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神谷梢「解説 静かでおだやかなこの物語を紡いでゆく」―今中博之著『アトリエ インカーブ物語~アートと福祉で社会を動かす~』―

〇文庫化に際し『アトリエ インカーブ物語』(単行本:今中博之著『観点変更』創元社、2009年9月)を読み終え、一編の「物語」が紡がれるほどの月日が流れたことを目(ま)の当(あ)たりにしています。
〇2002年にアトリエ インカーブ(以下、インカーブ)が立ち上がり、単行本の『観点変更』が刊行されたのが2009年なので、本書にはこれまでのインカーブ物語の前半が記されていることになります。私が今中と出会ったのは、彼のサラリーマン時代終盤のことです。本書にもそのくだりがありますが、最初は今中の個人のデザイン事務所で手伝いをさせてもらうようになったものの、当時私はまだ学生で、今振り返るのも恐ろしいほど何もできないでいました、そして同時に、インカーブの前身である作業所のスタッフになり、以来、社会福祉法人の立ち上げから運営、行政との折衝など、インカーブの黒衣(くろご)的な役どころを担っています。
〇今中は最近、菩薩様(ぼさつさま)のような目をしていると言われたそうです。でも出会った頃は、不動明王のように眼光鋭く、それはそれは厳しかった! 今、愛娘(まなむすめ)のさくらちゃんに目尻を下げっぱなしなところをみると、隔世(かくせい)の感すらあります。
〇今中には何事も「ほどほどで済ませる」ということがありません。今となっては、その厳しさの意味が分かりますが、当時は怒られどおしで、よく泣いて帰っていました。不動明王は人々を叱りつけてでも正しい道へ導こうとしている、だからあんな怒ったお顔をしていると今中に教えられました。怒りの奥にはやさしい眼差(まなざ)しがあります。それは自分の思い通りにならないことへの独りよがりな苛立(いらだ)ちではなく、小さき者、名もなき者を悲しませる理不尽な物事に対する憤(いきどお)りです。人は誰しも善(よ)く見られたいと、自分が怒っている姿をあらわにすることをためらうもの。しかし今中は、その怒りをうやむやに収めるようなことはしません。目を見開いて、相手の目を見て、ちゃんと怒ります。
〇あれから20年近く経った今だからあえてエラそうに言うと、私をはじめとするスタッフがいなければ、今中の思考や企(くわだ)てが体現され、息が吹き込まれることはなかった、はず。そんな自負をもてるほど、それをここに書けるほどに、私は今中に育ててもらったともいえるし、理想郷を実現するためにうまく育て上げられた(丸め込まれた)ともいえます。いずれにせよ今中が思い描いた大きな理想は、一人のものではなく、みんながそれぞれの胸に抱くものになりました。
〇ひとが成熟するというのは、自分が思う時にいつでも大人と子どもを行ったり来たりできることだと、精神科医の言葉だったか、聞いたことがあります。今中のなかには、まさに大人と子どもが同居しているようにみえます。これまで鍛錬(たんれん)されてきた冷静な判断力と事業の後先(あとさき)の展開を見据えながらも、未(いま)だ見ぬ物事を興(おこ)す時には期待に胸を躍(おど)らせているのがわかります。
〇本書を読み進めると、今中は初めから結果を見越して、あるいは確固たる裏づけがあって行動を起こしてきたようにみえますが、私の体験では結果の3割くらいの目処がついたところでスタートを切っています。
〇インカーブが始まって、今中の考えやふるまいが時に周り(特に同業者の方)から反感を買い、軋轢(あつれき)をうむところを見てきました。今中のそれは世の中の理不尽に対する怒りからきているはずなのに、なぜ周りとの衝突がうまれるのでしょう。
〇知的障がいのあるひとがアートの才能を活かして、あるいはアートに親しみながら暮らしてゆきたいと願うなら、それをデザインの力で叶えたいと考えることは、今中にとってごく自然で、その生い立ちからも自身のつよい信念や理想に基づいているようにみえます。一方で、インカーブがスタートした約20年前は、行政や福祉にたずさわるひとにとって、アートやデザインは未知の世界のこととして理解しにくいものであったはずです。
〇よく知らないものを警戒したり排除しようとするのは当然のことなのかもしれません。けれど、今中の思考やインカーブの事業が、正義の押し売りや今中個人の独善的な行いととられるのはとても口惜しい。そう映らないようにするには、うまく言葉で表せないのですが、アクチュアルな(実際の、本当の)肌感覚というのか、思考や企てを体現する行動が「いま」の空気感をまとっていることが大事なような気がしています。その行いが信念に照らして善いことだとしても、「いま」すべきではない社会状況ならブレーキをかける。これまで20年間、私はそんなことを心に砕いてきたように感じるのです。
〇良くも悪くも、私は大人と子どもを行き来できない、ただの大人です。むしろ意図的に、標準的な大人であろうとしていろところもあります。私はインカーブの中にいながらも、意識は一人その輪を抜け出して、いまの世の中の言葉と流れの中で「インカーブ」という存在をとらえようとしています。それは、アーティストとスタッフが、信念や理想の中ではなく、いまこの時を生きているからです。今中のソーシャルデザインの思考に乗っかりながら、アーティストとスタッフを無用な衝突から守る私なりの方法なのだと思います。
〇本書が刊行された今日も、昨日と変わらない「普通なしあわせ」(当たり前のことを当たり前に行えること)がインカーブには満ちています。でも、物語が紡げるほど長く、毎日が「普通なしあわせ」で満たされていることは、「普通」ではなく「奇跡」のようです。
〇静かでおだやかなこの物語の続編が明日からも紡がれることを願います。

※神谷梢「解説 静かでおだやかなこの物語を紡いでゆく」今中博之『アトリエ インカーブ物語―アートと福祉で社会を動かす―』(河出文庫)河出書房新社、2020年7月、288~292ページ。
※神谷梢/かみたに・こずえ/アトリエ インカーブ・チーフディレクター。
※今中博之/いまなか・ひろし/アトリエ インカーブ・クリエイティブディレクター。

不都合な人たち

いつも都合よく進むわけではない
語彙不足では さしつかえることばかり
それをくぐって ことを為す

いつも都合よく運ぶわけではない
本心明かせば 疑われることばかり 
様子を見ながら ことを為す 

不都合なことは 隠し通す
不都合なことを 記録には残せぬ
不都合なことゆえに 闇に葬る

不都合なことが 露見した
道理に合わぬことだと 批判されても
動じることなく 受け流す

都合よく トラブル起こり
不都合なことは 上書きされる 
都合よく 批判をかわし
不都合なことは 忘れ去られる

不都合なことを抱えた
ご都合主義の面々は 
堂々と 裏通りを闊歩する
不都合なことをしでかした
ご都合主義の面々は
次々と 仁政を放棄する

〔2020年7月6日書き下ろし。ご都合主義の政治家のいまをおもう〕

老いの蹉跌(さてつ)

齡89の老男が 静かに呟(つぶや)いた
90がどんな年なのか 分かっていれば 
それなりの準備と覚悟を しているのにと

齡80の老男が 病後に諭すように呟いた
これから先は もらいもの
延命治療はいらない
お迎えが来たら 天命に従うだけと

齡70の老男は 呆れたように嘆いた
頭と体の 老いのバランス崩れ
何かとしくじり 地団駄踏む
こうなるだろうと知りつつ ドジを踏む
何の予見か 意味すらない

齡60だった男は 70を知らなかった
新しい病と 次々に縁を結び
体のガタに 身をさいなまれる
10年間 痛い目にあいながら老いを積む

齡50だった男は 志高く仕事に燃えてた
頭は冴え 口も体もよく動いた
明日への不安も不満も 難なく乗り越えた
老いは まだまだ先の別世界だった

別世界は 現実になっていた
70で ひとつだけわかったことがある
心のありように 老いは見つからなかった
それだけが 幸いなことだった

蹉跌をきたすも 
心は老けぬよう 
今を生きる

※蹉跌(さてつ):物事がうまく進まず、しくじること。

〔2020年7月6日書き下ろし。老いと向き合い、失敗の毎日。めげずに前に!〕

豪雨が暮らしと命を叩(はた)く

3日からの九州南部を襲った豪雨により、亡くなられた方々に哀悼の意を表します。
また被害にあわれた方々へ、心よりお見舞い申し上げます。
復旧に当たる多くの方々への深い感謝と、被災地の一日も早い復旧を願うばかりです。

歌人与謝野晶子は 夫鉄幹とともに 熊本県人吉市を訪ねた
球磨(くま)川の 川下りを楽しみ 歌を詠む

大ぞらの山の際(きわ)より初(はじ)まると同じ幅ある球磨の川かな

その大川が暴れた
川下の集落を 情け容赦なく押しつぶし
決壊した濁流は 逃げる余裕すら与えず
終の住処の老人ホームを 飲む込む
夜明けの目覚めを襲われ ただ身を任す
職員も駆けつけた地元の人たちも 突然の事態に茫然自失
緊急避難もままならず 救助不能に陥った
「ごめんなさい」と最期にかけた別れの言葉
痛恨の思いを語る職員の そのやるせなさに静かに添いたい
球磨村渡地区の 特別養護老人ホーム「千寿園」が水没した
60名余の入所者のうち
14名が心肺停止 3名が低体温症
5日そう発表された

九州付近に停滞した梅雨前線に 線状降水帯が形成された
同じ場所で次々に積乱雲が発達し 長時間雨が降り続けた
3年前の福岡・大分両県を襲った九州北部豪雨
2年前の岡山・広島・愛媛各県に広域被害をもたらした西日本豪雨
みな同じ気象現象だった

繰り返される 甚大な自然災害
起こるだろうと予想されても 対策不能 
違った場所を狙い撃ちする 熾烈な豪雨
ハザードマップの想定を 遙かに凌駕する
強靱な国土造営にはほど遠い 
人智の及ばぬ自然の脅威に 
ただただ畏敬の念を強くする

今夜もまた 降り続く雨音聞きて
眠れぬ夜に 不安を抱えて身を横たえる
全てを失い 路頭に迷う明日なき日々に
光明与える政治を見せよ
10兆円の予備費は コロナ禍対策だけでは済まされない
緊急性をもって迅速に当たれなかった いつもの失政
心して ここで挽回せしめよ
為政者の施しを与える感覚は 決して許されない
コロナ禍での 最初に起こった不幸な災害
復旧支援対策のあり方が 今後の災害発生時への試金石となる
全国の自治体は
災害対策の点検を 急がねばならない
減災への暮らしの点検も 一人ひとりがなすべきこと
被災地からの教訓を生かさねば 尊い犠牲は無駄となる  

〔2020年7月5日書き下ろし。予想された深刻な災害が発生した。自治体の対策本部が十分に機能するよう人材と器材・物資の供給を切にお願いしたい。まだ今夏は始まったばかりである〕

付記
避難中に突然の濁流 「ごめんなさい」力尽きて離した手
雨が降り続く4日午前3時ごろ、球磨(くま)川そばに立つ特別養護老人ホーム「千寿(せんじゅ)園」(熊本県球磨村)。夜勤の男性職員は、一段と激しくなった「ゴー」という雨音に気づいた。60人以上が入所する施設内は、断続的に停電が続いていた。午前5時ごろ、隣を流れる球磨川の支流を見ると、堤防付近まで水かさが上がっていた。
「ごめん、朝早いけど雨が危ないけん。起きよう」。他の職員と共に入所者全員を起こし、1階の畳部屋や、会議室がある2階に避難させた。
心配して来た近所の人たちも加わり、1階で入所者に付き添ううち、施設の入り口まで水かさが迫っていた。数台並べた食卓テーブルの上に車いすを置き、入居者を乗せた。 その時、「バリンッ」と窓ガラスが割れる音が聞こえた。くるぶし辺りだった水かさが一気にひざまで上がった。冷蔵庫、食器棚、調理器具が、すべて押し流されていった。助けを求める声も聞こえたが、目の前の人を助けるので精いっぱいだった。テーブル上の車いすも浮き始め、2台の車いすを両手でつかんで耐えた。すぐに濁流は首の辺りまで上がり、とっさに入所者2人の脇を抱え上げた。2人の唇は紫がかっていた。
泥水を飲みながら耐えたが、手足がしびれだした。力が入らなくなった。「ごめんなさい」。そう言って、手を離した。「助けたかったのに、だめだった。どうしても力が入らなかった」。2人がどうなったかを見る余裕はなかった。そこから、壁やカーテンをつかんでじっと耐えた。なんとか、一命を取り留めた。
1階にいた他の人々がどんな状況だったのか、「目を配る余裕もなかった」。男性の家も、屋根まで浸水し、家財は流された。「ごめんなさい」。男性は当時の様子を振り返りながら、何度もそう繰り返した。「誰が悪いとかじゃないとは思う。ただただ、助けられなかった申し訳なさが大きくて」(朝日新聞2020年7月5日)

魚心あれば水心

魚心あれば 下心
下心あれば 水心

魚心と水心に 挟まれて
下心なしには いい目に会えぬ
水心に魚心を マッチさせるに
下心なくては うまくはいかぬ

人には 下心あり
為すこと 成すこと
魚心と水心の兼ね合いを
みなほどよく つなぐ

人には 下心あり
人の間に立ち回り
魚心と水心の微妙なバランスを
みなほどよく つりあわす

下心を 見下すことなかれ
下心を 否定することなかれ
下心は 隠しきれない本性
下心は 己の素直な本心
下心こそ 己の本来のありよう

下心は
相手により 使い分けられる
相手がいて したたかに働く
相手もまた 計算高く仕掛けてくる

下心は
相手と探り合いを 愉しむ
相手とのやりとりを 悦ぶ
相手を認めることで わかり合う 

おろそかには出来ぬ下心
魚心あれば水心を誘う下心

こころ躍る 恋の駆け引きこそ 
下心のなせる
この上ない面白さ

※魚心あれば水心(うおごころあればみずごころ):魚に水を思う心があれば水もその気持ちをくみとるであろう,の意、相手が自分に好意を示せば,こちらも好意をもって応対する用意がある。
※下心(したごころ):心の底で,ひそかに考えていること。たくらみ。もくろみ。本心。内心。真意。

〔2020年7月4日書き下ろし。若者よ、恋のバトルの下心を大いに愉しんでほしい〕

無駄と断捨離

無駄を省く
ただいるだけの国会議員の歳費は 無駄遣い
だから議員の定数 大幅削減
国費の節約と国政の活性化
少数精鋭で 顔を突き合わせて議論する
党利党略暴き出し 国民目線の可視化を促す
これって 国会議員の断捨離

無駄を省く
政治的理念も失せて 金を使った票集め
党費と税金 無駄遣い
烙印押された 議員の始末
出処進退 不良議員の裁量と
責任取らずに 嘯(うそぶ)く者たち 
これらも国益ならず 断捨離に

無駄を省く
コロナ禍の 経済支援の金に群がり
官と紐付き企業が結託し 
多額な委託金の 無駄遣い
バレたら正当な契約だと 嘯きかばう者たち
私利私欲を肥やす者たちも 断捨離に

断捨離は
国を動かす者たちの 無駄を省いて
国民の誰もが 暮らしやすい
国をつくることでしかない
その心がけを失いし者たちには 
そのバッジに どんな価値があるというのか

無用の用?

※無用の用(むようのよう):一見何の役にも立たないようにみえるものが、かえって大切な役割を果たしていること。不用の用。

〔2020年7月3日書き下ろし。今日師との語らいから話題になった〈無駄を省く〉ということ。無用の用の存在でいたい〕

貶(おとし)めると墓穴を掘る

「こんちは。大家さん、いらっしゃいましたか?」

「おやおや、ようこそ。ようやくお顔が見られた」

「はいはい、たどり着くまで4ヶ月ほどかかってしまい、足もすっかり棒のようになりました」

「なにをおっしゃいます、お丈夫そうな足のどこが棒ですって」

「棒は棒でも、箸にも棒にもかからない話を聞いてもらいたくて、お邪魔しました」

「ここじゃなんですから、上がってください」

「いやいや上がると話が長くなりそうな気がしますんで、今日のところは玄関口で失礼させていただきます」

「そうなら、話とやらをさっそくお聞かせ願いましょうか」

「それがですね、隣の町会でコロナに感染したという方が出ましてね。ご本人は入院されておるんですが、その家族に辛く当たる人が出てきて困ったことになったと、あっしのところに相談ぶってこられた人がこぼすんですよ」

「いまどき世間じゃよく聞く話だね」

「なんでもひどいのが、そこの家の玄関に〈コロナの家・早く出ていけ〉と張り紙までされたっていうから、温厚なあっしでもはらわた煮えくり返りましてね」

「そのお怒りはよくわかりますね。コロナに罹ったのはその人の責任でもありませんし、ましてや家族がそんな目にあう筋合いなんぞ、これっぽっちもありません」

「その町会の人に、それでどうしたんだいって聞いたんですよ。すると、おおよそ誰がやったのか見当はついているんだが、面と向かってものを言うと角も立つし、かといってほっとくこともできずに困ってるんだって、そればっかりで」

「流行病(はやりやまい)は、時が経てば収まりもつくだけけど、今度のは未知のウイルスで移りやすく重くなりやすい。亡くなる人も多いから、不安と言えば不安なんでしょうね」

「そうかといって、罹った人を責めるばかりか家族まで責めようという魂胆が許せない!」

「ひどい世の中になったもんだね。昔から世間は病気を責めるよりも、罹った人にひどい仕打ちをしてきたもんだよ。ハンセン病が治ったにも関わらず、いまも苦しんでおられる方もいらっしゃるというしね。薄情なことでもみんながするから、正しいと思い違いしてやってしまうんだね。
人間ってもんは元来臆病もんだから、コロナに自分や家族が罹らぬように用心にこしたことはないけれど、それが過剰になって相手に屈辱を与えるようなことを平気でするようになるんだね。
それを許しちゃなんないと息巻いて、証拠もないのに、あんたのやってること許せないって直談判するのは無理でしょ」

「そこんところが歯がゆくてたまんなくて、つい大家さんに泣きついた次第です」

「わたしにもいい知恵は思い浮かばないけど、大事なのはそんなことは許さないよっていうメッセージを、どう皆さんに伝えるかっていうところだね」

「そうなんです。不安なのはそいつだけじゃありません。いつなんどき罹るのか神様だってご存じない。もしものときに、理不尽な目にあう怖さや世間体から、お年寄りなんて黙って家に閉じこもってしまうことだってあるでしょう」

「そんなことまで、想像できずに、自分だけよければそれでいいという輩が多くなってきました。そもそもこんな時代だから、人の本性がはっきり見えてきて、ある意味つき合いやすくなったかも知れません」

「そりゃそうですね。そんな人はソーシャルディスタンスを取りゃいいですから」

「社会的距離と心理的距離のダブルでというところですかい。それはそれでまた、世間から疎外するという別の問題になってしまうんじゃないですかね」

「そう考えると、どうしたもんだか一向に埒(らち)があきません」

「まずは、病気について、私らは正しく知っているんだろうか。わかったつもりで暮らしていることがそもそも問題かも知れないね。〈わかってるよ、でも…〉って否定から入ると、突っかかって攻撃的になる。〈わかってるよ、だから…〉って入ると、肯定した上でどうしようかって相談になる」

「なるほど。〈でも〉と〈だから〉の違いで態度が全く逆になるってことですね」

「そこでね、こう考えるのはどうだろう」

「さすが大家さん!」

「わたしはまだ何にも言っちゃいませんよ」

「おっといつもの早とちり。なんせ知恵袋の大家さんのこと、期待ですぐに反応しました」

「困ったお人だ。そう期待されても困るんだが、自分らの町会にコロナの患者さんが出たと知ったなら、こんな近くでも罹る人が出るという恐怖ではなくて、もっと注意しましょうという〈サイン〉が出たと思いましょう。新しい生活様式とか言われて、随分気を遣ってきたにも関わらず、誰もが罹る病気なんだと正しく知ることが、まず第一ですね」

「そうですね。何かやらかす輩は自分勝手な屁理屈付けて、さも正義感ぶっていろいろ悪さするってニュースにも流れていましたけど、結局は怖いもんだから自分の近くにはいてほしくないって、臆病もんの話ですよね」

「怖がることも悪くはない。当たり前の心持ちだね。けど、それを困っている人にぶつけるのはお門違いも甚だしい。だから、サインが出たなら、まず一番心配なのは罹った人の家族でしょって。その家族の心配事を少しでも小さくしてあげることが、ここで暮らすということだし、逃げるわけにもいきません。だから、お互い気まずさを抱えて暮らさなければなりません。
それでも、その気まずさを抱えて生きていくしかないのなら、そのことに気づく人が一人でも二人でもいると、病気で苦しむ人や家族を二重に苦しめることから、少しでも救うことになりはしませんか。お互いに心を和らげることはできませんか。
避けて通ることができないことなら、そんな想像力や行動力がとても必要なことだと思いますね」

「それって、罹った人や家族を恨むのは、所詮は恨む人の人間性に尽きますが、気まずさの元をせめて病気にしておきましょう。気まずいよ、だからこそ一緒に気まずさを抱えて暮らしていきましょうよ。そうすれば、お互い不幸な出来事を少しでも小さくできる。そんな町会をつくるのに、大事なサインを出していただいたということでしょうか」

「そんなところですかね。どっかでまた誰かが罹ったときにも、この教訓を生かしてみんなで支え合っていければ、コロナに打ち勝つ勇気をもらうことになりませんか。
その気まずさが、一緒にそこで人と関わって生きてゆく実感とでもいうんでしょうか、きれいごとでわかったフリをするよりは、気まずくとも何とかしようとあらがうほうが人間くさいかもしれません」

「さすが、亀の甲年の功の大家さん。悪いサイクルはいつでも回せるけれど、その痛みを受けとめて、守ってあげられる町会ならば、罹っても頑張れる気がしますね。悪い噂をばら撒くもんも張り紙するもんも、みんな地域で安心して暮らしたいと思いながらも、やり方が間違っているし、憎しみまで買います。顔をしかめるようなことをするようじゃ、誰からも相手にされず、逆に浮いてしまってまったく逆効果というわけですね。
すんなりとは解決しませんが、悩みを少しずつでもみんなで背負うことで、小さくしてゆくってことですね」

「私らが大事にしたいのは、いまの世だからこその〈人のつながり〉です。そのつながりはほんとにもろいもんです。だから、こんなときにしっかりとつなぎ直さなきゃいけません。そのチャンスがやってきたと、前向きに考えてみたいですね」

「その通りです。いまからひとっ走りしてきます。ありがとうございました。結果はまた電話なりでお伝えします、ごめんください」

「はいはい。気をつけて。相変わらず人のいいお人だ。頑張ってくださいよ」

〔2020年7月2日書き下ろし。地域に罹患者が出ると嫌悪、蔑視、排除などさまざまな悪しき感情が生まれている。大家さんの回答には納得されましたか?〕

食材の宅配

コンテナ付きの軽トラで
坂道の多い住宅街を走る
所々の玄関先で
発泡スチロールの箱を確かめて
配達する若い女の子
明るくハキハキと応える姿は 清々しい

一日60軒
箱の中には 2~4人前の食材が詰まっている
年寄りだけじゃなく 若い人からの注文も多くなった
注文は 3週間後のメニューでセレクト
カットされた食材は 6日コース2人前7260円也
月曜 サーモンの蜂蜜生姜焼き
火曜 ミルフィーユチーズとんかつ
水曜 メカジキのバター醤油炒め
木曜 鶏唐揚げ丼
金曜 八宝菜
土曜 ハンバーグとキノコと南瓜のスープ

手作りの食材でも 
単品からグレードの高いものまで
メニューは 豊富に取り揃っている
他に レンジでチンと出来合いを 
手軽に時短で出来るのもいい
6日間コース2人前10720円也

カタログをもらった
料理の手順も書いてある
眺めるだけでも おいしそう
これで我慢しときましょう
今夜のおかずを 考えるヒントになりそう
何をつくるか考えるのも 結構しんどいときがある
その手助けに タダでもらった貴重な情報
男子厨房に立ち トライしてみたくなる
酒の肴のカタログがあると もっと嬉しいな

散歩の途中で出会った がんばる若い人の
快活な笑顔が 今日一番のご馳走だった

〔2020年7月1日書き下ろし。住宅街を軽トラで宅配中の働く若い女性に出会ったコロナ禍でのありふれた日常の中に市井の暮らしを感じる〕

気まぐれと輿論

その男 気が変わりやすいこと半端ない
その時の気分次第で 右へ行ったり左に来たり
何でも思いつきで 物事すすめる
だからやる事なす事 
しっちゃかめっちゃか 忙しい
周りの迷惑顧みず したい放題やりたい放題
男の取り巻き 
気まぐれに振り回されて 右往左往するばかり

男の気まぐれにあわすには 
気をまぎらわすしか 打つ手はない
何かして 嫌なことは忘れよう
何としても このしんどさは忘れよう
弱い者たちをいじめて 倍返し

弱い者たちは
もっと弱い者たちを 
寄ってたかって なぶり始める

男は 気ままで移り気だから
何を考え何をしだすのか さっぱり読めない
ただ時々 惨めな本性さらして叩かれる
たとえさげすまれても 懲りない男

いつか 終わりは確実にくる
気まぐれな男の支配は終わる
弱い者たちの悲痛な声は 日増しに大きくなり
男の横暴なふるまいを きっと止める
その力こそが〈輿論〉だ

※輿論(よろん。パブリック・オピニオン):国民もしくは公共の意見。世間の大多数の人の意見。一般市民が社会や社会的問題に対してとる態度や見解。「世論」と書くときは「せろん」と読む場合が多い。

〔2020年7月1日書き下ろし。仏統一選与党惨敗、米コロナ禍・失業・人種差別で政権叩く。唐突に日本モデルと息巻いた人たちにも輿論の審判は遠くない〕

1千万人感染 50万人死亡

新型コロナ 致死率5%
柩も墓も不足する
葬ることも 葬る人も
感染リスクに晒される

ほとぼり冷めたと
経済活動再開させた都市部では 
根強く感染が広がり
防疫意識はほころび 繕い切れない

海外からの人の移動を 解禁すれば
検疫パスしたウイルスが 
わがもの顔で 入り込む
ゼロにはできぬ ウイスルを
封じ込める手立ては 決して盤石ではない 

感染症という病気を ただ恐れるばかりで
思い込みや誤った情報が 負の判断を助長する
不安と恐れから
病気ではなく その人を社会悪として見る
不安や恐れは 生き延びようとする本能 
時に 嫌悪感と偏見を呼び起こす
嫌悪し離れるだけではなく 侮蔑し差別する
信頼関係をぶち壊し 社会のつながりを断ち切ってゆく

自分だけ無事であれば それでいい
自分さえよければ それでいい
そんな人の数が 増えてゆく
そう思いながらも
わたしの寛容力が いま切実に問われている

〔2020/06/30書き下ろし。札幌でも高齢者施設でクラスターが起こった。世界の感染スピードは止まることを知らない。感染者やその家族への偏見と差別の根も深くなる〕

付記
「新型コロナウイルスによる28日の新規感染者は112人だった。1日の感染者が100人を上回るのは緊急事態宣言が発令されていた5月12日以来となる。東京都は60人が確認され、再拡大への警戒感が高まっている」(日経2020年6月29日11:33 最終更新)

「新型コロナウイルスの累計感染者数が世界で1000万人を超えた。累計死者も50万人を上回った。中国から始まったパンデミックは5カ月余りで187カ国・地域に広がり、なおも拡大を続けている」(日経2020年6月29日14:15最終更新)