東京の狛江市社会福祉協議会が編集した『就学前の子どもたちに贈る狛江の福祉教育―ふくしえほん「あいとぴあ」20年のあゆみ―』が、2013年3月に大学図書出版から刊行されました。その「はじめに」は、「市内の保育園、幼稚園に通う全5歳児に向けた『ふくしえほん“幼児のあいとぴあ”』の福祉教育実践が20年を迎えました。最初にこのえほんを手にした5歳児は、今年で25歳の成人です。……」と記されています。
『幼児のあいとぴあ』(福祉教育シート)の作成に当初かかわりをもたせていただいた筆者(阪野)にとっては、長きにわたるこの取り組みにはただただ頭が下がるのみです。以下に、『幼児のあいとぴあ』について筆者が最初に草した拙稿(「“福祉の心”育てたい―『幼児のあいとぴあ』(福祉教育シート)作成・配布の活動―」『現代保育』第41巻第10号、チャイルド本社、1993年、46~48ページ)を再掲し、作成の背景や経緯、当時の想いなどを紹介させていただきます。
幼児の福祉教育の必要性
幼児に対する福祉教育の必要性や重要性が指摘されて久しい。
例えば、長野県の社会福祉協議会(以下「社協」と略す)が昭和57年5月に発行した『ともに生きる―教師のための福祉教育手引書―』では、「“思いやり”というような精神性にかかわることの教育は、可塑性の大きい幼児期においてとくに重要である」という認識のもとに、「幼稚園・保育園における福祉教育」について触れている。また、神奈川県福祉部が昭和61年1月、主に保育所保母を対象に発行した『暖かい心ありがとう―幼児に福祉教育を―』では、「福祉の心」(「生命をいつくしむ心」と「思いやりの心」)は、人とのふれあいを通して幼児期に身につけさせるべきであり、「就学してからでは遅すぎる」として、「幼児福祉教育」の必要性を強調している。
しかし、幼児に対する福祉教育の取り組みは、これまで、盲・ろう・養護学校生徒と同様に、小学生や中・高校生に対するそれに比して、消極的なものにとどまっていたと言わざるをえない。
それが最近、幼児の福祉教育に関する具体的な取り組みやそのためのある種の条件整備が図られてきている。
例えば、厚生省は、平成元年度から、特別保育対策の一つである「保育所地域活動事業」、そのうちの「特別保育科目設定実施事業」の一つとして「老人福祉施設訪問等世代間交流事業」「地域における異年齢児交流事業」などの推進を図っている。
文部省は、平成元年3月『幼稚園教育要領』を改訂し、次いで厚生省が、平成2年3月『保育所保育指針』を改定・通達した。そのうち、『保育所保育指針』の「5歳児の保育の内容」においては、「人間関係」について、「(9)地域のお年寄りなど身近な人に感謝の気持ちを持つ。(10)外国の人など自分とは異なる文化を持った様々な人に関心を持つようになる」などと記されている。
また、富山県では、県と県社協が平成2年3月、幼児(5歳児)を対象に『みんな なかま』と題する福祉絵本を編集、発行している。
幼児の福祉教育は、今、緒についたばかりである。今後、人間性豊かな幼児の育成をめざして、全人格的教育としての福祉教育の積極的な展開が望まれる。
福祉のまちづくりの夢へ
東京都狛江市社協は、平成2年3月、地域福祉活動計画としての「あいとぴあ推進計画」を策定した。その計画は、ボランティア活動・福祉教育計画と在宅福祉計画の二つから内容構成されている。前者の計画では、重点事業の一つとして、市民・住民に対する福祉教育事業としての「“あいとぴあカレッジ”の開講」が構想されるとともに、児童に対して「市民参加による福祉絵本や福祉読本の作成・配布」が計画された。
なお、“あいとぴあ”とは、市民・住民の“であい”“ふれあい”“ささえあい”の三つの“あい”とユートピアを合成した言葉である。そこには、市民・住民の、福祉のまちづくりの「夢」が込められている。
平成2年8月、狛江市社協内に、ボランティア活動・福祉教育事業の企画・立案を任務とする「ボランティア活動推進委員会」(以下「推進委員会」と略す)が設置された。そして、まず、“あいとぴあカレッジ”開講のための準備が進められ、平成3年5月から8月にかけて、その基礎課程・第Ⅰ期が開講された。
次いで、平成4年7月、推進委員会のなかに「福祉えほん推進委員会」(以下「編集委員会」と略す)が設置された。編集委員会は、小学校教員1名、幼稚園長1名、保育所保母2名、それに推進委員会委員2名(福祉関係者、学識経験者)の計6名の委員によって構成されるものである。およそ月1回開催の編集会議では活発な議論が展開され、また編集会議へのイラストレーターの参加・協力、それに社協事務局スタッフの積極的・精力的な作業などを経て、平成5年3月、『幼児のあいとぴあ』(福祉教育シート、B5判、両面カラー印刷、12枚)が作成、発行された。
平成5年4月、狛江市内のすべての5歳児に対し、幼稚園や保育所などを通して『幼児のあいとぴあ』(4月号)の第1回配布が行われた。その際、資料1のような「ご家族の皆様へ」という趣意書が配布された。配布に先立ち、幼稚園・保育所関係者に対して、趣旨説明と配布の協力依頼も行われている。
以後、毎月1回、シートと、それに併せて資料2の「保護者のみなさまへ~『幼児のあいとぴあ』ご案内~」、それに50名を対象に「幼児のあいとぴあアンケート」(葉書)を計画的・継続的に配布している。
シートの編集は幼児の生活体験を通して
幼児に対する福祉教育は、様ざまな日常的な生活体験を通して、またその一環として展開されることが肝要である。しかも、その際、幼児の年齢や発達段階をはじめ、興味や関心の方向、生活の連続性や関連性、それに親・きょうだい・友達・保育者などとの人間関係などを考慮することが必要かつ重要となる。こういった考え方をベースにして、そして次のようなねらいと方針のもとに、シートの編集が行われた。
〈ねらい〉
人とのかかわりの基本となる自立と連帯の心や力の育成を図る。
〈方針〉
①子供が好奇心や興味・関心をもち、楽しく遊べるよう工夫する。
②子供の日常的な遊びや生活にかかわる身近な素材を取り上げる。
③子供の生活(家庭生活、園生活、地域生活)の連続性や相互補完性に留意する。
④子供個々人の特性や発達段階に応じた活用ができるよう配慮する。
⑤各シートからいろいろな話題を引き出し、豊かな発展的な活用が促されるよう工夫する。
⑥親、きょうだい、仲間・友達、それに保育者などとの活用が図られるよう配慮する。
⑦福祉的な心情のみならず、福祉的な判断力や実践意欲、態度などが育成されるよう工夫する。
なお、『幼児のあいとぴあ』(シート)の4月号から3月号の内容〈テーマ〉は次の通りである。4月・ともだちいっぱい、5月・たんけんごっこ、6月・いろんなことば、7月・わたしのかぞく、8月・いなかのおばあちゃん、9月・わたしもできるよ、10月・あかいはね なあに?、11月・こまえだいすき、12月・だいじなおもちゃ、1月・せかいのともだち、2月・きれいなまち、3月・もうすぐ いちねんせい。
狛江市社協の『幼児のあいとぴあ』に関する論稿には次のようなものがあります。参考にしていただければ幸いです。本文中から、「当面(今後)の課題」についての叙述部分の一部を付記しておきます。
(1) 阪野貢「幼児の福祉教育に関する研究」『日本保育学会第46回大会研究論文集』福岡教育大学、1993年、594~595ページ。
(2) 阪野貢・小楠寿和「福祉絵本づくりの活動―幼児に対する福祉教育―」『福祉文化研究』第3号、福祉文化学会、1994年、80~87ページ。
「編集委員会では、『幼児のあいとぴあ』の内容の充実と有効活用のあり方などをめぐる当面 の課題として、およそ次のような点が挙げられている。
①シートの内容の充実を図るために、子どもの反応や保護者の評価に関するアンケート(「幼児 のあいとぴあアンケート」)の内容や実施時期・回数などについて再検討する必要がある。
②子どもの反応や保護者の評価に加えて、シートに関する幼稚園教員・保育所保母自身の理解や認識、参加や協力などについて意識・実態調査を実施する必要がある。
③シートの配布がひとつのきっかけとなってもつようになった、子どもや保護者、教員や保母などの福祉問題への興味や関心をさらに深化・拡大させるためには、福祉的な実体験活動を展開する必要がある。
④狛江市や関係機関・団体などの協力を得て、シート発行の趣旨の理解の徹底を図るとともに、幼稚園や小学校の教員、保育所保母などに対する福祉教育研修や保護者への福祉教育・啓発活動を実施する必要がある。
⑤子どもや保護者、教員や保母などに対する福祉教育・啓発活動を推進するためには、家庭や学校、地域の関係諸機関・施設・団体などの横断的・有機的な連携・協働を図る必要がある。」(87ページ)
(3) 小楠寿和「福祉えほん“幼児のあいとぴあ”の発行と配布」大橋謙策編著『地域福祉計画策定の視点と実践~狛江市・あいとぴあへの挑戦~』第一法規出版、1996年、222~231ページ。
「幼児に対しての福祉教育事業の展開も、単に福祉えほんの活用を中心に考えるのではなく、幼児の日常生活の中での体験をより重視するとともに、生活環境自体を整備していく方向での展開が考えられる。(中略)
いずれにせよ、福祉えほん“幼児のあいとぴあ”の作成は、親子の会話を通して家庭における福祉教育の展開を目的に始まった取り組みであったが、現在、幼児に福祉媒体を提供する段階から、子供の生活全般へと視点を広げ事業を展開する必要が生まれてきている。」〈231ページ〉
(4) 中島修「就学前の子どもと地域における福祉教育」村上尚三郎・阪野貢・原田正樹編著『福祉教育論』北大路書房、1998年、74~81ページ。
「狛江市社協の取り組みの今後への課題としては、
①福祉えほんの活用を幼稚園・保育園から小学校につなげ、幼児から高齢者までの体系的な福祉教育展開のなかに福祉えほんを位置づける。
②福祉えほん活用マニュアルを作成し、そのマニュアルに基づきつつ各園での日常保育と結びついた柔軟な活用ができるような研修会の充実。
③福祉えほんの活用をさらに進めるために、子ども自身の反応(学習成果)を客観的に判断できる評価方法の検討。
④保護者にも社会福祉問題に関心と理解をもってもらえるように、福祉えほん活用についての研修・講演会の企画。
⑤福祉えほんの活用によって園外保育などが促進され、園と地域住民が連携できるようなしくみを検討し、園と家庭だけではない子どもと地域住民との接点を模索し、体験プログラムの充実を図る。」(80ページ)