策提言や権利擁護といったソーシャルアクション機能を強化していくことが不可欠です。具体的な連携モデルや、効果的なソーシャルアクションの戦略を構築していくことが求められます。

深遠な哲学性の探究: 大橋氏の「博愛」の再構築や阪野氏の「まちづくりと市民福祉教育」、原田氏の「相互依存的自己実現」といった概念を通じて、福祉教育が単なる知識や技術の伝達に留まらず、地域変革(まちづくり)や社会全体の価値観の変革、人間のあり方を問い直す哲学的な営みであるという深遠な視点を提供しています。これは、福祉教育の意義を再認識させる上で非常に重要だと思います。

グローバル化とテクノロジーの進展への対応: 気候変動、貧困、紛争といったグローバルな社会課題や、AI、デジタル技術の進展は、従来の福祉のあり方や教育の枠組みを大きく変えつつあります。こうした中で、福祉教育が「学際性」「グローカル性」「変革性」「哲学性」といった視点を再認識し、どのように再構築・再創造されるべきか、具体的なロードマップを示すことが今後の重要な課題となります。特に、AI時代におけるデジタル技術を活用した新たな学習方法や、深刻な課題が浮き彫りになっている新グローバル時代における異文化間理解を促進する福祉教育のあり方など、具体的な研究テーマが考えられます。

〇これらの課題は、日本の福祉教育が直面する本質的な問いであり、新美氏が提示した3氏の言説を手がかりに、今後の研究がさらに発展していくことを期待します。